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印パを中露の方に追いやるトランプ

2018年9月5日   田中 宇

トランプ政権の米国が、インドとパキスタンの両方を経済制裁する方向に動いている。米国はこれまで、印パのどちらか一方を味方に、他方を敵方にして均衡戦略を続けてきたが、最近は、歴史的に前例のない両方敵視になっている。しかも米国に敵視されるほど、インドとパキスタンはそろって中国やロシアに接近し、米国抜き・多極型の新世界秩序の一員になる傾向だ。印パは、中露が率いる上海協力機構に同時加盟し、米国撤退後を見据えた中露主導・米国抜きのアフガニスタンの安定化策に仲良く協力し始めている。中国は最近、アフガニスタンの治安維持への協力を本格化している。米軍もアフガン駐留しているが、米中は相互に相手がいないかのように振る舞っている。 (America’s Pakistan policy shows White House ignorant of major geostrategic shift) (China says it is helping Afghanistan with defence, counterterrorism

印パは、アフガン安定化策での協調を皮切りに和解を試み、両国の建国以来70年間続いてきた敵対を終わらせようとしている。トランプの印パ敵視策は、非米的な方向での印パの和解につながっている。トランプは、シリアなど中東の運営をロシアに任せたり、各国と貿易戦争を引き起こして自由貿易体制から離脱しようとするなど、覇権放棄や多極化の戦略を多方面で進めている。印パを中露と結束させて和解させていることも、トランプの意図的な戦略と考えられる。 (中国がアフガニスタンを安定させる

米政府は9月2日、対アフガン国境沿いで米軍と戦っているタリバン系の武装勢力に対するパキスタン政府の取り締まりが不十分であるとして、これまでパキスタンに出していた年間3億ドルの軍事支援金を打ち切ると決めた。米政府は911以来「パキスタンはテロリスト(タリバン)を匿っている」と批判し続けてきたが、パキスタンは米国の同盟国であるため、これまで軍事支援の打ち切りに至っていなかった。今回、トランプ政権は、同盟国をも対象にした、問題ある国際支援金の打ち切り策(覇権放棄策)の強化の一環として、パキスタンへの3億ドルを打ち切ることにした。 (Trump Administration Cancels $300M Aid to Pakistan Over Terror Record

一方、米国のインドに対する制裁は、まだ発動されておらず「脅し」の段階だ。インドは、ロシアから最新型の地対空迎撃ミサイルS400を買う交渉の最終段階にあるが、米国防総省の高官(Randall Schriver)は8月末、インドがS400を買った場合、米政府がインドを経済制裁するかもしれないと表明した。米国は、クリミアを併合したロシアへの経済制裁の一環として、ロシアと軍事関係の取引をした諸国をも制裁する方針を掲げている。これまで米政府はインドを制裁対象から除外してきたが、今回除外扱いを解除することを検討している。 (India may face sanctions if it buys Russia's S-400 missiles: US

米国は従来、印パの一方を敵とみなし、他方を味方とみなす傾向だった。冷戦時代は、社会主義でソ連寄りのインドを「敵方」、反共的なパキスタンを「味方」だった。冷戦後、米国は、高度成長を開始したインドに接近する一方、タリバンと親しいパキスタンに対してテロ支援国に近い扱いをするようになった。米国に疎んじられたパキスタンは中国に泣きついて傘下に入れてもらい、中国の属国状態(カンボジアやラオス、ミャンマーと同格)になっている。 (中国の覇権拡大の現状

米国がパキスタンを敵視して中国側に転じさせる動きは、ずっと前からのことだ。私が最初にその傾向を、「アメリカが見捨てたパキスタンを拾った中国」という中見出しで記事(アメリカを出し抜く中国外交)にしたのは911の3か月前の01年6月だった。その後2011年には、今回とよく似た題名の記事「パキスタンを中露の方に押しやる米国」を書いている。11年と今で違うのは、11年には、まだインドが米国に敵視される状況がなかった点だ。 (アメリカを出し抜く中国外交) (パキスタンを中露の方に押しやる米国

