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トランプの自滅的な中国敵視を継承したバイデン

2021年1月31日   田中 宇

米国の政権がトランプからバイデンに代わるに際し、中国政府は、米国が中国に対して融和的な姿勢をとるのでないかと期待していた。トランプは、経済的な米中分離だけでなく、昨夏からの最後の半年間に、台湾と急に仲良くしたり、中国当局が新疆のウイグル人を「弾圧」しているだけでなく「虐殺」しているという認識を新たにとるなど、猛然と中国を敵視し続けた。米中は、米国の企業が中国で安く製造した製品を世界で売って儲け、中国は対米輸出で儲けた資金で米国の債券を買って米国の金融覇権の維持に貢献するという相互補完の関係だった。トランプは、米国の経済覇権の土台に位置していたこの米中関係を4年間壊し続ける覇権放棄をやった。 (US Navy berates ‘destabilizing’ Chinese activity as pro-NATO Atlantic Council publishes blueprint for Cold War with Beijing) (Upbeat Xi Says "Time And Situation On China's Side" Amid Turmoil & Pandemic Rise In US

「トランプと対照的に、バイデンは米国の覇権を再建したいはずで、トランプ時代の中国敵視をやめて中国と融和し、中国との相互補完の関係を復活するのでないか」と中共は期待していた。王毅外相は、新華社の1月2日のインタビュー記事の中で「米政府の上層部は、中国が(世界的な覇権国として)米国に取って代わろうとしていると言って中国を敵視しているが、それは間違いだ。中国は、世界覇権国になる余力も意志もない。米国は、中国を敵視するのでなく、米国自身が努力してより良い国になって(覇権を維持して)ほしい。中国は、米国に協力したい」といった趣旨を述べている。 (Wang Yi Gives Interview On International Situation and China's Diplomacy) ("We Don't Need A World Where China Becomes Another US": Beijing Offers Vision For Restored Sino-US Relations Under Biden

この王毅のインタビューは、覇権に対する中国の姿勢を示すものとして興味深い。中国は、米国のような一極支配型の単独覇権国になりたくない。米国が中国(やその他の非米諸国)を敵視せず仲良くしてくれるなら、中国は、米国が単独覇権国の状態が続いてもかまわない。中国のこの姿勢は、1970年代のニクソン訪中以来、ほとんど変わっていない。変わった点は、その後の50年間で中国が経済成長して大国になり、東南アジアやアフパク中央アジア・一帯一路や北朝鮮などを中国の影響圏として意識する姿勢を強めたことぐらいだ。中国は、自国の影響圏以外の世界に対して覇権行使しようと思っていない。世界で儲けようとする気は満々だが、覇権的な支配は費用が増えて儲けが減るのでやりたくない。「中国は、米国をしのいで単独覇権国になりたいに違いない」という見方は、軍産(うっかり)傀儡の人々の(意図的な)誤認だ。王毅自身がその手の指摘をしている。 (China’s Economy Powers Ahead While the Rest of the World Reels) (The ‘Chinese Virus’ Spread Along the New Silk Road --- WRONG!

王毅はEUに関して「中国は欧州統合を支持する。EUが、戦略的な(対米)自立を進め、国際関係でより大きな役割を果たすことに賛成だ」と述べている。「中国は、欧州が国家統合を進めて国際的に大きな勢力となり、これまでの対米従属をやめて世界の極の1つになって、きたるべき多極型世界の中で中国と肩を並べてほしい」という趣旨だ。米国が戦後間もなくのような「良質な単独覇権国」であり続けていたら、中国も欧州も、米単独覇権体制に満足だっただろう。だが現実の米国はこの50年以上、覇権を悪しざまに振り回し、露骨に支配と敵視を続けつつ、敵を誇張する妄想にとらわれ続け、自滅していく道筋をたどっている。中国は、米国が良質な単独覇権国に戻ることを期待できなくなり、自国やロシアやEUなどが米国の覇権を分割継承していく多極型の世界を構想している。 (China projected to overtake US as world’s biggest economy in 2028) (America’s Defining Problem In 2021 Isn’t China: It’s America

そんな中で、トランプ政権が終わってバイデンが大統領になった。トランプは覇権放棄屋だったが、バイデンは米国の覇権を大事にするかもしれない。中国はバイデン就任に際し、バイデンの米国が中国の事情や利益を尊重してくれて、中露イランなど諸大国との関係を改善して協力を得つつ米国自身の覇権を立てなおそうとするなら、中国は協力しますよという姿勢だった。中国は、バイデンが良質な米国覇権を再建することを期待した。 (In Just A Few Days, Biden Has Brought The U.S. Much Closer To A War With China) (Xi Jinping Asks Starbucks’ Howard Schultz for Help with US Relations

