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中国を世界経済の主導役に擁立したIMF

2016年9月22日   田中 宇

 米連銀(FRB)、日本銀行、欧州中央銀行といった、先進諸国の中央銀行群による金融システムの延命策が行き詰まっている。9月21日、日銀と米連銀が定例の政策決定会議を開いたが、追加の緩和策を何も打ち出せなかった(日銀が決めた金利曲線の急峻化は、緩和策が引き起こす弊害を減らす策であり、緩和策の追加でない)。日米中銀の決定後、株価が上がったので、決定の成功が報じられたが、株価の上昇は中銀が株価テコ入れの資金注入をしたからであり、自作自演の詐欺でしかない。米日欧の当局とマスコミぐるみの壮大な不正、金融犯罪だ。 (Global Stocks Rise After "Disappointing" BOJ Announcement: All Eyes On Janet Yellen) (◆腐敗した中央銀行

 中銀群は、08年のリーマン危機以来凍結状態が続いている債券金融システムに対し、通貨を大量発行して債券を買い支えるQE(量的緩和策)によって大量の資金供給を続け、システムを何とか延命してきた。だが、中銀群(日銀と欧州中銀)は、すでに買える債券のほとんどを買い占めている。日欧とも、買える債券が足りず、QEは限界に達している。 (◆いずれ利上げを放棄しQEを再開する米連銀) (◆万策尽き始めた中央銀行

 買い支えが足りないと、債券相場の下落(長期金利の制御不能な急上昇、金融危機)が起きかねない。それを防ぐため、短期金利をマイナスにしているが、マイナス金利は金融機関や年金の利ざやを失わせ、経営難や運用損に陥らせる。日銀は今回、超長期の国債金利を少し引き上げる新策(金利曲線の急峻化=短期国債の金利はそのままで、長期国債の金利だけ上昇するよう誘導する策)を決めたが、それはマイナス金利のせいで銀行や年金が破綻しかねないという国内からの批判に応え、長期国債を持っている金融機関の利ざやを制御しつつ少し増やすための策だ。 (◆日銀マイナス金利はドル救援策) (BoJ may shift policy focus to rates as monetary firepower wanes

 長期金利が、制御不能に急上昇すると危機だが、制御しつつ少し上昇させるのは危険でない。だが、制御しつつ少しだけ上昇させるつもりが制御不能な急上昇に変質する懸念はある。日銀は7月と今回、市場の期待を裏切ってQE(日本国債の買い支え)の増額を見送っており、もう日銀がQEを拡大せず、むしろ縮小しそうな感じが広がっている。QEを縮小するなら国債に投資しても儲からなくなるので、8月来、国債が売られて長期金利が上昇し、制御不能になること(テーパータントラム=QE縮小時の突然の金利急騰)を投資家が懸念している。タントラム気味な日本国債の金利上昇が、すでに発生している。そんな中で、日銀が長期金利をもう少し上げようとすると、それが制御不能なタントラム(相場の逆上)に拍車をかけかねない。QEは、軟着陸的にやめていくことが非常に難しい。 (Brace For "VaR Shock" - How The Bank Of Japan May Be About To Unleash A Global Selloff) (Cheap money points to more taper tantrums) (◆米国の緩和圧力を退けた日本財務省) (QEやめたらバブル大崩壊

 最近、日銀と米連銀と欧州中銀と英中銀のいずれもが、定例的な政策決定会議で新たな策(米連銀は利上げ、他の中銀は追加の緩和策)を打てないことがわかり、行き詰まり感が増している。中銀群による金融延命策に陰りが見え出すと、投資家が逃げの姿勢を強め、債券や株が急落する可能性が増す。中銀群が債券や株を買い支えてきたが、それでも今年1-2月に相場の下落と不安定化が起きた。今後、11月初めの米大統領選より前に相場の下落が起きると、それは、現政権でない方の2大候補、つまり今回だとトランプを有利にする。トランプは米連銀の策に批判的で、彼が大統領選に勝つと、連銀は介入されてやりにくくなる。中央銀行の独立などという、鼻くそな詭弁(詐欺の手口)は通用しない。 (Trump Slams Yellen: The Fed Has Created A "Stock Bubble" And "A False Economy" To Boost Obama) (◆ジャンク債から再燃する金融危機) (◆ドルの魔力が解けてきた