米国が印パを中露の側に転じさせたいのなら、軍事支援打ち切りや経済制裁の脅しといった強硬姿勢をとらず、米国が印パ中露を集めて話し合えば良い。それをやらないのだから、印パに対する米国の強硬姿勢は(多極化で説明すべきでなく)、安上がりな覇権運営をめざす米単独覇権策の一環にすぎない、という見方もマスコミなどで流布している。だが、そのような見方は、米国の上層部の実態を無視している。米上層部は、ずっと軍産複合体が握っており、歴代の大統領が、軍産が推進する単独覇権主義から逸脱したければ、単独覇権の戦略を過激にやって失敗させる「隠れ多極主義」の手法しかない。 (軍産の世界支配を壊すトランプ) (隠れ多極主義の歴史

軍産はここ10年ほど、台頭する中国を、インドと対立させて抑止する戦略を強めてきた。トランプは、米国とインド、日本、豪州の軍事同盟の強化を、自分でやらず、日本の安倍首相にやらせるかたち(インド太平洋戦略)で進めようとしてきた。だがインド自身は、台頭する中国との対立を深めることに消極的で、米国(米日豪)よりも中国(中露BRICS)との関係強化を好む姿勢を強めている。中印は今春に中国の武漢での首脳会談を契機に親密度が増し、ずっと続いてきた国境紛争も再発防止策がとられた。インドのモディ首相は、中国との友好関係を強調する発言が目立つようになっている。 (India, China agree to expand military ties after defence talks) (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ

米国(や日豪)がインドを取り込んで中国包囲網を強める「インド太平洋戦略」は、頓挫しつつある。この失敗を踏まえてトランプは、軍産主導の中国包囲網策ではダメなので、代わりにトランプ独自の「全方位敵視策」に変えることを、軍産に容認させた。それで、インドとパキスタンの両方を敵視する今回の策が始まったと考えられる。インドは、ロシアからのS400の購入だけでなく、イランからの石油輸入に関しても、11月の米国のイラン制裁強化後、米国から経済制裁を受けそうな感じだ。イランからの石油輸入に関して米国は、インドだけでなく中国も経済制裁しようとしており、インドと中国は、トランプから制裁される国どうしとして接近していきそうだ。 (US says ready to sanction China for buying Iran's oil) (China-India 'Cooperative Competition' In Iran

▼中国主導のユーラシア開発を阻止するのが軍産が911を起こした目的の一つだったが・・・

米国が印パを敵視して中露の側に押しやる動きに対し、印パを受け取る中露の側は、911後の米国による占領失敗で内戦が長引いているアフガニスタンを内戦終結・和解・安定化させるなかで、インド(反タリバン)とパキスタン(親タリバン)、アフガン政府(親米)とタリバン(親パキスタン)、中国(親パキスタン)とインド(反パキスタン)の3つの対立を解消していく方針だ。 (Russia says Afghan peace talks in Moscow postponed) (インドとパキスタンを仲裁する中国

アフガニスタンには米軍が駐留・占領しているが、すでに米軍自身が占領の失敗と、失敗を挽回するための手だてがないことを認めている。失敗の挽回には、米国の傀儡であるアフガン政府と、反政府軍であるタリバンとの交渉が必要だが、米国は交渉を仲裁する気がなく、交渉仲裁役はロシアがやっている。ロシアは9月4日に初めてのアフガン和平交渉をモスクワで開く予定だったが、米国が参加を拒否し、延期された。交渉は延期されたが、今後もアフガン和平の仲裁役はロシアで、米国がろくに参加しないままの交渉になると予測される。 (Pentagon Does Not Expect Endless, Large-Scale Military Mission in Afghanistan) (Taliban to take part in Moscow talks on Afghanistan on Sept. 4

