他の記事を読む

イスラエルが対立構造から解放される日

2020年1月11日   田中 宇

1月3日のスレイマニ殺害以降、米国とイランの対立激化から、米軍のイラク撤退など米中東覇権の崩壊へと、事態が劇的に展開している。トランプ政権がわざと下手くそな説明をしたので米議会上院の共和党議員が激怒し、民主党が提出しているトランプの戦争権限を制限する法案に、一部の共和党議員が賛成することになった。これで上院でも可決されうる。下院はすでに法案を可決した。米議会は上下院が一致して、大統領が911以来議会から奪って保持してきた戦争権限を再び議会に戻していく法律を可決する。トランプの策略の結果、米国は戦争しにくい国になっていく。 (Lee, Paul: We Were Given ‘Insulting,’ ‘Demeaning,’ ‘Worst Briefing’ on Iran) (イランを健闘させたトランプ

事態は毎日大きく変わっている。読み切れない量の情報が入ってくる。しかし天邪鬼な私は、今回の大量情報の中に全く書いていないテーマがとても気になっている。それは、米国(やイスラエル)がなぜイランを敵視してきたかという、今の事態の根本的な出発点についてだ。「イランが79年にイスラム革命をやって米イスラエルを敵視する国になったからに決まってるじゃん」と生半可な知識人は言うだろう。しかし、米イスラエルを敵視するホメイニ師が79年に亡命先のフランスからイランに帰国することを米イスラエルが許さなければ、イランは米イスラエルを敵視する国にならなかった。米イスラエルは、イランが米イスラエルを敵視する国になることを望んでいた。ホメイニは米イスラエルの「敵役の駒」にすぎない。私の疑問は、なぜ米イスラエルがイランを恒久的な敵に仕立て続けてきたのか、ということだ。 (イラン革命を起こしたアメリカ) (イスラム共和国の表と裏:乗っ取られた革命

生半可な知識人は「イランは核兵器を開発しようとしているよ。敵視すべきじゃん?」とも言うだろう。しかし実のところ、イランは原子力の平和利用(医療用アイソトープの製造など)をしているだけで、核兵器を開発していない。核兵器開発は、米イスラエルが捏造している濡れ衣だ。79年以来、米イスラエルは延々と、脅威でないイランを不必要に敵視し続けている。イラン敵視に関して米国は一枚岩でない。クリントンやオバマは、イランと和解しようとして道半ばで終わった。トランプも、オバマの策を壊しつつ、イランとの和解をちらつかせる。米イスラエルには、イランとの恒久対立を画策する勢力と、その画策をやめさせて敵対を解いていこうとする勢力がいて、長い暗闘を続けている。トランプは独自の策(ネオコン策の発展形。敵対策を稚拙に過激にやって敵対構造自体を壊す策。北朝鮮に対しても試みた)によって、イランとの恒久対立の構造を壊しかけている。 (歪曲続くイラン核問題) (トランプがイラン核協定を離脱する意味

大きな歴史を見ると、イスラエルはシーア派のイランだけでなく、スンニ派のアラブ諸国とも恒久対立させられている。「西岸やガザを不法占領するイスラエルが悪いんだ。自業自得だ」と生半可な知識人は言う。そうではない。イスラエルの上層部はもともと、中東戦争による領土拡張の後、アラブ側と和解して事態を安定させて発展を得ようとした労働党のエリート勢力が強かったのに、70年代以降、その策を妨害するため米国から右派のユダヤ人活動家が大挙して移住(イスラエル流に言うと「帰国」)して西岸やガザに入植地を作り、入植運動を広げつつリクードの主軸となって政府を牛耳り、パレスチナ人との恒久対立の構造を作り上げた。リクード系の戦略は、イスラエルとアラブ・イラン側を、相互に破滅しない程度に恒久的に対立させ続けることだ。恒久対立策が続く限り、アラブやイラン側との和解(中東和平)は進まず、和平を推進してイスラエルを安定させようとする旧来の労働党系のエリート層は「非現実的」とみなされて有権者の支持を得られず、万年野党になっている。労働党系のエリートを「最終的な安定を好む、もともとのイスラエル」、リクード系の活動家を「恒久的な対立・不安定を好む米国からの殴り込み組」と考えると、不法占領などパレスチナ問題の恒久化はイスラエルでなく米国の仕業である。 (悪者にされるイスラエル) (世界を揺るがすイスラエル入植者

