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世界的な超インフレになる?ならない??

2020年12月27日   田中 宇

ロシア、インド、ブラジル、南アフリカ、トルコなど新興市場・発展途上諸国で、食料価格の上昇、インフレがひどくなっている。国連の食料農業機関FAOによると、11月までの1年間で、世界の食料価格は6.5%値上がりした。穀物は1年間で19.9%の値上がりとなった。2012年以来の高い値上がり率だ。新興市場だけでなく、米国でも食料価格の高騰はCPIの上昇値より2.5%ポイント高い。韓国なども、食料の高騰がCPIの上昇よりかなり高い。国境や加工工場の閉鎖など新型コロナの影響と、国際的な穀物の不作が重なった結果だとされているが、それだけではないという見方も出ている。ソシエテジェネラルの分析者アルバート・エドワーズは、最近の食料インフレをが新興市場だけでなく先進諸国も含んだ世界的な傾向であると分析し、これは米連銀(FRB)など中央銀行群がQEで過激な造幣策を続けているからであり、世界的な食料インフレが今後さらにひどくなって各地で暴動や政権転覆を引き起こし、金融危機も起きると警告している。 (Why Albert Edwards Is Starting To Panic About Soaring Food Prices) (FAO Food Price Index rises sharply

世界では、2010-11年にも食料価格の高騰が起きている。エドワーズによると、この時の食料高騰は、08年のリーマン危機で崩壊したままの債券金融市場を、米連銀(FRB)が、ドルを増刷して債券を買い支えて延命させるQE策がQE2として延長され、この過剰なドル増刷が、世界の途上諸国の食料高騰の一因となった。食料の高騰は、中東諸国など新興市場や発展途上国で特にひどく、食料インフレが人々の不満を急増させ、チュニジアを皮切りにエジプトやシリアに波及した「中東の春」の連鎖的な政権転覆につながった。あれから10年。今回も、コロナ危機発生後、米連銀など中央銀行群が経済テコ入れ策としてQEを急拡大した後に、途上諸国の食料高騰が起きている。コロナ危機は来年も続き、世界各地で食料インフレが暴動や政権転覆につながりうる。フランス革命もロシア革命も天安門事件も、政府の経済政策の失敗、食料価格の高騰に対する人々の怒りが原因だ。 (World food prices are at a six-year high

コロナ危機がもたらした巨大な経済のマイナスは、すべてQEで穴埋めされている。コロナ危機は今後もずっと続くので、QEにかかる負担もどんどん大きくなる。どこかの時点で中銀群はQEを続けられなくなり、その行き詰まりの前後に金融危機やインフレが世界的に激化する。エドワーズの分析は、長期的な構造として当たっている。だが、先進国を含む世界的な超インフレが間もなく起きるという時期的な予測には疑問を感じる。先進諸国より新興市場や発展途上国の方が経済基盤が脆弱なので、食料インフレや経済危機、政権転覆は、まず新興市場・途上諸国で発生する。来年、コロナ危機の長期化で、途上諸国で経済破綻が起きる可能性は十分にある。だが、それがすぐに米欧日の先進諸国まで波及するとは考えにくい。 (Can 20 Years Of Deflation Be Compressed Into Two Years? We're About To Find Out

エドワーズは、中東の春が起きた2011年3月、米国など先進諸国も近いうちに食料インフレがひどくなると予測する記事を発表した。だがこの時、途上諸国の食料インフレが先進諸国に拡大することはなかった。エドワーズの予測は外れた。それ以来エドワーズは、QEが限界に達して世界的な経済破綻や金融危機を引き起こすと予測し続けてきたが、今のところ、それは起きていない。コロナ危機は長期化し、QEに過剰な負担をかけ続けることはほぼ確実だ。いずれQEは行き詰まり、途上諸国だけでなく先進諸国も金融危機・経済破綻・食料インフレになりそうだ。しかし、先進諸国の経済破綻がいつ起きるかは、まだわからない。 (Nigeria's inflation rate hits 14.89% in November 2020 as food inflation spikes

米当局発表のインフレ統計であるCPIは、インフレを低く見せたい米当局が、計算対象品目を恣意的に選ぶなどの方法で統計を歪曲している。CPIでなく、チャップウッド指数が正しいインフレ値に近いといった指摘もある。CPIは2%前後だが、チャップウッドでのインフレ率は8-12%だ。とはいえチャップウッド指数も、コロナ後に高騰したということはない。チャップウッド指数の水準は5年前から横ばいだ。米国ではまだインフレがひどくなってない。 (The Chapwood Index) ("It's A Constant Struggle": Cost Of Living Increases Are Decimating The Middle And Lower Class

前回の記事に書いたように、QEは自己救済システムを持っているのでしぶとい。私もリーマン危機後の20109年に米連銀がQEを開始したとき、QEは不健全なので数年で行き詰まってドル崩壊になるだろうと予測していた。だが、それから10年たってもまだQEは続いている。今年からコロナ危機の経済のマイナスのすべてをQEでまかなうQEの負担急増が行われ、今後どれだけ持つかが怪しくなったが、それでもコロナ危機の開始から1年たった今のところ、まだQEの体制は破綻せず続いている。QEに支えられ、債券の金利は世界的にものすごく低い。金利が高騰してモノのインフレにつながる動きは起きていない。途上諸国は、モノのインフレになっている。だが、それはQEなど金融からくるものではない。 (If There's No Inflation, Then Why Do Inflation Expectations Keep Going Higher?) (異常なバブル膨張、でもまだ崩壊しない

