米連銀はQEをやめる、やめない、やめる、やめない2013年9月19日 田中 宇貧富格差が急増している米国では、金持ち層が事実上の完全雇用を謳歌しているのに対し、貧困層の失業率は全体平均の2倍以上の21%の失業率となっている。米政府の統計をまとめたAP通信によると、年収15万ドル(1500万円)以上の金持ち層は失業率が3・2%で完全雇用状態である半面、年収2万ドル(200万円)以下の層の失業率は21%で、1930年代の大恐慌時代と同じ失業率水準だ。 (Recovery: Widest Gap in Employment Rates Between Rich, Poor in a Decade) カリフォルニア大学の学者の調査によると、米国民全体の総収入は、この3年間で6%増えた。しかし、その増加分の95%は、最も裕福な1%の人々の所得になっている。貧しい方から90%の人々の所得は、逆に3年間で2%減っている。 (US Income Inequality Soars to Highest Levels on Record) オバマ大統領もテレビ出演の際、この調査を正しいと認め、貧富格差は深刻な問題であると表明した。5年前にリーマンショック以降、経済成長の中心は、米政府や連銀が金融界を救済・延命させるために採っている財政支出や金融緩和策によるもので、金融業に関連している人が多い金持ち層は、所得増の傾向が大きく雇用も守られている半面、金融以外の実体経済に関与する傾向が強い中産階級は、雇用が厳しくなり、所得が減っている。 (Obama admits 95% of income gains gone to top 1%) 貧富格差が急速に拡大する米国では、中産階級が貧困層に転落し続けており、この2極分化は今後さらに拡大しそうだ。米国では、生活保護に相当する食糧配給券(フードスタンプ)の受給者が1カ月間に5万人の急増で、総受給者が史上最多を更新し続けて5千万人弱になっている。受給者の8割は、貧困水準以下の生活をしている。 (Almost 50 million Americans now on food stamps as nation plunges into widespread poverty) オバマ政権は、雇用数を多く見せる粉飾の目的で、企業がフルタイム従業員を解雇してパートタイムを雇いたくなる税制を採っている。中産階級の多くは、月収が低いパートタイムの仕事しか探せず、所得が減って貧困層に転落し、生活保護に依存せざるを得なくなっている。 (◆米雇用統計の粉飾) リーマン危機後、米政府が財政赤字を増やして「景気対策」と称する金融救済をやる局面はすでに過ぎ、財政赤字(米国債)は潜在的に信用を失い、もうあまり発行できなくなった。米国債を増発すると米国債の売れ行きが落ち、金利が上がってしまう。代わりにこの2年ほど、景気対策の名目で金融界を救済する大黒柱は、連銀がドルを大量発行して米国債や社債を買い支える量的緩和策(QE)になっている。 (Risk of new crisis drives Fed doubts over taper) QEで連銀が米国債を買い入れることで、米国債を増発しても金利が上がりにくくなった。QEが名目とする景気対策の目標の中心は「雇用改善」なので、米政府は雇用が改善していることを示さねばならず、それでフルタイムをパートに置き換えたり、失業の定義を微妙に変えたりして、雇用が改善しているように統計を粉飾してきた。 (◆揺らぐ経済指標の信頼性) 連銀がQEを長く続けると、米国債とドルに対する信用が落ちてしまう。昨年から連銀は米国債の最大の買い手であり、米国は、借用証書を自分(財務省)で刷って自分(連銀)で買っている不健全な状態だ。同時にドルも過剰発行になっている。今春以来、基準指標である10年もの米国債の利回りは1・6%から、危険水域に近い3%へと上昇し、連銀内外で、もうQEをやめるべきだという声が強まった。 (金融大崩壊がおきる) しかし連銀がQEをやめると、米国債や社債の最大手の買い手が急にいなくなってしまう。連銀がQEで買い支えている社債は「不動産担保債券」で、リーマン危機の元凶となった債券だ。QEをやめたり縮小したりすると、米国債の売れ行きが悪化して、世界のすべての金利の原点となっている米国債金利が上昇し、不動産担保債券の市場崩壊も再発し、リーマン危機よりひどい金融危機になる。連銀は、QEを続けても危機、やめても危機という状態になっている。 (The Fed's Double-Bind) この行き詰まり状態の中で連銀が採っていると思われるのは「QEをやめると言いつつやめない」もしくは「やめる、やめない」を繰り返す戦略だ。