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北朝鮮と並ばされるイスラエル

2010年6月4日   田中 宇

 5月28日、ニューヨークの国連本部で1カ月近くにわたって開かれていたNPT(核拡散防止条約)の5年に一度の見直し会議が終わり、最終文書(final document)が可決された。そこには「中東非核化」の一環として、核兵器を持ちながらNPTに加盟していないイスラエルに対し、NPTへの加盟とIAEA(国際原子力機関)による核査察の受け入れを求める項目が盛り込まれた。28ページからなる最終文書の26−28ページに、中東非核化とイスラエルに対する要請について、特別に項目が立てられている。この項目を入れることを主張したアラブなど途上諸国と、項目を入れることを渋った欧米が最後まで対立したため、いつでもこの項目を外せるよう、末尾につけられていたのだろう。 (NPT 2010 Review Conference draft final document (PDF)

 この最終文書では、イスラエルのほか、北朝鮮(3、28ページ)、インド・パキスタン(15ページ)が批判されているが、私が読んだ限りでは「イラン」という文字は一度も出てこない。イスラエルは、北朝鮮と並んで繰り返し批判されている。イスラエルは今や、北朝鮮と並ぶ「悪」に指定されている。イランの「核兵器開発疑惑」は濡れ衣だった観が強まっている。

 いつもは徹底的にイスラエルの味方をして、イスラエルに不利な国連決議に拒否権を発動して葬り去ってきた米国は、異例にも、今回のNPT最終文書に賛成した。中東非核化は、オバマが就任以来取り組んできた「世界非核化」の戦略の不可欠な要素である。一昨年、非核化を実現する前にノーベル賞をもらってしまったオバマ大統領は、NPTの最終文書に反対して潰すわけにいかず、しかたなく賛成したのだと報じられた。 (Iran narrowly wins UN nuclear battle

 オバマは、イスラエル非難を含むNPT最終文書に賛成した後で「イスラエルを名指しで批判する最終文書に対し、強く反対する。イスラエルの国家的な安全をおびやかす動きには、強く反対する」という声明を発表した。「そんなに反対なら、最終文書に賛成しなければ良かったのに」「オバマは世界非核化で後世に自分の名を残すためにイスラエルを犠牲にした」と、イスラエルの新聞で批判された。 (U.S. sacrificed Israel for success of NPT conference

 オバマは、秘密裏にイスラエルに対して「米国はNPT最終文書に同意するが、イスラエルは核兵器を持ったままでかまわない」と確約したとも報じられている。だが、裏がどのようになっていようが、表の世界でイスラエルが米国を含むすべてのNPT加盟国から非難されたことは決定的だ。 (Obama Made Secret Pledges to Israel Over NPT

 NPT最終文書では、イスラエルが名指しされた半面、イランに対する批判は一言も載らなかった。「イランは核兵器開発している」と以前から叫んできたイスラエルは「イランを非難しない偽善的なNPT文書など、無視してかまわない」と表明し、NPT加盟を拒否した。だが、実はイランが核兵器開発している話は、イスラエルが米欧を脅して同調させてきた濡れ衣である。偽善なのは、NPT文書ではなく、イランに濡れ衣をかける一方で自国は核兵器を何百発も持ってきた従来のイスラエルの戦略の方であり、その偽善の化けの皮がようやくはがれたのが、今回のNPTである。 (Report: Nuclear forum to ignore Iran, urge Israel to sign NPT

▼タイミング良く出てくる核兵器の暴露

 NPT会議でイスラエルの核に関する議論が進んでいた5月下旬には、英国の新聞が、イスラエルが1975年にアパルトヘイト時代の南アフリカに核兵器を売っていたことを示す機密外交文書を暴露した。機密文書は南アのもので、南アのボタ国防相(のちに首相、大統領。アパルトヘイト政策の推進者)が、イスラエルのペレス国防相(のちに首相、大統領)と交渉し、南アがイスラエルから核弾頭を買う話をまとめた時の議事録などだ。南アは翌76年に核実験を行い、6発の核弾頭を持ったが、アパルトヘイト廃止直前の89年に核を廃棄した(アラブ人たちは、南アが廃棄した核物質がイスラエルに戻されたと考えている)。 (Revealed: how Israel offered to sell South Africa nuclear weapons) (South Africa and weapons of mass destruction

