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中国包囲網はもう不可能

2018年8月15日   田中 宇

7月30日、米国のポンペオ国務長官が、インド太平洋地域のインフラ整備やハイテク産業振興などの事業に対して、米国が総額1・1億ドルを投資する計画を発表した。この延長で翌日、米国と日本、豪州の政府が、インド太平洋地域のインフラ整備などの事業に投資していくことで合意した。米国が出す資金が「呼び水」となり、日本、豪州、インド、東南アジアなど同盟諸国の政府や民間からの資金がインド太平洋地域の事業に投資されることを、米政府は期待している。 (An emerging Indo-Pacific infrastructure strategy) (Pompeo's Indo-Pacific strategy is just a start

「インド太平洋」というキーワード(地域名)は、以前の「アジア太平洋」に代わるものであり、トランプ政権が昨年10月の訪日(アジア歴訪)以来、「中国包囲網」の別名として使っている。この地域では2013年以来、中国が「一帯一路」の覇権戦略として、インフラ整備や産業振興のための投資を手がけている。ポンペオの宣言は、米国が日本などの同盟諸国を率いて、アジア太平洋地域で中国の一帯一路に対抗するインフラ整備事業をやることにより、中国包囲網を強化する戦略であると報じられている。 (Japan-US Relations: Indo-Pacific Strategy and the Quad

中国の一帯一路は70カ国に対し、合計1・3兆ドルを投資する構想だ。米国が出す1・1億ドルは、その千分の1にすぎない。同盟諸国、なかでも資金力が大きい日本の官民が、ポンペオが発表した資金を呼び水として、米国の中国包囲網戦略に乗って、巨額資金を出すことを求められている。「インド太平洋」の戦略概念はもともと日本の安倍首相が、前回首相だった07年に発案・提唱した。米政府が「インド太平洋」を口にするとき、それは言外に「日本は、米国に依存してばかりいないで、自ら率先して中国包囲網を強化せよ」という日本への圧力が含まれている。 (中国のアジア覇権と日豪の未来

現実を見ると、日本や豪州の政府と民間が、中国の一帯一路に対抗するかたちでインド太平洋地域のインフラ整備に巨額の投資を行う見通しはない。インド太平洋地域のインフラ整備は、巨額で、しかも政治経済のリスクがかなり高い。日銀のQEによるゼロ金利が長引き、薄利の経営体制が続く日本の金融機関が投資したい分野ではない。国際政治的に見て、インド太平洋地域は今後、中国の影響力が拡大し、米国の影響力が低下する傾向だ。日本や豪州などの企業が、中国に対抗し、米国の戦略に乗って巨額投資をするのは「負け組」に賭けてしまうことであり、非常にリスクが高い。 (Whose Indo-Pacific?

ポンペオが今回提唱した、インフラ投資を使った米国主導の中国包囲網戦略は、同盟諸国の政府と民間に対し「投資して中国に対抗しよう」とけしかけるばかりで、事業が失敗した場合の損失補填などの安全策があいまいだ。対照的に、中国は、一帯一路のインフラ投資事業をトップダウンの国策として展開し、中国政府の一部である国有企業が事業を手がけている。事業として損失が出ても、中国の国際政治力(覇権)を拡大するならかまわない。損失を出せない米日豪の側と事情が全く異なる。日豪などの企業が、インド太平洋地域のインフラ整備を手がけるなら、中国敵視・安全策なしの米国と一緒にやるより、中国にすり寄って国有企業と一緒にやった方が事業的に危なくない。 (Mike Pompeo pledges US 'partnership not domination' in 'Indo-Pacific' region

インフラ整備は建設会社が受注するが、中国の大手建設会社(国有企業群)は、13年からの中国政府の一帯一路計画で、インド太平洋地域やユーラシア内陸部の建設事業を多数受注し、企業規模が急拡大している。ENR(Engineering News-Record)によると、昨年、自国外での受注額が大かった世界の建設会社トップ5のすべてが、中国の国有建設会社だ(似たような別のランキングでは、米国のベクテルなどの方が上位だが)。 (ENR 2017 Top 250 Global Contractors 1-100) (ENR’s 2017 Top 250 International Contractors 1-100

