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危うくなる米国債

2010年3月27日   田中 宇

 最近、米国債の売れ行きが落ちた結果、米国の著名な投資家であるウォーレン・バフェットが経営する大手機関投資家バークシャー・ハサウェイが今年2月に発行した2年ものの社債が、2年ものの米国債よりも高い価値(低い利回り)を持つようになっている。同様に、プロクター&ギャンブル(P&G)やジョンソン&ジョンソン、カナダ・ロイヤル銀行といった大手企業の社債も、同条件の米国債より高い価値を持ち始めている。これは市場が、米国債は優良企業社債よりリスクが大きいと考え始めたことを示している。 (Obama Pays More Than Buffett as U.S. Risks AAA Rating

 S&Pなど信用格付け機関がつける格付けは、米国債が最高位のトリプルAである一方、バークシャー債券はダブルAプラス、P&GがダブルAマイナスで、いずれも米国債よりリスクが高いという評定だ。だがこれは、市場の評定と食い違っている。米政府は今年、史上最多の1・4兆ドルの財政赤字を予定している。市場は、米政府が景気対策と税収減の狭間で、国債発行増を止められなくなっていることを懸念している。最近米議会で可決された健康保険制度(オバマケア)も、長期的には大幅な財政赤字増になる。 (Gross Says Health-Care Reform to Raise Liabilities

 連銀は、景気が回復してきたとして、金融機関から不動産担保債券を買い取る金融救済策を3月末でやめるが、これによって米債券市場に流入する資金が減ると予測され、先行的な米国債の売れ行き減につながっている。米国債は、財政赤字が少ないドイツ国債に比べても、価値が低くなった。ドイツ国債は、1年前には米国債より0・6%ポイント価値が低かったが、今では米国債より0・5%ポイント高くなっている。

「これは、まもなく雪崩が起きる兆候だ」と金融関係者は言っている。雪崩とは、歯止めの利かない長期金利の高騰のことだ。中央銀行は、短期金利なら政策的に動かせるが、長期金利は債券の需給関係で決まるので動かす力がない。金利高騰は、住宅ローンや企業の資金調達の金利に反映し、景気をますます悪くする。すでに高水準にある住宅ローン破綻に拍車がかかり、金融機関の経営難をひどくする。

 米連銀は、裏で大手金融機関に資金調達させて米国債を買わせ続け、長期金利の高騰を防ぐかもしれない。だが、そうした裏技はすでに行われた上での米国債の売れ行き悪化が起きている観もある。米国債は今週、売れ行きが悪くなって下落(金利上昇)したが、これは主に外国投資家が買わなくなった結果だった。連銀の息がかかった米国内の金融機関が買い支えても、それ以上に外国人が買わなくなっているのではないか。昨年末以来、投資家はユーロ危機に注目し、資金逃避先として米国債を買っていたが、今やユーロ危機より米財政危機の方に注目が戻っていると指摘されている。 (Debt Fears Send Rates Up

 市場では「米国債のトリプルA格はいつまで持つのか」という懸念が広がっている。ガイトナー米財務長官はテレビに出て「米国債がトリプルAを失うことなどあり得ない」と力説したが、自信のない青二才に見える彼が力説するほど、信憑性が薄くなる仕掛けになっている。 (Bond Market Verdict: Treasuries Riskier Than Toilet Paper!

▼米英金融覇権の行き詰まり

 連銀(FRB)のグリーンスパン前議長は、以前から「米国債の金利高騰が心配だ」と言っていたが、彼は先週再び「最近の米国債金利の上昇は、今後さらに金利が高騰していく可能性を示す『炭坑のカナリア』だ」と述べた。米政府はすでに借金できる上限近くまで借りてしまっていると、彼は指摘した。 (Greenspan Calls Treasury Yields `Canary in the Mine'

 グリーンスパンは、米国の景気について興味深い指摘をしている。景気の回復は、株価の上昇によって起きていると彼は言う。1年間で70%という米国の株高によって企業は資金調達の余力が増え、連動して社債(ジャンク債)の発行も増えて、金あまりが経済成長を喚起し、株式市場にも資金が流入する循環になっている。企業の本来業務が拡大しているわけではないので、失業が減らないまま、景気が回復しているように見える状況になっている。

 これは、08年のリーマンショックで死んだはずの構図だ。この構図は1985年の金融自由化で作られ、市場原理の中で約20年間の連続的な成長を米経済にもたらした。しかし、リーマンショックでいったん壊れた後に再生された構図は、米当局と大手金融界による応急処置の結果であり、金融界はボーナスが巨額に戻ったが、お金が一般国民の方に流れず、いびつな状況になっている。勘の鋭い投資家は、現状のいびつさを知っており、先行きに悲観的だが、マスコミや金融関係者は、株価上昇を持続するため、大衆(個人投資家)向けに「景気が回復している」というプロパガンダを流している。

 とはいえ世論調査によると、すでに米国民の8割は「米経済は崩壊するかもしれない。米政府は崩壊を回避する策を持っていない」と感じている。だましの構図は、この先あまり長く続かないだろう。 (Fox News Poll: 79% Say U.S. Economy Could Collapse

 米国債が売れなくなって格下げされたら、何が起きるのか。日中など経常黒字が多い国々や、各国の大手金融機関は、米国債を大量に持っている。米国債が格下げされると、世界各国の政府や金融機関の資産の価値も下落し、各国政府や金融機関の格付けも下がる。全世界が格下げされるので、相対的に米国債の格付けは下がらず、トリプルAが保持されるという説がある。ガイトナーが正しいというわけだ。 (What explains a Moody's change?