 リーマン危機から続く、米国中心の債券金融システムの潜在的な危機(中銀群がQEをやめたら市場の凍結状態が復活する)は、つまるところドルと米国債の危機であり、米国の経済覇権の危機だ。対米従属の日欧は、米国覇権が崩壊すると困るので、QEやマイナス金利を拡大してきた(ドルに対抗しうるユーロを持つ欧州中銀よりも、ゴリゴリの対米従属国である日本の日銀に期待がかかっている)。対照的に、ドル(米連銀)はむしろ短期金利を少しずつ高くしていくことで、世界の資金がドルと米国債に集まるよう誘導し、ドルや米国債の信用低下を防いでいる。実際に米連銀が利上げしなくても「次回の理事会で利上げするに違いない」という予測が出回れば、それで延命的な効果が上がる。 (Fed Meeting Shouldn't Obscure BOJ's Big Moment) (Current Stock And Bond Bubbles Much Worse Than 1929

 だが、このような延命策は、永久に続けられるものでない。債券金融システムは蘇生していない。QEという「生命維持装置」によって延命しているだけだ。QEをやめたら危機が再来する。QEは、中銀群の勘定(バランスシート)を肥大化し、不健全に陥らせる。14年までQEをやっていた米連銀を含め、米日欧の中銀の勘定は、すでに不健全に肥大化している。延命策には、もうあまり先がない。黒田総裁が「まだまだ緩和策を続けられる」と繰り返しているのは口だけであることを、市場は知っている。中銀群はもう限界だという見立てが投資家の間に広がると、債券や株から資金が逃避し、相場が急落して危機になる。リーマン倒産時を超える危機は、いずれ起きる。いつ起きるかという時期的な点が不明なだけだ。 (リーマン危機の続きが始まる) (The risk of default on interbank loans is soaring, TED spread at its highest level since December 2011

▼債券金融システムの死をふまえたIMFと、死を認めず遺体にQEを注入した米日欧

 いずれ起きる危機に対し、米日欧の当局(中銀群、財務省)は準備をしていない。危機を先送りする延命策(QE)によって、力を使い果たしている。人類は誰も、来たるべき巨大な危機への対策を準備していないのか??。 (Why central bank power is waning

 準備をしている勢力は、存在する。それはIMFだ。リーマン危機まで、IMFは米国覇権体制を維持するための国際機関(国連傘下のブレトンウッズ機関)だった。だがリーマン後、世界経済の運営策を決定する最高意思決定機関がG7サミットからG20サミットに代わるとともに、IMFは、G20が決定する経済政策のたたき台を作る機関へと変質した。 (G20は世界政府になる) (G8からG20への交代

 G7は、米国(ドルと米国債)の単独覇権体制を支える機関だ(ドルは71年の金ドル交換停止でいったん破綻した後、日欧に支えられ覇権を維持した。日欧が米覇権を支える機関が80年代に顕在化したG7だ)。対照的にG20は、米国を筆頭とする先進諸国と、中国を筆頭とするBRICS(新興諸国)が対等な関係で立ち並ぶ多極型の機関だ。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (多極化の本質を考える

 リーマン危機後、世界経済の最高意思決定機関がG7からG20に移ったことはつまり、リーマン危機が米国の覇権体制を不可逆的に壊す事件だったと、米欧やBRICSの当時の国家運営者たちが判断したことを意味する。リーマン危機の本質は、80年代から拡大し続けて米国経済(米覇権)を支えてきた債券金融システムの崩壊だった。米欧BRICの為政者たちは、米国の覇権を支えてきた債券金融システムがリーマン危機によって破壊され、もう元に戻らないと判断したので、世界経済の中心機関を米覇権体制(ドル主導)のG7から、多極型(ドル非主導)のG20に替えたと考えられる。 (世界システムのリセット) (ドルは崩壊過程に入った

 だがその後、米国と、日本など米同盟諸国は、G20による新たな世界体制づくりにほとんど協力していない。米国と、その同盟国である日欧は、覇権多極化のシナリオを無視している。そして、既存の米覇権体制を何とか維持しようと、いったんは不可逆的に破壊されたとみなされた債券金融システムを、中央銀行によるQE策を使って延命させ(もしくは、すでに死んでいる債券金融システムの遺体にQEを注入して生きているかのように動かし)、経済マスコミを動員し、生命維持装置(QE)で延命しているだけの金融システムが、あたかも蘇生して民間の需給だけで自律的に動いているかのように歪曲報道させ、人類を騙してきた。 (ひどくなる経済粉飾) (揺らぐ経済指標の信頼性) (操作される金相場