中国の大手建設会社は、一帯一路・インド太平洋地域でのインフラ整備工事に必要なノウハウや設備を、かなり蓄積している。政治的な敵味方を無視し、純粋事業的に考えると、日豪米企業がこの地域でインフラ整備工事を受注するなら、中国企業を敵視・無視して進めるのでなく、中国企業も誘って一緒にやった方が良い。ポンペオ提案のインフラ投資による中国包囲網戦略は、ビジネスモデルとして非現実的だ。日豪米企業は、米政府との政治関係を重視しておつきあい程度に乗ることはあっても、それ以上の本格的な事業参入をしないだろう。 (China ‘Invites’ US into Indo-Pacific Infrastructure

▼ポンペオの中国包囲網につきあいつつ中国に擦り寄る日本

日豪は民間だけでなく政府も、ポンペオの中国包囲網戦略に、おつきあい程度(米日豪で投資増加を合意したこと)以上に乗ってきていない。日本政府は表向きポンペオ提案に全面賛成したが、その裏で中国にすり寄っている。ポンペオ提案の3日後の8月2日、河野外相がシンガポールでのASEAN拡大外相会談のかたわらで中国の王毅外相と会談し、アジア地域(=一帯一路、インド太平洋)のインフラ整備事業などで日中の官民の協力体制を強化することで合意した。また、安倍首相が10月に中国を訪問し、習近平主席が来年6月までに日本を訪問する方向で、日中友好を進めることにした。 (China and Japan move closer to cooperating on Belt and Road) (Kono and Wang agree on mutual visits by leaders

日本政府は、米国提案の中国包囲網策を支持するようなそぶりをしつつ、実のところ中国を包囲するどころか正反対に、中国に対し、仲良くしたいと尻尾を振って擦り寄っている。日本政府は、ポンペオ提案に沿ってインド太平洋地域のインフラ整備に投資することを7月31日に表明した時も、菅官房長官が「これは中国包囲網でない。それだけは強調しておきたい」と表明している。日本政府は、中国包囲網策をやる気が全くない。 (Japan, U.S. and Australia plan infrastructure push to counter China in Indo-Pacific

安倍政権は昨年春以来、中国を敵視するのをやめている。安倍首相は昨年6月、日本主導のTPP11(CPTPP)と、中国主導の一帯一路を、隣接する敵対的な経済圏にするのでなく、隣接して相互乗り入れする経済圏にしたいと宣言した。それより少し前、安倍政権は、日本のマスコミに中国敵視の報道をやめるように指導している。それ以来、日本政府は中国と仲良くしたい姿勢を続けている。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本

今の安倍政権の構想は、9月に安倍と金正恩がウラジオストクでプーチン主催の東方経済フォーラムのかたわらで日朝首脳会談を行い、10月に安倍が北京を訪問し、日中首脳会談もしくは日中韓の3か国首脳会談を実現し、来年6月の大阪でのG20サミットに際して習近平に訪日してもらい、日中関係、日本と東アジア諸国(南北中露)の関係を改善しようとする流れだ。 (Abe hopes reciprocal visits improve Japan-China ties) (Japan desires to talk with North Korea: Kono to Pompeo

中国包囲網は、安倍政権の脳裏からとっくに消えている。日本人の処世術は「長いものにまかれろ」だ。米国が強いなら対米従属、中国が強くなれば中国に尻尾を振る。20年前から中国と戦略関係を結べたのに、当時なら日本がはるかに優勢だったのに、当時の日本は中国敵視一色で、中国の台頭を予測する者どもを売国奴扱い。米国が弱くなり、中国の台頭が確定的になってから無条件降伏的に尻尾を降り、和解に動き出す。劣勢の日本は、中国にしてやられ放題。先見の明など皆無。失策だったとすら認識されていない。73年前の8月15日以来、何も学んでいない。近年は国を挙げてどんどん退化し、国民の思考能力も低下して、2流国に落ちつつある。今では客観的に見て、日本人より中国人や韓国人の方が優秀だ。すばらしき日本。(Abe hopes reciprocal visits improve Japan-China ties) (短かった日中対話の春 - 2005年) (日本の孤立戦略のゆくえ - 2005年

