地球温暖化の国際政治学

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地球温暖化の国際政治学

2007年2月27日   田中 宇

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 地球温暖化の問題を国際政治として分析する場合、最も顕著な点は、本来は世界最強の同盟であるイギリスとアメリカが、この問題に対して正反対の態度をとっていることである。ここ数年、イギリスのブレア政権は、温暖化対策としての国際的な二酸化炭素排出規制の実施を、世界で最も強く推進している政府となっている。半面、アメリカのブッシュ政権は、京都議定書を破棄し、二酸化炭素の排出規制に強く反対している。

 アメリカでは、先代のクリントン政権(民主党)は、イギリスと協力して京都議定書を強く推進していた。地球温暖化を最初に問題視したのも、国際的な二酸化炭素排出規制が必要だと最初に提起したのも、アメリカの側である。ウォールストリート・ジャーナルやアメリカ・エンタープライズ研究所といった共和党系の勢力は、温暖化対策に懐疑的である。このことから、アメリカの民主党は温暖化対策を推進し、共和党は反対していると見ることができる。

「共和党は、石油産業や自動車産業から献金を受けているので、温暖化対策に反対なんだ」という人もいる。しかし、民主党クリントン政権と、共和党ブッシュ政権との戦略の相違点を全体として見ると、単なる産業との結びつきではない、大きな世界戦略の違いであると感じられる。私が従来から使ってきた用語で表現すると、クリントンが「米英中心主義」なので排出規制に積極的だったのに対し、ブッシュは「隠れ多極主義」なので排出規制に反対している。

 米英中心主義とは「アメリカが世界の問題に対する決定権を握る覇権国であり続けることが重要だ」という覇権重視である。イギリスにとっては「米英の特別な同盟関係を維持することで、イギリスがアメリカの意志決定に黒幕的な影響力を与え、間接的にイギリスが世界の覇権を握り続ける」という戦略である(イギリスは大した産業がないのに通貨ポンドが強いのも、この戦略のおかげだ)。

 米英中心主義が「覇権重視」であるのに対し、隠れ多極主義は、世界全体の経済成長を重視する「成長重視」である。米英中心主義は米英のナショナリズム(愛国心)に基づき、隠れ多極主義はキャピタリズム(資本主義。儲けを増やすこと)に基づいている。米英が世界の重要事項に決定権を持つことは、他の国々の発展を阻害しても、米英だけが発展し続けることを希求することにつながる。これは、世界で最有力の資本家集団であるニューヨークの金融機関の経営者たちにとっては都合が悪い。

 ニューヨークの資本家たちは、世界中に投資を分散し、世界的な利益の最大化を目指している。1970年代以降、米英は高度経済成長の時代を終え、低成長に入っている。米英中心の世界体制が続く限り、米英以外の世界の経済成長が阻害される傾向が強まる。資本家たちは、米英中心の覇権を破壊し、覇権をロシアや中国など世界中のいくつかの地域大国に分散し、世界を多極化することで、世界的な経済成長を高めようとしている。これは彼ら自身の儲けのためであるが、世界の発展途上国の人々のためにもなる。

▼資本と覇権の連動

「ニューヨークの資本家だってアメリカ人なのだから、アメリカの国益を最重視するはずで、世界を多極化したいと思うはずがない」という人がいるが、私はその考えには疑問を持っている。世界の資本の歴史を見ると、昔から非常に国際的であり、国益を無視して利益の最大化を求め続けている。たとえば、18世紀のイギリスに産業革命を起こした蒸気機関や鉄道、大量生産の技術は、イギリス国内での投資の利回りが下がると、欧州大陸諸国やその他の国々に伝播されている。

 資本家がイギリスをこよなく愛するナショナリストなら、イギリスの国力を守るため、産業革命の技術がイギリスから流出しないよう努力したはずだが、実際は逆に、資本家は、イギリスの産業革命で儲けたカネを、次はイギリスのライバルであるはずのフランスやドイツに投資し、イギリスで培われた工業の技術も独仏に移転し、独仏で産業革命を起こして儲けを増やした。

 ニューヨークの資本家層は、イギリスからアメリカに世界の覇権が移ることに伴い、1890年代から1930年代にかけて、ロンドンからニューヨークに移ってきた、ユダヤ人を中心とする勢力である。欧米の資本家の中心地は、16世紀にはスペインにあり、資金はスペインの植民地開発に回されていた。その後17世紀にオランダ(アムステルダム)に移ってオランダの植民地開発に資金が使われ、その後18世紀には産業革命のイギリスに移り、20世紀はじめにニューヨークに移っている。資金が移動するたびに、移動した先が世界的な覇権国になる(もしくは、覇権国が代わるたびに資金がそこに移動する)という歴史を繰り返してきた。

