世界的なインフレと物不足の激化2021年10月3日 田中 宇中国や英国、欧州、米国から新興諸国までの世界のあちこちで、電気ガソリンなどエネルギー、食料、日用品など広い商品分野において、価格高騰と物不足が顕著になっている。世界的なインフレと物不足が起きるという予測は昨年末から出ており、私も何度か記事にしてきたが、米連銀やマスコミ権威筋は「短期的な現象に過ぎない」などと軽視してきた。長期のインフレ傾向を認めるとQEをやめて利上げ傾向に転じねばならず、それは米欧日の金融崩壊になるからだ。しかし最近、世界のあちこちでインフレや物不足がひどくなり、ごまかせなくなっている。特に目立つのは中国のエネルギー危機だが、それはよく見ると習近平の中共政権が意図的に起こしている感じがする。英国などのエネルギー危機や、米国西海岸の港湾での輸入品の荷揚げの遅延による物不足なども、問題が意図的に放置された結果に見える。世界の実体経済は意図的に崩壊させられている。 (インフレ隠しの悪化) (放置される米国のインフレ) 今の世界的なエネルギー危機の元凶の一つは「地球温暖化対策」によって石油や石炭の生産増加の開発が世界的に止められ続けてきたことだ。燃焼時の温室効果ガスの排出が少ない天然ガスへの需要が急増し、それに便乗してロシアが自分たちを敵視する欧州への天然ガスの供給を減らしたりした結果、天然ガスの価格が高騰した。世界のあちこちで、高値のガスを避けるため石油や石炭の購入を増やす企業や機関が出てきて、石油や石炭の需要が増えて価格が高騰している。 (Peter Schiff: "You Can't Solve Climate Change By Creating Inflation") 中国はエネルギー源の56%が石炭だ。中共政府の方針で電力料金が安く抑えられており、石炭の価格上昇により、電力会社は今年、発電するほど赤字になる状態に陥り、電力供給を減らしたがる傾向になった。中国のエネルギー部門はすべて国営なのだから、中共がいろいろ調整すればこの問題を簡単に解決できるのに放置されてきた。 (How China’s energy crisis happened, in six steps) 加えて、これまで「温暖化対策」をやるふりだけしてやってこなかった習近平が、今年6月から、各省の地方政府などに対し「温暖化対策のためにエネルギー効率を引き上げ、石炭の消費や発電量を減らせ。目標を達成できない地域は強制的に発電量を削減させるぞ」と言い出し、8月から強硬にやり始めた。中共は2030年に排出増加ゼロ、2060年に炭素中立という目標を掲げている。強硬な排出削減策は一見、目標を達成するための「良いこと」に見える。だが少し考えると、まったく中共らしくない。 (China orders power companies to avoid blackouts at any cost) (All Hell Is Breaking Loose In Energy Markets) 温暖化人為説は無根拠なインチキであり、これまで中共はインチキの構図を把握したうえで、国際政治上の主導権を握るために二酸化炭素などの排出削減の目標値を形だけ設定しつつ、裏でこっそり石炭の大量輸入や炭鉱開発などを続けてきた。地球温暖化問題は、新型コロナと同様、科学や医学をねじ曲げて世界経済の全体を抑圧する詐欺的な構図を作り、欧米ははこの詐欺を積極的に軽信して、都市閉鎖や石油石炭不使用などの無効果な超愚策をやって経済的に自滅していく半面、中国など非米諸国は対策をやるふりだけして自滅を回避し、既存の米国覇権の崩壊と覇権多極化を誘発する「隠れ多極主義策」である。中共は、二酸化炭素排出などの温暖化対策を真面目にやるはずがない。 (Why Europe and China are facing an energy crisis) (地球温暖化問題の裏の裏の裏) 習近平による過激な電力削減策は中国各地で、住宅地の広範な停電、工場の操業の大幅な短縮・生産量の減少などを引き起こし、中国の実体経済を自滅させている。中国は9-12月期にゼロ成長になると予測されている。中共はすでに、恒大集団の経営難を皮切りとして不動産金融を意図的に破綻させ、金融バブルの崩壊を引き起こしている。