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連銀という名のバブル

2009年5月19日   田中 宇

 米国の中西部、ロッキー山脈地帯にあるモンタナ州議会では最近、連銀(FRB)が発行する紙幣を唯一の通貨とせず、金や銀の地金、もしくは地金に裏打ちされた通貨を、州政府や民間ビジネスのお金のやり取りの中で使えるようにする法案が提出された。連銀がドル紙幣を刷りすぎているため、いずれドルの価値が下落してインフレがひどくなるとの予測に基づき、その被害を緩和する目的で、この法案は、ドル減価の影響を受けにくい金銀を通貨の一部として導入することを提案している。同様の法案は、今年に入って、インディアナ、コロラド、ミズーリ、ジョージア、メリーランドなどの州議会でも提起されている。 (State considers return to gold, silver dollars

 米国では「連邦政府は米国民を代表するふりをして、実はニューヨークの資本家ら一部の勢力に乗っ取られている」と連邦に不信感を抱く分権主義の考え方が以前から強く、彼らは連邦の通貨発行部門である連銀をも敵視してきた。連銀ドルの代わりに金貨を使おうという提案も、以前からあった。今、金融危機対策として連銀が年率17%増という膨大なドル増刷を続け、急増する連邦政府の米国債(財政赤字)の売れ残りを連銀が買い支える危険な事態の中で、モンタナなどの州議会の金貨導入法案は、せめてもの危機回避策として、改めて提案されている。 (Beyond the dollar

 連銀では最近「今のひどい不況には強力な金利政策が必要であり、望ましい金利はマイナス5%だ」とする論文を内部的に流した。金利を今の0%台より下げてマイナスにするのは難しいので、代わりに連銀はドルの大増刷という量的緩和をするしかないと過剰発行を正当化し、今後も増刷を拡大する方向だ。 (Fed study puts ideal US interest rate at -5%

 ドルや米国債の危険事態は、中国当局がたびたび警告を発していることからも感じられる。巨額のドル建て債権を抱える中国政府は、ドルの不安定に拍車をかけかねない「ドルは危険だ」という警告など、できれば発したくないはずだ。中国は米国と良好な関係を続け、対米輸出で儲け続けたいと思う傾向がロシアやイランより強い。そんな中国が警告を発するということは、かなり危険な事態が見えているからだろう。(日本は見ないふりの対米従属に徹するあまり、ドルの危機が本当に見えなくなっている)

 連銀とドルは自己破綻に向かっているが、米国の各州が金貨を導入しても、来るべきドル破綻の悪影響から逃れることは困難だ。実際には、全米で一体化している経済の中で、一つの州だけが独自の通貨システムを採ることは不可能に近く、金貨提案はほとんど掛け声だけである。

 分権主義者の戦略の中でもっと強力なのは、別の通貨システムを作ろうとする金貨提案ではなく、むしろこの際に連銀のシステムを壊してしまおうとするものだ。前回の記事にも書いたが、米連邦議会では分権主義者(リバタリアン)の共和党下院議員であるロン・ポールが「ドルを刷りすぎて米国を危険にさらしている連銀には、議会による詳細な監査が必要だ」と主張し、一定の賛同を受けている。彼は「連銀のシステム全体が消滅した方が良いと思っている」と書いている。査察強化で連銀の不良債権の巨額さを暴露し、連銀を信用崩壊させる策略だろう。 (Fed Up - Ron Paul

▼連銀を査察強化して潰す

 連銀の権限として最も重要なものは、ドルを刷って(もしくは口座に金額を記入して)民間銀行が持つ米国債や社債を買うことで市場にドルを流す(もしくは逆に民間銀行に米国債を売って市場からドルを吸い上げる)という公開市場操作である。通常、この機能は、市場にドルがありすぎるとインフレや不動産などのバブル化をもたらすのでそれを防ぐ(もしくは逆に、市場に資金が足りないと経済活動を抑制するのでドルを流し込む)のが目的だ。連銀は、通貨の均衡状態を維持するために市場操作する。

 しかし近年の連銀は、07年夏以来の不動産担保債券のバブル崩壊の進行を先延ばしするためと、刷りすぎの米国債の相場を維持するために、インフレ懸念やバブル延命がいずれ崩壊につながることを無視して、ドル増刷を続けている(米国債相場が下落して国債金利が上がると、連動して住宅ローン金利も上がり、不動産市況をいっそう悪化させる)。連銀は銀行救済のため、銀行の不良債権を買って(もしくは担保にして)ドルを渡すことも拡大している。

