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金融や覇権の崩壊が加速しそう

2021年5月15日  田中 宇

バンカメの投資戦略責任者マイケル・ハートネット(Michael Hartnett)が最近発表した予測(計算結果)によると、4つの主要な中央銀行群(米欧日英?)のQE策(造幣による金融商品の買い支え)の総額は、昨年の8.5兆ドルから今年は3.4兆ドル、そして来年はたったの0.4兆ドルへと急減していく。中銀群がQEを減らす表向きの理由は、人類へのワクチン接種が進むなどしてコロナ危機が終わり、世界経済が再び成長してQEが要らなくなっていくからで、今年の春から秋にかけても世界経済の復活とともにQEが減らされていくという予測だ。 (Soaring Inflation Will Not Peak Before January 2022: Here's How To Trade It) ("Leadership Is Shifting": Goldman Says Business Sentiment, Job Growth And QE Have Peaked - What Happens Next

中銀群が、勘定(バランスシート)を不健全に肥大化させるQEをもうやりたくないのは確かだ。先週の記事に書いたように、すでにカナダや英国の中銀がQEの減額を開始している。QEは昨春来、コロナの都市閉鎖による大恐慌の穴埋めを一手に引き受けさせられてきたが、あれから1年以上が過ぎ、中銀群としては、ワクチン接種の普及で経済が再開されてQE減額が可能になったという話にして、早くQE減額(テーパリング)を進め、健全な状態に戻りたい。だがその一方で、金融市場は完全にQE依存になっており、QEが市場の最大の買い手であり、QEが減額されると株や債券が暴落する。テーパリングは現実的にとても難しい。不可能と言っても良い。本当にQE減額を具現化できるのか疑問だ。ハートネットの予測は、中銀群の演技的な「希望値」を集計したもので、具現化されるものでない感じがする。 (強まるインフレ、行き詰まるQE) (すべてのツケはQEに) (インフレ隠しの悪化

日本では5月11日、東証株価指数TOPIXが前場で2%の急落をしたのに日銀が株価の買い支え(株式ETFの買い込み)をやらなかった。その前には4月20日の前場にもTOPIXが2%の下落をしたが、その時にも日銀はETFの買い支えをしなかった。日銀は2016年以来、東証株価が前場で0.5%以上の下落をするとETFを買い込んで株価の下落を止めて反発させるQEを続けてきたが、今年3月以降、QEを減らす方向性を打ち出している。4月20日と5月11日の株価下落時に買い支えをしなかったのはQE削減・テーパリングの具現化と考えられる。しかし日銀は、4月21日に株が続落して金融危機になりそうになると買い支えの介入をしたので、テーパリングは限定的なものにとどまっている。日銀はテーパリングを進めたいが、株価の暴落を引き起こせないのできちんとやれず、行き詰まっている。 (Japanese Investors Panic After Stocks Tumble And BOJ Does Not Buy ETFs) (Tokyo Tapers: BOJ Slows April Bond Purchases, Puts Bond Traders On Edge

QEは不健全な策であり、金融市場はQE依存の中毒になっている。中銀群がQEを減額していくと確実に相場が暴落し、金利も上がって金融崩壊・ドル崩壊・ドルの基軸性喪失が起きる。しかし逆に中銀群がずっとQEを続けていると、どんな崩壊が起きるのか。最近、米投資家のスタンレー・ドラッケンミラーが「米連銀はコロナ危機でQEを急拡大し、最初はそれが経済をテコ入れする良い政策だったが、経済が好転する今後は、QEがドルの基軸通貨性を損なう危険な策でしかなくなる。世界各国が米国債を売り始めている。連銀は早くQEをやめるべきだ」と警告した。 (Stanley Druckenmiller says the Fed is endangering the dollar’s global reserve status

この手の警告は以前から出ていたし、特に最近はあちこちから頻発されている。私自身も各種の警告を解読し、QEのやりすぎはドルの基軸性喪失・ドル崩壊になると昔から書いてきた。しかし、QEやめろコールが高まっている中で、QEをやめない場合のドル崩壊の道筋について説得力のある説明をしている人が見当たらない。「米国債が売れなくなる」という説は?。確かに中国は米国債を売り放っている。しかしそれは米中新冷戦であり、敵である中国が米国債を売るなら、絶対服従してくれる味方である日独などに買い増しさせてバランスすれば良いだけだ。中露イランがドルを使わなくなっても、残りの諸国がドルを使ってくれるなら基軸通貨性は維持される。米中新冷戦のシナリオの他に、QEからドル崩壊への道筋を言っている人がいない。 (ドルの劣化) (米国と心中したい日本のQE拡大

