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米大都市の廃墟化・インフレ激化・銀行やドルの崩壊

2021年1月17日   田中 宇

新型コロナの感染対策として厳しい都市閉鎖が行われ、米欧などの大都市で、飲食店や小売店、ホテル、貸ビル業など商業不動産を使った産業が稼働しない状態が長引き、不動産を担保にこれらの産業に資金を貸してきた銀行業の経営難がひどくなっている。 (Commercial real estate loans in the post-pandemic world) (The U.S. Has Lost More Than 110,000 Restaurants, Setting The Stage For A Commercial Real Estate Collapse Of Epic Proportions

NYシカゴLAなど米国の大都市は昨年春以来、コロナの都市閉鎖だけでなく、BLMやアンティファなど左翼組織が起こした暴動や占領による社会的な環境の悪化も加わり、経済活動が停止している。これらの大都市の市長や州知事はおおむね民主党で、彼らは警察を敵視する左翼の主張を受け入れて地元の警察の予算や権限を縮小し、その結果、犯罪が急増している。店舗やビルの閉鎖による廃墟化と、暴動や犯罪増加による社会的荒廃で、これらの大都市は、企業にとっても住民にとっても危険で不快な場所になっている。企業も住民も他の都市に流出し、商業地と住宅の両方の需要が急減している。企業や住民の減少で税収が大きく減り、大都市の運営費が足りなくなり、治安や住環境がさらに悪化する悪循環に陥り、驚くべき廃墟化が進んでいる。復活できるとしても10年以上かかるだろう。 (Another Nail In The Coffin Of Big Cities) ("Excessive, Brutal And Unlawful": NY Attorney General Sues NYPD, De Blasio Over Handling Of George Floyd Protests

欧州や日本など、米国以外の諸国もコロナの都市閉鎖(日本は非常事態という準都市閉鎖)によって経済活動が大きく落ち込んでいるが、米国と異なり、欧日などでは暴動による治安の悪化がない(日本は都市閉鎖策も正しく甘いので経済の落ち込みが少ない)。世界各国の大都市の中でも、米国の都市、とくにNYシカゴLAなど民主党系の都市は昨年来、経済と社会の両面で大きく落ち込んでいる。米国は連邦政府も民主党になってコロナの都市閉鎖策を強めるので、米国の大都市の廃墟化は今後悪化しつつずっと続く。商業地と住宅の両面で、米国の不動産を担保とした金融の状況が大きく悪化している。その度合いは欧州や日本よりひどい。 ("It's A Ghost Town": Debt-Laden NYC Taxi Drivers In Dire Straits) (Which States Saw The Biggest Population Inflows And Outflows In 2020

米国では、銀行が不動産担保融資を債券化して流通させ、それが金融債券システムの巨大なバブルの根底に位置している。債券化があまり進まなかった欧州や日本などに比べ、米国では不動産市況の悪化によって金融崩壊が起きた場合の打撃が激しい。住宅ローン債券のバブル崩壊から債券金融全体の危機に発展した2008年のリーマンショックを見ればそれがわかる。当時まだ米国は景気がよく、住宅ローン債券の崩壊の原因は、住宅市場自体の大きな悪化でなく、膨らみすぎたバブル部分(担保の掛け目が低く、債務者への信用調査も不十分な、ねずみ講まがいのサブプライム住宅ローン債券)の崩壊だった。それでも、投資銀行業界がまるごと吹っ飛ぶ大崩壊に発展した(金融界の一部が意図的に危機をひどくした観があるが)。 (リーマンの破綻、米金融の崩壊) (Covid-19 Aftermath Could Spell a ‘Lost Decade’ for Global Economy, World Bank Says

今回、米国の事態はリーマン危機前よりずっと悪い。融資の担保である都会の不動産の価値は、コロナと暴動によって大きく下がっている。ニューヨークの中心街のタイムススクエアの不動産の価値はコロナ前より80%にあたる11億ドル分下落して1億ドル以下になっている。NYCのオフィス需要は、コロナによる仕事のテレワーク化と、コロナと暴動を嫌気した金融界が拠点をウォール街からフロリダ州などに移した影響で急減した。いずれ(今年でなく来年以降?)コロナ危機が終わってもテレワークに転換した仕事の多くはそのままで、フロリダなどに流出した金融界の多くももうNYに戻ってこないだろう。企業が戻らなければ、住民も戻ってこない。店舗も再開されない。観光地としての価値も下がり、ホテルも要らなくなる。半永久的に、空室率は高いまま、担保の不動産の価値は激減したままになる。サンフランシスコの空室率など不動産市況はNYよりも悪い。 (Be Ready For Banking And Commercial Real Estate Collapse In America !) (Inventory Soars As Companies Dump Record Volume Of Office Space

