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強まるインフレ、行き詰まるQE

2021年5月10日  田中 宇

5月4日、米国のイエレン財務長官が雑誌のシンポジウムでオンライン講演した際「経済が過熱しないよう、少し金利が上がる(米連銀が金利の上昇を容認する)必要があるかもしれない」という趣旨のことを述べた。金融界では、コロナ対策の都市閉鎖が縮小されて経済が過熱してインフレが進む(長期金利が上昇する)という懸念が強まっており、米連銀(FRB)がQEの超緩和策を後退させて引き締めに移るのでないかという思惑があった。連銀の公式筋は「少しインフレになったとしても一時的なもので心配ない(だから方向転換しない)」とインフレ懸念を打ち消してきた。これに対して元連銀議長でもあるイエレンが、経済の過熱と金利上昇の可能性に言及し、インフレ懸念を認める発言をしたので、金融界は「やっぱりそうか。QEが縮小されるかも」と騒ぎ出した。株価が下がり、ドル高になった。バブルがひどく株価の維持にQEが不可欠なハイテク株が特に下がった。 (Yellen Reverses Earlier Hawkish Comments Entirely, Says "I'm Not Predicting Anything"

市場の反応はイエレンにとって意外だったようで、その日の夕方に行われた別のオンライン講演でイエレンは「私は(今朝の発言で)何かを予測したわけではないし、連銀の政策に介入するつもりもない」「インフレの懸念があるとは思っていない。懸念があったとしても連銀がきちんと対応してくれるので大丈夫だ」と述べ、連銀の公式筋に合わせる姿勢に方向修正した。イエレンの不規則発言は半日で終わり、金融分析者たちは「イエレンが発言を修正することは予測されたが、それが意外と早かった」などとコメントした。 (Janet Yellen's Flip-Flop And What She's Really Telling Us

イエレンの修正発言と裏腹に、米連銀はインフレにきちんと対処できなくなっている。インフレへの対応策として、イエレンが最初に言ったような金利上昇の容認をすると、政府の国債利払いの急増と、株や債券のバブル崩壊が起きてしまう。連銀は金利上昇を容認できず、QEによる造幣を加速して債券を買い増して金利を再度引き下げるしかない。だが造幣を増やしたままだとインフレの進行が加速し、物価上昇や人々の生活苦がひどくなる。苦肉の策として、経済統計をごまかしてインフレが起きていないように見せかけてきた。米国や新興市場諸国で起きているインフレは、コロナによる流通システム障害の長期化がこれまでの主因であり、中央銀行が対処しきれない問題でもある。 (インフレ隠しの悪化) (インフレで金利上昇してQEバブル崩壊へ

もともと米連銀(米欧日中銀群)はインフレと関係なく、金利を引き下げて株や債券のバブルを維持するためにリーマン危機以来13年間QEを続けてきた。リーマン後、債券金融システムが崩壊・凍結したままだったので、連銀などがQEをやらなかったら金利高騰(=債券下落)や株安が定着して金融が破綻したままになっていた。中銀群がQE資金を注入して市場が蘇生しているかのように見せかけて13年すごしてきた。昨年コロナ危機が始まり、米国などの政府は都市閉鎖で潰れた経済のテコ入れのため国債を大増刷し、それを中銀群がQE資金で買い支える構造が追加され、QEの負担がますます増えた。QEを減らしたら金利が上昇し、政府は国債利払いが急増して財政破綻に瀕する。中銀群は政府と市場の両面から「QEをやめるな」と加圧されている。 (米大都市の廃墟化・インフレ激化・銀行やドルの崩壊) (ドルの劣化

最近、米国などではコロナのワクチン接種が進み、都市閉鎖をやめて経済を平常化しつつある。「風邪」に近い病気である新型コロナはもともと自然免疫で治す病気であり、人工免疫であるワクチンを接種しても数か月で身体が不要と判断して消えてしまう傾向が以前から指摘されてきた。だから、コロナのワクチンは何度も打つ必要がある(何度も打つと身体が免疫として定着を受け入れる?)とか、毎年とか半年ごとに打たねばならないとか言われている(このため昔から風邪のワクチンが開発されても実用化されなかった)。コロナのワクチン接種策は、政治が科学を歪曲した「ワクチン騒動」などと呼ぶべき政策だが、それでも接種を受ける人はコロナに発症しにくくなり、都市閉鎖をやめて経済を平常に戻す理由にできる。 (WHO Confirms that the Covid-19 PCR Test is Flawed: Estimates of “Positive Cases” are Meaningless