 だが今年に入り、中銀群のQEは限界が見え始め、最近とくに行き詰まり感が増大している。やはり、リーマン直後に判断されたように、米覇権の大黒柱だった債券金融システムは、不可逆的に破壊され、蘇生が不可能な「遺体」だった。しかし米欧日の当局は、依然としてQEによる米覇権の維持のみに固執し、G20に協力して多極型への転換を進めようとはしていない。 (しだいに多極化する世界

 IMFは、G20傘下に転じ、世界を多極型に転換する策を練り始めたものの、先進諸国の協力が全く得られない。そのため次善の策として、IMFは、新興諸国の雄である中国に擦り寄り、中国と組んで多極型の世界経済体制の準備を進めている。IMFはリーマン直後から、ドルに代わるものとして、主要な通貨を加重平均したSDR(IMF特別引き出し権)を国際基軸通貨にする案を出している。SDRには従来、ドル、ユーロ、円、英ポンドが入っていたが、来月から中国人民元がこれに加わる。人民元を国際化してSDRに入れるとともに、世界銀行や各国政府がSDR建ての債券を発行する体制を、IMFは計画している。 (The Only Sure Conclusion About the G-20 Summit) (IMF urges G20 to champion globalisation at China summit

 SDRは従来、IMFの内部で計算用として使われるだけで、実際の民間の貿易や金融に使われておらず、ほとんど架空の存在でしかない。だが今後、金融危機が再発してドルや米国債の基軸性が失われると、代わりにSDRが実用されていく可能性は十分にある。71年の金ドル交換停止以来、国際金融システムの中で冷遇されてきた金地金も「ドル後」の世界で国際決済の基軸通貨として使われる可能性がある。IMFは、SDRを構成する要素の中に、金地金や原油を加える構想も持っている。中国政府は、人民元建ての金地金相場を設立し、金地金を通貨として意識している。 (金本位制の基軸通貨をめざす中国) (IMF looks to expand Special Drawing Rights

 最近、世界における中国の台頭が目立っており、世界を多極化することや、中国がアジアの覇権勢力になることが、以前からの中国共産党の国家戦略だったかのような印象を受ける。だが実際はそうでなく、IMFが中国人民元の国際化やSDR入りを希望し、中国が多極化の推進役になることを、IMFが中国に押し売りしたのが実情だ。「覇権のババ抜き」が、中国に対して行われた。 (米国の運命を握らされる中国) (行き詰まる覇権のババ抜き

 中国政府は、人民元の国際化やSDR入りのために経済改革を前倒しせねばならず、人民元の相場も不安定になるなど、デメリットの方が大きいとの説が出ている。米国など先進諸国が米覇権体制の喪失を望まず、日本では今年のG7の伊勢志摩サミットばかり喧伝され、本来はG7よりはるかに重要なはずの杭州G20サミットがあまり報じられない。このような状態で、IMFは多極化に関して先進国の協力を得られないので、中国に多極化を売り込んだ。 (Why the yuan's status means less to China than the IMF's demands

 IMF自身、ラガルド専務理事など事務局の側は、覇権多極化の準備をする方針で動いているが、意思決定の場では米国が大きな発言力を持っている。中国などBRICS諸国のGDP合計は、世界経済(購買力平価)の31%を占めているが、IMFでの発言権(出資比率)が合計14%しかない。IMFの事務局は、中国などの発言権をもっと拡大したいが、米国の議会などが反対しているので進まない。それでもIMFは中国に入れ知恵し、日米が主導するADB(アジア開銀)と立ち並ぶ(対抗する)存在として中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)を作ったりして、中国の影響力を拡大させている。 (China expected to advance IMF reform at G20 summit) (日本から中国に交代するアジアの盟主