米国がろくに参加しないまま、ロシアの仲裁で内戦が終わって和平交渉になる展開は、すでにシリアで実現している。アフガニスタンは、そのモデルの第2弾になる。米軍は駐留し続けるが、内戦終結の和平交渉は米国抜きで進み、和平が実現した後、米傀儡だったはずのアフガン政府が米国に撤兵を求め、内戦と米軍占領が終わる展開になりそうだ。その後のアフガニスタンは、中露イランの協力で再建されるようになり、そこにパキスタンやインドも参加する。 (米国から露中への中東覇権の移転が加速) (中露がインドを取り込みユーラシアを席巻

中露は、米国と対照的に、戦争を好まない。その理由は中露が平和主義だからでなく、米国(軍産)が戦争によってしか世界支配できない体質だったからだ。軍産の親玉は英国で、第2次大戦後に冷戦を起こすことで軍産英が米国を牛耳った。その歴史的経緯から、米国は戦争によってしか世界支配できない。中露は、そのようなしがらみがないので、儲け主義・現実主義に立ち、米国(軍産)が起こした世界各地の内戦や対立を終わらせて安定化し、国家再建の果実を得ようとしている。アフガニスタンやシリアは、その構造の一部だ。 (ますます好戦的になる米政界

インドとパキスタンが恒久的に敵対しているのも、軍産英の策略だ。印パの対立は第2次大戦後、英国がインド植民地を独立させるときに、イスラム教徒とヒンドゥ教徒の対立を扇動して別々に国を作らせて引き起こした。単一の国として独立していたら地域覇権国的な大国になれたのに、英米の単独覇権体制を維持するため、2つの恒久対立する国にして消耗させ、貧しいままにした。軍産英は、印パに核兵器開発の技術を注入して核武装させることまでやって、印パの対立を恒久化してきた。米国(軍産)が覇権を握る限り、印パは対立させられるが、中国やロシアに覇権が分散されると、中露は印パを仲裁して和解させ、経済発展させて果実を取ろうとする。 (台頭する中国の内と外) (中国包囲網はもう不可能

冷戦終結後、90年代末から中国が西域開発に力を入れ、新疆ウイグルから中央アジア諸国、ロシア、パキスタン、イランにつながるユーラシア内陸部を、国際協調の態勢でインフラ整備して経済開発させようと動き出した。00年には、中国と、プーチン政権になったばかりのロシアが、国境紛争をすべて解決した。中国が中央アジア諸国と作った安保経済協力の「上海ファイブ」にロシアも入り「上海協力機構」になった。中国は、パキスタンのペルシャ湾に近いグワダル港の開発に着手し、現在の「一帯一路」につながるシルクロード開発計画が、00年ごろから始まろうとしていた。 (中国の一帯一路と中東) (立ち上がる上海協力機構

当時すでに中国と親しかったパキスタンは、パキスタン在住のアフガン難民の若者にタリバンを作らせて武器を与え、タリバンがアフガニスタンの内戦を平定して98年に政権をとった。パキスタンからアフガニスタンを通って中央アジアやイランに至る交通網が開けるメドが見えてきた。タリバンは、パキスタン・アフガン間を往復していたトラックの運送会社群から支援され、最初の仕事はパキスタンから中央アジアに向かう貿易トラック隊を山賊の襲撃から守ることだった。タリバンは「交通を開くための勢力」だった。タリバン政権も、中国が主導していたシルクロードのユーラシア開発計画の流れの中にあった。中国(とロシア)によるユーラシア内陸部の開発は、地政学的に、ユーラシアの外側から内側を封じ込めてきた米軍産の世界支配にとって脅威だった。 (終わらないアフガン内戦