だがバイデンは、期待を見事に裏切った。最初の一撃は、1月20日の大統領就任式に、台湾(中華民国)の事実上の駐米大使(駐米経済文化代表)である簫美琴を招待したことだった。米国の大統領就任式に台湾の駐米大使が招待されたのは、1979年に米国が台湾と国交を断絶して以来、初めてのことだった。中国と台湾は70年以上内戦しており、米国は79年に国交の相手を台湾から中国に切り替えた。米国は中国に対し、中国と台湾のどちらか一方とだけ国交すること(一つの中国の体制の尊重)を約束してきた。中国は、バイデンが簫美琴を就任式に招待したことへの報復として、毎日たくさんの軍用機を台湾に領空侵犯させている。 (Biden Sends Important Foreign-Policy Signal With Taiwan Inauguration Invite) (China Tells Taiwan "Independence Means War"

バイデンは、トランプがやめていた、民主や人権を重視しない国を(選択的・濡れ衣的に)敵視する「人権外交」を再開するが、中国が独裁で台湾が民主主義だからといって、バイデンが中国と国交断絶して台湾との国交を戻すことはない。「一つの中国の原則」を放棄して台湾と国交再開することもない(台湾と国交回復するなら、私はバイデンや米民主党を強く尊敬・支持するが、彼らは腰抜けのカスなので、そんなことは絶対にない。笑)。米国は、中国を怒らせるためにだけに、台湾に兵器を売ったり、台湾の外交官と接触したりしてきた。バイデンが簫美琴を大統領就任式に呼んだのも、中国を怒らせるための策略だ。台湾は以前から、米国が中国を怒らせようとする策で使う「闘牛士の赤い布」にされてきた。 (How Trump and Biden Differ on Taiwan

前任のトランプは2017年の大統領就任時、台湾の蔡英文統領(総統)からかかってきた祝電に出て電話会談しているが、その後、中国で儲け続けたい米財界などからの圧力を受けて「一つの中国」を堅持すると表明している。米国の大統領が就任時に台湾総統からかかってきた祝電を受けるのは79年の米台断交以来初めてだったが、今回のバイデンはそれをさらに進めて、台湾の駐米大使を就任式に招待した。バイデンは就任前、トランプの外交姿勢を全面的に大転換するかに見えたが、何のことはない、バイデンは台湾を使ったトランプの中国敵視策を見事に継承している。 (Trump spurns Taiwan president's suggestion of another phone call) (15 Chinese Aircraft Enter Taiwan Air Defense Zone For 2nd Day As US Carrier Roosevelt Approaches

トランプ政権は昨年夏以来「一つの中国」を維持したまま、台湾との相互交流を可能にするなど、中国敵視策の一環として、台湾に接近するそぶりを強めた。ポンペオ国務長官は、米中の新冷戦を宣言し、中共は政権転覆されるべきだと放言し、中国の何人かの高官を米国に入国禁止にしたり、在米のいくつかの中国領事館を閉鎖させたりした。ポンペオは世界中の同盟諸国や非米諸国を回って「中国と仲良くするな」「中国包囲網を強化しよう」と圧力をかけ続けた。だが、日独などを含む世界のほとんどの国は、トランプ政権の中国敵視策を静かに無視した。米日豪印が中国を包囲する「インド太平洋」も新味がなかった。ポンペオは、中国のウイグル人弾圧を、国連の人道犯罪にあたる「虐殺」であると宣言して、中国敵視と題する大叙事詩のような国務長官の任期を終えた。 (Blinken vows to confront, cooperate with China in first remarks at the State Department) (Coexistence Or Cold War with China?

民主党を支援する黒幕の一人であるジョージ・ソロスが作ったシンクタンクであるクインシー研究所は、トランプの中国敵視を批判し、中国と協調することが米国の覇権維持策として適切だと主張している。ぼろぼろの世界覇権を何とか維持している赤字の米国は「世界の工場」として黒字大国となった中国への敵視をやめて仲良くするのが良い。米覇権を維持したい上の人々がそう考えるのは当然だ。バイデンは就任とともに、トランプ政権末期の中国敵視をすぐにやめるだろうという期待があった。だが、まったくそうはならなかった。 (Toward an Inclusive & Balanced Regional Order: A New U.S. Strategy in East Asia) (A Better U.S. Strategy For East Asia

バイデン政権の外交戦略を担当する高官たちは、全員が中国敵視を表明している。中国と仲良くしますと言っている高官は皆無だ。国務長官になるブリンケンは、トランプの中国敵視策は正しかったと議会承認時の公聴会で明言している。ブリンケンは、トランプの中国敵視策に、人権民主重視外交の色彩を追加するだろう。米国は今後も、中国のウイグル弾圧を「虐殺」と呼び続ける可能性が高い。国連大使になるグリーンフィールドは、中国が国連を動かす力を握っているのは世界の脅威なので、必ずや中国から力を奪いますと米議会で宣言している。安保担当補佐官になったサリバンは、米国の軍事戦略の中心を、中東から中国包囲網(インド太平洋)に移すと表明した。米国の世界戦略を立案するサリバンの部署NSAは中東担当者を減らし、東アジア担当者を増やして人数を逆転させる。バイデン政権は今後の4年間、中国敵視・中東軽視になる。 (White House Shifts Focus From Middle East To China) (US Ambassador To UN Nominee Pledges To Work ‘Aggressively’ Against China

