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インフレに負ける米連銀

2022年2月12日  田中 宇 

2月10日、米政府が発表した1月分の消費者物価指数(CPI)が前年同月比7.5%と、40年ぶりの高いインフレとなった。これを受けて米セントルイス連銀のブラード総裁が、インフレ対策として短期金利の利上げを大幅にやるべきだ(今の0-0.25%を6月末までに1-1.25%に上げるべき)という趣旨をインタビューで発言した。米連銀が今後ゆるやかな利上げを続けて今年末あたりに短期金利が1%になるというのが、これまでの市場の大方の予測だった。ブラードの提案は、利上げの速度を倍増させるものだ。大方の予測より早い利上げの提案が連銀内から発せられたのを受け、金利に敏感な米ナスダックのハイテク株が急落し、長期金利(10年もの米国債)は一時2%を超えて上昇した。インフレ回避資産である金地金の相場も上がった。その後、2月11日には米大統領府(ホワイトハウス)がロシア軍のウクライナ侵攻が近いと言い出し、株価の下落、石油や金地金の上昇が続いた。 (Fed’s Bullard on Rate Plan, Possible Inter-Meeting Move: Q&A) (US inflation hits highest level in 40 years in January as prices rise 7.5% from 2021

米国ではガソリン、食肉、自動車など多くの商品が値上がりしている。世界的に、石油ガス石炭、銅、アルミ、肥料、半導体など、原材料の多くが値上がりや品薄になっている。米国の経営者の75%が、インフレはまだ続くと予測している。インフレは低所得層の生活を直撃し、暖房費を削って食費にあてる家計が増えている。インフレは現職政治家の立場を悪くする。中間選挙で勝つためには米連銀に急いで利上げさせねばならない、ということで、インフレ加速を受けてパニックになった米政界から連銀に猛烈な利上げ圧力がかかっている。3月の連銀会合もしくはその前に利上げが行われるとの憶測が出回っている。 (CEOs fear US inflation won’t go away anytime soon, survey finds) (Markets Turmoil Amid 'Russia Invades' Reports & Bullard's Bond Bloodbath

連銀内でタカ派(利上げ推進派)のブラードが言うとおりに6月末に短期金利が1%になったとしても、今のインフレ率(公式論で7.5%)よりもはるかに低い金利水準でしかなく、インフレを差し引いた実質金利は大幅なマイナスのままだ。教科書通りにインフレ率を上回る金利にするなら、短期金利が8%、長期金利が10%以上、ジャンク債金利は15%とかにせねばならない。米連銀は同時に、米国(米欧日)の株や債券の高値を買い支えてきたQE(バランスシートの拡大)も3月に終了する予定で、その後は逆に金融市場から資金を吸い上げるQT(バランスシートの縮小)に突入する予定だ。利上げとQE停止により、株や債券の相場が暴落して半値やそれ以下になり、金余りを前提に維持されてきた米国の実体経済は大不況になる。すでに1月から景況感指数が急落し続けている。 (UMich Consumer Sentiment Unexpectedly Crashes To 11-Year Lows, Democrat Confidence Dumps) (金融大崩壊か、裏QEへの移行か

しかも、米連銀が利上げやQE中止を急いでやってもインフレはおさまらない。インフレの原因が消費や賃金の急増、金融緩和や通貨増発のやりすぎなど「需要側」のものなら、利上げやQE中止といった金融引き締めが良い対策になるが、今の米国と世界のインフレの原因は需要側でなく供給側にある。2008年のリーマン危機以来、米連銀など米日欧の中銀群が14年間にわたってQEで通貨を膨大に過剰発行し、短期金利も超緩和してゼロやマイナスにしたが、実体経済のインフレは起こらず、むしろデフレ傾向が喧伝され続けた。今の先進国経済は、QEによってバブルが肥大化する金融システムと、人々が生活している実体経済の分離が進み、過剰発行した通貨を金融システムに入れても、それが実体経済の価格上昇を起こさない。昨年からのインフレの原因はQEでなく、国際流通網にボトルネックができていることや、コロナの影響による米国などの人手不足、米国から敵視された露中サウジなど非米側が米国に対抗するために石油ガス石炭の国際価格をつり上げていることだ。最近は、カナダなどでのトラック隊によるコロナ独裁反対の道路封鎖などもインフレ激化の原因に加わった。 (Global food prices climb to record highs thanks to “fallout from energy prices” amid skyrocketing oil) (QEをやめさせる) (コロナ独裁と米覇権を潰すトラック隊

