悪者にされるイスラエル2013年1月9日 田中 宇パレスチナのガザで1月4日、パレスチナ最大の政治組織であるファタハが創立48周年の記念式典を開き、ガザでの政治集会として史上最大級の50万人近い人々が集まった(ガザの人口は160万人)。 (At Gaza rally, Fatah sends Hamas a message of Palestinian reconciliation) パレスチナ政界は、世俗派(元左翼)で米国の傀儡色があるファタハと、イスラム主義で反米のハマスに分裂している。軍隊式の組織であるハマスの集会は整然としており、武装した隊列が行進する。対照的に、リベラル左翼組織あがりのファタハの集会は雑然としており、今回のガザ集会も混乱して死者が出て、予定していた演説はほとんど行われなかった。ファタハの集会がガザで開かれたこと自体が画期的なのだから、混乱は当然だ。 2007年の選挙でハマスが勝ったのにファタハが敗北を認めず、パレスチナ自治政府の権力を握り続け、ハマスが反乱を起こしてガザの統治権を乗っ取って以来、西岸はファタハ、ガザはハマスが統治して分裂してきた。今回、ファタハが6年ぶりにガザで集会を開き、そこにはハマスの幹部も参加した。ファタハの幹部は07年の分裂以来、ガザから追い出されていたが、今回の集会を機にガザに戻ってくる。ファタハとハマスが和解した感じだ。そう報じられないのは、当事者たちが和解したという発表をしていないからだ。発表しないのは意図的なものだろう。 (Palestinian Authority officially changes name to 'State of Palestine') ファタハが握るパレスチナ自治政府は、昨年11月末に国連総会で「国連未加盟国家」の承認を得た。1月4日には「パレスチナ自治政府」が「パレスチナ政府」に正式に名称変更し、国連も変更を承認した。 (After upgrading status, UN officially switches from `Palestine' to `State of Palestine') これによりパレスチナは、パレスチナ人の土地を奪って入植地を建設したり、軍を使ってパレスチナ人の行動の自由を奪っているイスラエルを、戦争犯罪や人権侵害の被告として国際刑事裁判所に提訴できるようになった。 (Palestinians may take Israel to ICC over child detentions) 隣国エジプトがムスリム同胞団のモルシー政権になったことによって、パレスチナ人は強い後ろ盾を得た。ファタハはもともとエジプトで作られた(早期からの指導者アラファトはカイロ大学の学生だった)。ムスリム同胞団はハマスと同根の組織だ。 (Egypt transfers tons of building materials to Gaza) エジプトでは、モルシーを攻撃してイスラエルが喜ぶエジプトの混乱を招くだけの勢力に堕したリベラル派による反政府デモや、親イスラエルの勢力が多い国際金融界が裏にいると思われるエジプトからの資金逃避による為替急落など、モルシー政権を壊そうとする方向の動きが相次いだが、モルシーはそれを乗り越えて新憲法の制定や、ムバラク時代の残党が残る司法界の入れ替えを進めている。エジプトの権力機構の最重要組織である軍は、すでにモルシーに従順だ。 (Egypt fears run on its banks as it imposes limit on amount people can withdraw) (Why the Generals Back Morsi) 中東政治のこれまでの「常識」はスンニ派とシーア派が永久に対立する図式だったが、モルシーのエジプトはそれも乗り越え、自分たちがスンニ派イスラム主義の中心勢力であるにもかかわらず、レバノンのシーア派武装組織ヒズボラを賞賛し、ときおり侵攻してくるイスラエルに応戦して負けていないヒズボラの活動を正当防衛だと評価した。 (Egypt's envoy to Lebanon: Cairo will work with Hezbollah, `a real political and military force') 実のところ、スンニ派とシーア派の対立構造は、中東を支配してきた英仏米による分割支配の結果であり、米欧の中東専門家(ユダヤ人が多い)の多くは、スンニとシーアの対立を完全にイスラム側の問題であるかのように描くことで、分割支配の定着に一役買ってきた。