インド太平洋は、米国が日本や豪州を巻き込んで中国を敵視する戦略だ。日本は中国との戦争に巻き込まれると思う人もいるかもしれない。だがすでに述べたように、インド太平洋はトランプ時代(以前)から続く中国敵視策であり、日本政府は米国の中国敵視をしだいに真に受けなくなり、静かに無視する傾向を強めている。トランプの4年間で米国の衰退と中国の台頭が進み、バイデン政権の今後はそれがさらに進む。バイデンの米国はコロナの都市閉鎖の愚策を厳格化して経済の自滅が進み、中国は早々とコロナを乗り越えて世界の諸大国で唯一プラスの経済成長を続けている。当然、世界的な投資家たちが最も投資したがる先は中国だ。今年も来年もコロナが続き、この傾向が加速し、米欧の衰退と中国の台頭が進む(だからコロナを長期化させている)。 (Thanks To COVID-19, China Is Now The World Leader For Foreign Direct Investment) (China urges Biden to correct Trump policy, as US sends negative signals

マスコミは日米ともに、米国の中国敵視策が効果のある策であるかのように報じているが、それは全く噴飯物の歪曲話だ。米国が中国を敵視するほど、中国は世界の多くの国と連携して米国抜きで経済発展していく非米体制を強め、ドルや米国債への依存を低め、米国覇権がいつ崩壊してもかまわない状況を作る。あとはいつ米連銀がQEを急増しても金利が下がらない状態(ドル崩壊)になるかだ。「米中は対立が高じて戦争になる。米国が中国を戦争で潰す」という話を信じている人もいるが、これまた噴飯だ。米中はすでに軍事的に均衡状態なので戦争しない。誤算で戦闘が始まっても停戦する。核保有国どうしは戦争しない。 (Iran warns US to 'accept reality' over China's rise as global superpower) (China Sends Record Number of Warplanes into Taiwanese Airspace

戦争にならない以上、米中新冷戦はQEの行き詰まりによるドルと米覇権の崩壊で終わる。バイデンがソロス系の忠告を聞いて中国と和解するのが、米覇権崩壊を止めるシナリオだったが、その道は採られないことになった。トランプが軍産を潰したことで、軍産の支配権が米覇権維持勢力から隠れ多極主義勢力に移る傾向が加速し、バイデンの周りも隠れ多極主義によってかためられ、過激で自滅的な好戦策しかとれない状態なのだろう。中国敵視は自滅策だ。中国は世界最大の航空旅客市場であるが、中国の航空各社は旅客機をボーイングとエアバスからでなく中国のメーカーから買うことにした。米国と一緒に自滅したくないEUは、中国と投資協定を結んですり寄っている。 (China’s airlines prioritize COMAC, put off Airbus and Boeing) (Global Times Points Out "Increasing Reliance" On China By Apple And Tesla) (バイデンの愚策

中国は、米国が自滅の道から離脱できないのをしり目に、東南アジアや日韓豪を経済面で米国側から引っ剥がして中国側にくっつけるRCEPの新貿易圏を具現化し、今後はアジアでの基軸通貨をドルから人民元に替えていく動きも加速する。中国はこの20年間、ロシアと連携してユーラシア地域を安定させていく上海協力機構や一帯一路、アフリカを欧米による分断支配策から離脱させ統合していくアフリカ連合への支援など、多極型の覇権体制を安定的なものにする国際戦略をやってきた(ロックフェラーがNYの国連本部を建てたように、中国がエチオピアにあるアフリカ連合本部を建てた)。米国のこの20年間の覇権戦略が、破壊や敵視、濡れ衣など、世界を不安定化する方向性ばかりだったのと対照的だ。ロックフェラーが世界を牛耳っているのだとしたら、近年のロックフェラーの代理人は、米国でなく中国である。米国は、多極化や中国の台頭をもり立てるために自滅する悪役をやらされている。 (China’s President Xi Jinping Reads the Multilateral Riot Act on the Virtual Davos Agenda) (Merkel sides with Xi on avoiding Cold War blocs

ネット開催された先日のダボス会議で、主役として最も注目されたのは習近平とプーチンの演説だった。2人とも、米国の下手くそな覇権主義を批判していた。プーチンは、欧米がコロナの愚策やトランプ追放時の米ネット大企業群による独裁露呈で、抑圧のひどいディストピア状態になってしまったことを心配する分析を表明した。プーチンは、欧米が間抜けなことをやり続けて自滅しているので心配してくれたのだ。欧米は、自分たちの内部(エリートやマスコミ権威筋)では自らの自滅的な諸政策についてろくに討論せず、自分らが旧ソ連並みの言論抑圧体制になっていることも認知できず、こころ優しいプーチンに心配されている(笑)。プーチンは近年、国際的な各方面のことについて、良いことを言い続けている。 (Putin: World Risks "Fight Of All Against All" In "Grim Dystopia" Amid Growing Crises) (Vladimir Putin calls out Big Tech Monopoly on all nations!

今回の記事の題名は最初「中露を敵視するバイデン」だったが、中国のことだけで長くなった。改題した。ロシアのことは改めて書く。 (Putin tells Davos that divided modern world facing ‘real breakdown’



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