エドワーズと反対側にいる分析として「物価の高騰は、消費者の幻想だったり、個別の市場の要因によるものだったりして、大したことでないし、世界的なことでもない」という見方がある。これは逆に、存在する事象を存在してないと言って人々に軽信させようとするマスコミ得意のプロパガンダ的なものだ。UBSのポール・ドノバンなどは今夏、プロパガンダを言いすぎて解任された。コロナのワクチンに関する危険性とか、今秋の米選挙における不正なども、存在するのに存在しないかのように報じられているが、あれらと同じだ。インフレの懸念は存在する。しかし、すぐに実現するものでない。 (UBS Chief Economist: There Is No Inflation, Consumers Are Just Imagining It) (UBS puts economist on leave in growing China pig row

国連のFAOなども警告するように、来年、途上諸国の食料などの物価が高騰して飢餓や暴動、政権転覆が起きる可能性はある。その原因の一つは、コロナ危機後の世界的な物流の混乱だ。たとえば、国際的な物流の60%はコンテナによる輸送で、世界のコンテナの70%が中国で作られているが、最近、世界的なコンテナ不足が起きており、コンテナ利用の物流に滞留が起きている。空のコンテナが需要のない地域に送られてしまったりして、世界的なコンテナ物流が混乱している。 (Shipping Container Shortage Triggers Delays For Costco And Honda) (SHIPPING CONTAINER SHORTAGES IN CHINA CRIMP EXPORTS TO WEST

また最近、今後のドル安の加速を予測しているのか、米国の輸入業者がアジアから大量の商品を輸入し、米国西海岸の港湾のコンテナの積み下ろしが間に合わず、貨物船の滞留がひどくなっている。この手の世界的な物流の混乱は来年も続き、途上諸国を中心に、物価高騰や食糧難を引き起こしそうだ。 (Flow Of US Imports Continues To Surge, Now At Twice The Rate Of Exports) (Anchored Container Ships Weigh Down Port Of LA's Volume

途上諸国だけでなく、米国など先進諸国も国際物流の混乱の影響を大きく受けると、先進国でも物価の高騰が起こりうる。中国が世界のコンテナの大半を製造し、世界的な大きな船会社の中にも中国企業がいくつもある。中国は、物流の面で、米国経済を混乱に陥れ、それを意図的な策略でなく、コロナ危機関連の混乱の一つであるかのように見せることができる。この4年間で米国と中国の経済的な分離がかなり進み、中国が米国経済を混乱させても、以前のように中国が困らない状態になっている。米国は今後も中国敵視を続けるだろうから、中国はそれに対抗する意味で、米国関連の物流を意図的に混乱させて米国でインフレを誘発し、米経済を混乱させるかもしれない。 (Negative-Yielding Debt Exceeds $18 Trillion As Global Market Cap Hits $100 Trillion

米政府は最近、収入の2倍の額を支出し続け、財政赤字が急増している。コロナ危機の不況対策を赤字急増の理由にしているが、たとえば最近米議会がまとめたコロナ景気対策の支出策の80%は、コロナ危機で苦しむ米国民を助けるものでなく、米国内外のさまざまな利権集団や外国勢へのカネのバラマキに使われる。米国民を助ける資金は、全体の20%だけだ。米国は、ものすごく腐敗している。バイデン政権になると軍産などが群がり、腐敗が加速する。通貨供給量も大幅に増え続けている。世界は米国への不信を強め、中国など世界の投資家は、すでに米国債を買わない傾向を強めている。ドル建ての資産が敬遠され、ドルは世界の主要諸通貨に対して為替を下げている。貿易決済に使われる通貨はドルよりユーロの方が多くなっている。ドルが敬遠されている。 (Federal Government Spending Nearly Twice as Much As Its Taking In) (Debt-to-GDP Continues to Rise Around the World

統計上は、ドルだけでなく中国の人民元も貿易決済での利用が減っているが、これは統計が依拠しているSWIFTを中国が使わなくなり、人民元の国際決済は中国のCIPSで行われているからだ。通貨だけでなく石油の国際統計からも、中国は分離している。国際統計は、世界のうち米国側だけの統計になっている。中国側・非米側の統計は隠されており不透明だ。米中分離で世界経済の全体像が見えなくなっている中で、中国側は独自の経済活動を強める一方、米国側のドルが世界的に敬遠されている。これは、いずれドル崩壊につながっていく。米国やその関連諸国で、いずれ通貨の下落やインフレの激化が起きる感じはする。しかし、それはまだ今すぐでない。このあたりが、今日の分析の中心だ。 (Dollar Loses to Euro as Payment Currency for First Time in Years) (US Money Supply Was Up 37 Percent in November



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