これらの供給側のインフレは、米連銀など中央銀行にとって打つ手がない。連銀が今夏から年末にかけて予定通り利上げやQTの金融引き締めを達成しても、インフレは衰えずに続いているだろう。そのころまでにQE資金を止められた金融システムはバブル崩壊して株価が半値とかになり、長期金利も高騰して金融破綻が連鎖的に発生していく。リーマン危機以上の大惨事になる。米実体経済は、急速な金融引き締めによって今よりもっとひどい不況になっており、不況とインフレが同時に起きる「スタグフレーション」になる。米連銀はインフレに勝てない。インフレと戦って負けるだけでなく、米経済を不況に陥れる。米金融界では「連銀は急いで利上げとQE停止の緊縮策をやってインフレを止め、インフレが止まったら再びゼロ金利とQEを再開し、QE依存が強い株や債券の暴落を防ぐつもりでないか」という説も流れている。しかしこの筋書きは、連銀が緊縮してもインフレは止まらないという現実をなぜか忘れている。連銀の緊縮策は、スタグフレーションを引き起こして米経済を自滅させる超愚策である。 ("Foolish" Fed Rate-Hike Will "Cause Hyperinflationary Great Depression", John Williams Says Hold Physical Gold) (インフレで金利上昇してQEバブル崩壊へ

インフレの傾向は2020年末から1年あまり続いてきたが、十分な原因究明が行われていない。インフレの原因、とくに流通網のボトルネックは、謎のまま放置されている。米政府が調査してボトルネックや人手不足の原因を一つずつ究明して対策を打つべきだったのだが、それが全く行われていない。米西海岸のコンテナ港で、中国などアジア方面から入港したコンテナ船からの荷降ろしがものすごく滞ってきたのがボトルネックの一つで、コンテナ港での就業や、船から降ろしたコンテナを運び出すトラックの専用荷台の流通システムの崩壊などが指摘されてきた。これらはあまり改善されていない。世界のコンテナの大半とコンテナ船の多くは中国企業が製造・運営しており、中国政府が米国を経済的に破壊するための謀略によってインフレが起こされている可能性もある。米当局はそれも調べていない。習近平にやられっぱなしだ。 (Empty Containers Continue Stacking Up At Ports) (I've Been Driving Trucks For 20 Years, I'll Tell You Why America's "Shipping Crisis" Will Not End

バイデン大統領は米NBCテレビからインフレ対策について尋ねられ「食料価格の高騰を抑える努力はしている」と曖昧に答えた上で「値上がりはいやだろうが、昔からあり、仕方がないものでもある。気持ちを平静に保ってほしい」と精神論に置き替えてしまっている。バイデンは事実上インフレに対して打つ手がないことを認めている。中間選挙で議会両院の多数派が民主党から共和党に代わることが必至になってきた。 (Biden Downplays Question From NBC’s Lester Holt About Inflation: ‘You’re Being A Wise Guy’) (Rotten Biden Numbers, Desperate Dems, Gold Smells Fear

米当局が流通ボトルネックを調べず改善しないのは、ボトルネックを引き起こしているのが当局の一部である米諜報界の非主流派(隠れ多極主義勢力)による意図的な策略だからでないか、と私は疑っている。米諜報界は、民主党の左翼をあやつって全米各地の警察予算を削減して米国の治安を自滅的に悪化させる覇権自滅策もやっている。米諜報界は米覇権自滅・多極化策の一つとして、中国政府(中共)と共謀して欧米を自滅させるコロナ危機を起こした疑いもある(武漢ラボ発祥説の隠蔽などから。これについては改めて書く)。コンテナ流通の崩壊も、米諜報界多極側と中共が共謀して米国をインフレにして、金融とドルの崩壊を引き起こす緊縮を米連銀にやらせるために引き起こしたのでないか。 (世界的なインフレと物不足の激化) (QE減額は本当かも

