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インフレで金利上昇してQEバブル崩壊へ

2021年3月2日   田中 宇

世界的なコロナ危機の長期化による流通システムの混乱などから、食料やエネルギー、コモディティ、建築材料、電子部品など、物資全体のインフレ・価格上昇が世界中で始まっている。今はまだインフレを感じていない人々も、数か月後までに価格上昇を身近に感じられるようになる。今の世界的なインフレは昨秋からしだいに深刻さを増しており、今後は少なくとも来年まで(多分もっとずっと)続く。インフレが長びくほど価格上昇が加速し、ハイパーインフレ・超インフレになっていく。インフレは、債券や融資の金利を上昇を引き起こす。インフレは時間軸に沿った通貨の価値の低下であり、融資や債券など資金の時間貸しの対価である金利の利率は、インフレ率を加算して上がっていく。金利上昇が続くと債務を返済できない企業や個人が増え、倒産や破産が増えて経済が悪化する。株式の多くは債券発行など負債で得られた資金で買われているため、負債のコスト増である金利上昇は、投資家の資金切れから株価の下落につながる。 (Hedge Fund CIO: "This Is The Endgame - We Are Entering The Hyper Speculation Phase") ("There Will Be Fear" - ARK Invest's Cathie Wood Warns Of Stock Market Correction

消費者物価指数(CPI)は、米国で1.4%、日本はマイナスだ。CPIから見ると、日米など先進国はインフレでない。だが、当局はCPIの数値を(不正に)操作している。たとえば米国の食料価格は明らかに上がっているが、CPIに反映されていない。近年、先進諸国の経済指標の多くが、経済の実体を反映しない全く頓珍漢なものになっている。CPIはその一つだ。(今後の経済状況を予測的に測る指標とされてきた株価は、大恐慌なのに史上最高値を更新している。失業率もかなり前から歪曲されている) (米大都市の廃墟化・インフレ激化・銀行やドルの崩壊) (Inflation Here, There, And Everywhere

最近マスコミの信頼性の落下が加速して「偽ニュース」と化しているのと対照的に、以前は偽ニュースと誹謗中傷されてきたオルトメディアの相対的な信頼性が上がっている。そのオルトメディアが最近、インフレになる、超インフレなっていく、QEが効かなくなる日が近い、金利もいずれ上昇する、株はいずれ暴落する、といった予測を頻繁に出している。インフレが超インフレになり、金融崩壊を引き起こす可能性が、幾何級数的に高まっている感じがする。 (As Lumber Prices Hit Record High, Homebuilders Urge Biden To Intervene) (This Whole Market Is Built On A Foundation Of Cheap Money

先進諸国のマスコミや中央銀行など政府当局は最近、インフレの傾向や懸念を認めながらも、物価上昇には時間がかかるとか、コロナ危機が解消されていかないとインフレにならないと言っている。政府や権威筋は、今の世界的なインフレ傾向を、コロナ危機がおさまってきて経済活動が再開されつつあるので経済が過熱しそうな感じが強まり、インフレになりそうになっているのだと説明している。私が見るところ、この説明は(意図的な)間違いだ。インフレは、コロナ危機による流通システムの混乱・不正常が主因だ。国連の食糧機関FAOによると、世界の食料価格の指数が昨年5月から上がり続けている。昨年5月は、昨年3月から始まったコロナ愚策の都市閉鎖による世界恐慌の真っ最中だった。経済過熱が物価高の原因、というマスコミ権威筋の「解説」がウソっぱちだとわかる。 (The Fed Just Keeps Getting More And More Dovish) (Junk Bonds With Low Yields? Here’s Why They’re Hot

