金融相場と実体経済の乖離2013年11月12日 田中 宇10月16日に、米政府の財政赤字上限引き上げ問題で、米国債がデフォルトするかもしれない状態に突入する1日前に米議会とオバマ大統領が和解し、米国債とドルの自滅が寸止めで回避されてから3週間たった。この間、米連銀が主導する米国の金融システムは、再びバブルの拡大を加速している。市場が資金過剰でも不必要な資金を連銀が回収できるので心配ないと経済紙が喧伝している。 (No need to worry about too much easy money) 11月6日には、連銀が、債券市場を中心とする金融相場を押し上げる量的緩和策(QE。ドルを大増刷して米国債やジャンク債を買い支える策)を終える条件を厳格化する方向を打ち出した。それまで連銀は「米国の失業率が6・5%まで下がったら、QEの建前上の目的である景気回復が軌道に乗ったとみなし、QEを縮小する」と言っていたが、その失業率の条件を5・5%に引き下げる検討を開始した。米国の失業率が5・5%まで下がる可能性は、6・5%になる可能性よりずっと小さい。連銀は、QEをまだまだ続ける「永続化」の方向性を打ち出した。 (Fed could be about to make a major policy change) 連銀では来年1月に議長がバーナンキから、副議長をしてきたイエレンに交代するが、イエレンがQEを縮小するのかどうかが注目されてきた。今回の連銀がQE永続化の検討開始は、次期議長がイエレンになることが決まった後のタイミングであり、議長が交代する来年以降も連銀がQEを続ける見通しとなった。 (Deutsche Bank: "Yellen May Actually Have To Increase QE" - Here's Why) 米連銀のQEと、日銀など他の諸大国の中央銀行が連銀に追随してやっている金融緩和策は、米国と世界の債券や株式の市場にとって、ほとんど唯一の上昇要因だ。QEが長引くなら株や債券は上がるし、QEが早期終了に向かうなら株や債券は下落する。連銀がQEの永続化を検討し始めたとの報道を受け、米国内外の株や債券はいっせいに上昇した。 (Treasurys gain on dovish Fed views) (米連銀はQEをやめる、やめない、やめる、やめない) この上昇機運に乗るかたちで、翌日の11月7日、米国でツイッターが株式上場し、上場当日の1日で70%も株価が上昇した。12年5月のフェイスブック上場以来の大型上場だ。フェイスブックは上場後、株価の安値が続いて苦戦したので、QE永続化の方向性が打ち出された直後に上場させることで、米金融界はフェイスブックの二の舞を避けようとしたのだろう。 (Fed unveils Plan B for withdrawing QE) 米国と世界の経済状態が悪い限り、連銀はQEを続ける。QEが続くと、株や債券が上がる。株価は、景気が良くなるほど上がり、経済状態が悪いと下がるのが「万有引力の法則」に匹敵する定理だが、今の株式市場は「引力」が全く逆の方向に働き、景気が悪い状態が続くほど(QEが続くので)株価が上がる。 (US growth rate unlikely to speed taper) 黒こそ白、戦争こそ平和だと言いくるめられているのだが、ほとんどの人は気づかず騙されたままだ。先月の記事で指摘した「金融プロパガンダ本位制」のシステムが拡大している。 (延命するほど膨張するバブル) 米国が金本位制を離脱してから40年間の長期金利の平均は6・1%だ。しかし08年のリーマン危機以来、金利は実質的にゼロもしくはマイナスだ。QEの「永続化」は、この先もずっとゼロ金利を続けることを意味する。 (The Fed's "Charm Offensive" is Creating a New Stock Bubble) 金利をゼロにして市場に過剰に資金を供給し、金融相場の上昇をあおると、投資家が儲かって消費が増え、実体経済が改善され景気が回復するはず、というのが連銀のバーナンキの理論だ。だが実際には、投資家が儲かっても貧富格差が拡大するばかりで、一般市民は消費を増やすどころか収入減と失業増で、飢餓が拡大している。