こうした状況は01年の911テロ事件によって一気に変わった。軍産による自作自演的な911事件によって、冷戦終結以来失っていた米国の覇権運営権を一気に手にした軍産(とイスラエル)は、911の犯人をオサマ・ビンラディンと決めつけ、ビンラディンをかくまっていたタリバンを急に敵視し、米軍がアフガニスタンに侵攻してタリバン政権を潰した。米軍は、アフガンへの補給路としてパキスタンや中央ジアを使い、中国のシルクロード開発計画の対象地域のど真ん中に米軍が居座り、恒久的な「テロ戦争」の開始が宣言された。 (911十周年で再考するテロ戦争の意味

中国は、当時まだ経済力や軍事力が米国よりはるかに小さく、米国に敵視されるのを防げと遺言したトウ小平の傘下の江沢民がトップだった。中国は、911の発生を受け、シルクロード開発計画を無期延期した。グワダル港の開発も凍結された。911は、米上層部で軍産(とイスラエル)が返り咲くためのクーデターであったと同時に、中露による地政学的な逆転につながるシルクロード開発計画を阻止する策だった。 (仕組まれた9・11

しかしその後、米国はイラク侵攻などによって、テロ戦争を自滅的に失敗させた。米軍のアフガン占領は続いたが、占領の失敗は確定的になった。こうした流れのなか、中国は経済力や国際政治力を増大し、2012年には中国のトップが米国と競わないトウ小平傘下の胡錦涛から、そうした制限のない「トウ小平後」の習近平に代わった。習近平が権力につくと同時に、中国は、911で中断したシルクロード開発計画を「一帯一路」として再開した。中国は、シルクロード計画を棚上げしている間に、ロシアやイランとの関係を強化し、BRICSなどでインドとの関係も改善し、上海協力機構への印パやアフガニスタンの加盟も進められた。そして昨年から米大統領がトランプになり、覇権放棄や多極化の戦略をさかんにやり始めた。中国はロシアと協調し、トランプが放棄した各地の覇権を拾い集めている。 (中国の次の戦略

一帯一路など、再び始まった中露主導のユーラシア開発計画が成功するには、アフガニスタンの安定化・再建が必要だ。米国がユーラシア内陸部の発展による中露の台頭を阻止するために占領破壊したアフガニスタンを、元に戻さねばならない。軍事的に強いタリバンが政権に入ることが必要だ。この地域の主導役が米国から中露に替わると、軍産英が恒久対立の呪いをかけてきた印パの和解も可能になる。パキスタンが7月の選挙で、史上初めて政治家一族(=英傀儡)以外の指導者であるイムラン・カーンが首相になり、印パ和解の可能性が出てきた。 (Pakistan’s Post-Ethnic Election

軍産の中国包囲網として扇動された、中国とインドの国境紛争も、主役が軍産から中露に代わると解決できる。これらの達成は、中国西域からインドパキスタン、アフガニスタン、中央アジア、ロシア、イランにかけての広域の経済発展につながる。おそらく今後2025年ごろにかけて、ユーラシアで米国の覇権が退潮して中露の主導になり、アフガン内戦や印パ対立、印中対立が解消していく。 (多極化の進展と中国

現代の世界において、先進国はすべてユーラシアの外側にある。ユーラシアの外側が豊かで、内側が貧しいのが従来の地政学的な常識だった。軍産英が、自分たちの覇権維持のため、ユーラシアの内側の発展を阻止してきた。世界経済は、地政学的な縛りを受けていた。中露主導のユーラシア開発が実現すると、ユーラシアの内側が豊かになり、世界経済は地政学の呪縛から解放されて成長する。これは、200年前からの資本家の夢でもある。人類の近現代史は、ユーラシアの内側を成長させようとする資本家的な動きと、それを阻止しようとする帝国的な動きの相克だった。中国は共産党の独裁なのに、国際資本家に支援されてきた(経済成長するなら政治体制は何でも良い)。中共は、AIなど最先端技術が大好きで、資本家的だ。習近平は今年のBRICSサミットで「新たな産業革命をやろう」と提唱している。 (世界資本家とコラボする習近平の中国) (資本の論理と帝国の論理) (How BRICS Plus clashes with the US economic war on Iran By Pepe Escobar



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