米政府はコロナで打撃を受けている米国民の生活を支援するため、全国民に1400ドルずつ配る政策を進めている。米国は最低賃金も引き上げる方向だ。これらの政策は、流通の混乱で品薄になっている個人消費用の商品の価格上昇を引き起こし、インフレを加速する。また、最近の記事に書いた、米国西海岸などの港湾でのコンテナ船の積み下ろしにかかる時間の長期化による世界的滞船で、コンテナ船の運賃は1年前の3倍から15倍になっている。とくに極東と欧州の間の運賃が10-15倍になっている。滞船と流通混乱でコンテナの不足もずっと続いており、コンテナの使用料も高騰している。これらの運賃高騰も、あらゆる商品の価格上昇になっている。 (Inflation Is Coming for Your Wealth. Here’s What Investors Can Do About It) (金融バブルを無限に拡大して試す

コロナ危機は、世界の上の方が(覇権転換の促進などの目的で)意図的に起こして長期化しているものなので、目的が達成されるまでコロナ危機が続く。ワクチン接種が進んでも、ワクチンの効果が限定的だという話になり、コロナ危機は終わらず、経済の回復も進まない。それでもインフレが今後じわじわ進むだろう。今のインフレは景気過熱が原因でない。景気過熱でインフレになるかもというマスコミ権威筋の見方はインチキだと、オルトメディアの多くも言っている。不景気とインフレが同時に起きるスタグフレーションになる。 (Stocks just got some new competition from bonds as 10-year rate tops dividend yield) ('Brace For Rampant Inflation': Hedge Fund Billionaire Stunned At "Market Craziness", Sees "Trouble Ahead"

インフレになると金利が上がる。たしかに最近、世界の債券金利の頂点である10年もの米国債の金利が、今の危険水域と言われる1.5%を超えて上昇した。だがその後、週明けの今日は10年もの米国債金利がどんどん下がって1.4%前後に戻っている。ジャンク債の金利もここ数日で少し上がったものの、金利水準自体は4%台で異様に低い(ジャンク債金利は10%を超えないと高くない)。インフレになっても金利が上がらないのは、米連銀などがQEの資金を債券市場に注入して買い支え、金利の上昇を止めているからだ。コロナ危機発生直後に暴落した株と社債の相場を数か月かけて(経済実体と関係なく、不正に)反騰させていったのはQEだ。今の世界経済の頓珍漢な状態の多くはQEが元凶だ。 (Corporate ‘junk bonds’ stumble as Treasury yields spike

米国債の金利が上がるのは、世界が米国の国債や社債を買ってくれない傾向を強めているからだ。これまで米国債とドルは世界で最も便利な備蓄資産・基軸通貨であり、みんなが米国の債券を持ちたがった。だが今、金融的に不健全なQEへの依存を高めるばかりで、外交安保的に頓珍漢な行動も増している米国への信頼低下が加速し、世界が米国の債券を持ちたがらなくなっている。 (Surging bond yields lead global equities to tumble

中銀群はいくらでも通貨を発行できるので、QEは無限の資金力を持っている。米連銀だけでなくEUのECBと日本の日銀もドル延命に協力してQEを続けている。金利が上がった分だけ米日欧の中銀群がQEによる債券買い支えを増やせば金利を元に戻せる。だが、米連銀がQEを増やすほど、世界は米国・ドル・米国債への信用を失う。最終的に、米財務省が発行した米国債のほとんどを中銀群がQEでドルを造幣して買い支えるという、自家消費のみの状態になる。日銀が日本の国債と株式を買い支えている日本はすでにそれに近い状態だが、日本国債はほとんど日本国内で売買され、世界的な広がりが少ない。対照的に米国債やドルは、基軸通貨として世界での役割が大きい。世界が買取・保有してくれなくなったら、ドルや米国債は存在意義を失う。これは米国の金融覇権の崩壊である。 (3 reasons the rise in bond yields is gaining steam and rattling the stock market