私は「金融バブルと実体経済にわかれている経済システムのうち、中共は金融バブルを意図的に潰し、実体経済だけを生かしていく戦略だ」と考えてきた。 (恒大破綻から中国の国家リスク上昇、世界金融危機への道) しかし今回は中共、意図的に過激な電力削減策によって、実体経済までも自滅に追いやっている。習近平が最近急に温暖化人為説を信じ始めたのか?。そんなことはない。温暖化対策は国際的に「善行」なのだから、それが理由で送電削減するなら堂々とそのように発表すれば良いはずだが、習近平はそうしていない。北京市の停電は「電力設備の交換」が理由としてあげられている。電力削減の理由は何でも良い感じだ。 (What has caused China’s electricity shortages, and is Beijing’s carbon-neutral goal solely to blame?) (China Panics: Beijing Orders Energy Firms To "Secure Supplies At All Costs") 覇権国だった米国から敵視されてきた中共は従来、米国側からの経済制裁に備え、石炭や石油などを十分に備蓄してきた。ところが今、中国の石炭の備蓄量が2週間の発電を賄う分しかないと喧伝されている。これもウソ報道だろう。中共はもっと多くの備蓄をこっそり持った上で2週間分しかないとウソを言い、「石炭がないから発電できない」と言って発電量を大幅に削減し、工業生産を意図的に減らして中国経済を自滅させている。 (China hit by power cuts and factory closures as energy crisis bites) 今回の電力削減は中国の実体経済を自滅させるが、この事態の先例として、中国の金融システムを自滅させている恒大集団の破綻がある。恒大の破綻は、まず中国の金融バブルを崩壊させているが、この事態がずっと続くと、それはいずれ米国側(米欧日)の金融システムの危機の加速につながり、QEにかかる負担が過大になり、米国の金融覇権の崩壊になっていく。恒大破綻が中国から世界に発展する金融経済の自滅策であるのと対称的に、今回の電力削減が中国から世界に発展する実体経済の自滅策であると考えるなら、それは最終的に中国を自滅させるものでなく、逆に、中国発で世界的な物不足やインフレ激化を引き起こし、米国側を自滅させて相対的に中国を台頭させるものになる。 (Latest PMI Data Confirms China "Entering Period Of Stagflation") 中国は、最初にいったん自滅することで、最終的な自国の台頭を得る。最終的に自滅させられるのは中国でなく米国覇権になる。コロナ危機のシナリオも、この流れで展開している。コロナで最初に広大な都市閉鎖をやったのは中国だったが、その後、中国は都市閉鎖を最小限にして経済成長を回復し、効果のない都市閉鎖によって延々と自滅させられている筆頭は米豪英などアングロサクソンの米覇権諸国になった。コロナ危機と、恒大破綻と、今回の中国の電力削減はいずれも、最終的に米国覇権を自滅させて中国(中露イランなど)を台頭させて多極化を招く。最初に中国が破綻する仕掛けになっているのは、多極化の流れを見えにくくするための目くらましだろう。 (アングロサクソンを自滅させるコロナ危機) 中国の状況を延々と書いたが、今回の物不足やインフレは世界的な現象だ。小麦、とうもろこし、大豆、綿花、食肉、砂糖、肥料、鉄鋼、半導体など、多くの商品が値上がりしている。ドル延命策として中銀群が相場を引き下げている金地金以外の、ほぼすべてのコモディティが高騰している。しかも、この現象を引き起こしている原因が、世界各地でさまざまに異なっている。 (China power cuts, UK petrol woes: Why is there an energy crunch?) たとえば英国では、トラック運転手が人手不足で流通網が崩壊して物不足が起こり、ガソリンなどをガソリンスタンドに運ぶタンクローリー車の運転手も足りないので全国的にガソリンが買えなくなっている。英国では従来、運転手の中にEUの東欧出身者が多かったが、英国がEUから離脱した後、EU出身者の雇用が難しくなり、今の運転手不足が起きたとされている。この問題は、英政府が先手を打って政策を修正すれば防げたことだ。