 アメリカは当初、各州の権力が強い地方分権の国として建国されたが、ロンドンからニューヨークに資本家が移ってくるのと前後して、アメリカ連邦政府の権力が強化され、同時に、凋落しつつあったイギリス帝国から覇権のノウハウが伝授され、米連邦政府が世界の覇権を握るに至った。これ以来、ニューヨークの資本家は、ワシントンの意志決定に対して隠然とした影響力を持つ、黒幕的な勢力となっている。

 ブッシュ政権がやってきたことを考察すると、彼らはアメリカの覇権を自滅的に縮小させる一方で、中国やロシア、インド、ブラジルなどの地域大国が台頭して多極的な分散した覇権体制ができることを誘発している。その一方で、中国製品が米市場でよく売れるようにしたり、石油相場を高騰させてロシアや他の反米的な産油国が資金を蓄積できるようにして、世界経済の発展形態も多極的しつつある。

 資本家がブッシュ政権にやらせている多極主義が、こっそり推進される「隠れ」であるのは、アメリカの国民の大多数は自国の覇権や発展の永続を望んでおり、民主主義に基づいて国家戦略が決められるのなら、多極主義ではなく米英中心主義が続くはずだからである。ブッシュ政権は、表向きはアメリカの覇権を維持拡大するためと称しつつ、世界を多極化する自滅的な行動をとっている。

▼冷戦は米英中心主義、レーガンは多極主義

 ここ数十年のアメリカの世界戦略は、米英中心主義(ナショナリズム)と、多極主義(キャピタリズム)の相克・暗闘によって揺れ動いてきた。

 第二次大戦後、アメリカが希求した世界システムは、国連安保理の5つの常任理事国が話し合って世界の重要事項を決定するという多極主義だった。このシステムは、米英中心主義者が起草した「冷戦」によって破壊された。冷戦の世界システムは、封じ込めによってソ連東欧や中国などの経済成長を阻止するとともに、経済成長したい国は米英の同盟国(傀儡)になることを必須とするという、米英中心主義の体制である。

 これに対して多極主義者は、ベトナム戦争の泥沼化を誘発し、その解決策として、中国を冷戦の敵から味方へと転換させて経済発展させることを目的としたニクソン大統領の中国訪問が1972年に挙行された。冷戦システムに風穴を開けられた米英中心主義者は、対抗策としてニクソンをウォーターゲート事件で追い落とし、米中国交正常化を7年間先延ばしすることに成功した。

 1970年代は、米英の経済成長に陰りが見え始めた時期でもある。その対策として、新たに経済成長を実現しているドイツや日本などを米英中心の世界システムの新会員として加えて「G5」(先進国首脳会議)を作るという、米英中心主義の拡大策が採られた。G5は、カナダとイタリアを加えてG7となり、さらに冷戦後にロシアを加えてG8となったが、常に中心は米英であり、米英が決めた世界運営の重要事項を他の先進国に承諾させる米英中心の体制として維持されてきた。

 このシステムは、米英が中心であると同時に、世界経済の成長に責任を持つ国を米英2カ国から、7−8カ国の先進国に拡大することによって成長度を高めるという、資本家を喜ばせる仕掛けにもなっている。ナショナリストとキャピタリストの協調の産物である。

 1980年代のレーガン政権は、当初はソ連への敵視を強めて冷戦体制を強化する米英中心主義の政権に見えたが、後半にはレーガンがゴルバチョフと連続会談して冷戦を終わらせるという多極主義の動きをした。冷戦終結は、冷戦という米英中心の世界体制を壊し、EUというアメリカと対抗できる新たな覇権地域を成立させた点で、多極主義的な動きである。おそらくニューヨークの資本家は、米英中心主義者が提起したG5やG7の先進国中心の新システムにも満足できず、西側先進国が世界の中心であるという冷戦構造そのものを壊した方が、世界の経済成長が高まると考えたのだろう。

