米覇権自壊の瀬戸際(2)2013年10月16日 田中 宇
この記事は「米覇権自壊の瀬戸際」の続きです 英文メディアで、米国の財政危機でドルと米国債の信用が失墜し、米国の覇権が崩壊するという論調の記事が目立つようになった。英国のテレグラフ紙は「ドル優位と米国覇権の終焉」と題する記事で、1930年代に英国のポンドと覇権の崩壊が急激だった例を引き、米国の覇権衰退も急激かもしれないと書く一方、ポンド崩壊のときはドルという代替の基軸通貨があったが、今はドルに代わる基軸通貨がないので、ドルはまだ持つかもしれないとも書いている。 (The sun is setting on dollar supremacy, and with it, American power) ドルに代わる基軸通貨がないのは確かだが、米単独覇権に代わって多極型の覇権体制をめざすBRICSは、自分たちの諸通貨を国際化し、ドルを経由しない相互の為替システムを新設していく多極型の通貨体制の確立を急いでいる。インド政府はIMFと協議し、ルビー建て債券を海外投資家に売るオフショア市場を初めて開設し、ルピーの国際化を急ぐことにした。 (India takes big step to internationalise the rupee) ロシアの中央銀行は、ルーブルの為替取引を自由化する一環として、為替変動幅の拡大と、投機筋に攻撃された場合などに市場介入する仕組みを新設し、ルーブルの国際化を急いでいる。中国の中央銀行は、人民元とユーロがドルを経由せず為替取引できるよう、欧州中央銀行との間で3500億元(450億ユーロ)の通貨スワップ枠を作ることで合意した。中国はBRICSや、インドネシアなど新興市場諸国とも通貨スワップ枠を設けており、その総額は2兆元を超えている。 (Russia takes a step towards free float of rouble) (China, EU Agree to 45 Bln Euro Currency Swap) 中国は国家として、日本を超えて世界一の米国債の保有者となっている。中国の経済学者らは以前から中国政府に「米国債は危ないから買い控え、外貨準備を多様化した方が良い」と勧めてきた。だが中国政府は、米国債デフォルトやドル安元高で中国が経済損失を被る危険性よりも、中国が巨額の米国債を「人質」にして、米政府に対中敵視の緩和を迫る外交利得の方が大きいと考え、あえて米国債を買い増してきた。 (Watch what China does with US debt, not what it says) 今回の米国の財政危機を受け、中国共産党内の経済専門家が「米国債を売るべきだ」という主張を一気に強めている。これまでの米国は強気で、中国に国債を買ってもらっているのに、中国敵視をやめなかった。しかし今後、中東でロシアやイランに譲歩したように、米国が緊張緩和による軍事費などの財政削減を中国との関係にも適用し、米国が中国に譲歩するようになると、逆に、中国は「もう米国に圧力をかけるために米国債を買う必要がない」と考え、米国債の崩壊が早まる。米国の覇権を温存するためのオバマの和解戦略が、逆に覇権崩壊を早める。 (Beijing should cut back its lending to Washington) ロイター通信は「米国の赤字上限危機は静かに始まるが、その後急落する」と題する記事で、米財政の「へそくり」が尽きる10月17日の直後は何も起きず、その後も米国債の利払いが優先されてデフォルトにならないが、その代わり米政府は支出の3割を削ることになると書いている。支出の大削減により、11月から、貧困層に対する医療費扶助ができなくなって貧乏人が病院に行けなくなり、米軍兵士への月給も滞りそうだという。 (Analysis: U.S. debt ceiling crisis would start quiet, go downhill fast) リーマン危機後の米経済は政府支出に依存する度合いが大きいため、支出大削減は米経済の成長を4%押し下げでマイナス成長に陥らせる。300万人が新たに失職して失業率が9%になるが、米政府は彼らに払う失業保険金を持っていない。ネオコン系の米シンクタンクAEIも、デフォルトでなく政府支出の2割削減が行われ、不況が再来すると予測している。デフォルトが「突然死」にたとえられるのに対し、米政府の支出大削減による不況再燃は、もう少し緩慢な「病死」だ。 (If we hit the debt ceiling: Default is unlikely, recession is certain) FT紙は、国庫が空になる10月17日以降、オバマ政権は、デフォルト発生を看過せず、議会を無視して勝手に米国債を発行するか、議会の立法を経ずに増税するか、議会の予算審議を経ずに政府支出を大幅に削るか、議会を無視する違法な3つの選択肢の一つを採るだろうが、勝手に米国債を発行する可能性が最も高いと書いている。議会を無視して違法な行政をやることは、大統領が合衆国憲法を無視することであり、議会と大統領の間で、弾劾を含む激しい政争が起きる。共和党議員は9月末の時点ですでに「米政界は内戦状態だ」と宣言していた。 (The debt-ceiling doomsday device) (Senator Says Politics Have Reached Civil War Levels) 米国で生活保護にあたるものは、米農務省が所管する食糧配給券(フードスタンプ)配布だが、農務省は最近ひそかに全米各州に対し、財源がないため11月から状況が変わるまでフードスタンプの制度を休止すると通達してきた。この件はユタ州で発覚した。貧困層は政府でなく慈善団体など民間の食糧配給に頼ってほしいと農務省が言っている。 (Utah families on food stamps could be cut off soon) (Families on food stamps could be cut off soon - no funds for November) フードスタンプや失業保険、医療費扶助といった、貧富格差の急拡大で中産階級から貧困層に転落した、何百万人(何千万人)もの米国民の生活を何とか支えている米政府の救済策が、米政府閉鎖と財政危機によって失われていく。