さかのぼれば、リーマン危機後に米国の金融システムをQE中毒に陥らせたのも、連銀にドルを過剰発行させて米覇権を自滅させるために諜報界多極側の策略だった可能性がある(米連銀は自衛的に、自滅を先延ばしする延命策として配下の日銀と欧州中銀にもQEをやらせた)。諜報界多極側の予測に反して、米連銀がドルをいくら過剰発行しても、マスコミ権威筋(諜報界主流派の傘下)が過剰発行の事実を無視し、ドルのライバルである金地金の相場もQE資金で抑止され続け、金融市場はドル過剰発行を気にせずバブル膨張が続き、多極側が予測したドル崩壊が起きなかった。そのため多極側は中共を巻き込んでコロナ危機を起こし、米欧に都市閉鎖など経済自滅の超愚策をやらせ、QEの規模も急拡大した。しかし金融システムは2020年春に一時暴落しただけでQE資金によって急反騰し、バブルが維持されてドル崩壊が起きなかった。 (金融大崩壊への道) (すべてのツケはQEに

仕方がないので多極側は、次の策として2020年末から中共と結託して欧米に向かうコンテナ流通網を壊し始め、同時に多極側がバイデン政権を動かして米国と中露の対立を激化させ、中露が石油ガス価格を高騰させるように仕向けて世界的なインフレを起こした。米諜報界がやらせたコロナの超愚策の一つに効かないワクチンの強要があるが、米企業を加圧し、接種したくない人を解雇に追い込んで人手不足を起こしたことも、インフレの原因の一つになった。米政界では、米連銀に過激な利上げやQE停止・QTを求める圧力が高まり、これらの緊縮策が拙速に強要されて金融バブルの崩壊を起こし、いよいよドルが崩壊するシナリオが見えてきている(意外な展開でまたもや延命するかもしれないが)。連銀が緊縮策をやってもインフレは消えないのに、パニック状態を発生させてその道理を吹き飛ばし、米政界から連銀に不条理な緊縮策の加圧をやらせたのも諜報界多極派の謀略だろう。 (コロナ、QE、流通崩壊、エネルギー高騰、食糧難・・・多重危機の意味) (アングロサクソンを自滅させるコロナ危機

2月10日に利上げの加速を提唱した米連銀ブラードも、多極側(もしくはその反対側)のエージェントである疑いがある。ブラードの提唱は、その日に発表されたCPIのインフレ率の続騰を受けてパニック的に発せられたものだったが、CPIが続騰していることは、2週間前の1月25-26日に行われた米連銀の会議(FOMC)でも把握されていたはずで、CPI続騰が象徴するインフレを抑えるために、3月までにQEを終わらせていくことが発表された。ゆるやかな利上げも行われそうだという話になっていた。2月10日のブラードの発言は、そうした流れに関する市場の納得をぶち壊し、もっと急な利上げが必要だというパニック心理をばらまいた。 (Fed Scrambles To Push Back Against Damage Caused By Bullard's "Immature, Unprofessional" Comments

金融界は、相場を破壊する発言を放ったブラードをプロじゃないと批判している。それだけでなくブラード発言は、米連銀の上層部で、急激な緊縮を求めるタカ派と、ゆるやかな緊縮で良いと考えているハト派の対立が激化していることを示している。私は最近まで、米連銀がドル崩壊につながる拙速な緊縮策をやるはずがないと考え、米政界から加圧されて表のQEをやめるものの、代わりに何らかの裏QEに移行するのでないかと考えてきた。しかしブラード発言に象徴されるように、米連銀内で拙速な緊縮策をやりたがるタカ派が強硬な主張を続けている現状では、ハト派がこっそり裏QEをやりたいと考えても、タカ派がそれを許さない。裏QEは、米連銀上層部の全体的な合意がないとやれない。3月1日に予定通りQEをやめるなら、あと2週間しか時間がない。 (From Bullard To Bearard (And Back Again?)

とはいえ別の見方もできる。ブラードは2月10日のインタビュー発言の中で、利上げを早める話をする一方、QTを開始する時期について今年後半(6月以降)の適当な時期と言っている。現在の連銀の予定は、2月末にQEをやめて「その後」QTに入ることになっており、早ければ3月からQTが始まる感じだった。ブラードは、QTの開始時期を先延ばししたことになる。米連銀が金融バブルを維持するためには低金利よりQE(QTをやらないこと)の方がはるかに大事だ。短期金利を1%台まで引き上げることには、銀行界に利ざやを取らせて銀行経営を改善させる意図もある。 (Fed’s Bullard on Rate Plan, Possible Inter-Meeting Move: Q&A) (QE減額はウソっぽい

