ドル崩壊の前に多極化が進む2021年9月14日 田中 宇これまで私は先行きのシナリオとして、米日欧の中央銀行群が金融システムのバブル延命策として続けてきたQE策(過剰な造幣による債券や株の買い支え)をどこかの時点で続けられなくなり、QEの縮小(テーパリング)が巨大な金融バブル崩壊を引き起こし、米国債の金利が高騰してドルが基軸性を喪失し、既存の米国覇権体制が崩れ、その後の混乱の中で世界的な覇権の多極化が進むと予測してきた。だが米連銀は最近、テーパリングをやりそうな感じを演じるのをやめ、むしろQEの拡大を続ける傾向になっている。米経済はコロナ変異種のせいで減速し、インフレも激化しているので、いつ株や債券が暴落してもおかしくないが、急落しそうになるたびにQEの資金が注入されて金融危機が先送りされている。 (Peter Schiff: What Taper? Ultimately The Fed Will Expand QE) (金融や覇権の崩壊が加速しそう) ドルの究極のライバルである金地金は、今年7月から欧米(英国以外)でバーゼル3の銀行規制強化(金地金の信用取引の事実上の禁止)が始まり、それまでQEの資金で金相場の上昇が抑制されてきた構図が崩れ、大幅な上昇が起きると予測する向きがあった。だが実際には8-9月に相場が上がっていない。QEの資金が債券相場に注入されるたびに、上がりそうになった金相場が引き下げられることが繰り返され、バーゼル3の規制を迂回してQE資金による金相場の上昇抑止が続けられている観がある。まだ金地金はドルとの戦いで八百長されて負けたままだ。 (Yields Slide After One Of The Strongest 10Y Auctions On Record) (What's Wrong With Gold?) (金融の大リセット、バーゼル3) ドル崩壊が起きない半面、外交安保・国際政治の分野では、米国の下手くそな撤兵とともにアフガニスタンが中国の傘下に移動したことに象徴されるように、米国の覇権喪失と、中露イランの台頭など覇権の多極化が進んでいる。欧州とインド以外のユーラシア大陸の多くの部分が中露イラン側に入りつつある。世界的に、金融面はドル基軸の米国覇権体制が残っているが、外交安保の面は多極化が進んでいる。このままいくと、ドル崩壊より先に世界の覇権構造が多極型に転換しそうだ。 (Why Did The USA Hand Afghanistan To China?) (アフガニスタンを中露側に押しやる米国) コロナ危機も、アングロサクソンやNATOなど欧米諸国を弱体化する半面、中国とその仲間や傘下の諸国を強化する流れになっている。米国のバイデン大統領は人気が凋落し、カナダのトルドー首相は近々の選挙で負けそうだ。英国のジョンソンは不人気なワクチン旅券をやめざるを得なくなった。豪州のモリソンや、フランスのマクロンもコロナ政策で国民から嫌われている。WHOや国連を握っている中国が、欧米諸国に自滅的なコロナ対策を強要して弱体化させている感じだ。コロナも多極化を推進している。 (Covid vaccine passports scrapped for winter by Boris Johnson) (Trudeau's Chances Of Winning Snap Election Dwindle As Conservatives Surge) (アングロサクソンを自滅させるコロナ危機) 中露イランなど非米側が、国際決済や外貨備蓄にドルを使うのをやめて人民元など自分たちの通貨を使おうとしている。これはドルの基軸性の低下であり、ドルや米国債の需要が下がってふつうならドル崩壊の金融危機を引き起こす。だが今はふつうの事態でなく、米連銀がQEでドルを増刷して非米側の需要減を穴埋めすれば延命できる。ドルは、基軸性が低下しても崩壊しない。極端な話、誰もドルを使ってくれず、誰も債券や株を買わなくなっても、すべてQEで穴埋めして、平然と延命できるかもしれない。現実論として、米欧日はドルを使い続けるだろうから、非米側がドルと完全に縁を切って人民元などを基軸通貨にしても、米側はQEの助けを借りつつ延命していける。通貨が多極化しても、ドルが崩壊しないシナリオが見えてきた。 (中露の非ドル化) (BOJ's "Turbo Kuroda" Calls For Even More QE And Even More Negative Rates) 私の見立てでは、覇権の多極化は米英中枢の勢力によって意図的に進められている。多極化がシナリオ通りの展開であり、そのシナリオの中に「ドルや米覇権の崩壊よりも先に多極化を進める」というのも含まれているのだとしたら、その理由は、多極化を円滑に進めるためかもしれない。先にドルや米国債を崩壊させてしまうと、崩壊させられた米欧側がポピュリズムの発露や逆ギレ的に中国など非米側を物理的に破壊する核戦争などを起こす可能性が出てくる。米側はすでにQEをやりすぎており、健全な金融状態に戻れない「死に体」になっている。だが、マスコミ権威筋はそれを隠して「ないこと」にしているので顕在化していない。この状態で、先に多極化が進んでいる。