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金融バブルを無限に拡大して試す

2021年2月21日   田中 宇

先進諸国はこの1年間、コロナ対策として経済を自滅させる超愚策な都市閉鎖(日本は準閉鎖の非常事態)を続けているため大不況に陥っている。だが、不況になると下落するはずの株価は、史上最高値を更新して上がり続けている。未曾有の大不況と、未曾有の株価最高値が同時に起こり、頓珍漢そのものだ。マスコミや専門家は何も言わない。マスコミや権威筋も頓珍漢な存在になっている。

米国では2月12日に発表された消費者の景況感(ミシガン大学指数)が、事前の上昇予測に反して悪化して昨年8月以来の悪さ(76.2)となった。だが、株価は上がり続けている。米平均株価のS&P500は、昨年3月にコロナ危機の大恐慌開始時に急落し、その後はずっとコロナ危機で景気が悪いままなのに株価だけ反騰し、昨年8月にコロナ前の株価を越えて史上最高値を更新し、現在まで上昇と最高値の更新を続けている。 (UMich Sentiment Signals Stagflation As Hope Plunges & Inflation Expectations Soar

異様な事態が起きる理由は、米連銀(FRB)など先進諸国の中央銀行群がQE(量的緩和策)で造幣した資金を株や債券など金融市場につぎ込んで相場を不正につり上げているからだ。金融相場は民間の資金の需給で上下すべきものであり、中銀など当局が意図して相場を吊り上げているのは全くの「不正」である。不正である証拠に、マスコミは「今日もQEの資金で株価が上がりました」と書かない。何かもっとありきたりな、実は頓珍漢な理由を相場の「解説」として報じている。日銀はQEで露骨に株式のETFを買いまくり、日本企業の最大の株主になっているが、権威筋はそれをおかしいと批判しない。 (Equity Purchases by the Bank of Japan Reach a New Milestone

中銀群が相場を不正に操作するのであれば、コロナの大不況に合わせて少し株価を下げたりする下落方向の操作も加えて不自然さを減らせば良さそうなものだ。だが実際はそうなっていない。おそらく、中銀群がQEによる資金注入量を減らして一時的にちょっとした株価の下落を演出しようとすると、それが一時的な下落にとどまらず、大きな暴落に発展しかねない。暴落したら、その後の相場を立て直すのに中銀群が巨額のQE資金を注入せねばならなくなる。リーマン危機のように再建不能な事態になるかもしれない。そうした懸念があるので、自然な株価の上下を演出するのは困難で、どんな大不況になっても一本調子で株や債券の相場を続伸させるしかないのだろう。 (米大都市の廃墟化・インフレ激化・銀行やドルの崩壊

日本政府は2月2日に大都市圏の非常事態宣言の延長を決め、大不況の長期化が濃厚になったが、その後平均株価が上がり続け、過去最高値を更新した。それに対しておかしいぞという報道はない。英国では、2月12日に発表された昨年の経済成長が、311年ぶりの悪さであるマイナス9.9%だった。英国など欧州諸国の多くは、厳しい都市閉鎖を続けているため景気がものすごく悪い。だが英国の株価は、昨春の都市閉鎖開始時に暴落した後、回復傾向をたどっている。これも、史上最高値を更新するほど反騰していないので米国ほどでないものの頓珍漢だ。 (UK Economy Crashed 9.9% In 2020, Biggest Drop In 311 Years

中銀群は、リーマン危機からの立ち直りを不正に誇張・演出し始めた2011年からQEの資金注入で株や債券の金融相場をつり上げてきた。不正は最近始まったことでない。コロナ前は経済に良い部分もあったので、不正や誇張はさほどのものでなかった。昨春にコロナで都市閉鎖が始まると、経済は否応なく大恐慌になり、誇張や不正が見え見えとなった。だが、金融界やエスタブ層など経済の権威筋にとって相場の暴落は何としても避けたいことで、中銀群が暴落を避けるために相場のつり上げを続けるのはむしろ歓迎だった。権威筋やマスコミは相場のつり上げを無視し続けている。 (A Market Crash And High Inflation?

QEは通貨の過剰発行だ。米連銀が昨年に発行したドルは、米建国以来発行されたドルの総額の40%を占めている。通貨を過剰発行するとインフレになると言われてきた。だが、QEはインフレを引き起こしていない。インフレは商品の物価上昇であり、過剰発行された通貨が商品の購入にあてられると物価上昇につながる。だが、QEで発行されたドルのほとんどは金融商品の購入に当てられ、一般的な商品の購入に回る分が少ないので、インフレを引き起こしていない。QEのドルは、インフレ(かたちのある商品の価格上昇)でなく、バブル膨張(かたちのない金融商品や資産の価格上昇)をもたらしている。 (Warning: The Next Crisis is Just Around the Corner

しかし最近、かたちのある商品の物価上昇が、米国など世界的に始まっている。それはQEの過剰発行によるものでなく、コロナ危機が流通システムの混乱や停滞をもたらしていることによる。米国の消費者物価(CPI)は今の年率1.4%の上昇にとどまっており「CPIが2%以下なら健全」と言われるので健全な状態だ。しかし、このCPIは対象商品の選定などの点で歪曲されており、実際の消費者物価の上昇はすでに3-4%だろうと言われる。米国の食料価格は1年間で3.9%値上がりした。コロナの影響で物流や生産が滞っている。トウモロコシや大豆の国際価格も7年ぶりの高値になっている。石油などコモディティ価格も上がっている(金地金以外)。 (Ready For 4 Percent CPI By Mid-Year?

