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世界システムのリセット

2009年10月11日   田中 宇

 前回の記事「ドルは崩壊過程に入った」では、9月末のG20サミットで世界の経済政策決定機関がG7(G8)からG20に交代したことを機に、米英中心の経済覇権体制が脆弱となり、英国インディペンデント紙の「アラブや露中日仏が石油のドル建て取引をやめる」という情報源の曖昧な記事をきっかけに、ドルとポンドが下落し金が高騰したことを書いた。曖昧な記事がドル崩壊の引き金を引きかねないほど、米英覇権体制は潜在的に弱くなっており、私は「ドルは崩壊過程に入った」と分析した。 (ドルは崩壊過程に入った

 私が前回記事を書いたのと同時期に、FT紙とウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)が、ドルを支えている英米中心の世界経済システムが崩壊しかけていることを示す記事を相次いで掲載した。この2紙は、世界を代表する経済専門紙である。

 FT紙は10月8日に「各国中央銀行は、出口戦略とともに(国際経済の意志決定の)表舞台から下りる」(Exit Strategy - When central banks leave the stage)と題する記事を出した。1970年代のニクソンショック後のドル延命策以来、日銀など、米連銀を筆頭とするG7諸国の中央銀行は、金融政策で協調して動いてドル本位制を支え、07年の金融危機発生後は、米連銀の量的緩和策(ドル大増刷)に合わせて欧日も量的緩和を行っている。しかし今年に入って、ドル過剰発行への不信感が世界的に増大し、長期金利高騰、インフレ、金や原油の高騰が懸念され、G7諸国は量的緩和をやめる「出口戦略」を検討している。

 FT紙によると、量的緩和は金融危機前からの世界的な金あまり状態を危機発生後も延命させ、世界の金融商品の価格を押し上げるほとんど唯一の要因となってきた。出口戦略が採られて量的緩和が終わると、株や債券の急落が起きうる。また量的緩和の体制下では、米英などの銀行界は、ゼロ金利で資金調達して高利回りの金融商品に投資することで、民間企業に融資するリスクをとらずに簡単に儲けていたが、量的緩和が終わるとそれもできなくなり、銀行は相次いで破綻しかねない。この銀行界の現状は、銀行の民間への貸し渋りを助長し、先進諸国の失業を増大させ、不況を長引かせている。量的緩和は、銀行を救済するものの、景気回復を阻害しており、出口戦略は成功裏に行われるのではなく、量的緩和の持続が困難になった末に行われる。 (Exit Strategy - When central banks leave the stage

 G7諸国の中央銀行が量的緩和を終えるときには、長期金利の高騰などで世界の金融体制は崩壊状態になっており、G7の中央銀行が結束しても解決できず(米英で)中央銀行に対する信頼性が低下する。米国では「連銀にドル発行権を持たせておくべきではない」という主張が拡大しており、今後さらに大問題になりうるとFTは書いている。政府から自立した各国の中央銀行が国際結束して民間の国際金融体制を維持する米英主導の国際中央銀行体制は崩壊し、代わりに銀行界が政府の直接管理下に置かれる国有化体制がとられ、金融規制は強化され、金融技術の発展は止められる。これが、FTが描く「中央銀行が(国際経済の)表舞台から下りる」という近未来像である。

 FT紙は、この記事を出した後、題名が露骨すぎて金融市場に悪影響を及ぼすと思ったのか、題名を曖昧なものに変えて「彼らは自らの出口戦略を考えねばならない」(They must plan their exits)と修正した。FTの記事は、連銀が量的緩和をやめて出口戦略に移行した後、金融崩壊が起きるという予測として読み取れるが、連銀は少なくとも来年までは量的緩和を続けそうだ。途中でドル相場の下落や長期金利高騰が起きて連銀を強制的に出口に向かわせるのかどうか、しばらくは毎日の市場ウォッチが欠かせない。

▼米英の金融システムは破綻だが日欧のは生き残る

 FTの記事は、日本を含むG7全体において中央銀行の役割が低下していくかのように書いているが、私の考えは違う。米国の連銀は、おそらくロン・ポール下院議員を筆頭とする米議会によって査察され、債務超過状態であることが暴露されて、通貨発行権を剥奪される事態にまで至る可能性がある。米英の銀行界は国有化するしか最終救済方法がないのも確かだ。米英が欧日の中央銀行を引っ張り回すG7の国際中央銀行体制も崩壊するだろう。すでにG7はG20に取って代わられている。しかし、日本の銀行界は以前から「準国有化」されており、そもそも一度も完全な民営化などされたことがない。

