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アメリカを出し抜く中国外交

2001年6月12日   田中 宇

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 パキスタンの西のはずれ、バルチスタン州の沿岸部は、パキスタンの中でも特に開発が遅れている地域だ。パキスタン最大の都市カラチから西へ向かうとバルチスタンだが、この海沿いには舗装道路が通っていない。他の地域から隔絶されているこの地域は、1950年代までインド洋対岸のアラビア半島にあるオマーンの領土だったが、オマーンを保護領にしていたイギリスがパキスタンに割譲した歴史を持つ。

 パキスタン専門の旅行ガイドブックでもほとんど紹介されず、忘れられているバルチスタンの海岸部だが、軍事的には重要な場所にある。バルチスタンの前面に広がる海は、インド洋からペルシャ湾に入る手前の海域だ。サウジアラビアやクウェートといったペルシャ湾岸諸国から、日本など先進国に石油を運び出すタンカーは、必ずこの海域を通る。

 バルチスタンの中でも最も西の端、イラン国境に近いグワダル(Gwadar)という港町には、水深が深い天然の良港がある。ここからペルシャ湾入り口のホルムズ海峡までは500キロほどだ。

 ホルムズ海峡は、北がイラン、南はオマーンやアラブ首長国連邦に挟まれている。この地域は第2次大戦まではイギリス、その後はアメリカの支配力が強かったが、1979年にイランでイスラム革命が起きた後、イランはアメリカに敵対してホルムズ海峡の封鎖を試みたりした。この海峡が封鎖されれば、日本への石油供給が激減する。

 海峡の南側のアラブ諸国は一応親米的だが、王政やアメリカの支配に反対するイスラム主義運動が存在している。ホルムズ海峡の両岸以外の国で、海峡に最も近いのが、パキスタンのグワダル港である。

 そのためアメリカはパキスタンに対し、何回かグワダル港を開発させてほしいと持ちかけたが、断られている。パキスタンも親米的な国だったが、同時にイスラム教国でもあり、石油成り金のサウジアラビアなどからいろいろな援助を受けてきた。

 アメリカがグワダル港を開発すれば、米海軍の基地としても使われるようになる可能性が大きかったから、アラブ諸国やイランからの反発をおそれ、パキスタンはアメリカにグワダル港を開発させなかった。

▼用意周到な中国の登場

 ところが最近、そのグワダル港で、中国が巨額の支援を行って新しい港を建設する計画が持ち上がっている。今年5月中旬、中国の朱鎔基首相がパキスタンを訪問して発表した援助事業の目玉が、グワダル港の港湾建設と、カラチからグワダルまで約500キロの道路を作るプロジェクトだった。

 しかもこの計画は用意周到なことに、中国とサウジアラビアが大体半分ずつお金を出し合って支援することになっている。中国は、グワダル港の開発がアラブ諸国の懸念を煽ることのないよう、アラブの盟主であるサウジアラビアにも出資を持ちかけたのだろう。

 中国とパキスタンの政府は、グワダル港で行う開発は産業関係だけで、軍事関係ではないと発表したが、アメリカの当局者は「これは軍事開発を目的にしたものだ」とみている。アメリカにできなかったグワダル港開発が中国に許されたため、アメリカの軍事関係者や右派政治家は苛立っているようなのだが、実はこれは中国の謀略というよりはむしろ、アメリカの外交政策が下手だったことを示しているにすぎない。

 アメリカは過去20年間イランを敵視し続け、近年になって改革を志向するハタミ政権がアメリカとの国交回復を望んでも応じていない。アラブ諸国では、アメリカは支配層の王家とは仲が良いが、国民の懸念を無視して米軍をサウジアラビアに駐屯させたりしたため、反米のイスラム原理主義運動の勃興を招いている。これでは、パキスタンがグワダル港の開発でアメリカに協力することは無理な相談だった。

▼アメリカが見捨てたパキスタンを拾った中国

 しかもここ2−3年アメリカは、それまで同盟国だったパキスタンにも厳しい態度をとるようになった。ソ連の崩壊まで、ソ連のアフガニスタン侵攻や、ソ連と親しかったインドに対抗するため、アメリカはパキスタンを軍事的、経済的に支援し、冷戦の駒として使っていた。

 しかし、90年代に入るとアメリカはパキスタンとの距離を置くようになった。隣国アフガニスタンからの影響でパキスタンのイスラム原理主義運動が盛んになると、パキスタンへの警戒感をさらに強めた。

 アメリカの支援漬けだったパキスタンの有力政治家は腐敗しており、アメリカの支援が減るとともにパキスタンが国家破綻の危機に陥った一昨年、軍部のムシャラフ将軍が世直し的なクーデターで政権を奪取した。これはアメリカに捨てられた状態からの立ち直りを目指すもので、パキスタン国民の支持も大きかったのだが、アメリカはほぼ一貫して「ムシャラフは軍事政権で民主的でない」という立場をとっている。

 極めつけは昨年のクリントン前大統領のインド訪問で、「インドはパキスタンの何倍もの人口がある巨大市場だから」という理由で、アメリカはパキスタン支持からインド支持へと立場を変える傾向を強めた。昨年は経済危機も深まり、海外からパキスタンへの直接投資は70%以上も減ってしまった。

