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パキスタンを中露の方に押しやる米国

2011年5月25日   田中 宇

この記事は「まだ続くテロ戦争(2)」の続きです

 昨日の記事で、パキスタンが米国のユーラシア戦略にとって重要な国で、パキスタンも米国を頼ってきたのに、911後の米国が、反米イスラム勢力を敵として「テロ戦争」の長期戦略をとったがゆえに、パキスタンは米国から敵に回され、米当局にこっそり支援されたイスラム武装勢力がパキスタン政府に戦いを挑んで不安定化する構図が形成されていることを説明した。

 パキスタンはこの10年、米国によって不本意な対立構造の中に追い込まれている。この構図が強まるほど、パキスタンは中国を頼りにする姿勢を強めている。5月2日に米軍が、パキスタン軍基地のすぐ近くに住んでいたオサマ・ビンラディンを「殺害」したことで、パキスタンが米国に敵視されて中国にすり寄る傾向がまた強まった。

 5月21日、パキスタンのギラニ首相が訪中し、中国からJF17型戦闘機50機を購入することを決めた。JF17(中国名CF1、「梟竜」)は、中国とパキスタンが共同開発した(原型は米国とロシアからの技術導入)。中国は、戦闘機を無償で半年以内に準備することに同意したと報じられている。パキスタンは、米国からF16戦闘機を買っているが、米国が古い型しか売ってくれないと不満を持っていた。ビンラディン殺害後、米国との関係が悪化する中で、パキスタンは、米国が新型戦闘機を売ってくれなくても中国から買えることを示そうとした。 (China Gives Pakistan 50 Fighter Jets

 パキスタンは米国から毎年146億ドルの経済支援を「テロ対策費」として受けているが、その一方で、武器の8割を中国から輸入している。 (Pakistan plays China card

 またギラニは、中国に対し、07年に中国が港湾開発を完了したアラビア海に面するグワダル港に、中国海軍の軍事施設を作ってほしいとも要請した。グワダルはペルシャ湾の入り口に近い要衝の地で、中国がここに基地を作ると、米海軍の覇権下にあるインド洋やペルシャ湾への影響力が強まる。また、すでに中国がスリランカやミャンマーに作った港湾施設と合わせ、中国がインドを包囲する態勢が強まる。 (Pakistan says wants China to build naval base

 中国海軍がグワダル港に基地を作ると、米国やインドが警戒して関係が悪化しかねないので、中国はグワダルの軍事利用に慎重な姿勢をとってきた。中国がグワダル港を開発したのは軍事目的でなく、ペルシャ湾の原油をグワダルから陸揚げしてパキスタン経由のパイプラインで中国の西域に運ぶためや、中国の製品をパキスタン経由で陸送してグワダル港から中東アフリカ方面に輸出しやすくするためと説明されてきた。 (Pakistan turns to China for naval base

 今回も中国は、パキスタンの要請に対して慎重な姿勢をとっている。インドの新聞によると、5月22日にパキスタン軍のカラチの海軍基地をタリバンが襲撃したことを受け、中国政府は安全性を理由に、グワダル港に中国の海軍基地を作ることを断った。中国外務省は、パキスタン側からの基地建設要請自体がなかったと言っているという(パキスタン政府は、要請したと発表した)。 (China rejects Pakistan's naval base request

▼米軍アフガン撤退後を見据えるロシアに近づくパキスタン

 とはいえ中国軍はスーダンなどで、中国が開発する油田の警備のために、軍の兵士を、軍傘下の国有企業の従業員という「民間人」として派遣し、米欧などを挑発せぬよう、実質的な軍の海外駐留を隠す策略をとっている。中国政府は今回、グワダルで顕在的に海軍基地を作ることを断ったとしても、その一方で、グワダル港の運営を中国が行うことに同意したと報じられている。 (Beijing Agrees to Operate a Key Port, Pakistan Says

 グワダル港は中国が開発したが、港湾の運営はシンガポール政府の港湾局(PSA)が40年契約で受注した。ところがPSAは、各国の船がグワダル港に寄港するよう十分な営業活動を行わず、グワダル港の稼働率が低いままになっているとパキスタン政府が問題にしている。パキスタン海軍は「契約違反のPSAを外し、中国企業に港湾運営を任せるべきだ」と主張している。 (PSA fails to bring business to Gwadar