英政府は、なぜか事態の悪化を放置してきた。 (British Army On Standby To Resupply Gas Stations Amid Energy Crunch) 米国では、カリフォルニア州など西海岸の港湾で、中国などアジア諸国からコンテナ船で運ばれてきた輸入品を下ろす作業がとどこおり、昨年から加州沖でのコンテナ船の滞船がひどい状態が続いている。貨物船の世界的な運賃の高騰に拍車をかけている。その一因は、港湾作業員の労働組合の反対により、船からコンテナを下ろす作業の時間帯を夜間や週末に延長していくことができないからとされている。この問題も、米政府は労組との関係が良い民主党政権なのだから、解決されず放置されているのが不可解だ。米国のインフレや物不足の原因は多岐にわたっている。今や米国民の9割近くがインフレの悪影響を感じている。米連銀など権威筋が軽視・無視し続けて対策をとらないので、インフレや物不足は今後も1年かそれ以上にわたって続くことが確定的だ。 (Before They Were An Inconvenience, But Now The Shortages Are Really Beginning To Sting) (Record shattered: 73 container ships stuck waiting off California) こうした世界的なインフレや物不足の現象を1年近く見てきて私が感じているのは「これも、コロナ危機と同様、意図的に悪化、長期化させられることで、米国の覇権を支えている中銀群のQEを行き詰まらせて潰し、米覇権を破壊し、最終的に中国側の台頭を加速して、覇権構造を多極型に転換するために行われているのでないか」ということだ。すでに書いたように、今はまず中国が恒大破綻とエネルギー危機によって自滅しているが、世界的なインフレによって最後に不可逆的に大破綻するのは米欧日の中銀群によるQEと、QEによって支えられている米国覇権体制である。 (すべてのツケはQEに) 近年の世界は、QEによって米国覇権体制をできるだけ長く延命させようとする米国側(米英諜報界の主流派、軍産複合体、アングロサクソン諸国のエスタブ権威筋)と、次々と自滅策をやってQEと米覇権を破壊して多極化を完成させようとする「多極・中国側」との暗闘が続いている。多極化は、世界の経済成長を極大化しようとする資本の理論に沿ったものなので、米英諜報界の上層部にも多極側の人々がいる。ダボス会議を主催するWEFや、WHOを傘下に持つ国連も多極側が強い。米英上層部の多極側と、習近平の中共が裏で組んで多極化を進めている感じだ。 (強まるインフレ、行き詰まるQE) (インフレで金利上昇してQEバブル崩壊へ) 多極中共側は自分たちが牛耳っている国連のWHOを通じて昨年、誇張したコロナ危機への対策としてアングロサクソンNATO諸国に超愚策で自滅的な都市閉鎖を厳しくやらせ、米国側で大恐慌を引き起こして経済と覇権を自滅させようとした。米国側では、コロナ恐慌の穴埋めするためQEを急拡大し、QEに過剰な負担がかかって潰れるかと思いきや意外にQEは強靭で、経済のすべての穴を埋めてQEは延命し、株も債券も高止まりを続けた。コロナを使ってQEと米覇権を潰そうとした多極中共側の策略は失敗した。 (ドル崩壊の前に多極化が進む) (金融バブルを無限に拡大して試す) このため多極中共側は今秋、コロナ危機を一段落させる(だから日本も10月に非常事態が解除できた)とともに、次のQE潰しの策として、昨年からくすぶってきた世界的なインフレや物不足の状態を、中国のエネルギー危機の誘発などを皮切りに格段に激化させていくことをやり出している。コロナ危機と同様、最初に中国が自滅するが、やがて米英欧側の自滅に発展するシナリオだ。これが「うまくいく(米覇権崩壊と多極化につながる)」かどうかわからないが、これから1-2年は、世界的なインフレと物不足が悪化していきそうだ。米欧側では、草の根の反政府運動など政治混乱も続く(中共・習近平の独裁は、意外な展開にならない限り、安定を失わないだろう)。それでもQEが潰れない場合、今はまだ予測できない「次の自滅策」が出てくるのかもしれない。
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