QEを続けた場合に起きるのは、米当局や米国債に対する信用不安であり、これは市場に目くらましの策をばらまくなどして信用不安が起きないようなイメージ戦略をやれば回避し続けられる。一方、QEを縮小した場合に起きるのは、実質的な債券の売れ行き悪化であり、目くらましのごまかしで隠せない。 (Fed set to make token taper, economists say) 連銀のバーナンキ議長は今年6月の理事会(FOMC)後の記者会見で、今年中にQEを縮小していくことを表明した。しかし彼はその後7月に、まだQEを続けることが必要だと演説で表明し「やめる」と言った後「やめない」になった。 (◆金融大崩壊がおきる(3)) (◆迷走する米連銀) その後、発表された雇用統計の改善などを受け、QEが縮小されるだろうという見通しが再び市場に出回ったが、連銀は9月18日に開いた理事会で、米経済成長の見通しを下方修正するとともに、QEを縮小せず継続する方針を決定した。 (Fed holds the line on bond buying) すでに書いたように、雇用統計には粉飾が入っている。米当局が発表するその他の経済指標の多くも、しばらく前から、信憑性が薄くなっていると指摘する声があちこちから出ている。マスコミや「専門家」が描く経済のイメージは、実際の経済状況よりもかなり良い方に偏向している。米国(と世界)の経済像は粉飾されている。連銀は、その粉飾をやや弱めて「意外に経済が良くないのでQEの縮小をやめることにした」と発表したわけだ。 (The U.S. Economy Is Now Dangerously Detached From Reality) 連銀がQE続行を決めたとたん、米国でも新興市場でも、株や債券の相場が急騰した。10年もの米国債の金利は、危険水域ぎりぎりの3%から、2・6%台まで急落(国債価値は上昇)し、米国債の危ない状態は(とりあえず)去った。連銀が「やめる、やめない」を繰り返す戦略を採らなかったら、今ごろ株や債券の相場はもっと悪かっただろう。連銀の策は(今のところ)成功している。 (S&P 500 hits record high after Fed shock) 連銀の「QEをやめる、やめない」に絡んだもう一つの策と思われるものは、来年はじめに任期が切れるバーナンキの後任の連銀議長に、オバマやクリントンの経済顧問だったローレンス・サマーズがなるかどうかという話だ。今年7月ごろから、オバマがサマーズを次期連銀議長に推していると報じられ出した。サマーズは今春、QEの効果に疑問を呈する発言をしたことで知られ、彼が議長になったらQEを早期にやめるだろうという分析がマスコミで流布した。 (貿易協定と国家統合) オバマ政権中枢の経済チームは、クリントン政権の経済チームとほとんど同じ面々で、サマーズはその一人だ。サマーズを連銀議長に押し込めれば、次の米政権がたとえ共和党になっても、クリントン・オバマ系の経済戦略を政権の一角に残せる。(クリントンの経済戦略は金融自由化と市場原理主義であり、それらの大失敗がリーマン危機で確定した後の今、クリントン派の影響力を残しても意味がない気もするが) (The Federal Reserve Nomination) 上記の理由から、オバマ政権中枢でサマーズを強く推す声があったのは事実だろう。しかし、サマーズに強く反対したのもまた、オバマ政権中枢と近いところにいるはずの、民主党の上院議員たちだった。彼らは、バーナンキの側近としてQEの戦略を立てたジャネット・イエレン連銀副議長を、次期議長に推して対抗した。QEをやめたら金融崩壊の可能性が強まるので、金融界もサマーズに反対でイエレン支持だった。金融界とのつながりが深い共和党の中にもサマーズ反対が強かった。結局オバマは、連銀理事会3日前の9月15日、サマーズを連銀議長に推すことをあきらめた。 (Obama blinked first in battle for Summers) サマーズが立候補取りやめ、連銀がQEを早めにやめていく可能性が減ったため、市場は好感し、株や債券が上昇した。その3日後、連銀理事会でQEの継続が決まり、金融相場はさらに好転した。オバマがサマーズを本気で連銀議長にしたいと思っていたら、民主党上院議員が反対したぐらいであきらめず、議員らをもっと熱心に説得していたはずだ。民主党議員を説得するのは、オバマにとって、政敵の共和党を説得することよりずっと簡単だ。