ロシアは意外と負けてない2022年3月2日 田中 宇米欧が、ウクライナに侵攻したロシアに対して強烈な経済制裁をやっている。米欧は、国際的な銀行間の送金に必要な情報システムとして最も使われてきたSWIFTからロシアの多くの銀行を除名することにした(欧州がロシアから輸入する天然ガスの代金決済を担当するロシア側の銀行などは除名しない)。米欧の中央銀行は、ロシアの中央銀行と関係を断絶し、露中銀が決済用に米欧中銀に保有していた口座を凍結した。ロシアの銀行は米欧で活動できなくなり、ロシアの航空会社の飛行機は米欧で飛べなくなった。ロシアのスポーツ選手は米欧系の大会に出られなくなった。ロシアは米欧中心の「国際社会」から締め出された。ロシアは金融市場が破綻し、間もなく債券がデフォルトする。ロシアが屈服するのは時間の問題だ。ざまあみろ、と欧米日のマスコミ権威筋が喜んでいる。 ("The Market Is Starting To Fail": Buyers Balk At Russian Oil Purchases Despite Record Discounts, Sanction Carve Outs) (World Athletics Council Bans "All Russian & Belarusian Athletes" From International Sporting Events) だが、よく見ていくと少し様子が違う。間もなくロシアの債券がデフォルト(元利の不払い)するが、それはロシア政府が米欧に対する報復として、外国人が保有するロシア債券(ルーブル建て)の売却や元利受け取りを禁じたからだ。ロシアはデフォルトしたくてする。ロシア政府は今回、国際社会からの追放を積極的に受けて立っている。なぜか。それは、ロシアが、米欧中心の国際社会つまり米国覇権下から追放されることで、中国など非米諸国とともに、米国覇権体制の外側に、もう一つの国際社会のシステムを作る動きを誘発するからだ。第二次大戦後、ロシア(ソ連)はずっと米欧から敵視されており、かつてゴルバチョフらがやったように、ロシアの側から米欧と仲良くしたいと申し出ても、米欧はロシアへの敵視をやめず、むしろロシア敵視のNATOをロシアの近傍まで拡大して脅威を増長させた。その究極が、今回の露軍侵攻の原因になった、ウクライナをNATOに入れたがる米欧の動きだ。 (Russia Bans Coupon Payment to Foreigners on $29 Billion in Bonds) (SWIFT Russian Ban Could Force Fed to Step In, Credit Suisse Says) 従来のように世界中が米覇権体制で覆われている限り、ロシアは米欧からいじめられ続ける(ロシア敵視はもともと英国の地政学的な世界戦略であり、米国は戦後、英国に隠然と牛耳られる中で冷戦などロシア敵視をやらされてきた)。米英は国際金融システムを支配しており、世界各国の金融システムはその傘下にある。ロシアの金融システムは冷戦終結後に発足したが、米英に嫌われているので常に不安定な状態にさせられてきた。こんな金融システムはもう要らない、もう出ていくよ、と今回プーチンは決断した。代わりにロシアは今後、中国などと一緒に構築してきた決済や資金のシステムを使う新体制に移行していく。SWIFTの替わりに、同種のシステムであるロシアのSPFSと中国のCIPSをつないで国際決済をやっていく。インドとは、以前から使われてきた相互の自国通貨で決済するシステムを使い続けることで合意している。ロシアの主な輸出品は石油ガスや穀物、鉱物など、国営企業や大企業が手がける商品であり、国家間の大雑把な決済システムで取引していける。 (Escobar: Follow The Money - How Russia Will Bypass Western Economic Warfare) ロシアや中国が、既存の米国覇権体制以外の世界秩序の必要性を感じ始めたのは2001年の911事件後、テロ戦争やテロ対策の名のもとに「従属しない国は全て潰す」と過激で好戦的、軍事偏重の単独覇権主義を振りかざし始めたからだ。中露は、上海協力機構やBRICSといった、米国抜きの多極型の国際体制のために組織を作っていった。米英はロシアに対して敵視一辺倒だが、中国に対しては敵視と協調(投資して儲けたい)が混合していた。そのため中国(中共上層部)には、米英とうまくやって敵視を弱めてもらおうと考える傾向もあった。胡錦涛までの中国は非米的な世界体制構築に対し、プーチンのロシアより消極的だった。しかし2008年のリーマン危機で米覇権の弱体化に拍車がかかり(その後今までQEで糊塗している)、2013年からの習近平は一帯一路など非米型・多極型の世界秩序作りに積極的になった。それと同期して米国が「インド太平洋戦略」などで中国への敵視を強め、米国に敵視された中露が結束を強める素地が作られた。 (Wielding SWIFT Against Russia Is a Big Risk) 多極化は、これまで世界を単一的に覆ってきた米国(米英)覇権の解体なので、米中枢で覇権の永続を望む勢力(DS・米諜報界の主流派、英傀儡)は多極化を望まず、中露を敵視しすぎることやSWIFTから外すことに消極的だった。しかし、もともと多極型の世界秩序を望んでいたのは英国に牛耳られる前の米上層部(P5体制の国連を作ったロックフェラーとか)であり、彼らの一派は未必の故意的な覇権戦略の失敗によってこっそり多極化を誘発する隠れ多極主義者として残り、彼らが中露を焚き付けて非米諸国の結束を作り出してきた。多極派は過激で稚拙な中露敵視策を米国にとらせ、プーチンをウクライナ侵攻へと誘導し、米欧には前代未聞の大々的なロシア制裁を発動させ、ロシアがこれから世界分割を挙行していく今の状況を作った。 (American foreign policy produces dangerous alliances) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える) 習近平は、胡錦涛ら前任者たちよりも米国覇権を崩壊させたり世界を多極化することに積極的であるとはいえ、多極化には多くのリスクもあるので慎重だった。