 この説の主張者は「格付け機関は、銀行から金をもらって格付けしている。米国債を格下げするかもしれないと言うムーディーズは、米国債の格下げで儲けたい金融機関から金をもらったのではないか」という見方を示している。現実には、冒頭に書いたように、米国債より優良社債の方が価値が高くなっているのだから、米国債格下げの方向性は謀略でない。

 この手の説は、私から見ると、詐欺団の内部の仲間割れである。ムーディーズなど大手の格付け機関各社は、すべて英米企業である。80年代の金融自由化によって、英米主導で債券発行や株式上場による資金調達の体制が作られ、この資金力が冷戦後の「米英金融覇権」の源泉となった(だから冷戦体制は不要になり、終わらせた)。その際に重要だったのは、政府や企業の債券の価値(リスク)を評価する格付けの権限を米英が握り、米英国債がすべての債券の頂点に立つ体制を作ることだった。

(この分析を拡大すると、企業経営者は英米中心主義に立たねばならない、ということにもなる。日本のホリエモンのように、権力に反逆しようとする経営者は潰される。経営者は、中国で大儲けしても、中国を評価する発言をしてはならない。さもないと、株式上場できず、債券格付けも低くなる)

 米英の金融覇権が壊れつつある今、格付け機関は、市場の現実に合わせて米英国債を格下げし、自社の格付けに対する信頼性を保持するか、それとも米英覇権体制の一部であるという政治機能を貫いて米英国債の格下げをせず、その結果、格付け自体への信頼性を失墜するかという二者択一を迫られている。国債格下げによって米英の金融覇権が崩壊すれば、おそらく世界の債券市場全体が収縮し、格付けという機能自体が重視されなくなるだろうから、二者択一のどちらを選んでも結果は大して変わらない。(すでに英国銀行協会の会長は2年前に、債券金融の時代は終わったと宣言した) (米英金融革命の終わり

▼世界経済のシステム的な崩壊に?

 米英金融覇権が崩壊感を強めるとともに、債券格付け以外にも、覇権体制を維持するために必要だったさまざまな経済指標が信頼性を喪失している。たとえば、米国の株価の将来的な変動性(ボラティリティ)を予兆する数字として知られていたVIXは、実体経済がどう見ても不況なのに、景気がよいときにしか出ない水準(17前後)を推移している(数値が高いほど、今後の株価が下落しそうなことを示す)。すでに書いたように、米国の株価が実体経済の状況を反映していないので、VIXも予測指数として使えなくなり「明日の状況すら示していない」と酷評されている。 (Analysts scramble to decipher calmer Vix) (VIX Doesn't Work as Signal for Stocks, Birinyi Says

 失業率、インフレ率、原油相場なども、統計のとり方を変えたり、在庫量の誤差を意図的に多くすることで、歪曲された数字になっていると指摘されている。 (WTI is losing its glitter) (Economy Kept On Life Support While Global Governance Is Organized

 経済の緊急事態の時に政府が統計数字をごまかすのは、どこの国でも行われてきたが、それが恒常化すると、政府の統計数字そのものに対する信頼失墜となる。米英の金融覇権体制は、1971年にドルが金との交換性を失った後の危機的状態を逆手にとって、米国の覇権が続く限りドルへの信頼が失われないことを利用して、ドルが危なくなったら先進諸国全体で助けるというG7の体制を85年に作った上で開始されている。

 ドルは米国の信頼性(覇権)に依存し、米国の覇権はドル(の無限発行による価値の無限創出)に依存するという、ねずみ講的な体制に立脚している。経済指標や債券格付けに対する信頼性が喪失し、米国に対する信頼性が失われると、覇権は歯止めなく崩壊していく悪循環に陥る。

 今の世界は、あらゆるところに米英が作った金融システムが浸透し、新興市場諸国の人々にも大きな恩恵を与えている(だから中国はドルペッグすらやめたくない)。米英金融覇権の崩壊は、世界経済のシステム的な崩壊になる。しかも、ギリシャの財政危機を悪化させ、ユーロを潰そうとしているのが米英金融界の投機資金であることからもわかるように、米英は自分らの覇権崩壊の際に、世界経済をシステムごと道連れにして壊そうとしている。世界経済の無理心中である。これは、大変なことになる。

 今後の2−3年、世界経済の崩壊感が強まり続けるだろう。日本の財政赤字は巨額だが国内で消化されているといって安心はできず、今以上のひどい財政破綻があり得る。中国もどうなるかわからない。バブルは沿岸都市だけだというのが定説だが、断末魔の米英勢力(投機筋)に経済を壊される懸念があるからこそ、中国政府はドルペッグに固執し、人民元の自由化を拒んでいる。多民族で地域多様性の高い中国は、経済が少し混乱するだけで政治社会の混乱が激増しうる。全体的に、世界がすんなり多極化していくとは考えにくい状況が生まれている。金融財政を使った覇権をめぐる世界規模の戦い(暗闘)が激化し「金融世界大戦」と呼ぶべき状況になりつつある。



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