 連銀は、民間銀行から受け取った債権を自分の帳簿上ではなく、簿外のペーパーカンパニーの勘定に入れており、従来の議会監査だけでは、連銀が銀行からどんな債権を受け取ったかわからない。金融危機の前、米大手銀行は自行の簿外に投資ビークル(SIV)と呼ばれるぺーパーカンパニーを作り、そこで見えないように高リスクの債権を運用し、金融危機の発生とともにSIVは大損したが、連銀は「スーパーSIV」をいくつも持っている。 (Why Obama's new Tarp will fail to rescue the banks

 連銀の機能は、国家の信用力を背景に、紙切れのドルを価値あるものとして流通させる「価値創造」である。悪影響が大きい銀行倒産を防ぐには、ときに連銀が不良債権と引き替えにドルを渡すことも必要だ。だが、資産の中に不良債権が多いとわかると連銀の信用が落ちるので、連銀の価値創造行為の内幕は秘匿されておく必要がある。ロン・ポールらが提案している連銀に対する米議会による査察強化が実施されると、連銀が巨額の不良債権を抱えていることが暴露され、特に海外の投資家がドルに対する懸念を強め、連銀とドルの崩壊につながりうる。

 議会が連銀査察を強化する話は、ロン・ポールのような少数派だけが言っていることではない。4月下旬には、連銀の元議長でオバマの経済再建策の顧問団長であるポール・ボルカーが「連銀は危機対策としての資産拡大(ドル増刷)をやりすぎているので、米議会は連銀を査察し、制限をかけるだろう」と話している。 (Volcker Says Fed's Authority Probably to Be Reviewed

▼分権主義者、多極主義者、米英中心主義者

 米国の分権主義者と連銀との戦いは、連銀が1913年に創設された時からのものだ。連銀を設立したのはニューヨークの資本家たちで、彼らは世界経済の中心を英国から米国に移転するため、19世紀後半に拠点をロンドンからニューヨークに移し、移転の仕上げとして、米国の経済を握るための連銀と、外交戦略を握るための外交問題評議会(CFR)などを作った。

 当時、英国は衰退しつつある覇権国で、ドイツなど台頭する他の諸国の成長を抑制しても、自国の覇権を守ろうとしていた。世界経済の成長を重視する国際資本家たちは、往生際の悪い旧帝国の英国を敵視するようになり、拠点をロンドンからニューヨークに移した上で、ドイツやロシアなどに投資して台頭させ、英国を衰退させようとした。

 英国による世界システムは、欧州諸国のみを対象とした均衡戦略(バランス・オブ・パワー。建前は諸国が対等に合議する国際協調体制だが、実質は覇権国である英国が重要事項をとりまとめる仕掛け)で、欧州以外の地域は欧州傘下の植民地もしくは傀儡国だった。だが米国に移転した資本家は、世界経済の成長度を上げるため、均衡戦略体制の範囲を全世界に拡大することを目指し、全世界的な諸民族の独立と国民国家化を奨励した。欧米以外の諸国の台頭をうながした上で、米国がそれらの諸国をとりまとめる新たな覇権体制を目指した。欧米以外の大国との協調体制を作るという意味で、これは私が「多極主義」と呼んでいるものである。

 ロンドンからニューヨークに資本家が引っ越してきた時、すでに米国は建国から約100年の歴史があり、地方分権的な国是を採っていた。ニューヨークの資本家は、金融危機を誘発した上で救済する自作自演策などで米国の主導権を乗っ取った。乗っ取られた側の分権主義勢力からの反撃を避けるため、資本家たちは「中央銀行は、政界からゆがんだ圧力をかけられないよう、政府から自立する必要がある」という決まりを作った。分権主義者からの反発をそらすため、連銀システムは全米各地に散らばる12の連邦準備銀行の合議体制とした。これは形式だけだった。

 ニューヨークの資本家は、分権主義者という先住民を抑えて米国を支配することになったが、その後、2度の大戦を契機に、英国系の勢力が追いかけてきて、米国の世界戦略を英国好みの小均衡(欧米中心体制)の方に引っ張り込もうとした。ここにおいて、米国の中枢では小均衡派(米英中心主義)と大均衡派(多極主義)との暗闘となり、第二次大戦で米英連合が結成されて勝者となり、その後の冷戦誘発でソ連と中国を敵視する体制が作られた時点で、米英中心主義の勝ちとなった。

