米連銀QE縮小で増すリスク2013年12月24日 田中 宇12月18日、米国の中央銀行にあたる連邦準備制度(連銀)が理事会(FOMC)を開き、連銀が12年9月から毎月850億ドルを増刷して米国債やジャンク債などの債券を買い支えてきた量的緩和策(QE3)の規模を100億ドル減らし、月額750億ドルずつにすることを決めた。11月から雇用や消費など米国の経済指標が改善しているため、QEを縮小しても悪影響が少ないと判断した。連銀の判断に対し、市場では「米国の景気が回復していることが示された」として株などが買われ、米国のダウ平均が史上最高値を更新し、日本などの株価も上昇した。 (Fed taper begins - what happens next?) (Congress and Fed look set to narrow gulf) QEは、08年のリーマンショック後、崩壊したままの債券市場をテコ入れし、高値の債券を大量に持っている米国の金融界を延命させるための策だ。連銀がQEで市場に放出した大量のゼロ金利資金で、金融界が株式を買って株高が演出されている。同時に、米当局が失業中の求職者に求職活動をあきらめるよううながして失業率を低く見せる努力を続けることなどで、経済指標が改善しているかたちを作り、景気回復を演出している。こうした粉飾を差し引いた実体経済の実態は、米国も日本も悪化傾向だ。連銀がQEを縮小すると、債券市場が再び不安定になり、金融危機再発の可能性が高まる。金融危機が再発すると粉飾がはげ、景気が悪化していることも露呈してしまう。 (More Misleading Official Employment Statistics) (金融相場と実体経済の乖離) 私が以前から書いてきたこの説にしたがうなら、QEの縮小は、債券と株の大幅下落と金融危機再発、実体経済悪化の露呈、ドルに対する国際信用の失墜(ドル安)、その反動としての金相場の上昇などにつながるはずだ。QEによるドルの過剰発行で、連銀の会計勘定(バランスシート)が肥大化して資本比率が減って危険な状態なので、本来ならQEを早く縮小せねばならないが、QEを減額すると金融危機を誘発するので、連銀はQEを縮小するすると言いつつやらないのでないかとの見方も、以前の記事で書いた。 (米連銀はQEをやめる、やめない、やめる、やめない) (金融大崩壊がおきる) しかし今回、連銀はQEの縮小を決めた。そのうえ株価は下がるどころか急騰してダウが最高値を更新した。半面、ドルが危機になるほど上昇するはずの金相場は急落した。これはどういうことなのか。 (So far so good for the Fed) 短期と長期の状況を分けて考える必要がある。短期的な状況は人為的に作り出せるが、長期的な状況は人為性が低い。短期的には、連銀と連動して金融界が株式市場に流入する資金を増やして株高を演出し、先物を使って金相場を下落したままにしておける。しかし長期的に見ると、連銀の資産状態の悪化など、QEが残した負の遺産がこれから出てくる。 (通貨戦争としての金の暴落) (米金融バブル再膨張のゆくえ) これまで「QEの資金が株式市場に流入して株高になっている」とされ、連銀がQEの継続を決めそうだと株高、QEの縮小を決めそうだと株安になってきた。しかし今回、株高の理由は「連銀のQE縮小で、米景気の回復傾向が裏付けられたので株高」にすり替わっている。従来どおり「QEの縮小は株安」のままだと、連銀のQE縮小の決定を受け、株が急落しなければならない。金融界(とその傘下の金融マスコミ)と米当局のいずれにとっても、株安は好ましくない。だから、表向きの理由をすり替えて、株高が維持されている。 (US stocks set record as Fed steps back) 株は上がるのに、明確な買い手が不在のままだ。一般の投資家でなく、金融界が買っているので、買い手の姿が見えない。金融マスコミも、大きな見出しから離れたブログでは、買い手がいないのに株が上がっていることを認めている。 (A bull market without buyers) 米国債の指標となる10年ものの利回りは、連銀がQE縮小を決める前、2・6%台まで下がっていたが、縮小決定後、2・9%超まで急上昇している。利回り上昇は、国債に対する信用が落ちたことを示している。QE縮小は、米国債の最大の買い手である連銀が国債購入を減らすことになり、国債の買い手がいなくなって売れ残るとの懸念から、利回りが上がっている。前回、10年もの米国債が、危険水域とされる3%に達したのは、連銀内部でQEをやめるべきだという議論が高まった今年8-9月のことだ。10年もの米国債の利回りは、連銀が9月の理事会でQEの継続を決めた後、低下したが、今回のQE縮小の決定を機に、再び3%に急接近している。 (米国債利回10年) (迷走する米連銀) 連銀のグリーンスパン前議長は2010年、10年もの米国債の利回りを「金融危機のきざしを示す炭坑のカナリア」と呼んだ。米国債の利回りは、すべての債券の価値の原点だ。株価は、大口の機関投資家が談合して比較的簡単に上げ下げできるが、債券相場の粉飾には、連銀が続けてきたQEのような大がかりな仕掛けが必要であり、簡単でない。連銀がQEを縮小せざるを得なくなり、再び危機を知らせる炭坑のカナリアが鳴き出している。 (Greenspan Calls Treasury Yields 'Canary in the Mine') (危うくなる米国債) 債券市場では今夏以降、連銀がQEを縮小して債券相場が下落するとの懸念が広がって債券投資信託からの資金流出がひどくなり、連銀理事会直前の12月第1週には、過去最大の707億ドルが流出している。個人投資家の中には、まだ株高に踊らされ、経済紙の報道を真に受けて、米国や日本の景気が本当に回復していると思っている軽信者が多いかもしれないが、プロの人々の耳には、すでにカナリアの金切り声がうるさく聞こえているのだろう。 (Bond Outflows Surpass All-Time Record, TrimTabs Says) 連銀の会計勘定の規模は、連銀議長がグリースパンからバーナンキに交代した06年の末に8730億ドルだったが、リーマンショック後の金融救済によって肥大化し、12年には3兆ドルに達し、今月にはついに4兆ドルになった。この7年間で、資産に対する資本の割合は3・5%から1・4%に低下した。資本が少ないと、危機になった際の建て直しができなくなる。米議会は最近、連銀の勘定の肥大化を問題にしたが、もはや遅すぎる。議会で改善できる問題でない。連銀は、金融界を救済するため、米国で膨張したバブルをどんどん吸い込んで肥大化している。 (Fed's $4 Trillion in Assets Draw Lawmakers' Scrutiny) (連銀という名のバブル) 連銀は公的機関だから危機になっても米政府が支えてくれると言う人がいるが、連銀の危機とはドルの信用失墜であり、それは同時に米政府の資金力の源泉である米国債の信用失墜になるので、連銀の危機は米国自身の危機で、建て直せない。危機が再発したらおわりなのだが、QEを続けて連銀の勘定の肥大化を看過することの危険も増している。 (Can Yellen's Fed sidestep lurking monsters?) 連銀は来年2月、議長がバーナンキからイエレンに交代する。連銀が今のタイミングでQEの縮小を決めたのは、議長が交代して連銀の体制が不安定な時期に入る前に、むずかしいQE縮小の局面を定着させておく必要があったからだろう。QEはバーナンキがやった政策であり、次期のイエレン体制に全面継承させず、バーナンキが縮小への足がかりを作るべきだという意見が連銀内にあったのかもしれない。QEは縮小過程に入ったが、債券買い支えの規模をこの先もどんどん減らすとは限らない。大事なのは、世の中に「QEは縮小過程にある」「連銀の資産はこれ以上悪化しない」と思わせることだ。連銀や金融界が「米経済が回復基調にある」というイメージをうまく粉飾的に維持すれば、時間をかけてQEを縮小していくことができるかもしれない。 (The Fed will not take away the punchbowl of easy money soon) しかしその一方で、米経済の回復が粉飾されたイメージでしかないことを指摘する声が、あちこちから出ている。私が経済指標の粉飾の傾向を最初に指摘したのは今年3月の記事で、当時はまだ金融に詳しい米国のブロガーなどが指摘していただけだった。私はブロガーらの指摘を読んでその通りだと思い、自分の記事にした。 (揺らぐ経済指標の信頼性) (米雇用統計の粉飾) それから9カ月がすぎた今、経済指標の粉飾は、プロの人々の多くが認めざるを得ないところまで来ており、最大手のFT紙が「連銀は、恣意的に現実と異なる世界像を作りすぎたので、それをやめるためにQEを縮小することにした」という趣旨の記事を出すに至っている。 (Reality dawns for artificial world created by Fed activism) 米マスコミの中でもブルームバーグ通信は、連銀に対する情報公開請求を裁判所に認めさせ、バーナンキが金融救済の規模を過小に発表していたことを連銀に暴露させている。当局による情報の粉飾は、最終的に、当局の信用と権威を失墜させる。粉飾がひどくなり、長期化するほど、粉飾を問題視する人が増え、粉飾の継続が難しくなる。情報の歪曲によって資産の価値をつり上げたままにしておく「プロパガンダ本位制」は永続化できない。 (Bernanke's Obfuscation Continues: The Fed's $29 Trillion Bail-Out Of Wall Street) (延命するほど膨張するバブル) 英国の中央銀行は以前、米国の覇権戦略を牛耳る策の一環として、米連銀との政策連動を重視していた。だがリーマン危機後、米連銀が、連銀自身や金融システムの安定を犠牲にして、金融界を救済するQEを拡大したのに対し、英中銀はそうした自滅策をいやがり、QE拡大に乗らなかった。英中銀は今回、連銀のQE縮小を「非常に大きなリスクを持っている」と評しつつ、傍観している。 (Mark Carney warns of `great risk' to unwinding of crisis measures) 米国の実体経済は悪化の傾向だ。職がないので中産階級が貧困層に転落し、貧富の格差が急速に拡大している。現金がなくて窮した人々が、クレジットカードのローンで目先の食糧品を買う傾向が広がり、米国の家計全体の借金が、リーマンショック以来初めて増加に転じた。現金がない人は食糧品のローンを払えず、カード破産が増えるだろう。米国の今年のクリスマス商戦は、商店街への人出が昨年より増加したが、商店の売上高は減った。こんなことは史上初めてだ。金がない人々は休日に行楽地に行けず、代わりに近所のモールに繰り出すが、使える金を持っていない。 (Americans Are Re-leveraging, To Pay For Food, Education, Medical Bills, And Taxes While Home Sales Tumble, Jobless Claims At Near Nine-month High, Interest Rates Skyrocket) (Record crowds over weekend, but spending declined) 連銀は、失業減や住宅販売好調などの指標を背景にQE縮小を決めたが、連銀がQE縮小を決めた翌日、初めて失業保険金を申請した人の数が2週間で8万人も増えたことを示す統計と、中古住宅の売れ行きが前年同月比4・3%減ったことを示す統計が発表された。これらの悪い指標はあまり問題にされていない。 (First-time jobless claims climb by 10,000 in week) (Housing, jobs data weaken, but overall economic picture still upbeat) 米連銀がQE縮小を決めたので、同じく過激な量的緩和策を進めてきた日銀がどうするか注目されている。日銀は理事会で、インフレ率が2%になるまで(つまり、この先もずっと)QEを続けることを決めたが、黒田総裁は、QEをやめていく準備を進めていると述べている。日銀のQEは、安倍政権が日銀総裁の首を無理矢理すげ替えて始めたもので、対米従属策の一環だ。米国がQEをやめるなら、日銀が無理をしてQEを続けている必要はない。 (Forget the Fed, prepare for Tokyo `taper') (Haruhiko Kuroda, head of the BoJ, says he has a plan to finally end the battle with deflation) 連銀が米国債の最大の買い手であるのと同様、日銀は日本国債の最大の買い手だ。日本国債は、米国債に比べて外国人の買い手が少ない。日本国債の買い手は事実上、日銀だけだ。日銀は12年からの2年間で日本国債の保有高を倍増させ、連銀同様、会計勘定(バランスシート)の悪化がひどくなっている。連銀がQEをやめるなら、日銀もさっさとQEをやめたいはずだが、その際、日本国債に買い手がつかなくなって利回りが高騰する日本国債の崩壊が起きかねない。 (Quantitative and Qualitative Monetary Easing Effects and Associated Risks; JCER Financial Research Report) 安倍政権は、安保外交面で、日米軍事同盟を維持するために中国敵視策を強化し、その挙げ句に防空識別圏問題などで、中国への腰が定まらない米国にはしごを外されて窮している。同様に経済面で、安倍政権は日銀に対米従属策としてのQEの急拡大を強要し、連銀が破綻の可能性を強め始めた今、日銀も破綻しそうな事態を生んでいる。日本は来年、安倍政権の景気テコ入れ策の効果がはげ落ちて経済が悪化しそうだと予測されている。 (Japan Inc signals caution) 【続く】
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