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QEをやめさせる

2021年11月14日  田中 宇 

米連銀(FRB)が、リーマン危機以来続けてきたQE(ドル過剰発行による債券買い支え策)を今月から減らし、来年夏にゼロにしていくことを決めた。QEは、株や債券を高値にしている最大のテコ入れ策だ。米連銀は、コロナ危機開始直後の昨年3月に、都市閉鎖でへこむ経済の穴埋めとして、月々のQEの額をそれまでの800億ドルから1200億ドルに50%増額したが、それ以降、米国の株価の上昇率が大きくなった。QEが株や債券を押し上げていることが見て取れる。QEを減額したら株価の下落や金利の上昇(債券の下落)が起きて当然だ。 (November FOMC Preview: Let The Tapering Commence!) (Fed Will Start Tapering in December 2021

しかし、11月3日に米連銀がQEの減額(テーパリング。先細り政策)を発表した後、株も債券も下がるどころか逆に上がり、史上最高値を更新し続けている。米連銀は2013年にもテーパリングを行ったが、前回はQEの減額で株や債券が下落すると考えた投資家たちが資金をせ引き上げ、一時的に金利が急騰(債券が急落)して「テーパータントラム」が起きた。しかし今回は、タントラム(癇癪)が全く起こっていない。「QEを減額したら株や債券が暴落すると言っていた人々は外れた」と、金融界の傀儡メディアが揶揄した。 (Here’s what will happen when the Fed’s ‘tapering’ starts, and why you should care) (米連銀QE縮小で増すリスク

もう相場はQEなしでも上昇し続ける状態になったのか??。そんなことはない。欧米の経済はコロナの都市閉鎖で30%ぐらいへこんでおり、あまり回復していない。経済が回復しているように見えるのは経済統計の粉飾によるものだ。先進国経済の80%前後は製造でなく消費であり、都市閉鎖は消費に大打撃を与えたのだから、コロナ前より経済規模が30%へこんだ(マイナス30%の経済成長)と考えるのが自然だ。コロナ発生後、米連銀はQEを50%増やし、実体経済のへこみを穴埋めして株価の上昇を維持した。予定通り来夏にQEがゼロになったら、その前後までに株価が30-50%下落しても不思議でない。 (Powell: Federal Reserve 'on track' for tapering asset purchases) (すべてのツケはQEに

株や債券の大幅下落が今回も、前回のようにテーパリングの発表とともに起きるとは限らない。前回2013年のQE減額時は、まだ今よりもQE関連以外の「純民間資金」が多かった。コロナ発生後、経済がへこんでQEの公金がそれを穴埋めし、市場の資金全体に占めるQE公金が急増し、それ以外の純民間資金が減った。官製相場の色彩が強まった。テーパリングに驚いて資金を逃避するのはQE(官製資金)以外の純民間資金だけだから、前回は起きたタントラムが今回起きなくても不思議でない。米連銀は6月ごろから「近いうちにテーパリングを始める」と示唆し続けており、市場への事前の根回しも十分だった(2013年のテーパリング前も半年ぐらい根回ししていたが)。 (Fed to announce QE taper in Aug or Sept on rising inflation concerns) (米連銀はQEをやめる、やめない、やめる、やめない

米連銀が今回テーパリングを開始した理由は「コロナ危機からの立ち直りで経済が回復して過熱気味になり、超緩和策であるQEを続けると悪影響が大きくなるから」だ。米国ではインフレや人手不足など、経済過熱期っぽい現象が起きている。すでに消費者物価指数・CPIが30年ぶりの悪さである前年同月比6.3%上昇だ。だが実のところ、インフレも人手不足も原因は経済過熱でない。古典的に、中央銀行が通貨を過剰発行するとインフレになると言われており、QEはまさに過剰発行なのだが、米国などで起きているインフレはQEと関係ない。昔と異なり、今は実体経済と金融システムの分離が進み、QEは金融システムだけを膨張させているので実体経済のインフレにつながらない。インフレや人手不足は、経済過熱ともQEとも違う、以下の複数の要因から起きている。 (Federal Reserve's taper: How does it work?) (すべてのツケはQEに

(1)中国などアジアからの製品を輸入する米西海岸のコンテナ港などで、空のコンテナの流通が何か月も混乱して滞留して港湾のコンテナヤードが満杯なまま新たな輸入ができなくなっている。この混乱の原因は、コロナに起因するトラック運転手の人手不足、左翼労組による労働争議、コンテナを扱う中国の大企業による意図的な策略などが指摘されている。この混乱で物不足が起こり、物価が上昇している。 (America Is Short A Whopping 80,000 Truck Drivers) (Shipping's Extreme Consolidation Could Prolong Supply Chain Pain

(2)欧米諸国が地球温暖化対策として化石燃料(石油ガス石炭)に対する規制を強めた結果、燃料の価格が上がり、インフレを煽っている。温暖化対策の一環で欧米が放棄した世界各地の化石燃料の開発利権を中国やロシアが拾い集め、それらの燃料が欧米諸国に行かないようにすることで欧米の燃料不足を中露が扇動した結果、燃料インフレがひどくなっている。 ($300 Oil? "Frankly, It Could Go Much Higher") (世界的なインフレと物不足の激化

