ドル崩壊への準備を強める中国2020年6月24日 田中 宇中国政府の金融担当の高官たちが、中国は国際決済や備蓄用の通貨として米ドルを使うのをやめた方が良いと相次いで表明している。中国政府の銀行保険監督委員会の委員長である郭樹清(Guo Shuqing)が6月18日、上海の陸家嘴・金融フォーラムで講演し、「米連銀(FRB)は世界の中央銀行と呼ぶべき機関なのに、世界への悪影響を考えずに(コロナ大恐慌への対策と称するQEによって)米経済に巨額資金を注入している。この行為は、ドルと米国に対する国際信用に大穴を開けてしまう可能性がとても高い」などと述べた。 (Beijing Sounds Alarm About Dollar's Reserve Status) 郭樹清はまた「コロナ危機が今後長く続き、米国など世界各国は(大恐慌の穴埋めとしてQEや財政出動で)巨額の資金を投入し続けるが、その効果はしだいに麻痺して効かなくなる。やり続けるとインフレが悪化するので、資金投入に対して慎重になった方が良い」「(上がり続ける)金融相場は実体経済と無関係になっている。こんなひどい相場の歪曲は史上初めてだ。いずれ(QEなどの資金注入)政策が縮小された時、とてもひどいこと(相場の暴落)になる」「世界はこれまで、米国がドルを過剰発行しても危険な負債の急増とみなさなかった。だが今後もずっとこの状態が続くのか疑問だ」などと語った。私から見ると、郭樹清の指摘は正しい。中国の上層部の公人がこんな赤裸々な指摘をしたことに驚いている。中共の金融担当の現職の高官がドルと米金融覇権の崩壊の予測を明確・詳細に公言したのは初めてだろう。 造幣による債券や株の買い支えである中銀群のQEは、リーマン危機後に米連銀が開始した時から、危機で凍結・崩壊したままの金融システムに資金を注入してバブル膨張させ、蘇生したかのように見せかける歪曲策だった。コロナ危機後に急拡大したQEは、米国中心の世界の金融システムを、リーマン倒産前よりひどいバブル膨張によって超不健全な状態に押しやっている。コロナ危機後にいったん大暴落した各国の株価は、その後再上昇しており「今後の世界経済のV字型回復を先取りするもの」と喧伝されているが、大ウソのトンデモ話だ。実際は中銀群がコロナ後に急拡大したQEで株や債券を買い支え、相場を吊り上げてバブル膨張させ、米国の金融覇権(ドルや米国債のちから)を何とか維持している。郭樹清は、その状態の不健全性を指摘した。 (すべてのツケはQEに) (Coronavirus Casts Deep Chill Over U.S.-China Relations) 日本の金融界やマスコミなど官民の上層部は、こんな指摘を決して言えない。なぜなら日本の金融界やマスコミは、米連銀や米金融界を頂点とする米中心の金融覇権システムの傘下にあり、QEのバブル膨張で相場を吊り上げている張本人たちの一部だからだ。日本の市井で、今回の郭樹清と似たような指摘を10年ほど前から続けてきた私は「妄想屋」「無根拠な陰謀論者」のレッテルを長く貼られている。 (米国と心中したい日本のQE拡大) 中国政府(中共)は以前、国内の金融バブル膨張による相場上昇を容認・歓迎してきたが、2016年からバブルを危険な状態とみなして予防的に潰す策に転じた。2017年のトランプ就任後、米国は中国敵視策の一環として中国との経済関係を断絶する傾向を強め、中国がドルや米国債、米金融バブルのシステムから離脱(米中デカップル)するよう仕向けた。米中と米同盟諸国の国内には、金融から製造業までの米中の経済取引で儲けている勢力が強く、米国の覇権運営筋(トランプの敵である軍産複合体)も安保だけ中国敵視で経済は米中協調の姿勢だったので、彼らが米中デカップル策にブレーキをかけてトランプを妨害した。 (金融バブルと闘う習近平) (中国の意図的なバブル崩壊) しかしコロナ危機後、米国側は不健全なQEを急拡大し、大恐慌が続く経済の実体と、QEでバブル膨張させられる金融相場との歪曲的な乖離も急拡大した。中国(中共)は、これまで躊躇していた米国との経済金融のデカップルを進める気になり、米国と経済協調して発展する従来の国家戦略を離れ、米国覇権を崩壊に追い込んで世界を多極化して中国の影響圏を強化する策を重視し始めた。中共の金融担当の現職の高官が初めてドルと米金融覇権の崩壊の予測を明確に公言した今回の郭樹清の発言は、このような中国の転換を踏まえたものと考えられる。 (中国が好む多極・多重型覇権) ("We Could Cut Off The Whole Relationship" - War Of Words Between Trump And Beijing Is Heating Up) QEはドルと米国覇権を弱体化させる不健全な政策だが、米連銀がQEを急拡大して累計総額が何10兆ドルかになっても、ドルに代わる備蓄通貨が登場して世界の資金がそちらに流出していかない限り、ドルは世界の基軸通貨のままであり、米覇権も崩壊しない。コロナ危機で米連銀がQEを急拡大して何年も続けても、それだけでドルや米覇権の崩壊が起きるとは限らない。