不動産を担保に銀行から金を借りたり債券を発行した企業の多くは経営難に陥っており、借りた資金を返せない。債券を償還できない。銀行など債権者が、金を返せないなら担保の不動産を差し押さえて売却すると言っても、不動産の価値が激減しているのでほとんど資金を回収できない。多くの回収不能が確定した時点で銀行の経営も破綻して金融危機になる。危機の発生を容認したら、それはリーマンショックをはるかに超えるひどい危機になる。米国の政府FRB金融界は、回収不能の確定を回避せねばならない。米政府とFRBは、コロナ経済対策として、金を借りたり起債している企業に対する資金の供給や、不動産の所有者がテナントから家賃を払ってもらえない分を政府から銀行経由の融資で穴埋めできる政策を続けてきた。すべての救済資金の源泉は、米連銀FRBのドル増刷策QEである。QEの資金を使って、不動産を借りている店舗や企業、住民は、経営難・閉店や金欠・失業で家賃を払えなくても大家から立ち退きを命じられない猶予政策がとられている。 (2020 Was a Snack, 2021 Is the Main Course) (Pandemic pushes homelessness in New York City to record levels

この猶予政策は1月末で切れる。猶予策が切れると、不動産の所有者や融資の債権者は、家賃を払えない不動産の借り手を追い出して、家賃を払ってくれる別の借り手を探す手続きに入らねばならない。しかし、NYCなど大都市はどこも廃墟だから、家賃を払ってくれる新たな借り手は見つからない。少なくとも、大幅な家賃引き下げが必要だ。どちらにせよ、不動産事業の損失が確定し、その現象が多発すると金融危機になる。昨年末には、まもなく猶予策が切れてひどい金融危機が起きる、という予測記事がいくつか流れた。 (What Happens When The Suspension On Evictions Ends) (U.S. Poised for Wave of Evictions in January as Federal Ban Expires

その後、1月20日からのバイデン政権が、2兆ドル近くのコロナ対策法案の中に、1月末で切れる家賃猶予政策を延長する条項を入れるだろうという予測が流れている。そうするしかないだろう。とりあえず、コロナと治安悪化による大都市の廃墟化で不動産市場の大損が確定し、リーマン以上の金融危機になる事態は先送りされそうだ。しかし、危機は先送りされるだけだ。NYCなど米国の大都市は今後も廃墟のままで、家賃はずっと支払われず、QEに依存した危機の先送り策を続けていくしかない。 (Biden’s $1.9T package would extend eviction ban, boost rent relief) (New Federal Stimulus Plan Calls for Extending the Federal Eviction Moratorium

バイデン政権は、地球温暖化対策の費用もQEで賄おうとしている。(間違っている)温暖化人為説に基づき、2酸化炭素などの排出量を減らし、その分の経済のマイナスを米連銀や欧日中銀がQEで資金を作って穴埋めする。米民主党は、温暖化対策のほか、コロナ危機で減った国民の収入を穴埋めする名目で国民に毎月一定額の生活費を支給するUBI(ユニバーサル・ベーシックインカム)もやろうとしている。UBIは巨額の財政資金がかかるが、その資金源も米連銀のQEだ。米連銀はすでに、地球温暖化対策やUBIをやりたいですと宣言させられている。昨春の都市閉鎖の開始と同時に、世界的にQEにかかる負担が急増したが、米国はバイデンになってQEへの負担をさらに増やしていく。 (Fed President: We Should Have A Discussion About Guaranteed Basic Income) (Don’t Worry, the Fed Has a Plan to Tackle… Climate Change!?) (Climate Change Is the New Fed Mandate

QEは無限に続けられるものなのか。リーマン危機後に拡大したQEが2015年に限界に達したかに見えた時には、米国債金利が一時的に上昇し、もうダメだと思われていた。しかしその後、QEは自助的に立ち直り、世界的なゼロ金利状態を引き起こしつつ、QEは無限に続けられるという言説まで出てきている。 (債券市場の不安定化) (異常なバブル膨張、でもまだ崩壊しない《2》

本当にそうなのか??。その疑問は投資家たちも持っているようで、バイデンの政権が確定し、巨額の財政支出でQEへの負担が急増することが見えてきたここ数日、10年もの米国債の金利が、それまでの0.9%ぐらいから1.1%台に急上昇した。連銀が金利上昇を容認すると、10年もの米国債金利は2%を超えて急上昇していくと予測されている。QEの資金で米国債を買い支えて金利上昇を抑えると、こんどは日中欧など外国勢が懸念してドルや米国債を買い控える・手放す傾向になり、為替がドル安になっていく。金利上昇やドル安が進むほど、ドルや米国債への信用低下と、輸入品の物価上昇によって、インフレがひどくなっていく。 (Inflation Will Come Back With A Vengeance) (Yields Surge As Stunned Traders Learn Biden To Propose Massive $2 Trillion Stimulus