米国西海岸の港湾ではコンテナ船から積荷を降ろす作業が遅延する事態が何か月も続き、10-14日の遅延が起き、カリフォルニア沖の海にたくさんの船が泊まって積み下ろしの順番を待っている。滞船が長引き、中国などアジアから米国へのコンテナ船は、船のやりくりがつかなくなり、多くの商品が米国に送れない状態だ。これはインフレを加速する。中国では半導体チップの生産が減り、世界的に自動車やスマホや家電の製造に障害が出ている。これも価格の上昇になりうる。コロナの都市閉鎖のせいで世界的に景気が悪い。だがインフレはひどくなる。本来は好況時に起きるべきインフレが不況時に起きる、たちの悪い「スタグフレーション」になる。 (New Video Shows Massive California Container Ship Traffic Jam

米国の1月の生産者物価は、前年同月比1.1%上昇の予測を大幅に上回って2.0%の上昇となった。前月比は史上最大の1.3%増だった。インフレがひどくなると、その分が加算されて国債など債券の利回りが上がる。だが現状は中銀群のQEの資金で債券が買い支えられ、金利上昇が食い止められる。インフレなのに金利が上がらないという頓珍漢な事態になる。今は1.3%の10年もの米国債金利が1.5%を超えて上昇すると株が暴落すると、大手金融機関が予測している。だが、中銀群が米国債を買い支えるため、金利は上がってもすぐ下げられる。実質的なインフレ率が3%になっているなら、名目金利が1.3%の米国債の実質金利はすでに大幅なマイナスである。 (Nomura: 1.3% Yields Are Fine But If They Hit 1.5%, Stocks Will Be Hammered) (Negative Rates Are Coming To The UK And US, Protect Your Savings) (Stocks Slammed As Producer Prices Soar By Record in January

インフレが加速するとドルの信用失墜になり、ドルの究極のライバルである金地金が高騰するはずだ。だが実際は、QEの資金が金先物を売る方向に注入されて金相場を引き下げており、1オンス2000ドルを超える金の高騰が起きないようになっている。QEが限界に達するまで、金相場は今後も上昇を抑え続けられる。 (Forgotten gold - will you ever come back?

ビットコインなど仮想通貨が急騰しているが、これも金相場を抑制するためだろう。ドルの崩壊感の増大は消しようがない。そのため放置するとドルから金地金に移転する資金が増えて金相場の上昇抑止が効かなくなる。それを防ぐ方法として、「地金は時代遅れだ。これからは地金でなくビットコインがドル崩壊時の代替資産になる。地金でなくビットコインを買うべきだ」という言説を流布するため、市場規模が小さくてすぐに急騰させられるビットコインの急騰が引き起こされている。ビットコインは「ドルや債券・株のライバル」のふりをした別働隊(仲間)だ。大企業が最近相次いでビットコインを買って資産に加えているが、これも、ビットコインが地金からの資金流出を誘発してドルの債券金融システム、つまり大企業の株や債券の価格を守ってくれる「ドルの別働隊」であると考えると「資産形成」以外の自社防衛の目的が感じられてくる。 (Gold bug Peter Schiff gives Bitcoin permission to hit $100K

バイデン政権になってから、米政府は「地球温暖化対策」を急にやり出している。石化燃料で発電した電力の料金を引き上げ、コスト高の太陽光や風力の発電による電力料金と横並びにして「温暖化対策」と称している。これも電力の値上げを引き起こし、インフレをひどくする。 (Experts: Electricity Prices Already Rising Thanks to Practices Biden Wants to Increase

温暖化人為説は、英米の学者たちが不正操作したコンピューターのシミュレーションが唯一の「根拠」であり、その不正を除くと無根拠な話になってしまう。人類ががんばって2酸化炭素などの排出を削減しても、気候変動はほとんど止められない。それ以前に、マスコミなどで報じられている「何もしないと数十年内に世界を破壊する温暖化が起きる」という予測もひどい誇張だ。人類が2酸化炭素の排出を削減する必要はない。コロナの都市閉鎖と同様、温暖化対策の排出削減も、効果がないことを必死で義務化して世界経済(先進諸国の経済)を自滅させている超愚策である。 (歪曲が軽信され続ける地球温暖化人為説

都市閉鎖も排出削減も、欧米の先進諸国は厳格に履行して経済は自滅させている半面、中国など新興諸国や発展途上諸国(合わせて非米諸国)では、やるふりだけで経済を自滅させない。コロナや温暖化は、世界経済の主導役を欧米から中国など非米側に移転する隠れた目的がある「隠れ多極主義」の策だと思われる。上の方の国際的な人々(覇権運営者たち)は、超愚策と知りつつ、先進諸国の政府に都市閉鎖や排出削減を強要している。 (地球温暖化の国際政治学