 日銀の独立性も建前のみで、実際には与党と財務省の言いなりである。今後、ドル崩壊で金融危機が再燃しても、護送船団方式の半国有の日本の金融体制は変わらない。EUの欧州中央銀行も、ドイツ連銀の伝統を受け継いで「インフレ抑止最重視」の方針を保持し、銀行界に対する規制は以前から厳しい。07年以降の量的緩和策は、政治的な意味でしかたなく米英につき合っていただけだ。ドル崩壊はユーロの負担増となるので、EUとしては避けたかったが、ドル崩壊に最後までつき合ってユーロを無理心中させる気はEUにはない。すでに欧州中銀は「いざとなったらドルを見捨てる」という趣旨の宣言を発している。 (ドル自滅の量的緩和策をやめられない米国

 つまり、今後起こりうるドル崩壊過程で失われるものは、米英の中央銀行制度と、米英の中央銀行が日本やEUの中央銀行を引っ張り回してきた戦後の米英中心金融体制と、その体制下で「金融技術革新」によって繁栄していた民間金融機関の儲けである。

 最近まで「自由市場原理」とともにもてはやされていた「金融技術革新」も、金融バブル拡大時には真実のようにもてはやされたが、金融が破綻してから見直してみれば「詐欺の手口の巧妙化」と同義語である。実質的な生産量の増大と人々の生活向上につながる製造業の技術革新と異なり、金融技術とは、要するにゼロサム的な金融賭博でいかに儲けるかという話だ。「振り込め詐欺」の手口の巧妙化と本質的に同じである。金融界に就職して足抜けできない人々以外にとって、金融崩壊を契機とした金融規制の強化は「良いこと」「正しいこと」である。

 米連銀は、第一次大戦前にニューヨークの銀行群が集まって作ったもので、米国では民間資本家が政府の金融政策を牛耳ってきた。従来の米英主導のG7の国際中央銀行体制とは、米英の民間資本家が世界経済を運用する体制だった。おそらく、この体制は間もなく自滅的に終わる。G7からG20への転換は、その始まりである。資本家の中に、この体制を持続したい勢力と壊したい勢力があって暗闘を続け、最終的に壊したい勢力が勝ちそうだということでもある。

 米英の金融システムが崩壊して米英の大手銀行が国有化された後、世界の金融システムは欧州と日本も以前からの準国有体制、中国やロシアなど新興諸国もすべて金融界は公式・非公式に国有体制であり、要するに世界の金融体制は国家中心となる。民間主導・米英中心の国際金融体制がシャットダウンされ、代わりに国家主導の多極型の国際金融体制が立ち上がっていきそうな「世界システムのリセット」の過程に入っている。リセットボタンが押された瞬間は、9月25日にG20と米政府が「世界経済の中心はG8からG20に移った」と宣言した時である。EUのシンクタンクなどが昨年末から予測していた「09年夏ドル崩壊説」は、おおむね正確だったことになる。 (09年夏までにドル崩壊??

 民間金融界は世界的に国家に管理され、ヘッジファンドなど為替や金融の相場の乱高下を引き起こす投機筋も根絶されていくだろう。米英イスラエルの政治の道具でもあった投機筋がいなくなることで、中国人民元やサウジリヤル(GCC諸通貨)などの国際化がやりやすくなる。金融界は、安定するが面白味のない業界になる。英国銀行協会の会長(HSBC会長)が昨年6月に言っていたとおりになる。 (米英金融革命の終わり

 英国最大の銀行であるHSBC(上海香港銀行)は、すでに経営者の居宅をロンドンから香港に移し、ニューヨークの米国本社ビルもイスラエル人に売却し、アジアでの銀行業務部門を他の欧米銀行から積極的に買収している。HSBCは19世紀に大英帝国支配下の香港と上海の銀行として設立されたが、1990年代に英国のミッドランド銀行を買収して本拠地をロンドンに移し、英米金融自由化の波に乗ってレバレッジ金融で儲けた。 (HSBC to Sell New York Building for $330 Million

 しかし、もう英米金融はダメだと見切りをつけ、本拠地を香港に戻し、中国やインドなどBRICの発展に投資して儲ける体制に転換している。すでに同行は利益の4割はアジアで得ているが、米英で被ったレバレッジ金融の損失もまだ巨額に抱えている。HSBCは米英の将来について忌憚なく悲観的な発言を放っており、同行の為替責任者は「今のドルは第一次大戦後の英ポンドのように崩壊寸前だ」と言っている。 (HSBC chief to be based in Hong Kong) (HSBC bids farewell to dollar supremacy

▼多極型世界の金融は国有

 今後予測される米英中心の国際中央銀行体制の崩壊と、世界的な金融界の国有化は、今後の国際政治体制として予測される多極型の世界構造と重ね合わせて考えると興味深い。今後の多極型の世界は、銀行は事実上国有で、マネーゲームは禁止であり、新興諸国の人々が貧困層から中産階級になっていく時の消費力と、彼らを消費者とする世界の製造業の儲けが、世界経済を牽引するシステムである。日本はまだ製造業でいけそうなので、何とかやっていけるだろう。