 孤立と混乱が深まる中で、パキスタンを支援し続けたのが中国だった。日用品から家電まで、中国からパキスタンへの輸出も増えている。中国は、対立するインドを牽制する上でもパキスタンに接近するメリットがあったが、インドに対してだけでなく、グワダル港開発を通じ、アメリカの世界支配にもくさびを打ち込むことになった。

 もし、アメリカがムシャラフ政権をはっきり支援する対応をとっていれば、パキスタンの対応は変わっていたはずである。

(アメリカがパキスタンを見捨てた経緯については「パキスタンの興亡」参照)

▼ミャンマーでも同じパターン

 アメリカにとって気がかりなのは、アメリカが敵視している国を中国が支援するというパターンが、他の地域でも起きていることだ。その一つはミャンマー(ビルマ)である。ミャンマーでは軍事政権による民主化弾圧が続き、アメリカは1992年以来、経済制裁を続けている。中国は、制裁を強化するアメリカが支援を止めた後を埋めるように、ミャンマーへの援助を増やした。

 中国とミャンマーは陸続きで、中国南部の雲南省とミャンマー北部とを結ぶ道路が中国の資本で開通しており、ミャンマーからは木材や鉱物、麻薬など、中国からは日用品から武器までの各種製品が輸出されている。ミャンマー北部で最大の都市マンダレーでは中国人の人口が増え、中心街の土地が買い占められた結果、地価が高騰して地元の人々は中国商人に対する不満を強めているほどだ。

 軍事的にも、中国はミャンマーでの活動を広げている。西隣のバングラディッシュとの国境に近い港町シットゥエ(Sittwe)では、中国がミャンマー軍の施設を近代化する見返りに、中国軍もその施設を使えるようになった。

 シットゥエは、ベンガル湾をはさんでインドの大都市カルカッタまで約500キロのところにあり、中国軍は新設した信号傍受施設によって、インド当局の動向を探れるようになった。同様の施設は、大ココ島(Great Coco Island)というインド洋上の島にも作られている。

 中国は、パキスタンとミャンマーに接近することで、インドを東西からはさむ形で軍事拠点を持つことになるだけでなく、これまであまり縁のなかったインド洋への足がかりを得たことになる。これは、インド洋におけるパワーバランスを変化させるため、アメリカが神経を尖らせているが、アメリカがミャンマーを経済制裁したことが、ミャンマーと中国の親密化につながったという意味では、アメリカ自身の外交政策が引き起こした事態である。

▼南太平洋でも・・・

 もう一カ所、南太平洋の島々でも似たような状況が起きている。ここでは、もともと台湾と中国との間で、外交相手国の分捕り合戦が展開していた。

 中国は、台湾(中華民国)と国交を維持している国に対し、自国との国交を結ばせない強硬姿勢をとっている。中国の力を重視した世界の大半の国々は台湾との国交をあきらめ、中国と国交を結んでいる。台湾は現在、世界で30カ国弱しか外交関係を持っている国がなく、その多くは小国である。

 南太平洋にあるトンガ、ソロモン諸島、マーシャル諸島、パラオ、ツバル、ナウルといった国々は従来、台湾との国交を結んでおり、台湾の外交関係にとっては重要な地域だった。だがここ数年、経済成長によって資金力をつけた中国が、台湾よりも大きな経済支援を行うことによって、これらの国々を自分の側に鞍替えさせようと画策しており、すでにトンガが鞍替えし、ソロモン諸島やマーシャル諸島もそれに続く可能性がある。

 これだけなら中国・台湾間の話なのだが、アメリカの右派系の軍事・政治専門家たちが最近、猜疑心を豊かにして主張していることは「中国から南太平洋諸国への経済支援の規模が、台湾を駆逐するためだけの目的にしては多すぎる」ということである。

 たとえばフィジー諸島では昨年、軍事クーデターが起き、民主的な政権が倒されたとして、フィジー新政権を批判するオーストラリアやアメリカはフィジーへの経済援助を大幅に減らしたが、中国はその分を埋めるかたちで援助を増額した。フィジーは以前から中国と外交関係を結んでいるため、援助の増額は台湾への対抗ではなく、太平洋を支配するアメリカやオーストラリアへの対抗である可能性がある、というわけだ。

▼欧米の人権外交に風穴を開ける中国

 ここ数年、アメリカや西欧諸国は、人権侵害を理由に発展途上国の政治に干渉し「言うことを聞かねば援助を削る」と脅す「人権外交」を展開している。パキスタンやミャンマー、南太平洋諸国に対する中国の援助の拡大は、この人権外交に風穴を開け、無効にしてしまう効果を持っている。

 加えてアメリカは、中東のイスラム諸国を警戒すべき対象として置き、アメリカが中東の問題に関与しなければ中東の平和が維持できず、日本などへの石油輸出も滞る、という状態を維持することで、アメリカの存在価値を高めてきたふしがある。(ブッシュ政権の政策は少し違うようだが、まだ確定していない)

 それに対し、中国がパキスタンを足がかりにサウジアラビアなどに接近し、イスラム諸国と中国とが手を組むことは、アラブと中国を別々に封じ込めていたはずのアメリカが、逆にアラブと中国から封じ込められてしまう、という危険性をはらんでいる。

 とはいえ、パキスタン、ミャンマー、南太平洋、いずれのケースでも、中国による援助は、今のところ貿易や経済面の利益が中心で、あからさまに軍事的な動きとはなっていない。アメリカのタカ派の人々は、うがった見方をして危険性を声高に叫ぶことで、中国への敵視を正当化しようとしているとも考えられる。

(続く)



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