延命するほど膨張するバブル2013年10月19日 田中 宇米国の財政危機騒動は、米政府の国庫が尽きる日と目されていた10月17日の1日前に、議会の共和党が、それまで主張していたオバマケア(新設の官制健康保険)の開始延期要求を引っ込めて大きく譲歩し、閉鎖されていた米政府の機能を暫定的に回復するとともに、米国債のデフォルトを回避するための財政赤字上限の制限一時猶予に応じたことで、とりあえず問題を先送りした。 10月17日をすぎても、すぐにデフォルトするわけでなかった。前回の記事では、対立が17日以降も続くと予測した米英メディアが、デフォルトでなく国債利払いのために政府支出の大幅削減をするのでないかと分析していることを書いた。私は、共和党が譲歩するのは「17日以降」の新状況が現実になってからでないかと思っていたので、16日に早々と共和党が譲歩したのは私にとって意外だった。 (◆米覇権自壊の瀬戸際(2)) 前々回の記事で私は、米英メディアを引きつつ「オバマは、共和党がデフォルト直前に全面譲歩すると考えているが、誤算でないか」という趣旨を書いたが、ふたを開けてみるとオバマの計算が正しく、私や、私が依拠したメディアの方が誤算だった。 (◆米国覇権自壊の瀬戸際) 茶会派や共和党はデフォルト我慢比べに負けたうえ、自滅的我慢比べの責任を問われて人気を落とした。しかし、デフォルトを交渉の道具に使うことが、いかに強力な(強力すぎる)政争の武器になるかは判明した。米国債がデフォルトの可能性をはらむだけで、世界が極度に戦慄し、世界のマスコミに「米国債のデフォルトは、たとえテクニカルな(ごまかせる)ものであったとしても、世界の終わりだ」「中国がドルに見切りをつける」といった感じの記事が噴出し、世界から共和党に猛然と圧力がかかった。 共和党の茶会派は、連邦政府を潰して米国の地方分権を再強化しようとしている。茶会派は共和党内で少数派だが、今後、茶会派と、共和党の多数派である軍産複合体系やタカ派(イスラエル右派)の融合が進むかもしれない。その兆候は、茶会派の指導者の一人であるランド・ポール上院議員が10月15日に雑誌に発表した論文にあらわれている。 (Peace Through Strength - RAND PAUL) 茶会派は草の根の市民運動に支持される勢力で、米政府は覇権的な世界への介入を減らして、米国民の自由と幸福を重視する政策を重視すべきだという、国内優先の孤立主義的な主張を展開し、軍事重視の国際主義の立場をとる共和党主流派のタカ派と対立してきた。ランドポールは今回の論文で「米国は力(軍事力)によって世界の平和を守る役目を放棄すべきでない」「イランや北朝鮮に対して強い姿勢をとるべきだ」「イスラエルを全力で守るべき」といった、タカ派やネオコンと同じ主張を展開した。茶会派の市民運動家の中には、ランドポールへの失望感が強まっている。彼は、昨年からイスラエルに接近しており、今回の右派的発言は、一時的な気まぐれでない。 (Rand Paul Preaches "Peace Through Strength" & Militarism Abroad) ランドポールは寝返ったのか?。私はそう思わない。彼は、米国の覇権や連邦政府を潰すには、タカ派・ネオコン的な過激な単独覇権主義と財政浪費癖をどんどん押し進め、世界が米国の外交姿勢やドル・米国債に対して愛想を尽かし、中露などBRICSや途上諸国が国連や国際社会を乗っ取り、多極型世界への転換と、金融システムの(一時的な)破綻をあえて招くことが早道と考えているのだろう。私は、ネオコンやブッシュ政権が「隠れ多極主義者」だと勘ぐってきたが、ランドポールもこの流れに乗ることで「米国を覇権国でなくすること」という、茶会派として本来やりたい長期戦略をやろうとしているのだろう。 ランドポールの今回の論文は、2016年の大統領選挙への出馬表明だろう。共和党のタカ派が彼を支持すれば、党内の統一的な候補になれる。父親のロン・ポール(元下院議員)は米国リバタリアンの元祖だが、息子が上院議員になった後、下院議員への継続出馬をやめて下野した。ロンポールは、自分自身としてネオコンの戦略を採りたくないが、息子がそれをやるのは米国覇権体制を終わらせるために必要だと考え、世代交代したのだろう。 