米国では民主党が「ワクチン接種が進んでも都市閉鎖を解いて良いとは言い切れない」と、コロナ危機の意図的な長期化にこだわり続けているが、共和党はコロナの意図的な長期化を嫌い「ワクチン接種が進んだら(もしくは、進まなくても)都市閉鎖をやめるべきだ」という姿勢だ。共和党が多数派の諸州はすでに都市閉鎖などコロナ対策を解除したところが多い。これらの州では経済が回復して過熱気味となり、以前からあった流通システムの障害と相まって、米国のインフレが進む原因になっている。各種物資の流通システム混乱の多くは、都市閉鎖が解除されても改善されていない。 (The Fed Can’t Tell the Truth About Inflation

伝統的な経済理論では、近年の中銀群のQEのように通貨を過剰発行すると通貨の価値が下落してインフレになる。だが実際は、コロナ危機になるまで、中銀群がいくらQEをやってもインフレにならず、むしろデフレが続いた。これは、インフレが実体経済の物価上昇であり、QEは実体経済からかなり隔離された金融システムへの資金注入なので、金融システムから実体経済に過剰な資金が行かずインフレにならなかったと考えられる。この分離状態はコロナ後も続いている。インフレの主因は今のところ、通貨の過剰発行でなくコロナによる流通の混乱だ。しかしその一方でコロナ後のQEの増額分は、人々や企業に対する支援金として実体経済の側にも巨額に投入されている。これまではこの投入資金の分が、コロナの都市閉鎖で経済が縮小した分と相殺されてきたのかもしれないが、これから都市閉鎖が解除されていくと、流通混乱によるインフレに、通貨の過剰発行によるインフレが加わり、米連銀など権威筋も無視できないひどいインフレになる。バンカメなど大手金融機関がインフレを予測し始めている。 (Rising Bond Yields Threaten Financial Market Stability) (Is It Possible The Fed Is So Stupid It Doesn't Understand What It Is Doing

米国以外の中央銀行の中には、すでに実体経済のインフレを認知してQEの縮小に踏み切っているところもある。カナダ中銀は4月末から、毎週のQEの債券買い支えの額を40億カナダドルから30億に縮小した。来年から短期金利の引き上げもやっていくことも決め、緊縮方向に転換している。英中銀も5月6日の政策会議で毎週のQEによる買い支えの額を44億ポンドから34億に減らすことを決めた。英中銀はこれを「QEの縮小(テパリング)」と呼ばず運用上の問題改善と呼ぶことで「英中銀もQEを縮小した」と騒がれることを防いだ(カナダも同種の手口を採った)。運用上の問題とは、毎週の購入額を減らさないと英中銀の保有資産の上限(8950億ポンド)に達してしまうので減らすという話であり、必要なら上限を引き上げて毎週の購入額を維持すれば良いのだから、これはテパリングだ。QEをやっていないノルウェーの中銀も今年後半から利上げしていくことを決めている。NZ中銀も利上げしていきそうだ。 (Bank of Canada Tapers Quantitative Ease By 25%, Rate Hikes May Come In 2022) (Bank of England Now 2nd Central Bank to Taper

いずれの中銀も、実体経済のインフレ激化を止めるためにQE縮小や利上げを決めている。米連銀でもセントルイス連銀のブラード総裁は「米国民の4分の3がワクチンを接種したらコロナ危機が終わったと判断でき、これが連銀が債券買い支え(QE)を縮小する条件の一つになる」と述べている。これらはイエレンの最初の発言「経済の過熱を防ぐために金利を上げる」に合致している。イエレンは発言を訂正する必要などなかったことになる。とはいえ実際は、コロナ危機が終わっても連銀はQEを縮小できない。縮小したら金利上昇、債券や株の下落、バブル崩壊につながる。カナダや英国の中銀群がQEを縮小した分、米連銀がQEもしくは類似のテコ入れ策を増加せねばならない。 (The great exit: central banks line up to taper emergency stimulus) (Fed’s Bullard Says 75% Vaccinations Would Allow for Taper Debate

米連銀のパウエル議長は4月28日、政策会合FOMCの後の記者会見で「いつ債券の買い支え(QE)を減らせるようになりますか。いつ米経済は通貨の側からの支援(QE)を受けずに機能していけるようになりますか」と尋ねられた。パウエルはいったん質問をはぐらかそうとした後で再質問されて「(QE縮小を)決定する前に各種のテストをやってみる必要がある。どんなテストが必要なのかなど、明確にしようとしているところだ。決定前に皆さんに詳しくお知らせします」といった趣旨を返答をした。カナダ中銀は簡単にQE縮小を開始したが、米連銀は簡単に決められない。QEを縮小してもバブル崩壊しないかどうか、各種のテストが必要だとパウエルは言っている。 (The Fed Finally Gets Some Tough Questions. And Fails to Answer Them) (The Federal Reserve Is Basically Just a Big PR Firm