私はここで従来の自説を否定したものの、ドル崩壊が今後もずっと起きないと考えているわけでない。ドル崩壊は、QEをずっと続けるので起きるのでなく、逆に「ドル崩壊するからQEをやめろ」とか「インフレがひどくなっているのだからQE(超緩和策)をやめろ」という要求が高まって中銀群がQEを減額させられて金融危機が誘発されることでドル崩壊になる。QEは、経済面からでなく政治面から縮小させられ、それがドルと米覇権の崩壊を引き起こす。QEをやめることがドル防衛につながったのは、2016年ごろまでのQEの初期段階だけだ。今やQEは巨額すぎてやめられない」状態になっており、ドルを延命させるにはQEを無限に続けるしかない。QEが無限に続けられるものなのか誰も試したことがないので不明だが、すでにQEは意外と長く続けられている。QEをやめるより続ける方がドルは長く延命できる。「ドルや金融システムを健全な状態に戻すためQEをやめるべきだ」という主張は、見かけと裏腹に、米覇権を自滅に追いやる(うっかり)隠れ多極主義的だ。 (No way out of QE policy dead-end) (ずっと世界恐慌、いずれドル安、インフレ、金高騰、金融破綻

「QEでドルを過剰発行したせいで米国でインフレが激化している。インフレを止めるためQEをやめるべきだ」という声も強まっている。これも現実と違う。コロナより前のQEは金融経済に偏重した資金注入であり、実体経済の方に資金が入りにくくインフレにならなかった。コロナ危機下のQEは、米政府から国民への資金ばらまきなど実体経済に注入される分が増え、この分は米国のインフレ激化の一因になっている。だが米国のインフレ激化の原因としてはコロナにともなう流通システムの混乱や、中国による穀物や半導体の買い占めの影響も大きく、QEをやめてもインフレは止まりにくい。しかもバイデン政権は人気保持のため米国民への資金ばらまきを止められない。インフレはすでに公的なCPI(消費者物価指数)として3-4%に達しており、現実的なインフレはもっとひどい。「インフレがひどいのだからQEをやめろ」という声は今後さらに強まる。カナダや英国の中央銀行は、この声に呼応してすでにQEを減らしている。QEを減らしてもインフレは止まらず、QEをもっと減らせという話になる。これもドル自滅への道になる。 (CNBC Warns About Price Inflation, Yes CNBC!) (Jim Grant: The Fed Can’t Control Inflation

インフレはまだまだ続く。各種品目の国際価格の上昇が続くと、日本でも価格のクッション機能が限界になって物価高が起きるかもしれない。米国では人々が失業手当やコロナ支援金に頼って生活する傾向になり、都市閉鎖が終わって経済が再開して雇用拡大したい企業が増えても働きたい人が増えず、人手不足がひどくなっている。この要素も賃金の上昇からインフレにつながる。米東海岸のパイプライン停止でガソリン価格も急騰している。インフレが進むほどQEやめろコールも大きくなる。実際にQEが大幅減額されなくても、中銀群がQEをやめそうな雰囲気が強まるほど、米欧日の株価が下落しやすくなり、金利が上がりやすくなる。QEは実際の注入額よりも投資家に与える心理で持ってきた部分が大きく、QEやめろコールは金融危機を誘発する。今週は株価が世界的に下落した。中銀群がQE資金を注入して一時的に反発したが、来週以降、再び下落する可能性は十分にある。金融は不安定になり、崩壊感が加速していく。QEで抑圧されてきた金相場が反騰している。 (Virginia gas station charges nearly $7 a gallon: 'You can't do that to people') (The Psychology of QE is Far More Important Than the Amount of It

QEがどうなるかは、今後の世界情勢にとって最も大事なことだ。QEが続けられている限り米覇権体制も延命するが、QEが破綻すると米覇権体制も崩れ、世界的な覇権の多極化が急進する。コロナ危機がどうなるかも大事だが、コロナは国際政治的な問題(というより謀略)であり、私が見るところ、米覇権体制が崩れるとコロナ危機も終わりに向かう。QEが早く破綻するとコロナも早く終わる。QEが意外と延命して単体でなかなか行き詰まらないので、世界的な覇権運営母体がコロナを延々と誇張して米欧経済の恐慌を長引かせ、QEへの負担を増やして破綻の前倒しを試みている感じがする。 (大リセットで欧米人の怒りを扇動しポピュリズムを勃興、覇権を壊す) (ニセ現実だらけになった世界



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