 実際のところ、グワダル港の稼働率が低い理由は、PSAの営業不足よりも、グワダルとパキスタン各地を結ぶ陸路交通網の整備が遅れているからだ。パキスタン政府は、グワダル港の運営を中国に任せることで、中国軍が民間人を装ってグワダルに進駐する態勢を作りたいのかもしれない。

 中国は昨年から、パキスタンで原子力発電所の増設を手がけたり、印パ間の紛争地であるカシミールのパキスタン側に数千人の中国軍を駐屯させて道路や鉄道の建設を手がけている。 (Beijing playing its Kashmir card

 ギラニ首相の中国訪問より1週間前の5月11−13日には、ザルダリ大統領がロシアを訪問している。パキスタンの国家元首がロシア(ソ連)を訪問するのは37年ぶりだ。訪露は何カ月も前から決まっており、5月2日の米軍のビンラディン「殺害」を受けた動きではない。しかし、ザルダリとロシア政府は、中央アジアからアフガニスタンを経由してパキスタンに至る天然ガスパイプラインや送電線を、ロシア企業が建設する計画について合意した。こうした計画が、米軍(NATO)のアフガン撤退後を見据えたものであることは明らかだ。 (Paki-Russia geopolitical convergence

 ロシア政府はザルダリに対し、パキスタンが上海協力機構に正式加盟することを支持した(今はオブザーバー加盟)。ロシア側は、NATO撤退後のアフガンに、ロシアと中央アジアなど周辺諸国の軍事同盟体であるCSTOが駐留して、テロ対策や麻薬取り締まりなどを行い、地域の安定を維持する必要があるとも表明している。ロシアは、NATOがいずれアフガンから撤退すると予測し、その後のアフガンの安定を、ロシア、中国、パキスタン、中央アジア諸国、イランなど、上海機構やCSTOの関係諸国が共同で維持する戦略を立てている。 (Russia's Growing Engagement with Pakistan

 ビンラディン「殺害」後、パキスタンが中国やロシアにすり寄る姿勢を強める半面、米国のオバマ政権は、タリバンと交渉してアフガン撤退へと進もうとしている(米国内の軍産複合体は逆に、パキスタンの混乱を加速して米軍を出ていけないようにしているが)。このような展開を見て、パキスタンを敵視し中国をライバル視するインドは危機感を持ち、パキスタンとの核戦争を想定した軍事演習「Vijayee Bhava」を行った。 (War exercise begins

▼米中で第三次世界大戦になる?

 パキスタンが米国から邪険にされ、中国に頼る傾向を強めるのは、911事件後ずっと続いていることで、目新しい流れでない。しかし今回、新たな動きと思える事態も起きている。ビンラディン「殺害」から1週間後の5月9日に北京で行われた米中戦略対話の席上、中国側は、パキスタンを領土侵犯して攻撃を繰り返す米国を批判し「パキスタンに対する攻撃は、中国に対する攻撃と同じであるとみなす」と警告を発したという。 (US should respect Paki sovereignty: China

 パキスタンの首相が「次に米軍が越境攻撃してきたら反撃してやる」と豪語したのは、背景に中国が米国に警告を発したことが存在していたと分析されている。その一方で、今後、米軍がパキスタンに、核兵器を保全する名目で侵攻する可能性が高まっており、米パキスタンが戦争になったら米中も戦争になるという「縛り」ができたので、パキスタンが第一次大戦の発火点となったサラエボ(セルビア皇太子暗殺)のような存在になり、第三次世界大戦につながりかねないという指摘もある。 (US, Pakistan Near Open War; Chinese Ultimatum Warns Washington Against Attack

 中国は、米国との「世界大戦」を覚悟してまで、パキスタンを守ろうとしているのか。そんな覚悟もなしに発言してしまったのか。もしくは、発言の報道自体が誤報かもしれない(報じているのはインドとパキスタンのマスコミで、誇張がありうる)。誤報の可能性はあるが、その一方で、中国はギラニ首相の訪中時、公式な表明として「パキスタンは(ISIとタリバンが親しいため)アフガンでの和解や安定に寄与しており、世界はそれを評価すべきだ。パキスタンの領土が侵犯される事態があってはならない」と、名指しこそしないものの、米国を批判している。非公開の米中会議で、中国がもっと強い口調で米国を非難しても不思議でない。 (China urges world to help Pakistan fight terrorism

