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アフガニスタンを中露側に押しやる米国

2021年9月2日  田中 宇 

アフガニスタンはタリバンが再統一するとともに、米国や欧州の占領軍が撤兵した。米英独仏など米欧諸国の多くは首都カブールの大使館も閉めて完全撤退した。欧米は、タリバンに敵視されているので完全撤退せざるを得ないかのように見える。だが実のところ、タリバンは欧米勢にアフガニスタンから出ていってほしくない。タリバン政権の広報官は、欧米に対し、撤退するのでなく外交官やNGOがアフガニスタンに残り、これからの国家再建を手伝ってほしい、タリバンをアフガニスタンの政権として承認してほしいと呼びかけている。タリバンは、欧米勢を攻撃しないとも宣言している。しかし欧米勢は、そんな呼びかけが全く聞こえないかのように慌てて、しかも前代未聞な稚拙なやり方でアフガニスタンから完全撤退していった。欧米日のマスコミも、危険なタリバンのアフガニスタンから急いで脱出して総撤退するのが当然だといった報道に終始した。 (Taliban Wants US and Other Countries to Reopen Embassies in Afghanistan) (Taliban Says It’s Ready to Normalize Relations With ‘Invaders’

稚拙な総撤退を主導したのは米国だ。米国が、軍隊を撤退しつつ、タリバンと交渉して外交官やNGOを残留させていたら、欧州や日本など同盟諸国も同様に残留していたはずだ。覇権国の米国が、タリバンは不合理で信用できず暴力的で危険な勢力だと言って総撤退を決めたので、同盟諸国も総撤退せさせるを得なかった。米国の決断は、お門違いな戦略ミスだった。タリバンは、8月中旬にカブールを無血開城して奪還する前から、米国に対し、相互の敵対をやめる代わりに米軍など欧米勢が引き続きしばらくカブールに残留し、タリバンはカブールに入らず暫定的に欧米勢と分割支配する状態をとり、時間をかけてタリバン政権の準備と欧米軍の撤兵を進めていくやり方を提案していた。 (Wait! The Taliban Offered Control Of Kabul To US Forces... And We Turned Them Down?) (Taliban Offered Biden Control of Kabul, but He Declined

だが、バイデン政権の米国は、このタリバンからの提案を拒否して総撤退する道を選び、大失敗して20年間のアフガン占領で得たものをすべて失った。不合理なのはタリバンでなくバイデン政権の方だ。米国では、バイデンへの失望が強まり、米軍の元幹部たちが連名で国防長官と参謀本部長に引責辞任を求める事態になっている。今回の米国のアフガン撤退の失敗は、未必の故意的にひどい失策である。 (90 Retired Generals Pen Scathing Letter Calling For Austin And Milley To Resign Immediately) (The War in Afghanistan Is What Happens When McKinsey Types Run Everything

タリバンは近年、中国やロシア、イランといった非米諸国と仲が良い。しかしタリバンは、根っからの非米(反米)勢力ではない。タリバンはもともと1990年代に、親米的なパキスタンやサウジアラビアが、中央アジア支配を強めたい米国の意を受けて作った民族武装組織だ。中央アジアへの経路となるアフガニスタンの統一(内戦終結)がタリバンの任務だった。親米的なタリバンにテロリストや人権侵害の言いがかりをつけて敵視したのは米国の方だ。米諜報界は、自分らが自作自演した911テロ事件をタリバンのせいにして、アフガニスタンに侵攻して20年支配した。そして今、すべてを捨てて総撤退した。米国は、一体何がしたかったのか。不合理である。対照的に、タリバンの目標は20年前からアフガニスタンの統一と民族自決で一貫しており、変わっていない。(タリバンが属する多数派のパシュトン人と、それ以外の諸民族との内政バランスの問題は残るが) (Barely Out of Afghanistan, Now America Is Supposed To Save Tigray From Ethiopia and Eritrea?