(3)米国の流通網全体で、コロナワクチン非接種者の雇用停止や、コロナの穴埋めとして米政府が失業休業の手当をたくさん出したので働かずに暮らしていける人が増えたことにより、失業率が下がらない。人手不足なので労賃が上がり、それが商品やサービスの価格をつり上げ、インフレにつながっている。 (World's Largest Meat Company Warns Labor Shortages "Holding Back Production"

もともとインフレや失業の防止は中央銀行の任務だ。だが米連銀のパウエル議長は、今回のインフレは(1)が原因なので連銀にはどうすることもできない、と正直に述べている。中央銀行がインフレを止められるのは、通貨の過剰発行や金利の下げすぎがインフレの原因だった場合だ。今回、連銀はQEで通貨を過剰発行しているが、それはインフレの原因でない。QEは金融バブルの維持拡大のためであり、実体経済にほとんど関係ない。これから連銀がQEを減らしていっても、インフレや人手不足は解消されない(連銀の動きと関係なく、上記の1-3の理由が改善されれば、インフレや人手不足が緩和する)。QEを減らすと、実体経済が改善されない半面、いずれバブル崩壊が起こってしまう。 (Manchin Says Inflation 'Not Transitory', Cannot Ignore 'Pain' Felt By Americans

QEは、金融バブルを不健全に維持拡大し、金融システムをQEに依存する中毒状態にしてしまうので「悪い政策」である。しかし、だからといって今からQEをやめるのは得策でない。すでに金融はひどいQE依存の中毒状態であり、QEをやめたら大崩壊し、ドルの基軸性が喪失する。米国は(国力や覇権を自滅させる気がない限り)もうQEをやめられない。それなのにパウエルの連銀は、自滅的なQE縮小を進めることにした。なぜか。 (Wall Street Reaches Record Highs As Main Street Sentiment Hits 11-Year-Lows

おそらくパウエルの連銀自身は、QEを縮小したくない。連銀は、QE縮小がバブルを大崩壊させると知っている。QEを縮小しろと言っているのは、バイデン政権の民主党の左翼リベラルの勢力だ。エリザベス・ウォーレン上院議員やアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員(AOC)に代表される民主党左派は、共和党系の人であるパウエルを以前から批判し続け、言うことを聞かないと来年の改選期に再任してやらないと加圧してきた。 (The Big Problem With the Left’s Case Against Jerome Powell

民主党左派は表向き「パウエルは地球温暖化対策に消極的だ」「金儲け主義の金融界に甘すぎる」「インフレや雇用への対策が不十分だ」など、左翼的な理由をつけて批判しており「QEをやめろ」とは言っていない。だが、米政界の他の勢力(民主党の中道派と共和党)はエスタブ・金融界の味方であり、QEの継続を支持する人々だ。パウエルにQEやめろと加圧するのは民主党左派しかいない。政治圧力がなかったら、パウエルはQEを減らさないはずだ。 (Jerome Powell Finally Concedes Inflation is Rampant, Sen. Warren Calls Him a ‘Dangerous Man’ to Lead the Fed

米民主党左派は(日欧の左翼と同様)、米政界の諸勢力の中でコロナ危機を最も真に受け、都市閉鎖やワクチン義務化を積極的にやりたがっている(最近の米国では、ワクチン義務化を人権侵害だと言って自分たちだけ除外してもらおうとする労組など左翼団体が多いが)。左翼は温暖化対策としての化石燃料の使用制限にも積極的だ。また、CRT(白人逆差別)など覚醒運動を鼓舞して民主党と共和党の草の根の対立を扇動し、米国の覇権運営に必要な2大政党のエリート談合体制を破壊しているのも民主党左派だ。いずれの策略も、米国(米欧)の経済と覇権を自滅させ、中国を台頭させて多極化の隠然推進するものだ。そしてパウエルに加圧してQEをやめさせることも、米国の金融力と覇権(ドル基軸)を壊して多極化を推進する。民主党左派は隠れ多極主義であり、だからパウエルに加圧してQEをやめさせている。 (Biden's 'Unhinged Socialist' Banking Nominee Wants Oil, Coal, & Gas Industries To 'Go Bankrupt'

同じ左翼でも中国共産党は、コロナや温暖化の問題を、中国が得をする形で使っている。今の世界では、米国の左翼、中共、それから「大リセット」を推進するWEF(ダボス会議の主催者)に象徴される米英諜報界の隠れ多極主義勢力が3つ巴になって、コロナや温暖化やインフレなどを使って、米国(米欧)の覇権の自滅と多極化を推進している。パウエルの米連銀に加圧してQEをやめさせているのは、この動きの一環であろう。 (ドル崩壊の前に多極化が進む