米国が金融覇権を失っても、QEを無限に拡大していけば債券や株の相場を維持できるのか??。そんなはずはない、どこかで金融崩壊が起きる、とこれまで書いてきた。常識的には、米国が覇権を失う過程で金融も崩壊する。だが、それはいつなのか??。08年のリーマン危機で金融崩壊が始まって以来、すでに12年間もQEによって金融崩壊が進展せずバブルが延命している。ここ数日も、いったん上がった米国債金利が再び下がった。今夏までに世界的にインフレが激化しても、QEを拡大して債券を買い増して金利上昇を抑止すれば、金融相場は下がらない。インフレで一般市民の生活がどんどん悪化しても、金融バブルは維持されて金持ちエスタブは保護され続ける。もしかすると今後、米国の覇権低下が進んでも、なかなか金融崩壊しないかもしれない。QEは延命装置だ。医療の分野では、死にそうな人を延命装置で植物人間にして何年も延命させることができるが、それに似たことがドルや米金融システムで起きている可能性がある。 (Morgan Stanley: "This Was A Historic Vol Shock, But It's Almost Over"

最近、インフレが金利上昇につながりそうな感じが見えてきた後、金相場が暴落している。インフレになると金地金は高騰するはずだが、それと正反対のことが起きている。中銀群がQEの資金で金先物を売り続け、金相場の上昇を止めている。上昇抑止だけでなく暴落させているのは、上昇抑止の手加減が強すぎるからだ。手加減が弱いと、何かの拍子に金相場が急騰しかねないので、それを抑えるため、強めの抑止にしてあるのだろう。株価が何かの拍子に暴落するのを防ぐため、下落防止の手加減を強くしすぎて株の史上最高値を更新させ続けているのと同じやり方だ。事態が前よりかなり不安定になってきている。延命装置=QEのボリュームをかなり上げないと、植物人間になっている米金融システムの生命を維持できなくなっている。QEによる米金融システムの延命措置が限界に近づいている感じもする。 (The Death Of Logic

QEによる米金融延命措置は今後どのくらい続けられるのか。2つのシナリオを考えた。一つは今秋までに延命できなくなるという予測。もう一つはあと2-3年もつという予測だ。2-3年以上は延命しにくい感じがする。その理由は多極化だ。現時点で、世界経済の60%が先進諸国(米欧日)、40%が発展途上・新興諸国(中国筆頭)だ。先進諸国は、ドルや米国債を頂点とする米国中心の「QE地域」である。新興諸国は、中国が音頭をとって非米化・非ドル化を進めており、QE地域から分離独立した経済圏になりつつある。コロナの愚策な都市閉鎖による経済の自滅は先進諸国がひどい状態である半面、中国など新興諸国の多くは早々と経済回復している。コロナの長期化で、世界経済に占める先進諸国の割合が縮小し、新興諸国の割合が拡大する速度が増している。 (Peter Schiff: The Reality That Nobody Wants To Acknowledge

あと2-3年すると、先進諸国より新興諸国の方が経済が大きくなる。そうなると、世界は経済面で先進諸国を必要としなくなる傾向が増す。ドルや米国債が崩壊してもかまわない状態になる。日本はすでに経済的に米国の傘下から中国の傘下に移動した。豪州も同じ方向だ。独仏も、米国より中国が重要だと思い始めている。日欧は、米国覇権への依存が減り、米金融の延命措置への協力もしなくなる。これらの予測から、QEの米金融延命策はもってもあと2-3年でないかと考えられる。 (ECB Banker Is First To Openly Call For More QE In Response To Yield Surge

米金融界でも、最近の記事で紹介したロビンフッドとヘッジファンドの果し合いのように、延命措置の終焉直前の不安定・乱高下に乗って儲けようとする勢力が増え、金融システムがますます不安定になる。ロビンフッドは銀相場のつり上げも手がけているが、これはQEによる金銀相場の上昇抑止を破綻させて儲けようとするものだ。銀相場のつり上げが進むと、次は金相場のつり上げ・上昇抑止策破壊も試みられるかもしれない。QEの限界が見えてきて、米覇権の終わりが近づくほど、金融システム揺さぶって儲けようとする金融筋も群がってきて、システムの終焉が前倒しされる。 (GoFundMe Campaign Seeks $15,000 For Silver Short Squeeze Billboards



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