その点、郭樹清は今回、QEがドルと米覇権の崩壊につながると明確に予測した。これは一見、とても大胆だ。郭樹清は私を超える陰謀論者なのか??(笑)。 (中央銀行群はいつまでもつか) そうではない。私と郭樹清が違う点は、私はドルの代わりになりうる基軸通貨の管理者でないが、郭樹清は中国人民元という、ドルの代わりになりうる基軸通貨の管理者の一人であることだ。中共の金融当局者の一人である郭樹清が「今後QEのやり過ぎでドルと米覇権が崩壊する」と発言したことは、行間を含めて書くと「今後QEのやり過ぎでドルと米覇権が今よりさらに弱くなるので、われわれ中共は人民元をドルに代わる基軸通貨体制として機能させていき、米単独覇権体制に代わる中露BRICS・G20などによる多極型の新世界秩序も用意していく。その結果、いずれドルと米覇権が崩壊する」という意味だ。中国は、ドルと米覇権に代わる世界システムを本気で用意するつもりなのだ(これまでも取り沙汰されていたが、米国が十分に強いので、中共はそれほど本気でなかった)。だから、郭樹清はドルと米覇権が崩壊をさらりと予測できる。 (China weighs risk US will go for ‘nuclear option’ and cut Beijing from the dollar payment system) 今回の郭樹清の発言内容でもう一つ興味深いのは「QEなどで巨額の資金注入をやり続けるとインフレがひどくなる」と指摘したことだ。昔は、「資金注入(造幣)をやりすぎるとインフレがひどくなって通貨が破綻する」という警告が正しかったが、1990年代以降、米国中心の世界的に債券金融システムの急拡大により、昔からある実体経済とは別に、その何倍・何十倍もの大きさの金融システムが出現し、金融システム内でいくら過激な造幣を続けても、その一部しか実体経済の方に行かないので、過剰造幣してもインフレになりにくくなった。製造業が世界的に拡大し、多くの分野でモノあまりが起きていることもある。米国のオルタナティブメディアでは以前から「QEは超インフレを引き起こして終わる」と予測する人がけっこういたが、それは現実になっていない。郭樹清は、米オルタメディアの一味なのか?。 (陰謀論者になったグリーンスパン) そうではない。ここでも、郭樹清が、米国に代わる覇権システムを作りうる中共の高官であることが関係している。米国が造幣をやりすぎてドルが弱体化し、それに乗じて中国がドルに対抗する非米的な新しい備蓄通貨システム(人民元を含むIMFのSDR利用など)をテコ入れすると、それまでドル建てのシステム内にいた米国と世界の資金が、非ドルの新システムの方に移っていき、ドルは巨額の資金流出を起こして為替や購買力的に弱体化し、米国などドル建ての消費市場で価格が上昇して超インフレになっていく。そのような流れを中共が作るかもしれない、という示唆として、郭樹清の米国インフレ予測をとらえることができる。 (Former JPMorgan Economist: We Are Heading Towards A Weimar Republic Inflation Setup) (コロナ大恐慌を長引かせる意味) ドル安は、人民元高(や円高)を意味する。中国(や日本)が製造して米国が消費する従来の経済構造のもとでは、ドル安・人民元高(円高)は、輸出商品の値上がりと米国での売れ行き悪化につながり、中国(や日本)にとって都合が悪かった。だが、トランプが経済面で中国を敵視して米中デカップリングが進み、中国の製造業は一帯一路諸国など米国以外の市場を開拓していき、米中の貿易関係が先細りになっていく。コロナ危機で米国が国を閉ざし、しかもこれから内戦が悪化していくので、米国はもう世界的な消費市場(消費面の覇権国)でなくなっていく。安倍(や経団連)の日本は中国にすり寄り、TPP11を一帯一路とつなげることを希望し、日本も対米輸出に未来がなくなって非米諸国と仲良くせざるを得ない。米国が市場として魅力的でなくなると、日中はドル安でもかまわなくなる。日中など世界中がドルを持ちたがらなくなって米国債も売れなくなり、米国の長期金利が上昇して物価高が加速し、ドルと米覇権の低下に拍車がかかる。今はまだ人民元安だが、いずれ反転する。 (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) (US-China economic decoupling accelerates in first quarter of 2020) 日本人の6割(?)ぐらいを占める「軍産うっかり傀儡」の人々は、郭樹清の発言を「中共のプロパガンダ」と思うかもしれない。「田中宇は、自分の従来の妄想と合致したプロパガンダを言う郭樹清を真に受けて、さらに妄想を詳細にふくらませている(笑)」という話になる。この手の思考をする人々を説得するのは困難だ。