ドルはプーチンに潰されたことになる2022年3月6日 田中 宇米連銀(FRB)は、インフレ対策として2月末でQE(ドル増刷による金融相場つり上げ策)をやめることになっていた。QEは、2008年のリーマン倒産で崩壊した米国中心の債券金融システムが蘇生したように見せかける金融バブル再膨張策として、米欧日中銀群によって続けられてきた。QEは、近年の米欧日の株や債券の高値のほとんど唯一の要因だった。そんな大事なQEを、米連銀が本当にやめるのか。やめたらバブル大崩壊なのに?、と私は疑ってきた。そして今、3月になった。 (QE減額はウソっぽい) (金融大崩壊か、裏QEへの移行か) 米連銀は毎週水曜日時点の資産総額を木曜日に発表している。3月2日時点の資産総額は8兆9534億ドルで、1週間前より242億ドル減った。QEは連銀の総資産を増やす策だ。この手の資産減が続くなら、QEをやめてQTに入っていることを意味する。昨夏以来の連銀の総資産の変化をざっと見ると、年末までは、毎月1000億-1200億ドルぐらいずつ増加してきた。コロナ危機開始後、連銀は毎月1200億ドルのQEをやると言ってきたが、大体その通りの推移だ。連銀はインフレ対策として11月半ばからQEを減額すると発表し、12月は754億ドル、1月は1031億ドル、2月は680億ドルの資産増加(QE実施額)だった。QEは約束通り減額傾向だった。今後、あと2-3週間様子を見ないと確定しないが、今月から資産増加の停止(QE終了)もしくは資産の減少(QT開始)が行われる可能性が高い。連銀が全く帳簿外で裏QEをやっている可能性は低い。インフレ対策としてQE終了とQT、利上げをやれと、米政界から連銀に強い圧力がかかっている。帳簿外の裏QEをやったらすぐ見つけられて非難され、中止に追い込まれる。 (The Fed - Factors Affecting Reserve Balances) (金融大崩壊への道) QEは予定通りに終わった感じだ。そうなると次は、QEなしでいつまで今の金融バブル・相場の高値が続くのか、という話になる。すでに米欧日の株価は昨年末から下落傾向だし、米国債の長期金利は上昇傾向(債券安)だ。バブルが崩壊すると、株価の下落傾向が急拡大し、金利上昇も加速する。QE終了で、いつバブル崩壊が起きても不思議でない状態になっている。連銀は6月までにQTを始めることになっている。英国はすでにQTを開始し、カナダ中銀も3月2日にQT開始を発表した。アングロサクソン諸国はQT開始だ。EUと日本の中銀は、QTをやったら金融崩壊が必至なのでやりたがらず様子見している。アングロサクソンが超愚策をやって自滅していく構図は、コロナ危機とQEで共通している。 (Bank of Canada Announces QT, Reverse of The Program That Boosted Real Estate Prices) (Are Global Central Banks (Ex-China) Suddenly Panicking?) 株価の上昇予測を出さないと食っていけない金融筋は「夏にはQE再開で株価が反騰する」といった予測を出しているが、たぶん大間違いだ。ウクライナ侵攻を受けたロシア制裁で、石油ガスから金属、穀物までのコモディティの価格上昇が急拡大し、インフレがますます悪化している。ロシアはウクライナへの支配を続けるので対露制裁も続き、コモディティは値下がりせずインフレが続き、QEは再開できない。インフレのもともとの原因は流通網の詰まりであり、中央銀行が金融を引き締めても流通網の改善と無関係なのでインフレはおさまらない。米連銀が政界にそれを説明しても聞いてもらえず、QE中止要求が強まるばかりなので、連銀は自滅策と知りつつQEをやめざるを得ない。今年は秋にかけて、QE中止による金融崩壊と、インフレ激化による実体経済の悪化が加速し、米欧経済が破綻していく。日本経済もかなり悪くなる。 (ロシアは意外と負けてない) (インフレに負ける米連銀) これから起きる米欧経済の破綻は、QE中止と、流通網など供給側起因のインフレが原因なのだが、これからのマスコミではそう報じられない。