 レーガン政権は、米英中心主義の政権として登場したが、最後は世界を多極化して終わった。このパターンは、今のブッシュ政権と同じである。ブッシュ政権は「新レーガン主義」(neo-Reaganite)を公言しているが、その隠された意味は、米英中心主義者のふりをした多極主義者ということではないかと私は裏読みしている。ユダヤ系中心のネオコンたちが政権の側近として登用されて失敗し、その後多極主義の傾向が強まるパターンも、レーガンとブッシュで全く同じである。これらの手口は、アメリカの多極主義者の常套手段であると思われる。

(ユダヤ人の中にも、米英中心主義者と多極主義者がいる。イスラエルの国益を最重視するシオニストは「米英中心主義」を「米英イスラエル中心主義」に拡大することを目指してきた。これに対し、昔から「ロスチャイルド」と呼ばれている資本家たちは、多極主義である。ロスチャイルドは、もともとは一つの家系の名前だったが、今ではニューヨークとロンドンの資本家層の代名詞である。ロスチャイルドは、シオニストに協力するふりをして、シオニストを弱体化する戦略を昔から展開してきた。ネオコンや、イスラエル右派のネタニヤフは、シオニストのふりをしたロスチャイルドの代理人である)(関連記事

▼ピンはね作戦としての温暖化問題

 レーガン政権(1980−87)は冷戦を終わらせ、次のパパブッシュ政権は(88−91)は、ドイツ統合やEU統合を推進した。この2つの共和党政権が行った多極化に対し、次のクリントン政権(92−00年)は、旧東側も含めた全体が市場化された冷戦後の世界で、米英が「市場の中心」になるという「経済グローバリゼーション」を推進した。

 これは、証券、金、石油、穀物などの相場商品について、世界の主要な市場は必ずアメリカ(ニューヨーク、シカゴ)とイギリス(ロンドン)にあるという「市場の米英中心主義」である。国際金融の儲けの多くが米英に入る仕掛けになっており、これで資本家も満足して多極主義の推進を控えると、米英中心主義者は考えたのだろう。

 クリントン政権の戦略は、世界経済の発展の中心が、先進国から旧東側諸国など発展途上国に移ることを是認した上で、発展途上国の方が儲かるようになっても、その儲けの一部が市場を通じて米英の側に転がり込むようにするという「ピンはね」の作戦である。

 地球温暖化問題も、このピンはね作戦の一つである。発展途上国は、これから工業化して発展する際に二酸化炭素を多く排出する。先進国は、すでに産業の中心がサービスや金融、ハイテクなど、二酸化炭素の排出が比較的少ない産業になっているし、省エネ技術も進んでいる。温暖化対策として二酸化炭素の排出が世界的に規制され、排出が多い途上国は、排出が少ない先進国に金を払って排出権を買う必要がある。日本や欧州は、ハイテク技術を途上国に売って儲けることもできる。発展途上国は、先進国から新たな税金を取り立てられるようなものである。

 人間は、カネが絡むと必死になり、何でもやる。ゴアやブレアが米英のナショナリストだとしたら、途上国から新たな税金を取り立てるために地球温暖化問題を誇張するのは当然だし、誇張や歪曲は、愛国心に基づいた作戦として正当化できる。

▼中国を丸め込もうとしたイギリス

 米英中心主義のクリントン政権が、地球温暖化対策(京都議定書)によって、発展途上国からのピンはねを試みたのに対し、多極主義のブッシュ政権は、京都議定書を破棄して対応した。ブッシュ政権の後ろにいるニューヨークの資本家たちは、米英中心主義者が作ってくれた、ニューヨークとロンドンが世界市場の中心になるという「経済グローバリゼーション」にも満足せず、イラク占領の泥沼と、戦線のイランへの拡大というアメリカの自滅を誘発し、世界を多極化することの方を選んだ。

 民主党の政治家であるウェスリー・クラークは今年1月に「ニューヨークの資本家(New York money people)が、イランとの戦争を推進している」と発言し、ユダヤ人差別だとネオコン(隠れ多極主義者)から批判されたが、クラークの指摘は正しい。(関連記事

 アメリカが戦略的自滅の道をたどり、世界が多極化しつつある中で、米英中心主義者はアメリカで冷や飯を食わされ、イギリスのブレア首相が米英中心主義の最後の立役者となっている。ブレアは、米英間の「特別な関係」を利用してブッシュにまとわりつき、方向転換させようとしたが、無理だった。むしろブレア自身の方が、支持率低下とスキャンダルによって政治力を落とし、5月に辞任せざるを得なくなった。