同胞団のエジプトは、このような構図を打破する動きを開始している。南隣のスンニ派のハマスや同胞団・エジプトと、北隣のシーア派のヒズボラ・イランの関係が敵対から協調に変わることは、イスラエルにとって大きな脅威だ。 (扇動されるスンニとシーアの対立) このようにパレスチナとイスラエルの関係は、急速に、パレスチナが有利、イスラエルが不利になっている。イスラエルでは1月22日に総選挙が行われる予定で、現職のネタニヤフ首相の右派連立勢力が圧勝しそうだが、選挙が終わるまで、パレスチナ側は自分たちの状況をあいまいにしておく戦略だろう。 ▼「戦争犯罪」の受益者から犯罪者に落とされるイスラエル イスラエルは昨秋来、オバマの米国から邪険にされる傾向を強めている。イスラエル政府はオバマを嫌うあまり、昨年11月の米大統領選挙でロムニーを支持してしまい、オバマとの関係がますます悪化した。 (オバマ再選を受けたイスラエルのガザ侵攻) 2期目に入るオバマは、共和党の元上院議員であるチャック・ヘーゲルを国防長官に指名したが、ヘーゲルは米国の戦略がイスラエルに牛耳られ、戦争ばかりやっている状態を止めようとしている。そのため、米国のイスラエル右派系勢力はヘーゲルの就任に反対してきたが、オバマが動じずヘーゲルを指名したため、米議会内のヘーゲルへの反対が弱まり始めている。ヘーゲルが国防長官に就任したら、米政界で無敗だったイスラエルと在米イスラエル右派勢力にとって、画期的な敗北だ。 (A Hagel Education) オバマの米国がイスラエルを切り離そうとする動きを見て、英国やEUもイスラエルへの非難を強めている。昨年末、英国政府は、イスラエルがヨルダン川西岸の東エルサレム地域で入植地を急拡大していることを「戦争犯罪(ジュネーブ条約違反)だ」と非難した。パレスチナが国家として認定された以上、イスラエルが西岸のパレスチナの領土で入植地を拡大し、パレスチナ人を武力で威嚇し、逮捕したり殺傷したりすることが、侵略戦争行為にあたる傾向が強まった。米国が覇権を持ち、イスラエルが米政界を牛耳っている従来、米覇権にぶら下がっている英国はイスラエルを黙認してきたが、米イスラエル関係の不可逆的な悪化を受け、機敏な外交力で国益を稼ぐ英国が、イスラエルに対する態度を変えた。 (Hinting at war crimes charges, UK minister attacks Israel for East Jerusalem construction plans) 英国がイスラエルを戦争犯罪の加害者扱いしたのは初めてだ。戦争犯罪の構図はもともと、第二次大戦で英国が仇敵のドイツに恒久的に「悪」のレッテルを貼るために創設した考え方で、その後、ソ連やサダム・フセインなど、英米にとって都合が悪い勢力に難癖をつけて「戦争犯罪」のレッテルを貼ってきた。ナチスドイツの「ホロコースト」の「被害者」であるイスラエルは、ドイツを脅して金を取り続け、これまで「戦争犯罪」の構図の中の勝者・受益者だった。 (ホロコーストをめぐる戦い) 「戦争犯罪」を政治利用する策略の発明者・首謀者である英国が、イスラエルを「戦犯」扱いしたことは、国際社会がイスラエルを従来の「善」から「悪」へと突き落としつつある流れを象徴している。EU(独仏)も中露も、パレスチナ国家創建を支持し、入植地を拡大するイスラエルを批判している。国連安保理で拒否権を連発してイスラエルを支持し続けるのは米国だけなので、2期目のオバマ政権が、イスラエル全面支持から少し後退し、安保理での反対(拒否権発動)を棄権に変えるだけで、さまざまなイスラエル非難決議が可決され始め、イスラエルに対する戦犯国扱いが強まる。アラブ諸国など、発展途上国は大賛成だ。 (ユダヤロビーの敗北) (ガザ戦争で逆転する善悪) もともと英国はイスラエル(シオニスト運動)に手を焼いていた。伝統的に英国の中枢にはロスチャイルド家など、キリスト教に改宗した勢力を含むユダヤ人・ユダヤ系が多くおり、英国の覇権はユダヤ人資本家のネットワークに助けられて成立した歴史もある(だから、覇権が英から米に移った後も、覇権運営はニューヨークのユダヤ系資本家が主導している。彼らは覇権移動の画策者でもある)。 (覇権の起源(2)ユダヤ・ネットワーク) 19世紀から盛んになったシオニスト(ユダヤ人国家建設)運動は、ユダヤ人社会の内部における、英国中枢に入り込む資本家(宮廷ユダヤ人)に対する、活動家たちによる殴り込みだった(活動家の黒幕に資本家がいたとすれば、資本家内部の闘いだ)。資本家たちはユダヤ人であることを隠してこっそり英国や覇権の運営を続けたかったが、シオニストはすべてのユダヤ人がカムアウトして(名乗り出て)、ユダヤ人国家(イスラエル)の建設に協力することを求めた。バルフォア宣言は、彼らの暗闘の妥結点の一つだった。それ以来、現在に至るまで、米英イスラエルの全域で、ユダヤ社会は常にシオニスト活動家に攪乱され続けている。(ネオコンや西岸入植者のように、意図的にシオニズムを推進しすぎて逆に破壊する勢力も目立つ)。 (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争) シオニズムの台頭により、英国が宮廷ユダヤ人の助けを借りて作り、第二次大戦後に中心が英から米に移った覇権システムが、シオニスト活動家に乗っ取られることになった。英国中枢の人々は内心、シオニストを嫌っているはずだ。英国は以前からパレスチナ国家の創設に熱心だったが、ここにきてイスラエル非難を強めている。 (多極化の本質を考える) 国際社会がイスラエルを非難する最大の点は、イスラエル当局が西岸で入植地を拡大していることだ。イスラエルの政界と行政機構内に入り込んだ特に強硬なシオニスト右派が、国際社会の非難の強まりを無視して入植地拡大に拍車をかけている。国際非難が強まってイスラエルが孤立し、イスラエル周辺のアラブ諸国が団結して軍事的脅威が強まるほど、イスラエルの世論は和平から遠ざかり、シオニスト右派に有利になる。 (世界を揺るがすイスラエル入植者) ネタニヤフ首相の政党リクードより、少数派だった極右諸政党の人気の方が高く、ネタニヤフは極右との連立を強化せざるを得ない。パレスチナ和平を提唱する中道左派への支持は少なく、イスラエルは民主的に自滅に向かっている。世界が多極化して中国の台頭と米国の衰退が続くのに、日本の世論が中国敵視と対米従属強化という自滅的な方向に進んでいるのと、イスラエルの現状は似ている。 (Likud heads call to omit Netanyahu's two-state declaration in party platform) イスラエルの外交官たちの間では、母国が急速に孤立している状況に対する危機感が強まっている。イスラエル政府が先日、世界カ国に駐在する150人の外交官を本国に集めて戦略会議を開き、外交官らの懸念を代表するかたちで国連大使(Ron Prosor)が「世界からの非難を逆なでするかたちで、イスラエル政府が(最悪の)今のタイミングで東エルサレムのE1入植地の拡大を決めた理由を教えてほしい(それを世界に説明したいので)」と質問し、外交官らの喝采を受けた後、政権の安全保障議長(Yaakov Amidror)は「君たちは(政治家が決めたことに従う)事務員にすぎない。政府の方針に従いたくないなら、外交官を辞めるか、政治家に転身すべきだ」と言い放った。 (Defend government policy or resign, Israel's ambassadors are told) 実際、ネタニヤフ政権は昨年末、駐米大使を更迭し、交代させている。イスラエル各界と在外ユダヤ人社会で、イスラエルが自滅的に孤立を強めていることに対する懸念が拡大しているが、誰もネタニヤフ政権を方向転換させられない。1月22日の選挙でネタニヤフが勝つと、極右政策が民意の支持を得ることになり、この傾向がいっそう強まる。 (Israeli Ambassador to U.S. Resigns) (Yadlin: Israel losing international support) ▼イスラエルに併合される方がパレスチナに有利 パレスチナ政府のアッバース大統領は、1月22日の選挙後もネタニヤフがパレスチナ国家建設に向けた和平交渉を開始しないなら、パレスチナ政府を解散してイスラエルに併合させると表明している。これは一見、自滅的な表明だが、実はイスラエルに対する強烈な脅しになっている。 (Abbas threatens to hand over the West Bank to Israel) パレスチナ政府の統計局によると、イスラエルと西岸とガザの合計人口は現在、ユダヤ人が600万人でパレスチナ人(アラブ人)が580万人だが、パレスチナ人の方が出生率が高いため、2020年にはユダヤ人690万人、パレスチナ人720万人と逆転する。