 G7はG20に取って代わられたが、もしG7が90年代から試みていた中国やインド、ロシアなどの新興諸国を正式会員に近いかたちで加盟させる「拡大G8」の構想が成功していたら、今後も米英中心の国際中央銀行体制が維持できていたはずだ。中国やロシアは、今でこそG20の中心勢力として台頭し、失敗した米英中央銀行を見下して批判し、米英と対峙しているが、07年の金融危機までは、中露の経済的な立場は相対的にかなり弱かった。

 金融危機以前に米英が中露をうまいことG7体制の組み込んでしまっていたら、米英が金融危機になっても中露の中央銀行に協力させ、G7の米英中心体制を維持できたはずだ。米国は、90年末代からの「市場原理主義」や01年からの「単独覇権主義」を振りかざし、中露を体制下に組み込むことを自ら不可能にした。この歴史は、米国の自滅的な隠れ多極主義を思わせるものだ。

▼世界が突きつけるドルの不信任決議

 今回の記事は、前回記事を書いたのと同時期に発表されたFT紙とウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)の記事について紹介し、ドルを支えている英米中心の世界経済システムが崩壊しかかっていることを2紙が示唆していることを書こうとしたが、FT紙の記事にまつわる私自身の分析を展開している間に長くなってしまった。ここからは、WSJの記事について紹介する。

 WSJは10月9日に「漂流するドル:世界が突きつけるドルの不信任決議」(The dollar Adrift - A global vote of non-confidence)という記事を載せた。これは「米ワシントンDCの人々は気づいていないかもしれないが、世界経済の今の最大の話題はドル下落が止まらないことである」という皮肉的表現から書き出し、米国の政財界に「ドル下落は米国の輸出力増進から雇用増につながるので良いことだ」という考え方が強いことを批判して「ドル下落は、米国への投資減少から景気悪化と雇用減につながる。その悪影響の方が、輸出力増進のプラス面より大きい」と指摘している。そして「米国がドル安を放置するので、世界は米国が意図的にドル安にしたいのだと思っている」として、世界がドルを見放さざるを得ない状態になっていると書いている。 (WSJ; The dollar Adrift A global vote of non-confidence

 WSJの記事は「インディペンデント紙の記事は情報源が不確かだし、関係各国政府はすぐに記事内容を否定したのに、それでも市場が動揺したのは、ドルに対する懸念が世界的に強いことを示している」と、私が感じたのと同じことを述べたうえで「ドルは、市場の需要をはるかに超えて刷られている」「今後数カ月間に懸念されることは、ドル下落の拍車がかかり、石油などの国際商品相場が高騰して、米国の景気回復を阻害するだ」と書いている。

 WSJの記事について、ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマンは、ニューヨークタイムスのウェブログで「WSJが書いていることは、ずっと前から、すべて間違いだ」「国内経済の回復より通貨の安定を優先すると大失敗する」「WSJ記事の論旨は、金本位制推進の陰謀論者(gold-bug)と同じだ」と酷評している。 (Krugman ; Modified Goldbugism at the WSJ

 たしかにWSJは、イラクの大量破壊兵器問題などでさんざんウソ報道をした。だがドルの危機が強まっている中で、米政府がドルの安定より米経済の目先の回復を重視するのは間違いだという今回のWSJの指摘は正しい。危険なのはクルーグマンの指摘の方である。イラク問題では、WSJはネオコン的で、それを批判したクルーグマンが正しかったが、今のドル危機ではクルーグマンの方がネオコン的(論敵を中傷して全否定するやり方はまさにネオコンの手法)で、WSJの方が正しい。

 FTとWSJの記事から考察できるのは、今後数カ月間にドル下落に拍車がかかり、長期金利の高騰など、米連銀が量的緩和をやめて強制的に出口戦略をとらざるを得ない事態になり、金融システムが崩壊していく可能性が見えてきたことだ。

 政治分野でも、エルサレムでの「第3インティファーダ」が起きそうで、パレスチナ自治政府のアッバス大統領は失脚寸前となり、これが新たな中東大戦争への発火点になるかもしれないとか、アフガン戦略をめぐるホワイトハウスと国防総省の対立が表面化する中で「いずれ米国で軍事クーデターがあるかもしれない」との予測が米政府元高官から出てきたとか、米国の覇権システムの崩壊感が強まっている。政治経済ともに、世界システムにリセットがかかりだした感じだ。政治分野の話については、改めて詳しく書きたい。 (Former White House Speechwriter Suggests Military Coup Could Oust Obama



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