連銀議長を誰にするかは、二期目のオバマ政権の経済面の最重要な政策だ。それなのにオバマは、自分の党内も説得せず、サマーズをあきらめてしまった。オバマはあきらめるのが早すぎたという指摘がFTに出ている。 (Did the White House give up on Summers too soon?) 私は、サマーズが最初から金融相場を押し上げて延命させるための当て馬として用意されており、連銀理事会の直前のタイミングで立候補を取り下げ、相場押し上げ策として使ったのでないかと勘ぐっている。サマーズが去った後、イエレンを次期議長に推す声が強まっている。 (Why Janet Yellen is now the best choice to lead the Federal Reserve) QEの「やめる、やめない」を繰り返す絡みの今後の策でないかと私が勘ぐっている、最近騒がれ出した話は、米政府の財政赤字(国債)の発行総額が、10月中旬に法定上限に達すると予想されている件だ。「QE縮小問題より赤字上限問題の方が重大だ」とする、人々の注目をそちらに引きつけようとするかのような記事も出ている。 (Debt ceiling, not tapering, is the bigger market risk) 米議会は、米政府が発行できる財政赤字の総額を法律で定めており、これまで財政赤字が増えるたびに、法律上の赤字上限金額が何十回も改定されてきた。リーマン危機後、財政緊縮を求める米議会の共和党が、赤字上限の引き上げを拒否するようになった。今春、米政府は赤字が上限に達し、それ以来、米政府は「へそくり」「埋蔵金」的に持っていた余裕資金を引っ張り出し、支出の足りない分を補ってきた。いよいよそれも10月に切れるというのが今回の件だ。 (終わらない米国の財政騒動) 米議会の予算機関である行政管理予算局は、9月末までに米議会が赤字の法定上限を引き上げない場合、米政府は支出する金がなくなり、政府の一部を閉鎖せねばならなくなるので準備をしておけと、各機関に通達している。 (Obama admin. starts preparations for shutdown) これまで何度か、財源不足から米政府の機能が停止するという騒ぎが繰り返されてきたが、深刻な機能停止は起きず、何とか問題を先送りしてきた。赤字上限をめぐる騒動自体は、何度も繰り返されており、今後も繰り返されそうな感じだ。財政赤字削減の必要自体は、皆が同意するところだが、共和党は福祉削減による支出減、民主党は金持ち増税による赤字減を主張して譲らず、対立の構図が膠着している。オバマは今回、共和党との論争の繰り返しになるとして、この件の議会審議を拒否している。 (Obama Calls On CEOs To Help Avoid Debt Ceiling Battle With Republicans) この件が今回、金融危機から延命策にどうつながるか、まだ見えていないが、議会とオバマが赤字削減で何らかの合意に到達(したという演出が)できれば、米国債発行総額の減少になるので債券市場の上昇につなげられる。議会とオバマは一昨年、すでにいったん赤字削減策で合意しているが、その実施は大幅に遅れており、いまさら新たな解決策でもないのだが、人々は忘れっぽい。新たな赤字削減策が決まったかように演じられれば、米金融の延命策になる。 これらの騒々しい演技的、延命的な状況のかたわらで、米国の長期的な財政状態は、公的な健康保険や年金の分野で、財源の手当がないまま支出だけが先に増加する傾向が増している。民間の健康保険や年金の欠損をいずれ公的に穴埋めせねばならなくなる問題もあり、数十年の期間で見ると、米国の財政は数十兆ドルの赤字になる。この指摘は何年も前から出されているが改善されず、処方箋薬に対する健康保険支払いが拡大するなど、むしろ悪化している。最近も、米議会の予算機関が長期的な財政破綻を指摘した。 (アメリカは破産する?) (CBO reports that US is on unsustainable budget course as spending exceeds revenues) 米国は戦後、90年代までの非常に豊かだった時代に、公務員や大企業社員に対する年金や健康保険の大盤振る舞いをしている。米国の製造業が死滅し、金融業もリーマン危機で崩れたまま蘇生できていない中、過去の大盤振る舞いのつけが巨額の長期負債になっている。今年デトロイト市が倒産したが、その意味するところは、今後の米国が、公務員や大企業の年金支払いや定年者への健康保険サービスを約束どおりに払わなくなりますよ、ということだ。