 この文書の存在は以前から知られていたが、その内容が暴露されたのは初めてだった。NPTでイスラエルの核兵器保有が非難されるのと時機を合わせて出てきた「イスラエルがアパルトヘイトの南アに核兵器を売った」という話は、イスラエルが「アパルトヘイトのようにパレスチナ人をガザや西岸に封じ込め、物資搬入も制限して飢餓線上に置いている」という国際的な批判と重なり、イスラエルの国際イメージを悪化させる方向に働いている。 (The memos and minutes that confirm Israel's nuclear stockpile) (The Future of Palestine by John J. Mearsheimer

(イスラエルの核兵器の原料の中には、1957−67年に米国がイスラエルに供給した高濃度ウランが含まれている。この件もNPT会議直後の5月6日に、米政府の会計検査院GAOによって機密解除されている。米当局や英新聞が寄ってたかってイスラエルを悪者にしている) (Declassified GAO Report Exposes Fatally Flawed Israel Investigations

 イスラエルのネタニヤフ首相は、米オバマ政権に「核兵器を廃棄しろと世界から圧力をかけられ、国家の安全を守れなくなる。どうしてくれるのか」と詰め寄ったという。米側はネタニヤフに「イスラエルの今後の安全保障について会議したいのでワシントンに来てくれ」と訪米を誘った。ネタニヤフは5月31日にまずカナダを訪問し、その後6月1日に米ワシントンに行ってオバマと会う予定になっていた。しかしひょっとすると、ネタニヤフを米国に呼んだのも、米側による「引っ掛け」だった可能性がある。 (Rahm Emanuel invites Netanyahu to discuss 'shared security interests' with Obama) (Netanyahu to ask Obama to block measures against Israel over nukes

 というのは、ネタニヤフがカナダを訪問中の5月31日、パレスチナのガザに救援物資を運ぶ途中のトルコや欧米の市民運動団体の船が、ガザ訪問を阻止しようとするイスラエル軍に公海上で襲撃され、20人近くの市民運動家が殺される事件が起きたからだ。ネタニヤフは、オバマとの会談をキャンセルし、カナダからイスラエルに急いで帰国した。 (Netanyahu cancels Washington trip

▼罠にはまったイスラエル軍

 この事件についてイスラエル軍は「兵士が乗船を試みたところ、支援船に乗っていた市民運動家が、ピストルやナイフを持って襲い掛かってきたので、やむなく応戦した。支援船の活動家の中にはトルコのイスラム原理主義者もおり、彼らはテロリストを支援している」と発表した。イスラエル軍は、支援船の活動家たちが兵士の乗船を阻止しようと、兵士に向かって放水したり、金属の箱を投げつけたり、チェーンを振り回したり、スタングレネード(音と光だけを出す威嚇用の手榴弾)を投げたりする光景のビデオ映像も公開した。 (Video: Gaza flotilla activists attacking Israel Navy commandos

 だが、活動家によるこの程度の抵抗は、世界各地の市民団体が反政府デモをする時に、デモを鎮圧しに来た機動隊や軍隊に向かってやることと同水準である。これに対してイスラエル軍が実弾を発砲して20人近くを殺してしまったのは、イスラエルの方が国際的に非難されて当然だった。アラブやEU、ロシアなどの政府が、イスラエルを非難する声明を出した。

