金融大崩壊への道2022年1月28日 田中 宇米国主導の世界的な株や債券の下落が続いている。1月27日には米連銀のパウエル議長が、定例会議後の記者会見で3月初めにQE(造幣=連銀勘定拡大による金融テコ入れ。量的緩和)を終わらせ、その後はQEの造幣で市場に注入した巨額資金を回収して勘定を縮小していくQT(量的引き締め)に入ることを改めて明言した。連銀は、QEによってリーマン危機前の1兆ドル未満から現在の9兆ドル弱まで肥大化した勘定(バランスシート)を、3月以降、QTによって6兆ドルぐらいまで戻していく。 (Goldman Sees "Risk" Of Fed Rate Hike At Every Meeting, Predicts $2.5 Trillion In Balance Sheet Shrinkage) (One Bank Predicts $3 Trillion In Quantitative Tightening Coming) QEは呼び水効果があり、リーマン危機後のQEによる8兆ドルの資金注入を呼び水として、民間債券の発行増加などで世界の金融資産が180兆ドル増えた(2006年の120兆ドルから現在の300兆ドルへ)。米国のS&P500指数はリーマン後の1000から4000まで(日経平均は1万円から3万円まで)バブル膨張した。この間、米国(や欧日)の実際の実体経済(大半が消費)は成熟しているのであまり拡大せず、コロナ危機後は逆に大縮小している。そして、株価の高騰はむしろコロナ危機後に激化した。2020年初のコロナ危機開始後、実体経済は大きく縮小したが、QEは急拡大した。最近の株や債券の高値は、実体経済の状況でなくQEに全面依存したものだ。QEが終わると金融が大崩壊する。雑駁に考えて、リーマン後のQEによる8兆ドルの資金注入のうち3兆ドル(約40%)を金融市場から引き上げ、その影響でリーマン危機後の株価上昇の40%が吹き飛ぶとすると、S&Pは2200に、日経平均は22000円になる(もっと下がりそうだが)。 (Coming Market Madness Could Take 70 Years To Recover From) (すべてのツケはQEに) QEが引き起こした呼び水効果の大きなものは、金利曲線の平坦化だ。ジャンク債など高リスクの資金調達の金利が下がり、インチキな会社でも安く資金調達でき、インチキさを発揮して金融の儲けを本業の儲けに見せかけることで、業績好調な新興企業になりすまし、株式を上場して経営者などインサイダーが大儲けする。QEはそういう流れを演出した。この構図の最大の具現者は、ナスダックに上場しているハイテクやインターネット関連のIT企業だ。投資家の多くはITの内実をよく知らないし、知ったところで「べつに儲かってりゃ良いじゃん」と考え、「IT企業はすごいんだ」という都市神話が捏造誇張され、株価が高騰した。企業の債券格付けも上がってジャンクでなくなり、さらに資金調達しやすくなって本業に粉飾した儲けが増えるという詐欺の好循環になっていた。 (金融大崩壊か、裏QEへの移行か) (強まるインフレ、行き詰まるQE) QEが減額されQTに入っていくと、金利曲線が急峻になり、高リスク債券の金利が高騰し、IT企業が本業に見せかけた金融の儲けが失われて詐欺の構図が崩壊する。ITやハイテク株が主体のナスダックは、他の業種の株価よりも下落が激しい。米連銀はQE縮小と同時に利上げもやるので、企業の資金調達が全体的に高コストになり、実体経済の法人需要も減って景気の悪化に拍車がかかる。株や債券のバブル崩壊は、お金持ちの資産の大幅減になり、住宅や高級品の需要が減り、この点でも実体経済が悪化する。インフレと不況が同時に起きるスタグフレーションが顕在化する(これまでも起きていたが、経済統計の粉飾によって「景気は良い」ということになっていた)。 (Peter Schiff: The Fed Made This Bed And Now We Have To Lie In It) (Stocks, Bonds, & The Dollar Bid As Fed Admits Stagflation Fears) 米連銀がQEをやめてQTに入り、利上げも開始する理由は、米国でインフレがひどくなっているからだ。米政界から連銀に対し「インフレを止めるためにQEとゼロ金利政策をやめろ」という圧力が強くかかっている。しかし実際は、QEと低金利がインフレを起こしているのでない。インフレの主因は、流通網の頑固なボトルネックが(意図的に)作られていることと、中露など非米側が米国覇権を潰すためにエネルギー危機を醸成し、米欧側がそれに対して(未必の故意的に)ものすごく下手くそに対応していることだ。いずれの要因も、米連銀など中央銀行にはどうしようもできない。それがわかっているのに、米政界などエスタブ連中は、QEとゼロ金利をやめろと連銀に強い圧力をかけ続け、その結果巨大な金融崩壊が起ころうとしている。 (QEをやめさせる) (Here it comes: Food prices set to skyrocket throughout 2022 as rising costs hit small-to-medium-sized farms) 金融崩壊が進むとドルの基軸性が失われ、米国覇権の崩壊になる。これらの崩壊が起きて最も損するのは米政界などエスタブ連中だ。全く自滅的である。