共和党は人気が落ちているので、今後の選挙で負け続けるかもしれないが、共和党がタカ派的な姿勢を強くとっている限り、民主党もそれに引きずられてタカ派傾向をとらざるを得ず、民主党が政権をとり続けても、米国は馬鹿げた自壊策を延々と続けることになる。民主党では、ヒラリー・クリントンが16年の大統領選への出馬を狙っている。彼女は最近の非公開演説で、大統領選の民主党内のライバルとなりそうなバイデン副大統領をこき下ろすため「私は2011年のオサマ・ビンラディン殺害作戦に賛成したが、バイデンは反対した(弱腰だ)」と語っている。 (Hillary Clinton: I backed Osama bin Laden raid, Joe Biden didn't) 11年の殺害作戦に関しては最近、ビンラディンの遺体が撮影されておらず、空母上での埋葬儀式に誰も立ち会っていないことが判明した。パキスタンのテレビは、ビンラディン殺害作戦がウソ(茶番劇)だったと報じている(たぶんビンラディンはとっくに病死している)。米政界は、ビンラディン殺害作戦のプロパガンダに乗って、ビンラディン殺害への支持を自慢することが大統領選にとって有利だという、好戦的かつ非常に馬鹿げた状況が今後も続くことが確実になっている。ランドポールがネオコンのふりをしても、お門違いとはいえない。 (Military emails show that NO U.S. sailors witnessed Osama bin Laden's secret burial at sea) (Seymour Hersh: raid which killed Osama Bin Laden in 2011 is "one big lie") (ビンラディン殺害の意味) 米国の馬鹿げた状況は、政治軍事だけでなく経済でも加速している。10月17日、米議会は政府の累積財政赤字の上限を一時的に取り払う決定を可決した。この日、米議会が「財政赤字上限を引き上げた」と理解している人が多いかもしれないが、実際は、上限を引き上げたのでなく、上限を設けるという制限を来年2月7日まで取り払う法案が可決された。そのとたん、米国債は1日に3280億ドルも増えて、一気に17兆ドルを超えた。 (There's no actual debt ceiling right now) 米政府は、財政赤字が上限(16兆7千億ドル)に達した今年5月以降、公的年金基金から一時的に借金するなどの特別策をやって支出の原資を確保してきた。10月17日に新規発行された米国債は、この借金を返すために使われた。財政赤字上限が再発効し、米政府が再び借金できなくなっても、今回と同様、5カ月持つということだ。問題は、2月7日に赤字上限の制度が再発効する時、米国債の総額がいくらまで増えているか、見当がつかないことだ。米政府は、制限が解除されている約4カ月間に、ここぞとばかりに米国債を大量発行するかもしれない。米議会とオバマは、赤字を減らすためにデフォルトぎりぎりまで戦ったのに、その結果として起きたのは、逆に、財政赤字の急増である。 (U.S. debt jumps a record $328 billion - tops $17 trillion for first time) 議論の次の締め切りである来年2月7日の時点で、赤字額が法定上限の16兆7千億ドルを大きく超え、戻せなくなっているだろう。共和党は、まず上限以下に戻せと主張するだろうが、それは不可能だ。「赤字上限」の概念自体が形骸化しそうだ。米民主党などには、財政上限の法律を撤廃した方が良いという主張があり、その主張が現実になるので、ここでも民主党やオバマの勝利であるかに見える。しかし財政赤字の野放図な増加は、中国など新興の債権諸国がドルと米国債を見放す動きを加速することにつながり、デフォルトやドル基軸性喪失に結びつくので、結局は、茶会派など共和党の希望どおりになる。 (The debt-ceiling doomsday device) 大量発行された米国債の最大の買い手は、QE(量的緩和策)をやっている米連銀である(中国より米連銀の方が巨額の米国債を持っている)。