QE縮小はバブル崩壊につながる。それはテストしなくてもわかる。パウエルは、時間稼ぎのためにテストを設定している。時間が経つほど世界的にインフレがひどくなり、他の中銀群がQEをやめていき、米中銀の負担が増えるとともに、インフレなのにQEを減らさなくて良いのかという圧力が米連銀に対しても増加する。QE縮小に関するテストが、時間稼ぎの策から、早くテストすべきだ、どんなテストをするのかといった話になっていく。インフレの主因はコロナによる流通システムの混乱であり、中銀群がQEを縮小しても金利が上がるだけで事態を改善しない。しかし、伝統的な経済理論に基づいて、インフレなのだからQEを減らして金融を緊縮に転換しろという圧力が米連銀に対しても強くなっていく。金融システム延命のためQEを続けろという加圧と、インフレだからQE減らせという加圧が交錯していく。 (Investors Do Not See "Transitory" Inflation) ("The Costs Are Up, Up, Up. We're Seeing Substantial Inflation" Admits A Surprised Warren Buffett As Powell, Yellen See Nothing

先週から金相場が上昇している。世界的なインフレ傾向と連動している。金相場は先物を使ってQEの資金で下落させられるので、一本調子で上がっていくとは限らないが、長い目で見るとQEが行き詰まって破綻していくのと反比例して金相場が上がっていく。中国やロシアが自国通貨での貿易決済を増やし、ドルの使用を控える方向に進んでいる。中国は国内の銀行が金地金の輸入を増やすことを認め、中国国内でドルよりも金地金での備蓄を奨励している。金相場の上昇は、中露など非米諸国のドル離れとも連動している。 (And so it BEGINS…. China and Russia may be teaming up…. guess WHY.) (Bridgewater Co-CIO: The Market Is "Very, Very Dangerous"

インフレの悪化やQEの行き詰まりは、純粋な経済問題として見ることもできるが、ドルや米国覇権の崩壊と国際政治の多極化を引き起こす点では国際政治の問題である。私は以前から多極化を「自然な流れ」として見ておらず「既存の米国覇権の運営中枢に、覇権を壊して多極化させようとする勢力がいるようだ」と見ている。この「多極化人為説」に沿ってインフレやQEの行き詰まりを分析することもできる。QEは短期的に金融の延命策だが、長期的にはドルの基軸性を壊す自滅策だ。世界的にコンテナや貨物船の不足が起きているが、コンテナも貨物船も世界的に中国が強い分野だ。中国が米国の物価上昇を引き起こしてドルを潰すためにコンテナ不足を引き起こしているとか。 (Shipping Containers Fall Overboard At "Alarming Rate" As Supply Chains Stretched Thin

世界的な半導体の不足も、半導体を使う製造業者に中国企業が多いことを考えると、中国の仕業かもしれないと思えてくる。米国のインフレは、米西海岸の港湾での荷降ろしの作業が滞っていることも要因だが、これらは全体として「米諜報界内部の隠れ多極主義の勢力と、中国共産党が裏で結託して、米覇権崩壊と多極化を加速させている」という見方になりうる。トランプやバイデンが中国を敵視するほど、世界が米中に分裂して米国の覇権が縮小し、中国が非米世界を率いて強くなって多極化が進んでいるが、これも米諜報界と中共との多極化コラボの成果である。QEが意外としぶとくドルや米金融システムを延命させているのでコロナ危機を起こし、米欧自滅の前倒しを謀ったという考え方もできる。 (China's Huawei Blames US For Global Chip Shortage

これらの推測の多くは当初無根拠だが、あらかじめいろんな推論をしておくと、それが魚網のようになり、日々の出来事や他の人々の分析記事で知識を得たときに、この話はあの推論につながるという漁獲的な「点と点のつながり」になる。点と点との間の距離がありすぎると妄想とレッテルされるが、点がしだいに多くなって相互に接近していくと、妄想の域を出てまっとうな分析に近づく。そうなってもマスコミ権威筋しか軽信しない人から妄想扱いされ続けるが、自力で考える理性がある人からは評価される。「米中枢の隠れ多極主義者の存在」は、妄想扱いされることも多いが、私自身は15年ほど現実とのすり合わせをしており、ほぼ間違いないと考えるに至っている。



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