しかし、米中枢の多極派が今回のウクライナ戦争と米欧による徹底的なロシア排除を引き起こした結果、習近平の中国は、ロシアと一緒に非米型・多極型の世界秩序を確立させていかねばならない状況に追い込まれた。米中枢の多極派がプーチンと密通し、習近平を巻き込んで今回の多極化を推進しているとも言える。 (Russia’s SWIFT Ban Could Send Shockwaves Through Oil And Commodity Markets) (世界資本家とコラボする習近平の中国) 米国の多極派は以前から、中露などが非米型・多極型の新たな世界システムを作る試みを続けていることを米欧のマスコミやシンクタンクなど権威筋がきちんと報じたり語ったりするのを、陰謀論扱いなどによって阻止してきた。2007年には米シンクタンクのニクソンセンターが中露の動きを継続的に調べようとしたが、すぐにやめさせられた。中露は以前から相互の自国通貨を使った非ドル型の貿易決済を実施してきたが、その実態がどんなものだったのか、欧米マスコミがほとんど報じないのでわからない。今回の米欧のロシア排除を機に、非米諸国が非ドル型決済を拡大していくだろうが、それは非ドル型決済の史上初の本格使用になる。世界が多極型に移行していく動きが加速する。 (エネルギー覇権を広げるロシア) (Could Economic Warfare Backfire On The US?) このような流れなので、ロシアは米欧から排除されても孤立しない。むしろロシアは、多極化に先鞭をつける重要な役割を果たしていく。ロシア(と中国)は近年、サウジ主導のOPECと組み、世界の石油ガスの利権を米国側から奪うためのOPEC+を形成している。OPECは米国の傀儡だったが、OPEC+は非米組織へと転向した。ロシアは孤立するどころか逆に、サウジやイランや中国などと組み、米欧が買う石油ガスの価格をつり上げてインフレを加速させ、ドル崩壊や米欧の経済窮乏、政権転覆・トランプ再登板などを引き起こしていく。バイデンがウクライナをNATOに加盟させないと明言していたらこんなことにならなかった。いや、多極派がバイデンを操ってウクライナをNATOに入れたがる動きをさせて今の事態を引き起こしている。 (The West’s Response to Russia Will Cause Energy Prices to Rise) (バイデンがプーチンをウクライナ侵攻に導いた) 今後、石油ガスなどコモディティの価格も、米欧側と非米側では異なる価格になっていく。非米側の価格がいくらなのか見えにくい状態が続く。非米側は石油ガスなどを国家間の長期契約で取引するので、契約価格も秘密だ。ロシアやサウジや中国が共謀し、米欧側のコモディティのスポット価格を高騰させ、インフレやドル崩壊に追い込んでいく。 (China Buys 700K Barrels of Iranian Oil Every Day, Violating US Sanctions) ロシアはまだドイツなどEUに天然ガスを送り続けている。ロシアがEUに天然ガスを送らない報復措置をやればEUは窮乏するが、ロシアはそこまでやってない。おそらくロシアがEUに天然ガスを送り続ける代わりに、独仏がウクライナのゼレンスキー大統領を説得して極右ネオナチ(米英諜報界の傀儡勢力)をウクライナの上層部や軍部から排除していくよう努力するという密約が、プーチンとマクロンの間などで交わされているのだろう。だからゼレンスキーはロシアとの交渉に出てくる。ロシアがEUに天然ガスを送り続けているが、EUのガス価格は高騰している。独仏からゼレンスキーへの「ロシアと和平しろ」という圧力が増す。 (The Finland Option May Still Save Ukraine) 欧米マスコミは、ロシア軍がキエフなどで市街地を猛攻撃しているとか、露軍はキエフなどを猛攻撃しているのに陥落させられず失敗している、といった報道をしているが、これらは意図的な間違いだ。露軍はキエフなどを包囲し始めているが、大規模な攻撃をしていない。住民を「人間の盾」にしつつ市街地に立てこもった極右の民兵団が撃ってくるが、露軍は最小限の反撃しかしていない。露軍は、ゼレンスキーとの交渉が進むのを待っている。交渉が進まない場合は猛攻撃する、避難路を作ったから市民は逃げろ、という脅しは発している。露軍侵攻後のウクライナ戦争で死んだ人は、双方の軍人と民間人を合わせて、まだ100人単位のようだ。死者の少なさは、露軍の軍事作戦が今のところ成功していることを示している。ロシアは、経済的にも軍事的にも、意外に負けていない。 (Putin to Ukrainian Army: “Do Not Let These Nazis Use You as Human Shields”) 米連銀のQEは2月末で終わったことになっている。ウクライナの戦争による米経済の悪化を受けて、米連銀がインフレ対策を見直してQEを継続する可能性もあったが、米国の報道を見る限り、連銀は緊縮していく方針を変えていない。ウクライナ戦争でこれからますます石油ガスやコモディティが高騰し、インフレがひどくなるので、QE停止や利上げが必須な状態が続く。QE停止とウクライナの地政学的危機により、金相場も高騰している。いよいよ金相場に対する上昇抑止が解除された感じだ。本当はQE停止がドルを潰すのに、プーチンがドルを潰した、プーチンは強敵だという話になっていく。笑える。 (Federal Reserve remains committed to March rate increase despite Ukraine-Russia crisis) (The Federal Reserve’s ‘War On Inflation’ Is More Important For Stocks Than The Russia-Ukraine Conflict)
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