タリバンは今でも米国(や欧日)に対し、総撤退した外交団やNGOに戻ってきてほしいと言っている。欧米勢が総撤退したので、今後のアフガニスタンは非米側の中露イランの影響下にどんどん入っていく。だが、タリバンはそれを望んでおらず、欧米日など米国側に戻ってきてもらい、今後のアフガニスタンが米国側と非米側のバランスの中に居続けることを望んでいる。両者をバランスできる方が、真ん中にいるタリバン政権にとって有利だからだ。米国は、タリバンと仲良くすればユーラシア覇権の急速な喪失をある程度防げる。タリバンもそれを望んでいる。しかし、米国はその道を選ばず、タリバンからの残留提案を断って、拙速に総撤退してすべてを失っている。米国は、タリバンを強く中露側に押しやっており、とても隠れ多極主義的だ。これは失策でなく(未必の)故意である。 (China pledges to help rebuild Afghanistan and, while blaming US for chaos, insists it pays too

バイデンは「米国は、これから台頭してくる中国やロシアとの対立を強めねばならないので、その余力を作るためにアフガニスタンから撤退することにした」と言っているが、これまた馬鹿げた話だ。米国が中露の台頭を防ぎたいのなら、タリバンと敵対したまま撤退してアフガニスタンを中露の傘下に押し込むのでなく、逆にタリバンと和解しつつアフガニスタンに居座って中露の影響を抑えるべきだった。中露は米国を押しのけて台頭してきたのでなく、米国が勝手に自滅して覇権を縮小しているので空白を埋めてきただけだ。バイデン自身は認知症気味で自分の言っていることをわかっておらず、隠れ多極主義の側近に騙されている観がある。 (Biden Cites ‘Serious Competition With China’ as a Reason to Leave Afghanistan) (Biden's national security adviser Jake Sullivan refuses to call the Taliban the enemy and says 'it's hard to put a label on it'

カブールの巨額で広大な米国大使館は当初、600人の米海兵隊を残留させて警備し続ける構想になっていたが、この計画は途中で放棄され、今は誰も警備していない無人の状態で放置され、地元の盗人たちに略奪・破壊され放題になっている。米国は、同じく占領したイラクでも巨額で広大な大使館を作ったが、米軍が撤退傾向になる中で、しだいに維持が困難になっている。いずれも巨大な浪費である。 (America's $800 Million Kabul Embassy To Be Abandoned - No Troops Will Guard It

米欧勢が撤退した後のカブール空港は、タリバンからの要請を受けたトルコとカタールが運営を引き継ぐことになっている。米欧日はアフガニスタンから総撤退したが、トルコやカタールなどイスラム諸国の外交官や要員は残留し、タリバン政権への協力を開始している。中露イランも同様だ。トルコはこの20年間で、NATOやEUにすりよる「欧米の端っこ」の国から、非米的なイスラム主義の新オスマン主義の国にすっかり転換した。地政学的に重要な場所にあるアフガニスタンには、欧州勢も総撤退せず残留したいだろうが、米国の良い同盟国として振る舞おうとする限り、欧州も米国と一緒に総撤退するしかない。これから米国の退潮が加速したら欧州勢だけアフガニスタンに戻ってくるかもしれないが、その時の欧州はもう米国の威光を借りられず、トルコや露イランと肩を並べる勢力に成り下がっている。 (Taliban in Talks With Turkey, Qatar to Manage Kabul Airport) (Turkey poised to recognize Taliban as Afghanistan's govt, expected to sign deal to operate Kabul airport

アフガン総撤退の失敗を機に、米国の覇権低下が、アフガニスタンだけでなく中東全域で感じられるようになっている。イラクやレパノンでは、米国に敵視されてきたイランの影響力が強まり、シリアは露イランの傘下に入っている。イランの最高指導部はイスラム主義の保守派だが、彼らは最近まで米欧に良い顔をするため、議会など政界で、米欧に評価されるリベラル勢力にある程度の力を持たせていた。だが今年から米国の覇権低下の加速を受けてリベラル派が用済みにされ、6月の大統領選挙などを経て、保守派が政策決定を握る度合いが強まった(中国の習近平の台頭と同根)。同時に、これまで米欧に譲歩するふりを時々見せていた核問題(濡れ衣の核兵器開発疑惑)でも、イランはほとんど譲歩しなくなり、核交渉は頓挫したままになっている。イランの台頭と米国の退潮を受け、以前は米国側だったトルコやサウジアラビア、UAE(サウジの子分)がイランと和解する姿勢をとるようになっている。 (Iran’s new foreign minister seen as 'first fully fledged Khameneist' in post) (Iran Will Begin Transporting Fuel To Lebanon: Hezbollah Leader