パレスチナ政府が解散し、イスラエルが西岸とガザを併合せざるを得なくなると、政府を民主的に決めた場合、ユダヤ人でなくパレスチナ人の政府ができて、イスラエルは民主的に国家消滅し、パレスチナ国家になってしまう。 (Palestinians say they will outnumber Israeli Jews by 2020) イスラエルは従来「中東で唯一の民主主義国」を自称してきた。西岸とガザを併合してなお「ユダヤ人国家」を貫こうとすれば、パレスチナ人に選挙権を与えないアパルトヘイト的な「ユダヤ人独裁」に陥り、世界から非難され、経済制裁される。イスラエル政界の中道左派の指導者であるツィピィ・リブニは、この危険性を指摘し、イスラエルにとってパレスチナ国家の建設が不可欠だと言っている。彼女は全く正しい。 (Livni: In order to safeguard Israel as a Jewish state we must divide it) ところがイスラエルの極右諸政党は、パレスチナ国家の創設構想を破棄し、西岸とガザを併合すべきだと、しだいに強く主張するようになっている。1月22日の選挙後の連立政権に入りそうな3つの極右政党のうち2つが、西岸の併合を党の方針として掲げている。この事実は、イスラエルのシオニスト右派(主導者の中に米国からの移民が多い)が、イスラエルを支持するふりをして潰そうとしている、米国のネオコンと同根の隠れ多極主義的な勢力であることを示している。 (Serious talk in Israel about annexing Palestine) 米国では、イスラエルを批判的に報じるアラブの衛星テレビであるアルジャジーラが、アル・ゴア元副大統領が所有していたテレビ局「カレントテレビ」を買収し、米国でアルジャジーラの英語放送が開始されようとしている。アルジャジーラの英語放送は、アラビア語放送よりも反イスラエル色が弱いが、それでもCNNなどプロパガンダ色が強い米国の放送局よりも、イスラエルに関して中立的(つまり批判的)に報じている。米国におけるイスラエル支持は弱まる方向だ。 (U.S. Jewish leaders express 'concern' about impending Al Jazeera incursion into millions of American homes) イスラエルはイランに核兵器開発の濡れ衣をかけ、米国にイラン侵攻させようとしてきたが、2期目のオバマ政権は、イランと和解する交渉を開始するかもしれない。ヘーゲルが国防長官になると、この方向性が強まる。米国がイランへの濡れ衣を解くと、イスラエルを敵視するイランが国際社会で認められる傾向が増し、イスラエルにとって不利になる。国連のIAEAでは、オバマ政権の世界非核化の構想の一部として「中東非核化」の計画が進んでいるが、今の中東で核兵器を持っている唯一の国はイスラエルであり、中東非核化とはイスラエルに核廃絶する話だ。イスラエルは、核廃絶に応じれば抑止力が低下し、核廃絶を拒否すれば北朝鮮と並ぶ「悪」になる。 (北朝鮮と並ばされるイスラエル) イスラエルをめぐる転換は、シリアにも影響を与えている。パレスチナが国際刑事裁判所でイスラエルの戦争犯罪を提訴しようとするのを見て、シリアのアサド政権は、シリアの反政府勢力(アルカイダ系)に武器を渡して内戦を激化させている米国などを戦争犯罪で提訴しようとしている。この動きはシリア内戦における善悪を逆転させかねない。 (Will Syria Go on the Offensive at The Hague?) イランも、自国に核兵器開発の濡れ衣をかけて侵攻しようとしてきた米イスラエルを国際刑事裁判所に提訴するかもしれない。これらの揺れ動きが起きている間に、中国は、イラクの巨大油田の利権を得ている。米国のエクソンモービルなどは、イラクから追い出されている。中東では、大きな転換が起きている。 (Chinese Oil Companies Apparent Victors in Post-Saddam Iraq)
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