最近は企業の買収も、年金部門を除外した本業部門のみの売却でないと新たな投資家に買ってもらえない。古巣に残った年金部門は、古巣企業が倒産・清算されるときに不履行になる。困窮した老人たちが裁判を起こしたところで、倒産だから仕方がないと言われる。 (New Study Warns of US Long-term Debt Problems) こうした過去のバブルのつけ払いの一方で、新たなバブルが性懲りもなくふくらんでいる。連銀の過激な緩和策の影響で市場にドルがだぶつき、QEで米国債金利が不自然に低く抑えられている反動もあり、高リスクの金融商品がよく売れている。リーマン危機前によく売れ、バブルを膨張させた、担保無視の「コブライト融資」の残高が、昨年来ふたたび不気味に増加している。銀行の資本比率が低下したら強制的に株式に転換される債券「ココス」も売れ行き好調だ。資本比率が低下した銀行は、株券が紙切れになる倒産に近づくが、まさにそのような時に債券が株券に化ける、投資家殺しの商品だ。これらの高リスク商品は、中国など新興市場の企業も大量に発行したり買ったりしている。事態はリーマン危機の前に似てきたと、国際金融当局であるBISが警告している。 (BIS veteran says global credit excess worse than pre-Lehman) リーマン倒産からちょうど5年がすぎようとしている。あれ以来、米国を中心とする国際金融システムは、延命しただけで根本的な構造転換をできず、今に至っている。そもそも構造転換など無理で、リーマン危機は、きたるべき非常に大きな金融危機の序幕にすぎなかったのだという指摘がFT紙に出ている。 (We still live in Lehman's shadow) 元財務長官でゴールドマンサックスのヘンリー・ポールソンも、金融危機の再来は不可避だと言っている。彼は金融界の重なので「リーマン危機後、当局が危機防止策と称して規制を増やしすぎ、逆に当局の危機対応策を硬直化させている」と、金融界が嫌う規制策を批判している。マスコミや金融界の重鎮が認めている以上、金融危機の再来は不可避だろう。起きるか起きないかでなく、いつ起きるのかという話だ。 (Hank Paulson: Another Financial Crisis Is 'a Certainty') 連銀やオバマ政権は、いろいろ延命策をやっているが、長期的に米国債をはじめとする債券類は、下落(金利上昇)傾向だ。別のFTの記事は「低金利の、金融の黄金時代は終わった」と宣言している。 (End of golden era of cheap debt fires up dealmakers) 米国債は「終わり」の局面に入っており、これまで最大手の米国債の買い手だった中国は、もはや買い控えている。しかし最近、中国の買い控えの穴埋めをするかのように、日本が米国債を買い増している。対米従属が日本の国益を損なう傾向が増している。 (Japan buys Treasuries even as yields rise) 金融バブルの再膨張の問題だけでなく、当局が発表していることの信憑性が落ちている問題も深刻だ。雇用統計のごまかしなどの経済部門だけでなく、イラクに大量破壊兵器の濡れ衣をかけて侵攻して大失敗したのに懲りず、シリアに化学兵器、イランに核兵器の濡れ衣をかけている米政府の国際政治面のウソも重大だ。政治の世界では、ウソをつくこと自体より、ウソがばれて信用失墜につながっていることが、米国の覇権を失墜させている。 (Putin Steps Into World Leadership Role - Paul Craig Roberts) 前回の記事「プーチンが米国とイランを和解させる?」で、オバマがシリアに化学兵器使用の濡れ衣をかけて空爆を試みて失敗したことについて、最初から空爆しないつもりで、中東問題の解決を、好戦派に席巻されてやりにくい米国自身でなく、ロシアや中国に任せることが隠れた目的だったのでないかと書いた。その仮説に基づくなら、国際政治面では、オバマにとって、米国が中東での覇権を失う(露中に押しつける)ことが、財政を浪費する泥沼の戦争を回避できるので、必ずしも悪いことでない。一方、経済面での信用や覇権の喪失は、米国が、ドルや米国債を刷るだけで価値にできる利得を失うことにつながり、非常に良くないことだ。 (プーチンが米国とイランを和解させる?)
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