イランとサウジが和解し、シーア派とスンニ派の対立という、英国の中東分割支配の手口として扇動されてきた構図が乗り越えられていく流れになっている。米英の覇権が消えれば、シーアとスンニの対立も扇動されなくなって消えていく。ISISなどイスラム主義のテロリズムも、米英の中東支配策なので、覇権が衰退しつつ残っている間は最後っ屁的なテロの再燃があるが、衰退が進むとテロもなくなる。トルコやサウジ(アラブ諸国)は、かつて米国におもねって敵視していたシリアのアサド政権とも和解が必要になる。事態が安定するほど、中国勢が出てきてインフラ整備や石油ガス開発、消費物資の製造が盛んになり、中東の経済発展が進む。経済が発展して人々の暮らしが良くなり、中産階級が増えると、人権侵害や差別も減る。 (Iran and Saudi Arabia Plan to Resume Talks) (China Foreign Minister Slams Blinken For "Double Standards" And Fighting Terrorism "In A Selective Way"

米国覇権が消えると中東は発展するが、その前の段階では米諜報界が往生際悪くテロを再燃させる(中共が昨夏、6か条の予測の一つとしてテロの増加を予測していたのはこれだったのだ)。米国が総撤退したとたん、ISIS(-K)がカブールでテロをやり、ISISを退治するのだと言って米軍機が空爆をやったら誤爆で無実のアフガン市民が10人殺された。ISISは米国勢が育ててテロをやらせているのだから「ISISを退治するための空爆」は完全なインチキである。しかも誤爆の人殺し。タリバンは、このあたりの構図を把握しているだろうから、米国がISIS退治と称して誤爆をやるほど、タリバンは、米国との和解を諦めてさっさと完全撤退させようと思うようになる。米国の誤爆は、タリバンに対米和解を諦めさせて中露イランとだけ組ませるための隠れ多極主義策(愛想尽かさせ策)に見える。米国がいなくなればISISなどテロリストも後ろ盾を失い、タリバンによって掃討される。 (コロナ時代の中国の6つの国際戦略) (‘We are Not Done With You Yet,’ Biden Threatens More Airstrikes Against ISIS-K in Afghanistan

米国の覇権が衰退するほど、米国の覇権に頼って外交をやってきた欧州(英仏独など)やトルコ、サウジ、イスラエルなどが、後ろ盾を失い、自前の外交をやらざるを得なくなる。フランスのマクロンはイラクなど中東各地を回り、退潮する米国に頼らない欧州独自の影響力を中東に残そうとしている。だが、人権外交やテロ対策など、米英系のインチキ支配にうんざりしている中東の人々が、米国の後ろ盾を失ったマクロンに説教されて従順に聞くとは思えない。欧州の影響力も減退する。 (Macron visits Erbil and Mosul, vows to stay the course against IS) (Israel to "Accelerate" Covert Action Against Iran, Black Budget "Earmarked": IDF Chief

イスラエルは先日、国防相がパレスチナのアッバース議長と久々に会い、パレスチナ自治政府(PA)を回すための資金を融資した(PAが潰れると強硬派のハマスが席巻するのでイスラエルは避けたい)。これにはハマスと入植者というイスラエル、パレスチナ双方の強硬派が猛批判した。これも、これまでパレスチナ自治政府の面倒を見ていた米国が退潮する中で、イスラエルが米国に頼らず自前でパレスチナの面倒を見なければならない現状を示している。イスラエルが米覇権喪失後の最終的にどうなるかはまだ見えてこない。 (Hardline Israeli Politicians, Palestinian Groups Blast Top-Level Bilateral Meeting) (Israel's prime minister plays down defence chief's talks with Palestinian leader

アフガニスタンからの米欧の総撤退の最大の効果は、一帯一路など中国のユーラシア覇権が拡大することだ。米国は今回アフガニスタンを中国の傘下に押し込んだが、次は同じ手法として北朝鮮を中国の傘下に押し込むことで朝鮮半島の対立を解決する多極化策をやりそうだ。米政府は先日、北朝鮮が原子炉を再稼働したので核兵器を増産する可能性があり、北との交渉を急いで再開せねばならない、と言い出した。これは今回のアフガン撤退からの延長で考えると、米国自身が北と対話するのでなく、ユーラシア覇権の拡大で自信をつけた中国に、家来の韓国を従えつつ北の問題を解決するよう米国が仕向ける筋書きでないか。金正恩はタリバンと同様、中国だけの傘下に入るのでなく、中国と米国のバランスをとってやっていきたいと思っているが、米国は金正恩を中国だけの傘下に押し込もうとしている。 (US: IAEA Report Shows Urgent Need for North Korea Talks) (Top Diplomats of United States, South Korea Discuss Ways to Engage North Korea



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