米エスタブの中には覇権を自滅させたい勢力がおり、彼らはかつてリーマンブラザーズを倒産に追い込んでドル崩壊につなげようとしたが、それを阻止したい勢力が米連銀(や日欧中銀)にQEをやらせて金融相場を粉飾的に底上げし、米覇権崩壊の顕在化を防いできた。その流れで言うと、今回も、QEをやめさせようとする米政界の圧力の裏をかく延命策があるのでないかという推測になる。それで私はこれまで「連銀は政界の圧力に呼応して表向きのQEを縮小しつつ、裏で隠れた資金供給策(裏QE)をやって金融崩壊を防ぐのでないか」と考えてきた。 (QE減額はウソっぽい) しかし昨年末から、米国のインフレがどんどん悪化し「インフレを何とかしろ」という連銀への政治圧力が劇的に強まっている。連銀のパウエル総裁は、QE中止・QT開始と利上げを本当にやりますと何度も公言させられている。QEを終わらせる時期は、今年6月から3月初旬へと前倒しされた。3月初旬まであと1か月しかなく、こんな短期間で金融市場への資金注入量を急減すると、間違いなく相場が暴落する。 (QE減額は本当かも) (インフレで金利上昇してQEバブル崩壊へ) インフレは、米国の中産階級や貧困層といった一般市民の生活を直撃している。彼らは民主党バイデン政権の経済政策が悪いんだと思い、バイデンと民主党への支持率がどんどん下がっている。コロナ愚策よりインフレが、バイデン民主党への不満の最大のものになっている。このままだと民主党は今秋の中間選挙(連邦議会選挙)で大敗し、議会上下院の両方の多数派(与党)を共和党に奪われる。民主党はパニックになり、パウエルに「何でも良いから早くQEやめろ」と加圧している。 (Goldman President Complains Overly "Political" Fed "Does Not Have The Will" To Stop Inflation) QEやめたら株や債券が暴落するが、株を持っていない一般市民にとっては株価が暴落してもいいからインフレを止めてほしい。実際には、QEをやめてもインフレはおさまらず、巨大なバブル崩壊は一般市民の生活をさらに破壊するのだが、そんな現実は「インフレパニック」によってかき消されている。この構図も、未必の故意的、隠れ多極主義的だ。QEとゼロ金利をやめてもインフレはおさまらず、米連銀に対する非難やあら探しが激化する。もし連銀が裏QEを開始しても、それはあら探しの中で見つかってしまい、やめさせられる。それに、こっそり裏QEを増額していくのは時間がかかる。1か月でQEをやめさせられる無茶苦茶の中では、裏QEをうまく稼働できない。 (Fed's Huge Problem: Main Street Does Not Believe The Fed's & Wall Street's Inflation Forecasts) 裏QEでない別のシナリオもあり得る。それは、株価暴落など金融崩壊が加速すると米政界などエスタブ連中がインフレよりも金融崩壊に対してパニックになり、連銀に「何でも良いからQEを再開しろ。利上げを中止しろ」と言い出すので、連銀はそれを待って方向転換し、QEを再開してバブル崩壊を防ごうとしている、という流れだ。米民主党の中で、庶民の味方をして「株が暴落しても、インフレを抑えるためにQEをやめろ」とヒステリックに叫ぶ左派と、「金融崩壊を避けるためQEを再開すべきだ」と反論する中道派(エスタブ)の対立になる。左派は、これまでも米国の秩序や二大政党制を破壊しており隠れ多極主義的だ。 (The Only Thing That Matters To Biden Now Is Whether To Fire Powell Before Or After The Democrats Lose The Mid-terms) QE再開のシナリオはあり得る。だが、いったんかなり崩壊したバブルを急いで元に戻す逆転策は、抜いた額の何倍もの資金の再注入が必要で、とても難しい。QEを再開して急増すると、だからインフレが悪化するんだと左派やマスコミが騒ぎ出し、結局再びQEをやめる話に戻り、この右往左往で事態がさらに悪化する。金融大崩壊は避けにくくなっている。 (Peter Schiff: This Bubble Economy Is Going to Burst) QE資金は、ドルの究極のライバルである金相場の抑圧にも使われてきた。QEをやめていくと、どこかの時点で金相場は幽閉を解かれて急上昇する(その前にいったん最期の暴落をするかも)。ドルのライバルとしてはもう一つ、ビットコインなど仮想通貨もある。だが仮想通貨に対しては最近、中国とロシアが取引やマイニングを禁止する方向だ。米国に代わって覇権を握りつつある中露は仮想通貨を敵視している。仮想通貨はドルのライバルのように見せているが、仮想通貨の相場をつり上げてきたのは米金融界の資金であり、「仮想通貨はドルのライバル」は見掛け倒しだ。中露はそれを知っているので仮想通貨を敵視し、米国と中露との最近の覇権交代の進展とともに、仮想通貨の相場が大幅に下がっている。 (Bank Of Russia Calls For Ban On Crypto Mining And Trading) (仮想通貨を暴落させる中国) (Fear And Panic As Bitcoin Crashes 50% From All Time High)
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