他の記事を読む

QE減額は本当かも

2021年12月22日  田中 宇 

10日ほど前に「QE減額はウソっぽい」という記事を書いた。米欧日などの債券や株の価格は、08年のリーマン危機以降、米連銀(FRB)や日銀などの中央銀行群が続けている資金注入策であるQEに支えられてきた。2020年のコロナ危機開始後、都市閉鎖による景気の急な悪化による金融崩壊を防ぐため中銀群はQEを増額し、相場はほとんどQEだけに支えられている状態になっている。そんな中、米欧では、今年初めからのインフレの悪化を受けて「インフレを抑えるために中銀群はQEを減らせ」という政治圧力が強まった。株や債券の相場はQEだけで高値を維持しているため、QEを減額したら相場が暴落する。中銀群はQEを減額するわけにいかない。米連銀などは当初「インフレは一時的なものだから放っておけばなおる」と言って政界からの圧力をかわしていた。 (QE減額はウソっぽい) (QEをやめさせる

だが、インフレは悪化するばかりで、政界からのQE減額圧力は強まるばかりだった。米連銀は11月、QEを減額していく方針を打ち出した。だが、正直にQEを減額していったら金融崩壊が起きる。まず株価が暴落し、次に債券金利が高騰して企業や政府が広範な債務不履行に陥る。米連銀や、その背後にいる金融界が、こんな自滅を容認するはずがない。その後は金融崩壊が起きそうになるたびに、減額しているはずのQE資金が注入されて株価が反騰(メルトアップ)している。QE資金はまだふんだんに存在している。米連銀は、政界の圧力に呼応して表向きQEを減額すると言いながら、裏でこっそり「隠れQE」みたいなことをやって相場を維持しているに違いない。私はそんな風に考えて「QE減額はウソっぽい」を書いた。 (Don't Be Fooled: Tapering & Rate Hikes Can, And Will, Crash Markets) (Since January 2020 the US has printed nearly 80% of all US dollars in existence

それから2週間。米連銀に加えて、欧州中銀ECBや英中銀BOEも、インフレ対策として金融政策を引き締めに転換し、QE減額や利上げをしていく方向性を相次いで打ち出した。投資家たちは、明らかにQE減額による暴落を強く懸念している。コロナのオミクロン種を理由にした都市閉鎖の再開による不況のぶり返しも懸念され出した。株価は下がりやすくなっている。下落がメルトダウンにつながっていきそうになるたびに、次の日あたりにQE資金らしきもので株価がテコ入れされてメルトアップすることは繰り返されている。だが、全体としての株価は下落傾向だ。株から巨額の資金が逃げ出し、逃避先の長期米国債の金利が下がる局面が繰り返されている(その後QE資金が入って元に戻るが)。もしかすると、QE資金は本当に先細りになっているのでないか。「QE減額はウソっぽい」は「はずれ」かもしれない。ということで今回の記事「QE減額は本当かも」になっている。 (ECB To Discontinue Pandemic Purchase Programme In March, Boosts Core QE Pace To €40BN In Q2) (A Puzzled Wall Street Reacts To Powell, And The Market's Furious Melt Up

裏QEがあったとしても少額ならば、下落していく相場を支えきれない。米政界が本気で連銀にQEをやめさせようと思ったら、諜報界を少し動員するだけで裏QEの手口を探り出し、やめさせることができる。しかし、QEを本気で減額していったら、数カ月内に大規模な金融崩壊が起こって米国の覇権やドルの基軸性もろとも自滅してしまう。悲観的に予測すると、年内は何とか株価が保たれても、来年1-2月には暴落が止められなくなる。株価の暴落が進むと、債券の金利も高騰して金融崩壊が本格化する。米覇権運営体である米政界や諜報界、金融界が、そんなことをやりたがるものなのか。常識的には、ありえない話だ。それにインフレの原因はQEや金融緩和状態でない。いま金融を引き締めるのは馬鹿げている。しかし現実は、金融引き締めが喧伝され、米欧日全体の株価が下がりつつある。自滅的だ。 (Stocks, Yields Tumble As Quad-Witching Fears Add To Broader Market Slide) (If The 2013 Tantrum Was All About The Bond Market, This Time May Be About Stocks