現実を述べると、郭樹清の今回の発言が発せられた上海の金融街である陸家嘴での年次的な金融フォーラムには今年、日本から野村証券の社長や、みずほ銀行Gの会長が、コロナ危機の移動困難を超えて参加している。日本は、軍産マスコミ軽信から抜けられない市民と対照的に、対米従属の先行きを懸念する「上の方」の人々は、安倍首相から金融界、財界まで、何年か前から中共を礼賛している。日本の上の方は、上っ面だけいまだに対米従属を演じているが、今後の日本の経済発展には米国より中国の方が大事だと知っており、中共に対してさかんに尻尾を振っている。 (第12回陸家嘴フォーラムが18日に上海で開催) (コロナ危機による国際ネットワークの解体) コロナ危機後、米国は覇権崩壊への道を加速している。同時にトランプは中国敵視を加速している。中国は、トランプの中国敵視に押される形で自国中心の多極型・非米型の覇権システムを強化する動きを加速し、米国の覇権喪失・ドル崩壊を現実のものにしていく。いつも書いているが、これは覇権放棄屋・隠れ多極主義の一味であるトランプの謀略なのだ。日本でも「上の方」から順番に、米国がやばくなってきたと察知しているはずだ。安倍首相が先日、中国に見せるために地上イージスの計画中止を発表したのが象徴的だ。中国は最近、日本や韓国に対し、友好関係を強化しようとすり寄ってきている。これを歓迎した安倍が、中国に対する「返礼」として挙行したのが地上イージスの中止発表だった。 (トランプ、安倍、金正恩:関係性の転換) (China cozies up to Japan and South Korea as ties with U.S. sour over coronavirus) 中国で最近、ドルを決済・備蓄用に使うのをやめた方が良いと警告した高官はほかにもいる。6月22日には、中国政府の証券監督管理委員会の副委員長である方星海(Fang Xinghai)が「米国が中国への経済制裁を強めている中で、中国が決済通貨として米ドルを使い続けることは危険が増している、中国はドル建ての金融システムへの依存を減らした方が良い」と警告した。方星海は、中国より先に米国から経済制裁されてきたロシアの企業や金融機関が、ドル建て取引を禁じられて苦労した先例を挙げ、そうならないように中国は早くドル離れを進めるべきだと述べた。この発言は、トランプ政権が中国に対する経済制裁を強化すると言い続けている中で発せられた。 (China warned to prepare for being cut off from US dollar payment system as part of sanctions like Russia) (China Must Prepare To Be Cut Off From Dollar-Based Financial System, Official Warns) 最初に紹介した郭樹清の発言は、中国が米国の覇権を崩壊させる戦略が底流にあるが、2番目の方星海の発言は、トランプが中国への経済制裁を強めているので、それに対する防御策として、ドルの利用や備蓄を減らした方が良いと言っている。トランプの中国敵視策が、中国を動かしてドルの基軸通貨性を低下させる動きにつながっていることを示す象徴的な例だ。米国はトランプ以前から、イランやロシアをドルの国際決済網(SWIFTなど)から除名して経済制裁する策を進めてきたが、トランプはこの策を中国に拡大適用することを希望している。イランやロシアは経済大国でなく、もともと米国との貿易量も少なく、ドル決済を禁じて経済制裁しても米国側があまり困らなかった。しかし中国は違う。米国と多くの米同盟諸国にとって、中国はとても重要な貿易相手だ。中国にドル決済を禁じることは、米国側の自滅になる。あちこちからの猛反対で、トランプは中国とのドル決済の禁止に踏み切れないかもしれない。 (Rabobank: US-China Relations Are About To Fall Off A Cliff) (US looks to step up economic action against China) しかし、そこまでいかなくても、トランプ陣営が「中国をドル決済から除外すべきだ」と言い続けるだけで、中国は触発されてドル決済の減額や、人民元やSDRなど非ドル決済の拡充を準備していく。米国の政界や世論の分野では、中国敵視が人気を得るための格好の方法だ。今秋の大統領選に向けて、バイデン陣営など民主党側も、トランプに負けないぐらい中国敵視を吹聴している。トランプは「経済でも軍事でも中国敵視」だが、米民主党(旧軍産エスタブ)はもともと「軍事は中国敵視だが経済は米中協調」の方針だ。だが、トランプが「経済も中国敵視だ。それをやれない民主党は弱腰でダメだ」と扇動するので、バイデンら民主党側も引っ張られて「経済も中国敵視」に反対しにくくなっている。米中関係は経済面でもどんどん悪くなり、米中経済のデカップリングが進み、中国が非米的な世界経済システムを作ろうとする動きに拍車がかかる。 (House Republicans Want to Sanction the Entire Chinese Politburo and Their Families) ('Blame China, Save The Economy' - Trump Campaign Embraces New 2020 Messaging) 5月21日、中国の議会の一つである全国政治協商会議で、中国人民元、香港ドル、日本円、韓国ウォンの東アジア4通貨を加重平均したバスケット型の暗号通貨(ステーブルコイン)を作り、日中韓の貿易決済や金融取引に使う構想が提案された。IMFは、世界の主要通貨を加重平均したバスケット型の通貨(決済機能)としてSDR(特別引出権)を持っているが、中国で提案されたのはSDRの東アジア版だ。SDRにペッグする形の暗号通貨として構想されているものにフェイスブックの「リブラ」があるが、今回の新通貨はリブラの東アジア版ともいえる。日中韓の通貨統合みたいなものでもある。この新通貨の特徴は、東アジアの従来の貿易や投資の主な決済通貨である米ドルが入っていないことだ。 (Stablecoin currency proposed for HK, China, Korea, Japan trade) (Chinese Govt Advisors Propose Stablecoin for Cross-Border Payment) (通貨から始まったアジア統合) 中国が米ドル抜きの日中韓の決済通貨の構想を今のタイミングで出してきたのは2つの理由がある。一つは今回の記事で述べたように、トランプの米国が中国敵視の一環として、米中の経済関係を断絶したり、中国にドルを使わせないようにする策を進めているためだ。中国は、SDRやリブラの東アジア版を作り、貿易や投資の非ドル化を進めることが迫られている。 (Chinese Officials Propose East Asian Stablecoin) (China takes battle for cryptocurrency hegemony to new stage) (アジア経済をまとめる中国) もう一つの理由は、コロナ危機によって国際的な人的交流がいったん皆無になり、今後の国際的な人的交流体制の再編の方向として、世界中との交流を再開するのでなく、距離的に近く、コロナ危機の(演出の)状況も似ている、ごく一部の国々(1-4か国程度)との人的交流をまず再開する「共同鎖国」的な国際新体制が模索されていることとの関係だ(この新体制の組み方は「バブル」「旅行バブル」と呼ばれている)。東アジアでは、日中韓と東南アジア(特にシンガポール、ベトナム)、豪州NZの間、もしくはその一部で「旅行バブル」の形成が検討されている。この「旅行バブル」の通貨版の構想(の一つ)が、日中韓の決済通貨であると言える。東南アジアはドル崩壊後の将来、加重平均型の新通貨でなく中国人民元を国際決済通貨として使う可能性が高い。 (CCSA blows towards 'travel bubble' plan) (EU could reopen borders to tourists in Covid-19 recovery plan) 「旅行バブル」や、その発展形である日中韓のような国際地域通貨・地元の統合通貨が各地で出現していくことは、コロナ危機を口実にした米国覇権体制の分割、多極化である。口実としてコロナ危機が使われているが、その本質は、世界各国が、トランプが加速している米国の覇権の低下に呼応して、従来の米単独覇権体制(グローバリゼーション)を見放し、親米と反米といった冷戦思考の垣根を乗り越えて近隣諸国との関係を重視し、世界を多極型に転換させ始めたことを意味する。 (コロナ対策の国民監視システムを国際的につなぐ) (JPMorgan Says Central Bank Digital FX a Danger to U.S. Power) (Digital Currencies Could Threaten US Geopolitical Power, Warns JPMorgan) 中国が提案した日中韓を加重平均した新通貨には、当然ながら日本も入っている。だが、この件は日本でほとんど話題になっていない。中国が勝手に妄想を出してきただけで実現するものでなく、日本政府は事前事後の相談も受けていないし、真に受ける必要もない、と考えられているかのようだ。もしくは無知か。しかし今回延々と述べてきたように、日本にとって、従来の「お上(世界覇権国)」である米国が衰退し、新たな「お上(地域覇権国)」として中国が出現してきている。中国が、日本を巻き込んでやりたいことがある、と言えば、日本は従わざるを得ない。日本政府はおそらく事前に中国から新通貨について説明を受け、実現するなら協力すると言わされている。中国が決め、日本が従う。いつまでたっても日本は従属状態から出たくない。世界の激変に対してもまるで無知。知りたくもない。くだらない国と人々。悲しい。
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