その一方で、失業者や、雇用がフルタイムからパートタイムに縮小する人が急増している。 (◆米雇用統計の粉飾) 延々と続く政争で、政府閉鎖や財政難を引き起こしている政府や議会に対する国民の不信感が急速にふくらんでいる。今回の3週間の米政府閉鎖は前代未聞だが、閉鎖はまだ続きそうだ。ワシントンDCでは、米政府閉鎖で第二次大戦記念碑も入場禁止になり、囲いの塀で封鎖されてしまったことに立腹した元兵士たちが、記念塔の前で政府に抗議する集会を開いた。DCでは、政府に抗議する数百台(数千台?)の大型トラックが結集して市街を走ったりもしている。これらは、これから起きる米国民の決起や反乱の始まりにすぎないだろう。 (Veterans storm WW II DC memorial amid govt shutdown) (American truckers are putting Washington DC on notice) 米国覇権の崩壊と世界の多極化にともなって「世界的な政治覚醒」が起きる、と数年前に予測したのは、オバマの顧問で、アルカイダの生みの親(ソ連崩壊のきっかけを作ったアフガン聖戦士を組織した人)でもあるズビクニュー・ブレジンスキーだった。ブレジンスキーは「アラブの春」の発生を予言(画策?)したが、それだけでなく、政治的覚醒が最後には米欧にも波及すると警告していた。彼の予測は、ここに来て当たっている。予測というより、オバマらと謀って引き起こしていることかもしれないが。 (世界的な政治覚醒を扇るアメリカ) (Obamacare sign-up crash: what's really behind it?) 米政界で、最近特に米国の人気を落としているのが共和党だ。共和党内は「小さな政府」を過激に希求して政府の閉鎖や財政破綻をむしろ歓迎している草の根系の「茶会派」(リバタリアン)と、財界や金融界からの圧力を受けて財政破綻や不況再燃を食い止めようとする金持ち系の「穏健派」(金融派、軍産複合体)の間で分裂している。いくつかの州では、共和党から離党してリバタリアンとして議員や知事選に出ようとする人が増えている。 (Senator Seitz Moves to Squash Third Parties in Ohio: Fears Democracy May Break Out) オハイオ州では、共和党を離脱して知事選に立候補しようとする者が出たため、州議会が「大統領選挙に候補を出せる党しか州の選挙に立候補できない」とする第3政党締め出しの法律を作った。世論調査では、米国民の6割が第3政党の大統領候補を認めるべきだと考えているが、二大政党が支配する議会が、それを妨害している。米国は、民主主義自体が崩壊の危機にある。 (Senate Votes To Ban The Libertarian Party From Ohio Election) (60% of Americans Want a Third Party Candidate for 2016) 米国はこの100年近く2大政党制を敷いてきた。対米従属の日本では、米英の2大政党制が美化されているが、この制度は第3、第4の政党を事実上禁止し、金融界など事実上の権力組織の意を受けて2大政党が談合する「2党独裁制」であり、多党制に比べて似非民主主義だ。今回、米政府の危機を受けて共和党内の分裂がひどくなり、2大政党制が崩れるかもしれないことは、米国の歴史的転換である。この転換に際し、これから反乱や暴動など、ブレジンスキー好みの混乱がひどくなるだろう。 (英国政権交代の意味) (独裁化する2期目のオバマ) 英国は、これまで米英同盟を活用して米国の中枢に影響力を行使し、米国の覇権戦略を英国好みにねじ曲げてきた(冷戦など)。冷戦時の米国の中国敵視も英国好みの戦略で(もともと米国は親中国だった)、英国はニクソン訪中など米中国交正常化にひそかに反対してきた。その英国が最近、覇権を自壊させている米国に見切りをつけ、きたるべき多極型世界の一つの雄である中国に、急速にすり寄っている。英首相は昨年まで、ダライラマと面談するなど中国を怒らせる策を得意としていたが、豹変した。 (Osborne offers red carpet to China) 英政府は、国際金融都市としてのロンドンの地位を守るため、英国を警戒する中国を説得し、ロンドンに人民元のオフショア市場を設立することを了承させた。英国の金融機関が中国の国内向けの株を買うのも規制が減った。 (Chancellor George Osborne cements London as renminbi hub) 英政府は、中国の国営企業が英国に原子力発電所を作ることも認可した。平和利用を含み、核の問題は国際政治的に非常に微妙な案件だが、英国は、敵だったはずの中国に国内の原発を作らせることに踏み切った。これは、中国との経済関係を強化して英経済を窮乏から救うための策の見返りとして、中国に与えられる利権なのだろうが、それほど中国は英国にとって重要ということだ。 (George Osborne to give the ok for Chinese nuclear power stations to be built in the UK) 中国は、東アジアでも、南沙諸島の領海紛争で仇敵だったはずのベトナムに、南沙諸島海域での海底油田の共同開発を持ちかけ、受け入れられている。ベトナムは先日まで、米国に誘われて中国包囲網作りに熱心だった。米国の覇権崩壊が加速し始めると同時に、英国やベトナムといった、地政学的に敏感な諸国が、米国に見切りをつけるかのように、中国との関係改善に熱心になっている。そんな現状が日本でまったく報じられず、日本人はのんきに「いずれ中国は崩壊する」というプロパガンダを信じている。崩壊しかけているのは中国でない。日本が従属している米国の方だ。 (China, Vietnam to set up group to explore disputed South China Sea)
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