 イスラエルのハアレツ紙は「イスラエルは1947年のエクソダス号事件と逆の失敗をしてしまった」と書いている。イスラエル独立直前の1947年、欧州のユダヤ人のシオニスト活動家たちがエクソダス号という船に乗り込み、独立に反対する英国軍が海上封鎖するイスラエル(英領パレスチナ)に向かった。エクソダス号は海上で英軍に阻止され、フランスに強制送還されたが、国際世論は人道無視の英国を非難し、この事件はイスラエルを有利にした。今回、パレスチナ運動家を海上で阻止したイスラエル軍は、昔の英軍と同様、イメージ戦略上で大敗した。パレスチナ活動家は、イスラエル軍が何人かの活動家を船上で殺す展開になることを誘発し、イスラエル軍は罠にはまったと、ハアレツのコラムニストが書いている。 (ANALYSIS / Israel has forgotten the lessons of the Exodus

 イスラエル軍内の右派(入植者系)の中には、敵を作る戦略をやりすぎて失敗を誘発する、米国の隠れ多極主義者(ネオコン)とつながった勢力(イスラエル愛国者のふりをした反イスラエル派のスパイ)がいる。ネタニヤフ首相がいない間に今回の失敗をやらかしたバラク国防相(元首相)は、実はこの手のスパイなのではないかと、私は前から疑っている。

 イスラエル軍が襲撃したのは、支援船団のうちの6隻で、トルコ籍船が3隻、ギリシャ籍船が2隻、米国籍船が1隻だった。殺された活動家の約半数はトルコ人だった。ガザに支援船団を送る「フリーガザ運動」( <URL> )は、欧米やイスラム諸国の市民運動の集まりだが、トルコのIHH(人権と自由と救済 <URL> )という人道支援団体が今回、多くの船を出していた。以前からイスラエルを非難していたエルドアン首相らトルコ政府は、今回の事件を機に、より強くイスラエルを非難するようになった。エルドアンは「イスラエルは国家テロをやっている」と言い切った。米国のネオコン系新聞であるウォールストリートジャーナル(WSJ)は「IHHは、ハマスやアルカイダといったイスラムテロ組織とつながりがある。IHHは、隠れイスラム原理主義であるエルドアンの与党AKPに支援されている」と反論している。 (Erdogan: Aid ship raid is Israeli state terrorism) (Turkey's Radical Drift

 とはいえイスラエルやネオコンと、アルカイダやハマスは、もともと真の敵どうしではない。ネオコンや米当局は、アルカイダを強化扇動してテロをやらせて、米国の覇権を強化する「テロ戦争」を挙行した。イスラエルのモサドは、ハマスを強化扇動して、パレスチナ和平を潰すとともに、米イスラエルがイスラム過激派と戦う中東支配の構図を作った。この支配戦略が米ネオコンとイスラエル右派の「やりすぎ」によって崩れ、イランやトルコ与党といったイスラム的な勢力が強まり、イスラエルが弱体化し、その中でWSJなどのネオコン勢力は、トルコやイスラム勢力に対する非難中傷を繰り返し、ますますイスラム側を強め、イスラエルの弱体化に拍車をかけている。

 エルドアンは5月17日、BRICの一角であるブラジルと一緒に、イランのウラン濃縮問題を仲裁した。イランが持つ低濃度ウランを、トルコが仲裁してイラン国外で濃縮し、イランの医療用原子炉の燃料として使うことで、イランが核兵器を作れない体制を組むことが目的だ。この新たな仲裁に対し、米国は「濃縮に出すウランの量が少なすぎるなど、内容が不十分だ」として拒否した。米国は、欧州も引き連れ、国連で改めてイラン制裁決議を出そうとする動きをやめていない。 (善悪が逆転するイラン核問題