米欧経済の破綻はプーチンのせいだ、と言われるようになる。米国に経済制裁されたプーチンが報復として、ロシアのコモディティを欧米に輸出しなくなってインフレを激化させ、BRICSなど非米諸国をドル離れに誘導し、その結果として米欧経済の破綻が起きる。その面では「プーチンのせい」が正しい。しかし、もう一段掘り下げて考えると、QEをやめてもインフレはおさまらないのだから、米連銀(アングロサクソン諸中銀)はQEをやめる必要などない。QEをやめなければ、いくらインフレになっても金融バブルは維持されて崩壊しない。QEは不健全で不正な悪政だが、やめたら金融大崩壊になるのだから無意味にやめるのは大馬鹿だ。 ('Putin-Panic' Goes Global: Stocks & Credit Crushed As Bonds & Commodities Soar) (The West’s SWIFT Kick Is Aimed at Russia, But it Will Also Hit the US Dollar) インフレ対策は、流通網の改善やコロナ愚策の終了、ロシアなど産油諸国との和解・再交渉、無意味な地球温暖化対策の中止などによって行うべきものだ。だが現実は、効果のあるインフレ対策が行われず、むしろ隠れ多極主義の米諜報界が、流通網の混乱や人手不足を加速し、ヒステリックな温暖化対策を煽り、ロシアなど産油諸国を人権問題などで敵視してインフレを意図的に悪化するとともに、米政界に連銀への加圧を激化させQEをやめさせている。コロナ以降、マスコミは正気を失い、諜報界に操作されるまま、過激で稚拙な「ぜんぶプーチンが悪い」の絶叫を続けている。QE停止によるこれからの米国の金融崩壊も、目くらまし的にプーチンのせいにされ、本質が隠される。 (White House Opposes Ban on Russian Oil Imports) 米欧ではロシアからの石油ガスの輸入を禁止する策が検討されている。禁止したら石油は1バレル200ドルを超えると懸念されるのでバイデン政権は禁止策に消極的だが、マスコミは頓珍漢にこの自滅策をバイデンにやらせようとしている。供給不足を回避するためにロシアから原油を買おうとした大手石油会社のシェルは猛烈にバッシングされている。露ウクライナの穀倉地帯からの小麦輸出も止まりそうだ。全体的にインフレを激化させる方向の動きが続いている。食糧インフレにより、エジプトなどで「アラブの春」の政権転覆が再演されかねないと懸念されている。 (Following Global Outrage, Shell Says It Only Bought Russian Oil After "Intense Talks With Governments") (Soaring Wheat Prices Leave These Countries Susceptible To Uprisings) 米国は今回、ロシアを米中心の金融覇権体制から締め出す経済制裁をやっている。ロシア経済は大打撃を受けているが、同時にプーチンは中国を巻き込む技能がある。ロシアだけでなく、中国やインドなど、これからの多極型世界を支えるBRICSの全体が、米国の金融覇権体制から締め出さるか、先制的に自ら離脱しようとしている。昨日の記事に書いたとおりだ。米政府は中国やインドに対し「対露制裁に協力しない国は制裁対象にするぞ」と脅し始めている。これはプーチンの思う壺だ。ロシアだけが制裁対象なら米国の勝ちになるが、露中印のすべてを制裁対象にすると、それは逆に米国が世界から自国を離脱させて自滅する敗北になる。米国は、自分たちの覇権がかなり弱まっているのを勘案せず、露中印のすべてを制裁する自滅策をやり出している。ロシアの主な産業はコモディティであり、いずれまた売ることができる。ロシアは意外と強く、米国は意外と弱い。 (Crude could hit $200 in case of Moscow energy embargo – US shale boss) (Biden Considering Sanctions on India Over Its Russian Weapons) ロシアの通貨ルーブルは今回、米国中心の中央銀行ネットワークから締め出されて国際利用ができなくなった。ルーブルはロシア国内だけでしか使えない。ロシア国内ではルーブルしか使えない。ルーブルは「終わった」感じに見えるが、意外にもこの状況は新たな可能性を出現させている。それは、ルーブルを金本位制の通貨にして安定させることだ。ロシア当局は準備金として大量の金地金を保有している。今後、ルーブルの価値の下落が一段落したところで、露当局がルーブルの安定化策として金本位制的なものを部分的にでも導入する可能性がある。ロシアが金本位制を導入する可能性は、オルトメディアのあちこちで指摘され始めている。 (Zoltan Pozsar Warns Russian Sanctions Threaten Dollar's Reserve Status) ロシアは米金融界から締め出され、ロシア人が持っていた米欧系の株や債券や現預金やファンド類は凍結された。これらの債権は、契約相手の米欧側の企業や銀行や当局が、債権債務関係の存在を認める限りにおいてしか有効でない。今回、米欧側の当局や企業が、ロシア人保有の債権を凍結して無効にしてしまった。米欧の中銀群は、ドルやユーロのロシアでの利用を禁止した。株や債券や現預金などほとんどの資産は、相手方との友好な関係が失われると価値が揺らぐ。こうした「相手方リスク」の存在を思い知らされたのが今回の対露制裁だ。 (When Normality Is Exposed As A Ponzi) (State Department Official Warns President Xi Will Face "Serious Consequences" If China Helps Moscow Avoid Sanctions) そして、世の中の資産類の中で唯一、相手方リスクがないのが金銀の地金である。ロシアは今回、米欧からの制裁による相手方リスクの急拡大でほとんどの資産が「紙切れ」になり、残っている有効な資産は当局などが大量に保有する金地金だけになった。ロシア当局が、保有する金地金をルーブルと結びつければ金本位制になり、ルーブルは安定する。米欧から敵視されてきたロシアの当局は以前から相手方リスクに敏感で、当局が持つ外貨準備に占めるドルを減らし、金地金を増やしてきた。 (Who's Got The Gold?) 米欧から敵視されているのはロシアだけでない。中国当局も、以前から金地金の備蓄を増やしてきた。習近平は国内の金地金取引を自由化し、国内での当局と民間の金地金の備蓄を増やしてきた。人民元を安定させるために部分的な金本位制の導入も検討してきた。その一方で習近平は株や債券などの金融バブルを意図的に潰す策をとってきた。今回のロシアをめぐる状況を見ると、中国のこれらの策は、いずれ今回のロシアのように、中国も米国から敵視を強められて金融的に締め出される時に備えるものだったとわかる。 (人民元、金地金と多極化) (恒大破綻から中国の国家リスク上昇、世界金融危機への道) 米国中心の金融バブルはこれまで、米欧の経済を実体よりはるかに大きく見せてきた。中国やロシアも自国に株や債券の市場を作り、バブルの恩恵を受けてきた。だが今後、米国のQE終了で巨大なバブルが崩壊し、リーマン倒産時をはるかにしのぐ相手方リスクの高騰が起きると、金融的な景色が一変する。世界中がロシアみたいになる。金融バブルの中で生きていた人々は「金本位制にすると経済の規模が大幅に縮小して貧乏になる」と嘲笑していたが、これからバブルが崩壊すると話が変わる。ドルと金地金の戦いで地金が勝つ。というか、ドルが自滅して地金が生き残る。「ボストドル」の時代に入る。それと前後して、ロシアに続いて中国が、米国からの敵視に対応・報復するかたちでバブルを棄てて金本位制の方向に移動していく。世界の人々がドルよりもルーブルをほしがるようになる。今のところ笑い話だが、現実になる可能性がある。ここでもマスコミ的には「プーチンがドルを潰した」という話になっていく。 (Escobar: How Russia Will Counterpunch The US/EU Declaration Of War) この手の話を書くと「地金は時代遅れ。ポストドルは仮想通貨だよ」と言う人がいるはずだ。理論的に見ると、仮想通貨は匿名取引なので相手方リスクがなく、経済制裁を受けない。しかし現実は、世界の多くの国の当局が仮想通貨を嫌っているので、仮想通貨を支払って商品を買える体制になっていない。仮想通貨を当局の通貨と交換する市場は当局に監視され、今回の対露制裁でも対象にされている。そして、今後の多極型世界で力を持つ中共は仮想通貨を毛嫌いしている。仮想通貨は、誰が為替を乱高下させているのか見えない。米国の金融界や諜報界が黒幕っぽい。だから中共は仮想通貨を信用せず、国内での使用や備蓄、マイニングを禁止し、ロシアにも同じ禁止を求めている。プーチンは従来、ロシア国内でのマイニングを奨励していたが、兄貴分の習近平に言われたのでやめた。 (Russia's Ministry Of Finance Submits Bitcoin Bill Proposal) 習近平は、純民間の産物である仮想通貨を丸ごと禁止して潰し、代わりに政府が発行・管理する政府デジタル通貨を使いたい。仮想通貨は国際政治的に潰されていく。仮想通貨は、世界単一網のインターネットがないと国際的に機能しない。中共など多極型世界の権力層は、極と極の間の交流にたずさわる人々を、当局とその傀儡者だけに絞りたい(今のコロナの世界体制は、その予行演習として存在している)。今のような規制の少ない世界単一網のインターネットは、だんだん制限されていく。仮想通貨も制限される。だからポストドルは仮想通貨にならない。 (End of Internet? What Cisco's Exodus From the Russian Market Means) (コロナ危機による国際ネットワークの解体) これからのドル崩壊は、ここまで書いてきたように、QE終了、超インフレ、BRICSの米覇権からの離脱、という3つの要素・トリプルパンチによって引き起こされていく。それぞれが別々の長い経緯の末に起きている事象なのだが、これまで権威筋がきちんと分析してこなかった(覇権転換を隠然と引き起こしたい諜報筋がそのように誘導してきた)。今後も分析されず、その代わりに目くらましな「プーチンがドルを潰した」という話にされる。 すべての罪を背負わされ、世界を大転換するプーチン。キリスト教的だ。ウクライナのゼレンスキーがユダヤ人だというのも示唆的だ(ウクライナもロシアも昔のハザールであり、財界や政界にユダヤ人が多いというだけだが)。まじな話、イスラエルのベネット首相が、プーチンとゼレンスキーを和解させるため3月5日にモスクワを訪問した。2月24日の戦争開始後、ロシアを訪問した外国首脳は彼が初めてだ。イラン核協定が今週にも再合意されそうで、そうなるとイスラエルは不利になる。ベネットは自分がロシアとウクライナの和平を仲裁する代わりに、プーチンにイスラエルの助けになってもらいたいのだろう。今やイスラエルにとっても、米国よりロシアの方が頼りになる。 (Bennett claims ‘the various actors’ want Israel as a neutral Russia-Ukraine broker) 最近は、ダボス会議を主催するWEFが世界を支配して「大リセット」を起こそうとしている、という話もある。大リセットとは実のところ覇権の多極化である。今起きている3つの大リセットは、QE(ドルの過剰発行による崩壊)、コロナ(超愚策の強制に反対する人々が米欧のエリート支配を転覆する)、ロシア(今回書いたプーチンによる米覇権潰し)の3つである。QE、コロナ、ロシア。この3つが引き起こす大リセット(覇権転換)が今後しばらく重要だ。 (近づく世界の大リセット) (新型コロナでリベラル資本主義の世界体制を壊す)
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