 ブレアは自分の任期中になんとか二酸化炭素の排出規制を国際条約にしようとして、中国に働きかけたりしている。多極化の中で台頭しつつある中国を、発展途上国の代表とみなし、中国が排出規制のメカニズムを了承したら、それで途上国全体が了承したということにしようと考えている。だが中国はむしろ、ブラジルやインドなど、他の地域大国と組んで、排出規制のシステムを途上国に押しつけることに反対している。(関連記事

▼ブッシュの温暖化対策、実は農業保護策

 昨年11月のアメリカ中間選挙で民主党が勝ち、ブッシュの共和党が負けて、連邦議会の多数派が共和党から民主党に移った。これを受け、アメリカで地球温暖化問題に関して巻き返しをしようという動きが出てきた。ゴアは、自分が出演する温暖化の映画を宣伝し、エンターテイメントの米英中心主義を推進して儲けてきたハリウッドは、ゴアにアカデミー賞とノーベル平和賞を取らせ、その権威を使って次期大統領に担ぎ出そうと構想している。(関連記事

 民主党が地球温暖化問題を争点にしてきたので、ブッシュも対抗して温暖化対策と称する政策をぶちあげた。今年1月の年頭教書演説で出された「エタノール開発」である。トウモロコシなどを原料としてエタノール(アルコール)を作り、これを自動車の燃料にすることで、10年間にガソリンの消費量を20%減らす目標をブッシュは発表した。(関連記事

 トウモロコシの生産に必要な肥料の製造時などに出る二酸化炭素をすべて含めると、エタノール事業の二酸化炭素排出は、ガソリンより5%少ないだけである。エタノールを使った排出削減は、大気中の二酸化炭素を直接除去する方法の16倍のコストがかかる。(関連記事

 ブッシュがエタノール開発を推進するのは、実は温暖化対策のふりをした農業保護政策である。農民団体、特にトウモロコシ生産農家の団体はワシントンに対するロビー活動が強い。トウモロコシ生産は、以前から補助金をたっぷりもらっているので作りすぎになり、1996年の1ブッシェル5・5ドルの最高値から、昨年は3ドルにまで下がった。(関連記事

 ブッシュのエタノール開発計画は、下落したトウモロコシの価格を再上昇させる効果を持っている。エタノールを代替燃料にしてアメリカのガソリン使用を2割減らすには、現在アメリカで作られているトウモロコシをすべてエタノール製造に当ててもまだ足りない。ブッシュの構想発表によって、トウモロコシは再び1ブッシェル5ドル台の高値に戻ると期待されている。ブッシュの計画には、トウモロコシ生産への補助金の大幅増額も盛り込まれ、農業団体は大喜びである。

 その半面、怒っているのは、トルティーヤなど、トウモロコシを原料にした食品を主食にしている中南米の人々である。ブッシュのエタノール計画によってトウモロコシの国際価格が上がり、トルティーヤの値段が急騰して中南米の貧しい人々が困っていると、ペルー人のバルガスジョサが、ワシントンポストに怒りの論文を書いている。バルガスジョサは、温暖化問題を推進する欧米の勢力を「環境原理主義」(environmental fundamentalism)と呼んで非難している。(関連記事

▼団結して排出規制を拒否する途上国

 バルガスジョサの怒りに象徴されるように、温暖化対策としての二酸化炭素排出規制の問題は、先進国から発展途上国への押しつけとして、途上国では理解されつつある。途上国がバラバラに発展を夢見て米英の言いなりになっていたクリントン政権時代なら、米英が中国やインド、ブラジルなどに対して「G7に入れてやるから、国際的な排出規制に署名しろ」と言えば、喜んで署名したかもしれない。G7に入れてもらったロシアは、見返り的に京都議定書を批准した。

 しかし今や、ブッシュが米英中心の世界体制を自滅的に破壊して世界を多極化したため、中国・インド・ブラジルなどは、非米同盟として結束し、二酸化炭素の排出規制を「先進国のエゴ」ととらえて拒否する傾向を強めている。すでに、世界最高位の政治意志決定機関である国連安保理では、以前は組むはずがなかった中国とロシアが常任理事国として共同歩調をとり、米英への対抗を強めている。

 ブッシュ政権は、任期の残された2年間で、全力で世界を多極化しようとするだろう。かりに08年のアメリカ大統領選挙でゴアが勝ち、イギリスと再び組んで排出規制の国際条約を作ろうとしても、その時には世界は今よりさらに多極化されており、国際的な排出規制は中国、ロシア、インド、ブラジルなどに反対され、実現不能になっている可能性が大きい。


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