多極化が進むほど、米側がいつまで表向きの延命を続けるのかが、だんだん重要でないこと(世界の多数の極の中の一つで起きているだけのこと)になっていく。 (放置される米国のインフレ) (The Fed Keeps Printing "Or The Whole Things Blows Up") 世の中では「QEで実体経済のインフレがどんどん悪化しており、金融危機の発生が近い」と言う人が増えている。ロシア政府のプーチンの顧問(Maxim Oreshkin)も先日それを警告した。ドイツ銀行やゴールドマンサックスなど6つの銀行のアナリストは、インフレと米経済の減速により数か月内に金融相場が暴落すると予測した。しかし、この手の予測はリーマン危機以来ずっと外れてきた。外れている理由は、現状の米側が、実体経済と金融経済が分離した状態であるため、実体経済がインフレになっても金融経済の側でQEで金利を下げておくことで、インフレの顕在化(債券金利の高騰)を抑止できるからだ。 (Why One Bank Is Warning Its Clients Of An Imminent "Hard Correction") (Massive US stimulus spending to blame for global wave of inflation, Putin aide says) 1980年代に米国でインフレが顕在化した時は、実体経済と金融が分離していなかったため、米国債の長期金利が高騰して米連銀が利上げせざるを得なくなった。今はこのようなことにならず、事態を隠蔽しておける。インフレを勘案すると、米国はジャンク債でさえ大幅なマイナス金利だ。こうした馬鹿げた事態は、マスコミ権威筋の情報操作によって人々の目から隠されている。米連銀のパウエル総裁は、8月末のジャクソンホール会議の講演で、これまでインフレへの連銀の対応が早すぎたので今回はゆっくり対応すると歪曲を言い、インフレを大したことでないとみなして放置すると表明した。すでに米連銀は、QEの不健全性を隠すため、通貨供給量について話すこともやめてしまっている。 (Peter Schiff: Jerome Powell Rewrites Inflation History) (85% Of High Yield Bonds Have A Negative Real Yield) もしかするとドルや米欧日の金融バブルは、政治面で世界が多極化した後も、かなり長く続くかもしれない。銀行界を見捨てて通貨(ドルやユーロや円)をデジタル化して、すべての金融取引を当局が監視し、金融バブルの崩壊を引き起こしかねない投資家に取引をやめさせることで、バブルを長く延命できる。こうした手口は自由市場の否定であり、人々が自分の財産を使って投資することを妨害する人権侵害、独裁政治体制であるが、米欧はコロナ危機によって、コロナ対策を口実にした人権や民主主義や自由市場の否定、独裁政治の実施を自由にやれるようになっている。 (Rabobank: What Is Coming Is A Bigger Economic, Market, And Geopolitical Earthquake Than QE Tapering) (コロナ帝国と日本) コロナ危機後、現金は「ウイルスが付着する汚いもの」であり、当局が、現金の管理者として存続させてきた銀行界を見捨てられれば、現金廃止・通貨のデジタル化を挙行できる。すでにマスコミやネットのSMSは当局に都合が悪い言論が載らなくなっている。米欧は中国並みの独裁体制になっていき、金融取引を規制してバブルを恒久化できる。金地金は2千ドル以下に幽閉される。世界は、中国側も米欧側も独裁体制になる。自由な金融市場は、もう存在していない。多極化により、世界におけるドルや米金融の重要性が低下するので、それらがモラル的な高潔さを失って汚い独裁体制下で延命しても、それは人類にとって重要でないことになっていく。マスコミは今後も米国側のモラルの高さを歪曲報道するだろうが、マスコミ自体への信用も大幅に低下している。彼らが汚い歪曲屋になっていること自体が大したことでなくなっている。 (Central Bank Visions Of Absolute Control) (Ferguson: 50 Years After Going Off Gold, the Dollar Must Go For Crypto) 米欧日の金融バブルがずっと延命し、その間に先に政治面の多極化が進むシナリオについて書いてみた。少し悲観的すぎたか。実際は、今のところ崩壊しそうもない米側の金融バブルが意外に間もなく突然崩壊するかもしれない。多極化がそこそこ進んで不可逆な領域に入ったら、バブルを潰してドルや米覇権を崩壊させるシナリオかもしれない。抑圧された欧米の人々が決起してコロナ超愚策や言論統制など上層部のインチキを覆すかもしれない。中共がドル潰しのため地金を高騰させるかもしれない。人類史上未経験の事態なので、先行きは不透明だ。 (大リセットで欧米人の怒りを扇動しポピュリズムを勃興、覇権を壊す) (金融バブルを無限に拡大して試す) (G7=ドルと、中国=金地金の暗闘)
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