 中国では、トウ小平以来の戦略として、米欧日に経済政策の立案を学ぶ面が大きかった。その結果、中国政府で経済政策を立案する人々は、ドルと米国債を頂点とする米経済覇権体制の中で自国の経済政策を考えたり、できるだけ米国式の市場原理を導入するのが良いと考える傾向が強い。だが、リーマン後のG20やIMFのシナリオは、ドル米国債の覇権が壊れ、米国式の市場原理主義も無効になる前提だ。今のところ、米日欧のQEによってドル米国債の覇権体制が維持されているが、すでに述べたように、この延命策はいずれ果てる。 (The Fed Plans for the Next Crisis) (習近平の覇権戦略

 13年から政権についた習近平は、そのあたりを把握した上で、IMFが売り込んできた、中国を多極型覇権の主導役として擁立する策を、自分の戦略として採用している。政権中枢は、世界の多極化を見て動いているが、政府や共産党の幹部の中には、米国覇権の永続を前提に政策を考える者が多いため、習近平は、国務院など既存の経済政策の立案部門から権限を奪い、代わりに自分の側近たちに経済政策を立案させている。経済だけでなく、軍事や外交、教育政策なども、米国覇権を重視するか、それとも多極型への転換を見据えるのかによって、大きく変わってくる。これが、習近平の独裁強化の主要な理由であると考えられる。 ('The Pivot': Yes, it is all about China) (金融バブルと闘う習近平) (米国と対等になる中国

 米大統領選挙ではトランプもクリントンもTPPに反対し、欧州各国ではTTIP(米欧自由貿易圏)への反対が強まるなど、欧米先進国では貿易の保護主義が強まっている。特にトランプが勝つと、米国は保護主義の傾向を一気に強めそうだ。そんな中、中国が主催して先日杭州で開かれたG20サミットでは「自由貿易体制の維持」が今後の目標として掲げられた。以前の世界では、先進国が自由貿易の拡大を目標にして、新興諸国や発展途上諸国が国内産業保護のため保護主義に固執する側だった。だが今では、経済が停滞して落ち目の先進国が保護主義に走り、中国など新興諸国が自由貿易の維持を標榜するという、以前と逆の役回りになっている。 (IMF urges `forceful action' from G20 to escape low-growth rut) (Lagarde keeps up Beijing's voice in IMF

 米国の戦略立案の奥の院であるCFR(外交問題評議会)の論文誌は「中国がG20をけしかけて、今や時代遅れになった自由貿易体制の維持をやっても無理だ」という論調の論文を載せている。しかし、経済が衰退傾向で保護主義に走る先進諸国を除外して、これからの世界経済の推進役である新興諸国が何とか自由貿易体制を維持したとすると、それは世界経済の中心が、完全に先進国から新興国に、米国から中国に移ることを意味する。論文は、72年のニクソン訪中を準備した隠れ多極主義のCFRならではの、中国をけなすふりして応援する趣旨かもしれない。 (The End of the G-20) (日本をだしに中国の台頭を誘発する

 中国は今世紀始め、まだこれからWTOに加盟する国でしかなく、当時の世界経済の意思決定機関だったG7にも入れてもらえない存在だった。だが、それからわずか16年で、中国は、世界経済の戦略決定の面で、米国と並ぶ存在になっている。きたるべき米国発の金融危機は、リーマン危機以上の規模になり、世界経済に大打撃を与える。中国など新興諸国も打撃を受けるが、中国やIMFが用意している非ドル的な多極型の新体制がうまく導入されれば、長期的に新興諸国の打撃はかなり緩和される。最後まで米経済覇権(債券金融システム)の延命に固執する米国や日本の方が、きたるべき危機から受ける打撃がはるかに大きくなる。 (Can China help shape global governance at the G20?) (◆さよなら先進国) (◆金融を破綻させ世界システムを入れ替える

 日本の経済破綻を避けるためには、QEやマイナス金利をできるだけ早くやめて金融的な米国との無理心中を避け、中国やIMFが用意する多極型体制への協調を強めることが必要だ。だが残念ながら、すでに日本がQEをやめるには時期的に遅すぎる。しかも日本では、対米従属と、その派生策としての中国への敵視や嫌悪があまりに強く、鳩山小沢の敗北以後、多極化への対応が検討されることはない。座して死を待つ感じだ。 (日本経済を自滅にみちびく対米従属) (多極化への捨て駒にされる日本) (日本をだしに中国の台頭を誘発する



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