今後、年内か来年に、QE縮小が株価などの暴落を引き起こすかもしれない。その場合、連銀は相場を戻すためにQEを再増加するだろう。だが同時に、前述したQEと関係ない理由で起きているインフレや人手不足は(左翼+諜報界の扇動によって)今後も続き、インフレや人手不足がひどいのだからQEを再増加すべきでない、QE減額・テーパリングを再開せよという圧力がパウエルの連銀にかけられ続ける。加圧が続き、QEは再増加してもまたやめさせられていき、金融危機が再発し、ドルが崩壊させられていく。これは、多極化という国際政治の謀略として起きている。 (コロナ、QE、流通崩壊、エネルギー高騰、食糧難・・・多重危機の意味

温暖化対策によって化石燃料の世界的な利権が米欧から中露イランに移転している(イランは中露の傘下)。中露は、米国覇権を潰すために、化石燃料の危機を繰り返し誘発して米欧のインフレや経済混乱を扇動し続ける。また中国は国内で、恒大集団の経営破綻を皮切りとした金融危機の意図的な長期化をやっており、中国発の国際金融危機を起こせる状態にある。QE減額で弱体化しているく国の金融システムは、中国発の国際金融危機をトリガーとして金融危機になって潰されるかもしれない。 (Beijing Is Trapped: Chinese Producer Prices Soar At Fastest Pace In 26 Years) (恒大破綻から中国の国家リスク上昇、世界金融危機への道

QEは米国だけでなく日本やEUの中央銀行もやっている。日欧は米国から頼まれ、対米従属策の一環としてQEをやって米国に協力してきた。しかし日本もEUも、金融バブルを膨張させる不健全なQEを続けたくないと考えている部分がある。日本は、自民党が菅政権の時から日銀にQEをやめさせたかったが、日銀の黒田総裁が米連銀の傀儡として動いており、自民党の言うことを聞かない傾向だ。米連銀は前回2013年にQEを減額すると同時に黒田の日銀にQEを増強させており、日銀が米連銀のQEを肩代わりしてきた部分がある。だが今後の局面で、米連銀が減らしたQEを日銀が肩代わりする可能性は低い。 (米国と心中したい日本のQE拡大

岸田新首相は就任直後、貧富格差是正の人気取り策の一環として、株の儲けなどキャピタルゲインへの課税強化をしたいと表明したが、おそらく米国側から「株価を落とすようなことを言うな」と加圧されて引っ込めた。引っ込めさせられたものの、岸田が、米傀儡の日銀がQEで株価を吊り上げてきたのを良く思っていないことは感じられる。 (Japan's New Prime Minister Admits Abenomics Was A Failure

日本は安倍政権以来、米国の覇権低下・中国の台頭に合わせ、対米従属一辺倒から、米中両属・隠れ親中国の姿勢に静かに転換している。林芳正・新外相も、中国と良い関係を維持したいと表明し、米中両属の路線を踏襲している。日本は、もう対米従属一辺倒でない。米連銀からQEの減額分を日銀が肩代わりしてくれと言われても、QEが不健全な策であるだけに、最大限の抵抗をするだろう。連銀や米金融界は何らかの形でQEを残したくても、バイデン政権の民主党左派はQEをやめさせたい。米国が一枚岩でないのだから、日本がQEを肩代わりするのは対米従属策としてみても愚策だ。 (安倍から菅への交代の意味

2013年の米連銀の前回QE減額時は、日欧中銀の肩代わりによる協力もあり、QEを減らしても株価の上昇を自走的に維持できた。今回、日欧中銀が肩代わりしないとして、他の何らかの代替策で株価のバブルが維持されることはないのか。私には、その可能性も低いと思える。米国の今の株価は2013年の2-3倍の高さになっており、コロナによる実体経済の悪化と合わせ、膨張したバブルの量がこの8年で何倍にもなっている。この巨大なバブルをQE以外の方法で維持できるとは思えない。この間のQEの資金が金融システム内のいろんな場所に隠匿されているはずで、それを出していくことで、QEを減らしても数か月から1年ぐらいバブルを延命できるかもしれないが、それ以上は無理だろう。 (The Contrarian Trade Of The Decade: The Dollar Refuses To Die

米左翼+中露+WEFなどの多極化勢力は、QEをやめさせて米覇権を潰そうとしている。彼らは、連銀や金融界がQE以外の方法でバブルを維持しようとすることをも阻止する。QEをやめてドルが潰れていくと、金地金や仮想通貨など他の備蓄方法に資金が行く。QEの資金を使った金地金の価格抑止も剥がれ、米連銀がQE縮小を発表した後、金相場が上昇している(以前の下落分の一部を戻しただけだが)。年内はまだロンドンで信用取引を使って金相場を抑止する「穴」が残されているが、来年初にはそれもふさがれることになっている。来年は、ドル崩壊の年になるかもしれない。 (金融の大リセット、バーゼル3) (Fed Issues Market Red Alert: Warns Stocks Vulnerable To "Significant Declines"



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