 中国が米国に「パキスタンに対する攻撃は、中国に対する攻撃とみなす」と言ったのなら、今後、パキスタンを発火点として米中戦争になる可能性がある。このように書くと、対米従属プロパガンダの一環として「いずれ米国が中国を潰してくれる」という念仏的な予測が流れる日本では、多くの人々が「やっぱり、いよいよ米中の第三次世界大戦か」と思うかもしれない。しかし、私は違う見方をしている。

 戦争になると各国の為政者がろくな吟味もせず巨額資金を借り入れ、高価な武器を大量に買うので、軍事産業とつながる資本家は戦争を起こしたがる。しかし二度の大戦は、各国間の総力戦によって欧州など各国がひどく破壊され、投資家は投資した資産が失われて大損した。米国は破壊されず漁夫の利を得ており、それが米資本家の目的だったのかもしれないが、第二次大戦後に行われた戦争は、実際に各国経済が大破壊されることが避けられた。代わりに、米ソの一触即発の事態が長期に続いて兵器の(訓練や減価償却による)大量消費だけが行われ、本物の米ソ戦争にならないバーチャルな「冷戦」の体制が組まれた。

 つまりこの時点で、米欧やソ連の中枢にいる人々は、本物の世界大戦をやると世界的な資産の自滅が起きるので、それはやらず、代わりに仮想現実的な冷戦をやり、軍産複合体を満足させつつ資産の大破壊を避けることにしたと考えられる。この考え方は冷戦後も受け継がれている。アフガン、イラク、ソマリアなど、米国が戦争する地域の多くは、すでに長年の内戦や経済制裁によってろくな資産がない状態になっている。資本家に迷惑をかけず、兵器の消費のみを行う戦争の形式になっている。下品な言い方をお許しいただけるなら、戦争という排泄行為について「野糞」を禁じている感じだ(「便所」に指定された場所に生きる人々にとってはひどい話だ)。

 このように考えると、米国が中国と世界大戦を起こし、世界から中国に投資されている資産を大破壊することは、すでに昔に試されてダメだとわかった「時代遅れ」「以前のバージョン」「トイレなし」のシナリオである。戦争は、表向き人々の予測を裏切って偶発的に勃発することも多いが、戦争を拡大延長していくかどうかは、各国もしくは覇権国の中枢の人々が談合ないし暗闘して決めてきたと考えられる。

▼米国が始めたテロ戦争を終わらす中露イラン

 米中の世界大戦が起きないとして、パキスタンは今後どうなるか。米国は、アフガンの戦争をパキスタンに拡大して国家崩壊に追い込む方向に動いている。中国はパキスタンを支持して米国を批判しつつも、中国軍がパキスタンの奥深くまで入って米軍と戦うことはないだろう(中国国境近くのパキスタン領には、すでに中国軍が進駐している)。

 中国(やロシア)は、米国がアフガンやパキスタンでの戦争に疲弊して撤退するのを待っている。オバマが米軍の戦争をパキスタンに波及させずにすめば撤退は早めに進むが、米軍産複合体が扇動しているタリバンとパキスタン当局との戦争がひどくなると、戦争は逆にパキスタンに波及して長引く。しかしどちらにしても、いずれ米軍は疲弊して出ていくだろう。戦争が長引くほど、米国は余力がなくなり、軍事撤退後、南アジア(やその他の遠い地域)に対する関心を失う傾向(孤立主義)が強まる。 (Americans are shooting themselves in the foot

 米国の撤退後、アフガンやパキスタンは中露やイランなど上海機構の国々によって安定化がはかられる。上海機構は設立時から「テロ対策」を重視しており、米CIAなどが強化した揚げ句に置き去りにするであろうタリバンやアルカイダ系に対する武装解除を、事情に詳しいパキスタンの助言にもと、上海機構が手がけることになりそうだ。米国が始めた自作自演的なテロ戦争(世界民主化)が「独裁」と評される中露やイランによって終わりにされるのは、プロパガンダ上の皮肉だ。

 インドは中露に説得され、対米従属的なヒンドゥ民族主義を捨て、パキスタンとの対話を余儀なくされるだろう。中国もロシアも強権的な面があるので、相互の対立もあるだろうが、米英が好むプロパガンダで善悪を操作する派手な戦争をせず、もっと粗野な、あるいは隠然とした制裁を好む。中露間の国境紛争は、この10年ですべて解決した。大戦争になりにくい、従来より安定した世界に向かうだろう。そうした多極的な「新世界秩序」に行き着くまで、あと何年かかるかを決めるポイントは、軍事や政治の状況でなく、米国の財政金融の状況だろう。



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