これは何なのか・・・。考えてみると、私は過去に自分がこれと似た経験をしたことがあることを思い出した。2003年の米軍イラク侵攻の時の「はずれ」である。イラク侵攻は米国の「超愚策」の始まりだった。イラクのサダムフセイン政権は13年間も経済制裁されて脆弱で、米国がイラクに侵攻して政権転覆して占領するのは簡単だった。だが、米国がイラクを占領して民主化したら、多数派だがこれまで抑圧されてきたシーア派が与党になり、同じシーア派どうしのイランと結託し、反米主義のイランがイラクを傘下に入れて米国の大きな脅威になってしまう(18年後の今、事態は全くそうなっている)。スンニ派(アルカイダなど)やクルド人が入り乱れるイラクで、米軍が占領の泥沼に陥ることは事前に予測できた。おまけに、米国がイラク侵攻の大義名分にした「フセイン政権の大量破壊兵器」はでっち上げのウソ・濡れ衣であることが事前にわかっていた。イラク侵攻は実施前から、米国の国際信用・覇権を自滅させる超愚策であることが明白だった。私は「米国は脅しのためにイラクに侵攻するふりだけして、実際は侵攻しないだろう」と考えていた。覇権国が、自滅したがるはずがない。 (イラク侵攻をめぐる迷い) (諜報戦争の闇

しかし、米国はイラクに侵攻した。その直後、マスコミや日本外務省など権威筋、外交専門家たちは「イラクを皮切りに中東が民主化され、米国の傘下で繁栄していく」とぬか喜びし、私は「はずれた素人」のレッテルを貼られた。だが間もなく、開戦の大義だった大量破壊兵器が濡れ衣だったことが公式化し、イラクの内戦もひどくなって占領が泥沼化した。イラク侵攻とその後の占領でイラクの人口の1割に当たる200万人が殺された。米国は、独裁者サダムフセインをはるかに超える人道犯罪を犯した。米国はその後、リビアやシリアの内戦も起こして国家破壊して極悪ぶりを発揮し、国際信用が低下した・・・。 (せめて帝国になってほしいアメリカ) (だまされた単独覇権主義

イラク侵攻は国際政治の話、QE減額は金融の話であり、異なる分野の話をごっちゃにするな、と言う人がいるかもしれないが、それは違う。2つの話はいずれも「米国は、自国の覇権を自滅・浪費することをこの4半世紀に繰り返してきた」という覇権放棄・隠れ多極主義の話として同列である。米国は、稚拙で過激なイラク侵攻を挙行したら覇権が自滅し、中露イランの台頭を招いて多極化を進めてしまうことが予測されていたのに、それを挙行した。そして今また米国は、QE減額を挙行したら金融崩壊して覇権の自滅をひどくすると予測されているのに、それを挙行しそうな状況にある。 (行き詰まる覇権のババ抜き) (米英を内側から崩壊させたい人々

金融は、公的機関だけが出演する国際政治と異なり、民間の金融界や投資家の儲けに直結しているので、金融界が米政界や連銀に働きかけてQE減額の自滅を食い止めるはずだという見方もできる。しかしこの分野でも08年に、リーマンブラザーズを倒産させたら金融が大崩壊するとわかっていたのに倒産させてしまっている。覇権自滅の謀略は、どこにでも出現する。欧米諸国は、コロナを誇張し超愚策を強制して経済を自滅させているし、無意味な温暖化対策でも経済が自滅している。自滅する欧米と対照的に、中国など非米諸国はコロナや温暖化対策で自滅せず台頭し、多極化が進んでいる。コロナも温暖化も欧米の意図的な愚策だ。隠れ多極主義は妄想でなく現実だ。新たな超愚策として、QE減額が本当に進行している可能性はある。 (米金融界が米国をつぶす) (地球温暖化問題の歪曲

権威ある専門家たちが幼稚な集団思考に陥る点でも、イラクとQEは似ている。「米国がイラクを民主化して良い国にする」という妄想がネオコンなどによってばらまかれ、専門家の多くがその妄想を共有し持論にした。今また、QEが減額されても株価は上がり続けるという妄想が金融マスコミなどによってばらまかれ、専門家の多くがそれを共有し持論にしている。米欧のインフレは、流通網の(意図的な)破壊や、詐欺的な温暖化対策、ロシアなど産油国側の謀略、コロナワクチン非接種者の勤務制限による人手不足などが原因であり、いずれも米連銀が対処できる問題でない。QEを減額してもインフレはおさまらないのだが、それを指摘している権威筋も少ない。 (The Great Supply Chain Collapse) (世界的なインフレと物不足の激化

オルトメディアの論者(Ryan McMaken)は「米連銀はいまだに、少し金融を引き締めればインフレが終わり、引き締めをやめてQEを再増額できると勘違いしているのでないか(そうでなければ自滅的な引き締めに着手しないはずだ)」といった感じのことを書いている。米連銀はそんなに馬鹿なのか。私から見ると連銀は馬鹿なのでなく、政界から加圧されて仕方なく自滅策と知りつつ引き締めをやっている。 (The Fed Is Hawkish Now? I’ll Believe It When I See It.