 しかし、5月28日にNPTがイスラエル非難・イラン放免の最終文書をまとめ、5月31日にはガザ沖でイスラエル軍による支援船襲撃事件が起こってイスラエルが悪者になる流れの中で、これまでイラン問題で米国の側についていたギリシャやスウェーデンが、トルコ・ブラジルが仲裁するウラン濃縮問題の解決案に賛成する声明を出した。国際社会の多くの国は従来、米イスラエル主導のイラン制裁が濡れ衣だと薄々わかっていても、米国の覇権に楯突くことを躊躇し、イラン制裁に賛成してきた。しかし、米国の単独覇権主義が失敗し、トルコのような国がイランを擁護して立ち上がり、その一方でイスラエルが悪者にされる流れが周到に繰り返される結果、これまで親米だった国々の中にも、非米化したトルコのやり方に同調する動きが出てきた。ギリシャはつい最近までトルコの仇敵だったが、金融危機でEUに見放される半面、トルコから経済協力の申し出を受け、親トルコに転換しつつある。 (Greece, Sweden back Iran declaration

▼トルコとイスラエルは一触即発に?

 ガザへの支援船は、第2弾が準備されている。トルコ政府は「次にトルコの支援船がガザに行く時は、公海上をトルコ海軍が護衛する」と発表した。トルコとイスラエルの一触即発の事態がありうる。トルコでは「イスラエルをやっつけろ」という世論が高まっている。 (Turkey: Future Gaza Aid Ships Will Have Military Escorts

 エジプトは、ガザとエジプトの間の国境を久々に開放した。従来、エジプトは対ガザ国境を開けても数日で再び閉めてきたが、今回の開放は無期限だという。エジプトは来年秋に選挙があり、独裁者のムバラク大統領が82歳で、早く息子のガマル・ムバラクに譲りたいが、与党内では世襲に反対する声が強い。まとめられないので、来年まで父子のどちらが次期選挙に出るか決めないことにした。何とか世襲をしたいムバラクは、エジプト国内で強まるイスラエル敵視の風潮に乗って人気取りを図っている。イスラム世界の反イスラエル感情は、扇動されるばかりだ。 (Egypt opens Gaza border after Israel ship clash) (PM Hints at Uncertainty Toward Gamal Mubarak

 ロシアもこの風潮に乗っている。メドベージェフ大統領は5月中旬にシリアやトルコを歴訪し、シリアではハマスの指導者ハリド・マシャルと初めて会った。マシャルは、ハマスの外交担当としてシリアに駐在し、アエロフロート便の乗り継ぎのためによくモスクワに降り立つが、そのたびにマシャルはロシア政府に首脳との面会を要請しては断られてきた。それが今回は、メドベージェフの方から会いたいといって、わざわざシリアまで来てマシャルに初めて会った。ロシアは抜け目なく、中東政治の風向き変更に合わせて動いている。 (Strategy shift in the Middle East

 トルコは6月1日から国連安保理の議長となった。議長就任は前から決まっている輪番制であり、トルコは非常任理事国だから米英仏中露のような拒否権は持っていない。しかしトルコは、5月17日にイラン核問題で米国に楯突く仲裁を挙行し、5月31日にガザ支援船問題でイスラエルを強く非難する立場になるという流れの中で安保理議長に就任した。どこまでやれるかわからないが、安保理議長の立場を最大限に利用し、イランに対する核の濡れ衣を晴らし、イスラエルを窮地に追い込み、米国の覇権体制を崩そうとするだろう。 (Turkey to Assume UN Security Council Presidency in June

 米国はブッシュ政権時代から、親イスラエルのふりをしつつイスラエル潰しに精を出してきた観があるが、ここにきてトルコを反イスラエルの雄として押し出し、イランと結束させている。エルドアンは、NPT会議で世界的な核廃絶の気運が高まった5月28日には「核兵器保有を許されている核大国(5つの安保理常任理事国のこと)こそ、イランのことを非難する前に、自国の核兵器を廃絶すべきだ」と述べている。オバマがやろうとする世界核廃絶の真髄を突く発言を、エルドアンはすでに放っている。 (Turkey: Powers should dismantle nukes



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