ここで出てくる新たな疑問は、なぜ米国に、イスラエルとアラブ・イラン側の恒久対立を望む勢力がいるのかということだ。この勢力が、西岸の入植問題だけでなく、イランがイスラム革命で米イスラエルの仇敵になるように誘導したり、アルカイダを育てつつ911事件を起こして米イスラエルがイスラム世界と恒久対立するテロ戦争の構造を作り上げたと考えられる。彼らは諜報界の勢力で、軍産複合体の一部であり、マスコミやCFRなどにも巣食っている。 (イスラエル右派を訪ねて) (ネオコンの表と裏

彼らはもともと米国の勢力だが、イスラエルに移住して牛耳った上で、イスラエルが米国を牛耳って中東の対立構造に引きずり込むという入れ子の構造を作っている。どっちがどっちを牛耳っているのか見分けられない相互乗り入れの構造は、米英同盟なども同様で、諜報界など覇権運営の世界にはよくあることだ。生半可な陰謀論者は「彼らは軍事産業を儲けさせるために恒久対立をやってるんだよ」と言うだろうが間違いだ。この話は、覇権運営とかユダヤネットワークの主導権争いとか、そういった大きな規模のものであり、軍事産業に限定される小さな話ではない。 (覇権転換とパレスチナ問題

疑問を解くには、もしイスラエルがアラブ・イラン側と70年代に和解していたらどうなったかを考えるのが良い。イスラエルは、世界のユダヤ人の知恵を集めて、友好国となったアラブ諸国やイランの中に入り込んで中東全域の安定と発展を実現できる。そうなると、イスラエルを含めた中東地域は対米従属が必要なくなり、米英覇権体制を早々と崩壊させていたはずだ。この200年間(近現代全体)の英国と米国の覇権体制に不可欠な諜報界や中央銀行群などの基底には、情報や決済などの世界的なユダヤネットワークがある。ユダヤネットワークは本来ユダヤ人の所有物であるはずなのに、英米(アングロサクソン)はそれを拝借して世界支配の覇権体制の土台として使っている。 (覇権の起源:ユダヤ・ネットワーク) (金融の元祖ユダヤ人

英米はユダヤ人を大事にしてきたので、拝借はかまわないことなのかもしれないが、その一方で言えるのは、イスラエルというユダヤ人の国家が作られた以上、ユダヤネットワークを所有するのは英米でなくイスラエルであるべきでないか、ということだ。これは推論にすぎないが、イスラエルの労働党系のエリートたちが建国以来の長期計画としてひそかに狙っていたことは、イスラエルが領土を獲得した後にアラブ・イラン側と和解して自国周辺を安定発展させ、中東を米英覇権から自立させた上でユダヤネットワークの所有権を英米からイスラエルに移し、イスラエルが隠然と主導する中東地域を世界の覇権地域(の一つ)にすることだったのでないか。この仮説に立脚すると、70年代以降、アラブ・イラン側と和解してイスラエルを安定させ、中東を対米自立させてユダヤネットワークを米英から奪還しようとするイスラエルのエリートたちの戦略を妨害するため、米国から敵対を扇動する右派活動家が多数送り込まれてリクードが台頭したことが見えてくる。これに対抗して、労働党のエリート側は米国の別の筋(レーガンら)に働きかけてオスロ合意を進めてアラブ側と和解しようとしたが、ラビン暗殺や911事件後のテロ戦争の勃発といった妨害・対抗策をやられてしまい、恒久対立が解けないままになっている。 (イスラエルの戦争と和平) (世界のデザインをめぐる200年の暗闘

