インフレ隠しの悪化2021年3月31日 田中 宇米国で、インフレがしだいにひどくなっているのに、公的なインフレの指数であるCPI(消費者物価指数)が、統計のとり方のトリック・不正によって実態よりはるかに低く発表され、米政府による「インフレ隠し」が続いているという指摘が、オルトメディアで出ている(英国でも)。米国のCPIはもともと、物価を調べる全体の品目のうち4分の3について調査員が実際に売買の現場に出向いて価格を調べるやり方をしていた。だが近年は電話調査、インターネット上での調査が増え、価格を確定できないので推定する部分も増加し、昨年にコロナ危機が醸成されてからはその傾向がぐんと増した。今ではCPIの対象品目の半分が、実際的な調査でなく概算で価格を決めており、当局が恣意的に物価の統計を歪曲できる傾向が強まっている。 ("Missing Prices": Half The Entire US CPI Is Based On Estimates) (So we are expected to believe UK Inflation is 0.4% whilst forgetting we were told it was 6.1%?) (失われるドルへの信頼) 米国ではコロナになってから、流通の不具合などにより各地で食品や日用品などの品不足や価格高騰が起きたが、統計にそれが反映されていないとの指摘もある。昨年来、米国のCPIは前年比1.5%前後で推移してきたが、実際の米国のインフレは3-4%かそれ以上になっていると指摘されている。従来の経済常識は「インフレがひどくなると連動して長期金利も上がる」というものだった。資金を貸す側は、融資金を貸した時から返済されてくる時までの物価上昇分を金利に上乗せして貸さないと損になるから、というのが理由だった。年率1.5%という米国のCPIの数値が歪曲で、実際の物価上昇が年率4%であるなら、長期金利は5%かそれ以上でなければならない。実際の長期金利は10年もの米国債が年率1.5%とかだ。米国の実際のインフレが4%だとしたら、インフレを差し引いた米国の実際の長期金利はマイナス2.5%とかになってしまう。それは違うだろ。実際のインフレが4%だとかいう話は妄想にすぎない、インフレ率は実際も1.5%だ、と権威筋は説明する。 (米金融覇権の粉飾と限界) (Peter Schiff: When Paul Krugman Talks, Nobody Should Listen) 実のところ、近年はほとんどの「資金を貸す側」が、巨額のQE策(造幣による債券の買い支え)をやっている米連銀など米日欧の中央銀行群だ。中銀群は「損をしないため」でなく、債券や株など金融相場の下落を防いで金融バブルを延命させるためにQEをやっている。中銀群は、QEの資金で実体経済の商品を買うわけでないので、実体経済の物価が上がって逆ざやになってもかまわない。インフレになると金利も上がる、という理論は、実体経済と金融経済が一体だった昔の話であり、実体経済からかなり隔離されたところで金融経済が猛烈に膨張しているこの4半世紀にはあてはまらない。この経済理論は、前提が時代遅れになっている。それを踏まえると、やはり、実際のインフレが4%だが長期金利が1.5%で、実質的な金利がマイナス2.5%になっている、という話が現実としてあり得る。実体経済のインフレ率と、金融経済の長期金利を比べて分析すること自体が頓珍漢な話になっている感じもする。 ("Things Are Out Of Control" - There Is A Shortage Of Everything And Prices Are Soaring: What Happens Next) (Broken Debt) 昨年末あたりから、米国など世界各地でインフレがひどくなっていくという予測が繰り返し出されている。伝統的な経済理論では「中央銀行が通貨を過剰発行するとインフレがひどくなる」ということになっており、QEは通貨の過剰発行なので「QEが世界的なインフレを引き起こしている」という話がオルトメディアで流布している。しかし、このオルト側が使っている理論も実は時代遅れだ。QEの資金のほとんどは金融経済に注入され、実体経済の方にあまり行かないので、過剰発行してもインフレになりにくい。昨年来の世界的なインフレの主因は、コロナ危機の影響などで世界的な流通の不具合が続いていることだ。 (世界的な超インフレになる?ならない??) (インフレで金利上昇してQEバブル崩壊へ) 昨年からコンテナの世界的な流通に支障が出ており、コンテナを調達できないので欧州で作った部品を中国に運べないとか、空のコンテナが滞留して必要な場所に送れないといった状況が出ている。米国西海岸などでは、港湾の船の積み下ろしにとても時間がかかるようになり、中国など極東から米国への輸送が滞った。先日はスエズ運河で巨大コンテナ船が座礁して数日間運河の通行が止まり、一時は「再開まで数週間かかる。世界的なインフレが加速する」と脅し報道が喧伝されたりした。コーヒー豆や木材の国際流通も、米国などで不具合が起きて価格が高騰している。地球温暖化対策でパイプラインの建設が止められ、石油ガスの価格が上昇するといった話もある。 (Housing Industry Calls for U.S. Action on ‘Skyrocketing’ Lumber) (Coffee prices soaring due to “systemic” coronavirus supply chain disruptions) 原因はどうあれ、インフレは世界的に今後もひどくなっていくと予測されている。台湾中国の事態や、茨城県のルネサス工場火災などによる半導体の供給不足で、自動車や家電などの製造に障害がある事態は今後も続く。世界の物流のほとんどが船積みだが、コンテナ問題や港湾の滞留など船の問題もずっと続く。米政府はQEで米国債を買わせつつ、最初は1.9兆ドル、次は3兆ドルという巨大な財政支出策をコロナ対策と称して実施・計画しているが、その資金は米国民へのお金のばらまきや、財政破綻かけている各地の州財政のテコ入れに使われる。このお金は金融市場でなく実体経済に入る部分が大きいので、インフレを加速するだろう。 ("Get Ready For Some Serious Sticker Shock Very Soon: This Jump In Inflation Won't Be Transient") (Inflation Is Coming for Your Wealth. Here’s What Investors Can Do About It) 日本はまだデフレだと言われているが、最近、携帯電話の料金引き下げや消費税の税込み価格表示の義務化など、商品の値下げを誘発する政策が行われている半面、温暖化対策を口実にした電気料金の値上げなど物価高の傾向も起きている。価格低下の誘導策は、人々にインフレを感じさせないようにする意味もありそうだ。日銀は年度末から株価のバブルを維持するためのQEの金額の枠を引き上げている。 (In Japan, They’re Still Worried About Deflation, Not Inflation) (BOJ Considers Eliminating ETF Purchase Target, Is Worried This Would Crash Stocks) 米国は今後、実質的なインフレがひどくなっていく。だが、長期金利の上昇はQEによる債券買い支えによって阻止され続ける。長期金利の上昇を容認すると債券の価値の下落と金融危機になり、米連銀の最優先課題である金融相場の維持・バブル崩壊の防止に反するからだ。実質的なインフレはひどくなるが、CPIの数値の不正操作によって公式なインフレ率は2%以下に抑えられる。10年もの米国債の金利もQEによって2%以下に抑止され続ける。米国民のしだいに多くが物価上昇に苦しむようになるが、それはインフレとして報じられず、何か別の現象であると歪曲報道され続ける。マスコミや専門家・権威筋がインチキの流布にいそしむようになって久しい。権威筋の「解説」を否定する者は「危険な妄想家」であり、非難されSNSを追放される。(金正恩もびっくり。 笑) (Goldman: There Is No Bubble, There Is No Bubble, There Is No Bubble) (大リセットで欧米人の怒りを扇動しポピュリズムを勃興、覇権を壊す) インフレになると金地金の価格が急騰するはずだが、金相場はQEの資金で先物を使って上昇を抑止され、1オンス2000ドル以下に閉じ込められている。ビットコインが金地金の当て馬につかわれている。金相場を抑圧するため「金地金は時代遅れで、これからは仮想通貨だ」というプロパガンダが流布され、同時にビットコインなど仮想通貨の相場がテコ入れされて急騰している。 (Powell Slams Bitcoin, Says Crypto More A Substitute For Gold Than Dollar) (ビットコインと金地金の戦い) こうしたインフレの歪曲話と、コロナ危機の歪曲話、それから温暖化人為説の歪曲話は、構造が同じだ。インフレの歪曲話はCPIのインフレ率を歪曲することで、インフレが起きてないというウソの仮想現実を作り出し、それを疑う人を攻撃して無力化する。コロナの歪曲話は、偽陽性満載のPCR検査がコロナ感染を正確に反映しているというウソの仮想現実を作り出し、疑う人を攻撃して無力化する。温暖化の歪曲話は、恣意的なコンピューターのモデルを使って地球が急激な温暖化の際にいるというウソの仮想現実を作り出し、疑う人を攻撃して無力化する。いずれの話でも、マスコミは歪曲話を作る側だ。インフレの歪曲だけは超党派で行われてきたが、コロナと温暖化に関しては、米民主党が歪曲に積極的で、共和党は否定論が多い。民主党は昨秋の選挙を不正によって歪曲し、疑う人(トランプら共和党側)を攻撃して無力化しつつ、政権をとって歪曲話を全力で強化している。米国の分裂状態が加速している。 (ニセ現実だらけになった世界) (永遠のコロナ) 米国の、インフレとコロナと温暖化と選挙の歪曲話は、何のために行われているのか。いずれも、大金持ちのエリートに好都合だから、という感じの説明をオルトメディアが流布している(マスコミは、歪曲話などないと言っている)。しかし実のところ、これらの歪曲話は米国の大金持ちやエリートたちにとって、短期的に得になるかもしれないが長期的には大損失になる。 (On The Verge Of A Global Crisis: One Bank Warns Of A "Biblical" Surge In Food Prices) (Bill Gross Pressing GameStop Short After Making $10 Million, Says He Expects 3-4% Inflation) 米国中心の金融システムの現状は、インフレをないものと歪曲しつつ、QEで金融をテコ入れしてバブル崩壊を防ぎ、相場の高値を維持している。一般市民は隠然化されたインフレに苦しめられていくが、お金持ちには関係ない。しかし、これによってQEの総額が膨張し続けている。無限に拡大できるかに見えるが、どこかに限界がある。QE策は、いざという時に使う伝家の宝刀であり、短期的な金融相場の維持のために使い果たしてしまうのは、あまりにもったいない。金融相場の下落は、大した話でない。そもそも、1990年代から米金融界で台頭したヘッジファンドは、相場の上昇だけでなく下落でも儲けられた。リーマン危機前は、市場原理が隆々としているほど、金融界が儲かる仕組みになっていた。 (Total Collapse Of Middle Class: American Living Cost Soar 400% But Wages Only Increase By 29%) (The Bubble Of Everything: How A Debt-Driven Economy Creates More Frequent Crises) それがリーマン危機後、すべてがQEによって席巻され、当局がバブルを一定速度で膨張し続けていく今の態勢になり、市場原理は消失し、民間の需給に基づく相場の変動が失われ、ヘッジファンドは儲からなくなって店じまいしている。そして、無限に見えるQEのパワーはどこかに限界があり、いずれ限界に達すると、市場原理が戻ってくるのでなく、金融システムやドルの基軸性、米国の覇権もろともすべてが潰れてしまう。米国の金持ちやエリートたちにとって、米国の覇権やドル基軸は最も大事なものだ。覇権国である米国が市場原理のダイナミズムで動き、世界から資金を集めて利益を出しつつ永久に繁栄することが、1990年代に描かれた米国の夢だった。今や、そのすべてがいずれ壊れることが運命づけられている。全崩壊は、いずれ確実に起きる。こんな米国に誰がしたんだ??。間抜けそのものだ。 (New Normal: High Unemployment, Near-Zero Interest Rates and Out of Control Inflation) (We're In A Bubble That's Too Big To Fail) 短期的な金融相場の維持という目くらましの目標に拘泥させられ、QEをどんどん拡大させることで、米国は覇権という永続的な繁栄の基盤、最も大事なものを自滅的に失いつつある。これは「集団的なうっかりミス=集団思考」なのか。そうではない。エリートたちは馬鹿でない。誰かが意図的に米上層部を集団思考に陥らせ、覇権の崩壊へと誘導している。それは誰か。いつもの私のキーワードが出てくる。米諜報界にいる隠れ多極主義者たち。 (すべてのツケはQEに) (新型コロナでリベラル資本主義の世界体制を壊す) 妄想(じゃなくて推論)の展開を許してもらうなら、次のように書ける。米諜報界がスエズ運河で巨大コンテナ船を意図的に座礁させたが、エジプト当局などの船頭や運河職人たちの意外な健闘で、座礁が1週間で終わってしまい、世界的なインフレ加速とQE限界の到達やドル崩壊の前倒しという、隠れ多極主義的な夢の現実への加速が失敗した。米諜報界の要員が、組合運動など何らかの方法で、米西海岸の港湾での積み荷の揚げ降ろしを停滞させている。空のコンテナやコーヒー豆などの流通の混乱も、同じ勢力がやっている疑いがある。もしかすると中国共産党も、多極化が自分たちの恒久繁栄につながるので、中国でなく米国のインフレが加速するかたちで世界的流通の混乱醸成に協力しているとか。コロナや温暖化も、中国は無傷で欧米経済だけが瓦解していく方向で、中共が協力しているわけだし。などなど。今日の妄想はこのくらいにしておく。(笑) (What Is The Shipping Container Shortage Telling Us About The Economy?) (金融バブルを無限に拡大して試す) 全体的な裏の構図が何となく見えてきたが、まだ見えていない大事なことがある。それは時期的なことだ。QEの膨張はいつまでやれるのか、ドルや債券や米国の覇権はいつ起きるのか。どのように起きるのかも見えていない。今はまだ中国がドルの基軸性を表立って意図的に潰そうとしていないが、中共が表立ってドル潰しに動き、元高ドル安がどんどん進むときがドルの終わりになるのか?。それとも、ドルや米覇権が、他の何らかのシナリオに沿って表向き勝手に自滅した後、中共など多極型の覇権がにゅうっと出現するのか。わからない。 (多極化の目的は世界の安定化と経済成長) (中国に世界を非米化させる) その前にまずは、インフレの激化が顕在化するのがいつなのか。そもそも潜在的なインフレが加速していくのかどうかだ。インフレが潜在的な範囲にとどまっている間は、報道もされないので実態が見えにくい。今年の秋とか年末には、世の中インフレになったね、とみんなが思うのか。それは米国だけなのか。それとも日本もデフレだったのがインフレに転じるのか。これらは、ウォッチしつつ分析を続けていくしかない。
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