とはいえ、長いものに巻かれるのが好きなのは日本人だけでない。豪州の経済は、穀物や鉄鉱石の対中輸出で支えられている。豪州は、中国と対立できない。豪州も日本同様、トランプ政権の中国包囲網策に、おつきあい程度にしか乗れない。インドも昨夏、ヒマラヤの山間部で中国との国境紛争をやった後、一定の和解をしてから、中国との敵対関係をしだいに解いている。6月のシャングリラ対話で、モディ首相は「インド太平洋の米印日豪の4極体制は中国包囲網でなく、中国と協力するものだ」と演説して中国を喜ばせ、軍産を苛立たせた。その後、モディは中国を訪問し、中印の和解が進んだ。インドは、中国と対立するより、中国の一帯一路に協力した方が得策と考えている。インドは「インド太平洋」の戦略に、名前を貸しているだけの感じだ。米国主導の中国包囲網は、年々機能しなくなっている。 (An RIC to nowhere?) (China welcomes PM Narendra Modi's remarks on bilateral ties at Shangri-La Dialogue

 中国自身、トランプ政権のインド太平洋戦略を、中国包囲網策だと見なさなくなっている。ポンペオが今回インド太平洋の投資戦略を発表した後、中国共産党の機関紙である人民日報(英語版、環球時報)は「米国主導のインド太平洋の戦略は、政治(地政学)的にみると中国包囲網だが、経済(経済地理学)的に見ると、米国側(米日豪)が中国の一帯一路戦略を補完・協力してくれることを意味する。だから、米国のインド太平洋戦略を、中国は歓迎する」という趣旨の論文を載せている。米国は「インド太平洋は自由で開放的だが、一帯一路は独裁的で閉鎖的」と言うが、中国は「一帯一路も自由で開放的なので、米中が目指しているのは同じものであり、相互に補完的だ」と言っている。 (Pompeo’s Indo-Pacific Plan Is Compatible with Belt and Road) (Indo-Pacific strategy more a geopolitical military alliance

日豪印の政府や企業が、中国の一帯一路に敵対するのでなく協力したがっていることを、中国は見抜いている。環球時報は8月6日、日本についても、足元を見透かす論文を掲載している。「日本は対米従属を続けたいが、トランプは日本の対米輸出品に対する関税を引き上げようとしており、日本は貿易面で米国を信用できなくなっている。日本は、政治的に対米従属を続けながら、貿易面では米国との関係に見切りをつけ、中国との関係を強化せざるを得ない。日本が中国包囲網に乗っても、トランプがそれを評価して日本製品に高関税をかけないでくれるわけではない。日本は、中国包囲網策に乗ると、米国と中国の両方の市場を失う。日本は、中国包囲網策に乗らないだろう」という趣旨だ。 (Japan has to strike balance in ties with US over Indo-Pacific) (TPP11:トランプに押されて非米化する日本

中国は以前「米国は投資面の中国包囲網をやると言っているが、カネを出したがらないトランプ政権の姿勢からすると、米国は言っているだけでやらないだろう」と分析していた。この分析に対抗する形で、今回ポンペオが発表した1・1億ドルのインド太平洋インフラ投資策が出てきた。しかし、中国の1・3兆ドルのインフラ投資計画に比べ、あまりにしょぼい。日豪は「何だ。米国はそれしか出さないのか。やっぱりトランプは覇権放棄屋だ」と、むしろ落胆させられた。その全体を見ながら、中国は「いやいや、トランプは素晴らしいです。これは、一帯一路に対する協力策ですよ。日豪も、中国と協力するしかないです」と、含み笑いしつつ論評している。中国包囲網はもはや、軍産マスコミのプロパガンダの中にしか残っていない。 (Behind Indo-Pacific Vision) (日豪亜同盟としてのTPP11:対米従属より対中競争の安倍政権

トランプは、米国の覇権を放棄し、世界の覇権構造を多極化にいざなうことを、就任以来やっている。米国をTPPから離脱させ、残された日本や豪州が、TPPを中国包囲の組織から、対中協調の組織に変質せざるを得ないように仕向けた。その延長として、インド太平洋の戦略が、中国包囲網として機能しなくなっていることも、これまでのトランプの戦略の当然の結果だ。トランプのインド太平洋の戦略は、安倍が昔作ったキーワードを焼き直すかたちで昨年9月に突然出てきた時から、中国包囲網として失敗することを目的とした策だったかもしれない。今回のポンペオの提案も、日本が主導するTPP11が来年発効する見通しが立った直後に出てきている。 (安倍に中国包囲網を主導させ対米自立に導くトランプ) (A fragmented picture of the new world order) (TPP fuels Asia's zest for regional free trade pacts



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