前回の記事に書いたとおりだ。 (飢餓が広がる米国) ゼロ金利を永続することは、金融バブルの拡大を永続することを意味する。だが、バブルの拡大を永続することはできない。どこかで金融崩壊が起きる。米債券市場では、連銀のQE以外の資金が減り、QEだけが債券相場を支える大黒柱になっている。これまで債券を買っていた銀行界は、BISなどの金融規制の強化を受け、債務を増やして債券投資を維持するのが難しくなり、資金を引き上げる傾向にある。 (When Bonds Don't Trade) 金融当局だけが債券の買い手である状態は、米国だけでない。日本でも、日本国債市場は日銀がほとんど唯一の買い手である。すばらしいアベノミクスの「成果」が見事にあらわれている。みずほ証券の債券担当者が「日本国債市場は日銀しか相場の動かし手がおらず、死んだ状態だ」と通信社に語ったという。日銀しかいない日本国債市場が死んでいるのなら、連銀しかない米国債市場も死んでいるし、米国債を頂点とする世界のすべての債券市場が死んでいる。債券は株より優位にある(債券を発行した資金で株が買われる)ので、世界の金融市場は、株も債券もぜんぶ死んでいることになる。死んでいるのに史上最高値を更新している。 (Asia: 3 Warning Signs Of A Potential Bloodbath Ahead) 正確には、金融市場は植物人間の状態で、連銀のQEや日銀の緩和策という生命維持装置によって、表向き(マスコミ上)だけ生きている。植物人間のくせに、ツイッター万歳などと叫びつつ、大はしゃぎで踊っている。とはいえ、生命維持装置の原動力は無限でない。 連銀の会計勘定(バランスシート)はリーマン危機の時に2兆ドルだったが、QEで買った債券が急増し、今では倍の4兆ドルにふくらんでいる。連銀が債券を売却すると、債券相場が崩壊し、リーマン危機を越える世界金融危機を引き起こす。だから売ることができない。昔は、金融危機の時に連銀だけが買い手となって債券市場を支え、連銀の勘定がふくらんでも、その後の局面で再び民間の投資家が債券市場に戻ってきて相場が上がり、数年かけて高値になったところで連銀が静かに売り抜けて儲けを出していた。しかし今回は、リーマン危機から5年がすぎても、買い手は連銀だけだ。連銀は、手持ちの米国債を満期まであと平均7年間、売らない方針を打ち出した。QEをあと7年続けることになる。7年後、売れる状況になっているとは限らない。まさにQEの永続だが、永続できるバブルはない。7年経つ前に崩壊するのでないか。 (MSN Money's Jubak: Fed Has 'No End Game' for Unwinding its Balance Sheet) 次にバブルが崩壊したら、それは連銀とドル、米国債、世界の金融市場の大きな崩壊になる。リーマン危機を越える大恐慌になるだろう。それを回避するには、できるだけ長くQEのバブルを維持するしかない。しかしすでに、世界の機敏な金融関係者のしだいに多くが、連銀とドルと米国債の出口のないバブル拡大を認識している。いずれ中国などBRICSは、従来のドル建て決済に代わる、自国の諸通貨による決済機能を本格的に利用し、ドルと米国債から離れていき、それがドルのバブル崩壊につながりかねない。 (A new world order and China's key role) (しだいに多極化する世界) こうした崩壊を防ぐため、ドルを守りたい米金融界は、中国など新興市場のバブル崩壊を先制的に誘発し、米国より先に新興諸国の金融市場を壊すことで、米国市場とドルを延命させようとするかもしれない。以前に起きたユーロ危機は、米英の投機筋が南欧諸国の国債市場を先物を使って崩壊させたことから起きており、ドルの延命策だったと考えられる(その後ユーロ圏は静かに蘇生している)。新興市場も米国に劣らずQEの恩恵を受けている。米国より新興市場の方が、バブル崩壊に対して脆弱でもある。次の崩壊が米国から起きるとは限らない。
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