QEは、連銀の体質を急速に不健全にするので、連銀内部で「やめるべきだ」という主張が強まっているが、政治的にやめられる状況でない。財政危機が延期されたとたん、さっそく「連銀は12月にQEをやめるかも」と「QEは来年まで続くだろう」という2種類の記事が米メディアから出てきて「やめるふりしてやめない」の茶番劇が戻ってきた。 (Fed could taper as early as December) (Timing of the Federal Reserve's taper comes back into focus) 政治や財政だけでなく、金融相場も洗脳的な「上昇=善、下落=悪」の図式が喧伝され、それが相場をつり上げている。金融市場は、ドルや金融商品の価値が歪曲報道に支えられる「プロパガンダ本位制」になっている。相場的に、米国の平均株価が最高値を更新し、金融界は5年前のリーマンショックの後遺症を脱したかに見える。しかし実のところ、金融界はリーマン危機前と同じバブルを再膨張させて生きながらえているにすぎない。連銀や金融界が人為的に低金利状態を維持しているので、資金が高リスク投資に向かい、担保が通常より少ない「コブライト・ローン」の販売が急増している。財政危機が先送りされ、バブルの拡大が長引くほど、破綻したときの被害が大きくなる。 (Surge in boom-era debt signals overheating) リーマン危機の時には、米政府が公的資金や連銀のドル増刷機能を使って破綻寸前の金融機関を次々に救済した。しかし今、米当局は、当時よりずっと資金力が落ちている。米国債もドルも、これ以上あまり刷れない。次に金融バブルが崩壊したら、銀行は米当局の支援をほとんど受けられず、危機に陥った銀行が当局によって解体されるか、破綻するに任せられる可能性が高い。当局がつぶれそうな銀行を解体できる新法「ドット・フランク条項」の体制が始まっていると、米英の中央銀行当局者が最近宣言した。 (Big Banks Can Be Dismantled, Say U.S. and U.K. Regulators) (US banks no longer 'too big to fail', says Tucker) 危機に陥った銀行を政府が救済せずに解体ないし破綻した場合、損をするのは株主と債権者、預金者だ。破綻した銀行の預金者が損をかぶる事態は、今春のキプロスの金融危機で起こったが、今後は米欧のもっと大きな国々でも起きそうだ。米国債がデフォルトしたら、それが米国で起きていたかもしれない。デフォルトや危機は先送りされたが、解消されていない。世界的に、銀行に対する信頼が落ちており、銀行から預金を引き出してタンス預金に変える人が増えていると指摘されている。預金封鎖は、人々の「政治覚醒」をあおる。 (Families around the world are pulling cash out of banks and hiding it in their homes) (キプロス金融危機の意味) IMFは、先進諸国が預金者に単発の課税をして、その税収で、返済不能になっている財政赤字を一気に解消する案を発表した。ユーロ圏諸国のすべての預金に一律10%の課税をすると、ユーロ危機で急増した各国の財政赤字を解消できると試算している。こんな案が出てくると、世界的にますますタンス預金が増えそうだ。 (IMF Proposal to Tax Bank Deposits) 米国では新しい金融規制法(ボルカー規制)が始まっており、銀行の自己勘定取引が来年から禁じられるが、ゴールドマンサックス(GS)は、いまだに儲けのかなりの部分が自己勘定取引だとみられている。GSはすでに利益が減っているが、今後はさらに減っていきそうだ。米国では貧富格差が拡大し、金融関係者はますます金持ちになるが他の一般市民は貧困層に転落している。しかし実は金融界も危険が増しており、米国が経済破綻に向かっている感じが強まっている。 (Goldman Sachs still earns its money in soon-to-be banned ways)
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