すでに、ドル建てで取引されている天然ガスや穀物、船積み運賃など、各種のコモディティの国際価格が上昇している。穀物類はトウモロコシ5%、小麦4.7%、大麦やコメは2%の値上がりだ。金地金はドルの仇敵なので相場が抑圧されているが、銅が2.1%値上がりして5年ぶりの高値になった。商品価格の上昇について「コロナ不況の反動で経済が成長に転じそう(大ウソ)なので価格が上がっている」など、さまざまな要因が言い訳的に語られているが、全体としてみると、価格上昇の背後にある大きな要因は、QEをやりすぎているドルに対する世界からの信用の低下である。 (Peter Schiff: Commodity Boom Isn’t About Economic Growth; It’s About Inflation) (Beige Book Finds Prices Rising Everywhere

ドル崩壊を意味するインフレがこれからひどくなるという指摘は11月ごろからけっこう出ていたが、20日ほど前の昨年末に書いた記事で私は、まだドル崩壊系のインフレの激化はないだろうと分析していた。しかし、その後の20日間でインフレ激化への予測がさらに出てくるようになり、もしかすると今年じゅうにインフレ激化が米国も襲う事態になるかもしれないと思うところまできている。 (世界的な超インフレになる?ならない??) (Commodities Signal Stagflation Risk) (World Bank Head Sees "Quiet" Financial Crisis Brewing As Pandemic Lingers

投資家や諸外国がQEやりすぎのドルや米国債に対する信用を失いつつあるので、米連銀は最近「今年末にはQEを減額し始めるかもしれない」といった予測を流した。だが、連銀がQEを減額したら金融危機を誘発する。連銀がQEを減額できないことは、金融界の人ならみんな知っている。連銀がQE減額を示唆するのはQEが限界にきているからだと投資家に察知され、それ自体が危険なことだ。連銀は「連銀がQE減額への道を示唆したけど、実際の減額はまだまだ先ですよ(安心してください)」といった訂正風の目くらましのコメントも流している。QEを続けるとドル不信の増加やインフレにつながる。QEを減額したら金融危機を誘発する。事態はすでに行き詰っている。 (FOMC Minutes Show Fed Discussing 2013-Like Taper To Bond-Purchases) (Fed's Vice Chair Sees No Tapering Until 2022, Is "Not Concerned" With Surging 10Y Yields

ドルがインフレになって止められなくなると、金地金の高騰が起きる。米連銀や金融界が先物を使って金相場の上昇を止めているこれまでの状態が続いている限り、米連銀=ドルにはまだ力があることになる。金相場が少し上がっても、その後に反落させられる可能性があるので、少し上がったぐらい(1オンス2500ドルとか)ではドル崩壊でない。金相場の不可逆的かつ大幅な上昇(1オンス5000ドルとか)が起これば、ドル崩壊が起きたのだと感じられるようになる。その時には、債券や株など紙切れ系の金融資産も、QEの相場テコ入れ策が失われて全崩壊になっているはずだ。 (Biden Will Face New Depression) (This Economic Collapse Is Much Worse Than You Are Being Told

QEがどこまで持つのか、前代未聞な事態なので予測が難しい。QEが続く限り、世界的なゼロ金利が続く。ゼロ金利の定着は、銀行業の死滅を意味する。銀行業の基本は、低金利で預金を集めて高金利で貸して、利ざやを儲けにすることだ。ゼロ金利の状態は、利ざやが極端に少ないので、銀行は営業を続けられない。利ざやで稼ぐ以外に、手数料で稼ぐ方法もあるが、それだけだと従来の巨大な銀行のコストを賄えない。銀行は、日本を含む世界中で、業態をどんどん縮小している。日銀は地方銀行を安楽死させようとしている。銀行がなくなると、紙幣や貨幣の管理をする人がいなくなる。その管理を国営でやると費用がかかりすぎだ。銀行に利ざやで儲けてもらい、紙幣や貨幣の管理もやってもらっていたのが従来の世界だった。 (The World Is Awash In Negative Yielding Debt) (Bank of Japan Will Pay Banks To Consolidate, Fire Workers

ゼロ金利が定着し、利ざやで儲けられなくなって銀行が消失していくので、紙幣や貨幣の管理コストを減らす必要がある。それで、お金をデジタル化して、紙幣や貨幣を廃止、もしくは流通量を急減させる動きが世界的に起きている。紙幣や貨幣は匿名の資産だが、デジタル化されたお金はスマホの本人確認と結びつけられる記名式なので、誰が誰にいくらどこで払ったかすべて当局の知るところとなり、自由主義の原則に反している。実際にお金のデジタル化をどんどん進めているのは独裁制の中国だけだ。欧米では銀行業界の政治力が強く、銀行が自らの死滅につながる通貨のデジタル化をやりたがらない。しかし、最終的なQEの行き詰まりとドル崩壊までずっとゼロ金利が続くことが確定している以上、すでに銀行業は利ざや稼業という基本のところで歴史的役割を終えており、死んでいるのに生きているかのように振る舞っているゾンビである。 (通貨デジタル化の国際政治) (新型コロナでリベラル資本主義の世界体制を壊す



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