もしかすると来年1-2月に株価の暴落が止められなくなった後、米連銀が政界を圧力を無視できる緊急事態とみなし、QEの再増額など急いで再び金融緩和に転換して資金を注入し、暴落を止めて相場を再浮上させるかもしれない。しかし、その後もインフレが悪化しつつ延々と続くことがほぼ確実なので、米政界はいずれ連銀に対してQEを減額しろと再び圧力をかける。再浮上した株価が再び下がっていく。 (Los Angeles Import Volume Sinks As Shipping Traffic Jam Worsens) (Corporate Insiders Dump Stocks Of Their Own Companies At Record Pace: Brace For An 80% Crash

米議会では、二大政党が1議席差の上院で、与党民主党のジョー・マンチン議員が、バイデンの2兆ドルの経済テコ入れ法案(BBB案)に反対すると言い出している。このままマンチンが反対だとBBB案は上院で否決され、巨額資金をあてにしていた株式市場が失望売りで急落しうる。BBB否決が暴落の引き金になりかねない。バイデンがオミクロン対策として米経済を破壊する都市閉鎖など超愚策を新たに始めるかもしれないという予測もある。暴落するかもしれない要因が次々と出てくる。 (Mitch McConnell says Joe Manchin ‘certainly welcome’ to join GOP) (Is Joe Biden About To Impose Destructive New Restrictions On The U.S. Economy In Order To Fight Omicron?

銀行は、預金と融資の金利差で儲けて生きているので、中銀群が金融を引き締めに転じ、ゼロ金利をやめて長短間や高低リスク間の金利勾配が少し急峻になることを望んでいる。銀行はQE減額を喜んでいるという。だが同時に、経営体質が弱い銀行は、他の銀行から資金を借りる際の短期金利を多く取られるようになり、銀行間融資市場のレポ金利が突発的に上がる事件が、日本などで起きている。弱い銀行がいつ潰れるかわからない状態が強まり、銀行どうしが信用しなくなっているのでレポ金利が高騰し、12月13日に15年ぶりに日銀が流動性資金を緊急注入した。米国でも2019年秋のレポ危機の再発が懸念されている。米連銀がQEでいくら資金を注入しても流動資金が足りない、という指摘もある。あちこちで危ない事態になっている。 (Tighter Policy Is Everything Banks Could Wish For) (BoJ Panics, Unleashes Short-Term Liquidity For First Time Since 2006 Amid Repo Spike) (Dollar Illiquidity - The Ironic Yet Ignored Spark For The Next Crisis

中国とロシアは12月15日にバーチャルで首脳会談し、米国が中露にドルを使わせないなど経済制裁を強めつつあることに対抗し、ドルに代わる貿易決済体制の利用を加速すると決めた。人民元とルーブルを使う中露の決済システムは、既存のドル決済より使い勝手が悪いだろうが、これから米国のドルの金融システムが崩壊することに備えているのかもしれない。 (Kremlin reveals new independent Russian-Chinese financial systems) (China and Russia pledge to step up efforts to build independent trade network to reduce reliance on US-led financial system

今年はあと1週間で市場が終わる。12月暴落説はもう現実的でないが、年明けの1-2月はわからない。QE減額がウソなのか本当なのか、だんだん見えてくる。4月まで米欧日の株価がある程度の水準を保っていたら、中銀群がQE減額を何らかの裏技でこっそり無効化して市場への資金注入を続けていた可能性が高くなる。そうでない場合、暴落が起きる。暴落が途中まで起きた後、急いでQEが再増額されて持ち直す可能性もある。インフレはさらに悪化する。全体的な危機は去らない。今は1オンス1800ドルに幽閉されている金地金が、年明けに英国のバーゼル3実施後に幽閉を解かれ、ドルの究極のライバルとして上昇し始めるかどうかも注目点だ。 (金融の大リセット、バーゼル3) (51% Of All Market Gains Since April Are From Just 5 Stocks



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