 だが60年代からは、意図的に金遣いを荒くして米国の財政を破綻させたり、ベトナムで無茶苦茶な戦争をやって国際的な信頼感を損なうといった自滅的なやり方で、米英中心主義を内側から崩壊させようとする拡大均衡派(多極主義)的な動きが始まり、その仕上げとして1971年のニクソン・ショック(金ドル交換停止)でドルは崩壊し、ニクソン訪中で冷戦に風穴が空いた。

 その後は、米英中心主義と多極主義の暗闘の30年となった。欧米日によるG5やG7が作られて協調介入でドルを下支えする(日独にドルを支援させる)とか、米英が同じ債券化の金融システムを導入してニューヨークとロンドンが世界の2大金融センターになる(金融グローバリゼーション)とかいう米英中心主義的な動きがあった。その一方で、冷戦終結や中国の改革開放政策を誘発するという多極主義的な動きも起きた。冷戦終結への動きと米英2大金融センター化は同時に起きており、両派の談合の結果という感じもある。

 この暗闘の30年の締めくくりとなりそうなのが、政治的にはテロ戦争とイラク戦争の失敗による国際政治の多極化であり、経済的には07年夏からの米国発の国際金融危機である。金融危機は、ロシアや発展途上国の経済難という多極化抑止の動きもあるものの、むしろ大きい要素は「ドルと米国債が崩壊しそうなこと」「中国が米国と並ぶ経済大国になっていく米中2極の世界体制(G2)への道筋が見えてきたこと」「英米2大金融センターの体制が破綻したこと」「英国が経済破綻しそうなこと」といった、米英中心体制の崩壊と多極化への方向性の方が強い。

 米国の覇権を崩壊に向かわせているのは「金融のバブル崩壊」だけではなく「軍事のバブル崩壊」「財政のバブル崩壊」もある。軍事のバブル崩壊とは、イラクやアフガンで過剰な戦争をやった挙げ句、泥沼の占領に陥って軍事力・政治力・財政力を浪費することだ。これはベトナム戦争でも同じ構図だった。財政のバブル崩壊は、メディケアなど社会保障関係の浪費や金融救済のやりすぎによって起きている。これも60年代にも「偉大な社会」事業などの財政大盤振る舞いとして存在した。米国が戦後、日本や欧州に気前良く経済支援をしたことも、米国の財政難を早めた。

▼「誰でも連銀」バブルの崩壊

 今回の金融危機に至る過程において、連銀の信用創造機能は、債券化という形で民間に拡大した。連銀が国家の信用力をドルという価値に転換するように、民間企業は自社の信用力を社債という価値に転換できるようになった。債券の価値を決める信用格付け会社や、債券破綻時の保険(CDS)などのシステムが整えられ、信用力のない赤字企業や個人でも、債券化の仕掛けを使えば不動産などの資産を担保に簡単に金を作れる「誰でも連銀」的な事態が生まれ、これが90年代から07年までの米英の経済成長の強力な下支えとなった。

 07年からの金融危機は、この「誰でも連銀」システムの大崩壊である。米国における債券化による信用創造の総額は10・5兆ドルと試算されているが、それがおそらく半分前後まで減価していく過程が今の事態である。「誰でも連銀」バブルの崩壊である(バブルとは、バブルだから崩壊するのではなく、崩壊したらバブルと呼ぶ性質のものだ)。

 しかもすでに見たように連銀は、民間のバブル(高すぎる債権)をドルと交換に積極的に自行(簿外を含む)に取り込み、ドル(つまり米国の信用力)を使って数兆ドルのバブルを吸い込んだ。今や、連銀は世界最大のバブルと化している。

 このまま、いずれ米国の景気や不動産市況が回復し、連銀が民間から吸収した不良債権の価値も上がって優良債権に戻るとすれば、バブルは潜在的な存在だけで終わり、連銀のバブル吸い込み戦略は成功したことになる。80年代のS&L金融危機など従来の金融バブル崩壊は、このやり方で救済できた。しかし、S&L危機の不良債権総額は1600億ドルで、今回の危機の不良債権はその20倍以上である。

 連銀によるドルの大量発行(量的緩和)は、今後米国の経済が底を打って上向いたときに強度のインフレを引き起こしかねない。ドルがインフレになると、中国など海外投資家のドル離れに拍車がかかる。連銀がバブルと化した現状から脱するのは、かなり難しい。 (Harvard's Feldstein Sees U.S. Inflation Danger After 2010



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