イスラエルは大英帝国から独立したが、英国は当初、1917年のバルフォア宣言でパレスチナ全体でのイスラエル(ユダヤ人国家)の建国を認めていたのに、その後、パレスチナを2分してイスラエルとパレスチナが恒久対立する構想に転換し、米国が作った国連でパレスチナ分割を決議させて正式化した。英国は「イスラエルとパレスチナの和解」を標榜していたが、これが真っ赤なウソであることは、英国が同時期にインド独立の際、独立後のインドを弱体化するためにインド植民地をインドとパキスタンに2分して恒久対立させたことを見ればわかる。英国は、ユダヤ人を厚遇していたのに、途中からイスラエル建国を歓迎しなくなった。その理由は何か。イスラエルが建国後に発展して英国(英米)から覇権の一部を奪って自立していくことが予測されたからでないか。 (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争) (イランとイスラエルを戦争させる

建国以来、イスラエルのエリートは左翼の労働党でソ連と親しかった。ソ連はもともと欧米のユダヤ人たちの入れ知恵で作られ、当時の英国の世界覇権を、国際共産主義運動によって乗っ取って解体するのが目標の一つだった。これは、ユダヤネットワーク(=覇権運営権)の中心(もしくは一部)をソ連側に移管させる策略だった。その後、ソ連上層部のユダヤ人たちは英国の(うっかり)傀儡であるスターリンによって粛清された。イスラエル建国運動(シオニズム)は、ソ連を作ったユダヤ人の政治運動から分派した。 (覇権の起源:ロシアと英米

911事件によって作られた「米イスラエルvsイスラム世界」のテロ戦争の構図は、リクード的な対立戦略の恒久的な成功につながるかのように見えたが、結局そうならなかった。ネオコンやチェイニーからトランプまで、ゴリゴリの親イスラエルに見える米国の勢力が、中東の対立戦略を稚拙に過激にやって失敗させて米国内の厭戦機運を盛り上げ、米軍中東撤退への流れを作り、イスラエルが米国抜きの孤立状態でアラブ・イラン側と対立しなければならないように仕向けた。その総仕上げの始まりが、今回のトランプのスレイマニ殺害によるイラン強化、米軍イラク撤兵への流れである。イスラエルの上層部は、トランプがイラクとシリアから米軍を撤退させ、中東全域で覇権を放棄していくと予測している。 (US withdrawal from Iraq; Israel’s worse-case scenario) (テロ戦争の意図と現実

米政界では民主党がトランプ以上にイスラエルに批判的なので、イスラエルはトランプに頼るしかないが、トランプは中東撤退を進めている。イスラエルは米国に頼れなくなり、代わりにプーチンのロシアに頼ってイラン系やアサドなどとの対立激化を防がねばならなくなっている。プーチンは非常に重要な存在になっている。プーチンは安上がりな中東覇権を望んでいるので、イスラエルとイラン・アラブ側を和解させ、中東の恒久対立の構造を崩していきたい。米国の影響力が下がるほど、リクードの入植者たちは弱くなる。彼らはもともとイスラエル側でなく米英側の傀儡なので、最後っ屁的にイスラエルを自滅させる中東大戦争を起こすべく、プーチンを暗殺するかもしれない。逆に、プーチンが暗殺されず、3月の再々やり直し選挙でリクード系が敗北し、イスラエルに中東和平を進められる政権ができれば、イスラエルとアラブ・イラン側の和解がようやく始まるかもしれない。 (米国に頼れずロシアと組むイスラエル

ユダヤネットワークを土台に作られた米英覇権システムの一部である諜報界や中央銀行のネットワークは、今や崩壊寸前だ。諜報界は、ロシアゲートなどトランプとの果し合いに負けている。中央銀行群は自滅策であるQEを何年も続け、バブルの大崩壊やドルの基軸性の喪失が不可避になっている。イスラエルがこのネットワークを取り戻すところには、折よく米英覇権は自滅し、ネットワークは中露など多極型の覇権構造の土台として再生されることになる。世界が多極化しても、ユダヤ人は覇権の黒幕であり続ける。習近平やプーチンはユダヤネットワークに支援されている。 (世界資本家とコラボする習近平の中国



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