世界の温暖化対策の主導役は、オバマ政権の時に米国から中国に引き渡された。オバマは無意味な温暖化対策で米国と世界の経済を自滅させたくなかったので、主導役を「やるふりだけ」の中国に引き渡すことで、米国の免責と世界経済の自滅防止をやりたかったのだろう。トランプも温暖化問題をクソ扱いしたが、それも正しかった。バイデン政権も今後、オバマと同様、排出削減をやるふりをして失敗させるかもしれないが、本当に排出削減をゴリゴリ厳格にやるなら、それはコロナ都市閉鎖やそれに伴うインフレ激化と相まって米経済を自滅させていく。 (地球温暖化問題の裏の裏の裏

温暖化とバブルの関連で言うと、電気自動車メーカーのテスラの話がある。テスラは企業として利益を出し、株価がどんどん上がっているが、実のところ、テスラの利益は自動車の製造販売によるものでない。本業である自動車の製造販売の分野は赤字だ。テスラの儲けは、電気自動車をあまり作っていない他の自動車メーカーが、米政府から違法扱いされることを免れるための「温室効果ガス排出権」「電気自動車製造枠」をテスラから買い取っていることによる、他メーカーからの受け取り金によって出されている。歪曲の上に歪曲を重ねている。 (Tesla's dirty little secret: Its net profit doesn't come from selling cars

大きな政府を希求する民主党左派に押され、米政府と議会は史上最大級の1.9兆ドルの財政出動をやる。コロナでへこんだ米経済をテコ入れする目的だが、今のようにQEの造幣によって市中の資金が過剰で、実質的なマイナス金利状態になっていると、財政出動で新たな資金をつぎ込んでもそれが投資に回らず、実体経済のテコ入れにつながらない(流動性の罠)。トランプが止めてきた都市閉鎖がバイデンになって加速しているので、米経済はむしろ今後さらに悪化する。実体経済が悪くても、QEの資金にテコ入れされた株や債券は今後もしばらくは上がり続ける。だが、実体経済は今後も悪化し続けて不況が深まり、インフレもひどくなり、になっていく。米国だけでなく、欧州も似た状況だ。米国がバイデンになって、QEにかかる負荷が増大している。今年か来年あたりに金融崩壊が起こるのでないか。

米国株の世界では、株やETFなどを売買できるスマホのアプリ「ロビンフッド」を使う個人投資家たちが、ネットのSNS掲示板(レディットのウォールストリートベッツという板)での情報交換や扇動に乗って、倒産しそうな企業などの株を乱高下させて儲けようとすることが問題になっている。経営難が続くゲームストップ社(ビデオゲーム小売店)の株を、ヘッジファンドなどが空売りして株価下落を引き起こしていたところにロビンフッドの投資家たちが参戦して買い向かい、ゲームストップの株価を最高値までつり上げてヘッジファンドを大損させた。 (What is Robinhood? What to know about company under fire over GameStop trade restrictions

この話は、SNSのパワーの増大、SNSで力を結集した個人投資家が、これまで素人が勝てるはずがない相手と言われてきたヘッジファンドなど機関投資家と仕手戦をやって勝ってしまうというネット時代の新事態、という視点で語られている。だが私は、それよりもQEとの関連が気になる。延々と続く中銀群のQEは、あらゆる株価をつり上げる方向に動いている。QEによる株価つり上げの底流に乗ることで、素人集団が、機関投資家の株価引き下げに勝ってしまう新事態に見える。ロビンフッドは「金融取引の民主化運動」「新たなウォール街占拠運動」と言われ、中銀群や大手投資家といった金融エスタブを敵に回す草の根の動きとみられてきた。空売りの機関投資家を退治した最近のロビンフッドは、草の根のイメージと対照的に、金融エスタブの頂点に立つ中銀群に加勢したことになる。 (Robinhood Raises Another $2.4 Billion From Shareholders

しかし、さらにもう一歩深く掘り下げて考えると、ロビンフッド勢による株価のつり上げは、中銀群のQEが作ってきた金融バブルを極限まで拡張し、どこまで拡大できるのか試している行為だ。金融バブルがどこまで拡大できるかがわかるのは、金融バブルが崩壊する瞬間だ。事前にどこまで拡大できるかは、中銀群にもわからない。ロビンフッド勢は、中銀群のQEバブルを極限まで拡大させて潰す政治運動であるともいえる。ロビンフッド勢がQEに過激に便乗してQEを潰す運動であるなら、それは草の根によるエスタブ潰しの民主化運動・革命・政権転覆の動きになる。この手の動きは、テロ戦争や単独覇権主義に過激に便乗してイラク侵攻につなげ、米国の信用失墜・覇権低下を引き起こした「ネオコン」の策略と同じだ。ロビンフッドの動きは、コロナの都市閉鎖や温暖化対策と並ぶ、QE破綻・米覇権崩壊・多極化の前倒しを引き起こすものになっている。 (Retail Investors Stage A Riot On WallStreet



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