ブラードは、連銀主流派に楯突いてバブルを潰そうとする「タカ派」を演じつつ、実のところバブル維持に最も大事なQEを守る動きをしている。金利を少し引き上げても、裏QEを開始できれば金融バブルは維持できる。下がった相場はまた上がる。ブラード発言は、人々の目を金利だけに向けさせ、連銀上層部の対立が激化しているように見せている。だが実際はそうでなく、連銀上層部はQTの開始を遅らせ、何らかの裏QEに移行する流れを作りたいのかもしれない。ブラードはタカ派のくせに以前からQEを批判しなかった。ブラードが示唆した「連銀が3月の定例会合より前に臨時会合を開いて利上げするかも」という説もなさそうだとわかった。 (Fed Publishes Final POMO Schedule, Killing Expectations For An Intermeeting Rate Hike) (Fed's Bullard sees inflation rising, mum on QE taper

米連銀がやり出した利上げやQTの金融引き締め策が、金融的な道理に合っておらず、自滅派vs延命派のおかしな政治暗闘の産物であることは、これまで米連銀と歩調を合わせてQEやゼロ金利をやってきた欧州中銀や日銀が今回、引き締めに動きたがらず、口だけ「引き締めを検討します」と言って表向きだけ米国に調子を合わせていることからもうかがえる。QEを中止しQTをやったら日欧も金融バブルが崩壊する。米国がQEをやめても、日欧はやめられない。日欧中銀は自分らの政策を変えず、米連銀が本当に裏のない引き締めをやるのかどうか様子を見ている。日本も原材料や石油ガスなど国際価格の高騰を受けて卸売物価が高騰しているが、生産と流通の段階で値上げが吸収され、消費者物価は2%以下のデフレ傾向にとどまっている。 (Are Global Central Banks (Ex-China) Suddenly Panicking?

日欧と対照的に、英中銀は昨年末からQEをやめて金利も引き上げ、2月3日には2度目の利上げとQTの開始を決めた。英中銀は、米連銀より早く金融引き締めを進めている。英国では昨年から食料品と燃料の価格高騰がひどくなり、4月からは増税も加わって英国の庶民生活がどんどん悪化していく。米国同様、英国でも政界から英中銀に、インフレ抑止のため金融を引き締めろと圧力がかかっている。英中銀は、景気を悪化させても政治的に利上げやQTをやらざるを得なくなっている。米連銀と同じだ。 (Britons Face "Perfect Storm" Of Rising Taxes, Heating Costs, & Food Inflation

米英は1980年代から債券金融システムを構築して世界に拡張し、それが冷戦後の米英覇権のちからの大きな源泉だった(米英が覇権の中心を軍事から金融に移したので、ソ連との対立が必要なくなって冷戦が終わった)。米英金融覇権は30年間の長いバブル膨張を続けたが、2008年のリーマン危機で崩壊し始め、QEで延命してきたが、このたびのインフレで延命策も行き詰まっている。米英の金融引き締めは、金融覇権の終わりを意味している(もしくは新たな裏QEでさらに延命するか)。覇権転換という意味からすると、英国のインフレも米国と同様、諜報界の多極側による謀略の結果かもしれない。 (Largest UK Supermarket Warns "Worst Has Yet To Come" Amid Food Inflation Crisis

読者の中には、私の隠れ多極主義の分析を否定する人もいるだろう。私は「政治の出来事に偶発はない。何者かによる、何らかの意図が必ずある」と考え、最も納得がいく米諜報界多極側黒幕説をイラク戦争やリーマン倒産やコロナ危機やインフレの背景として考えている。だが、そうでなく「世の中には偶然起きることもある」と考える人は、イラク戦争やリーマンやコロナやインフレを偶発と考え、私の考察を余計な妄想と思うだろう。 (コロナ帝国の頓珍漢な支配が強まり自滅する欧米

そういう人のための筋書きとしては「偶発した流通のボトルネックに対し、なぜか(偶発的に)米政府は原因究明を行わず放置した。米政界は政策のプロなのに、なぜか(偶発的に)連銀に緊縮をやらせてもインフレが解消しないという基本的なことを忘れて連銀に緊縮しろと迫った。インフレは1年前からのことなのに、なぜか(偶発的に)米政界も連銀もずっとインフレを軽視し、インフレがいよいよ悪化した昨年末になってパニックを起こし、超愚策な拙速の緊縮策をやり出した」という話になる。意図的な謀略であれ、偶然の出来事であれ、米国はQE(裏含む)をやめたら金融崩壊して覇権を失い、世界は多極型に転換し、日本は対中従属になる。実際に覇権転換が起きたら、それが意図的かどうかは大した話でなくなってしまう。



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