トランプ、安倍、金正恩:関係性の転換2020年6月21日 田中 宇6月15日、私は「加速するトランプの世界撤兵」の記事で、米トランプ大統領の腹心であるリチャード・グレネルが「トランプは日本や韓国からも駐留米軍を撤退したがっている」と6月10日に表明したことを書いて配信した。覇権放棄や軍産潰しの戦略を進めるトランプは、コロナ危機で米国の世界支配力が落ちていくのを利用して世界からの米軍撤退を加速しようとしており、日本は米国に頼れなくなりつつあると書いた。北朝鮮も、戦時体制で独裁を維持してきたので、在韓米軍が撤退すると国家崩壊の危機になる。だから北は米韓に対して好戦的な姿勢をとり始めている、ということも書いた。 (加速するトランプの世界撤兵) それらを配信した数時間後の6月15日夕方、日本政府が日米共同運用の迎撃ミサイル「地上イージス」の計画を中止すると発表し、人々を驚かせた。安倍は事前に、計画中止をトランプには伝えただろうが、政府間ルートでの米国側への通知をせず、国内では自民党にも事前通知しなかった。私の記事の流れからすると、この中止は、米国が日本の国家安全を守ってきた体制をトランプがやめつつあることと関係している。 (What Japan’s U-turn on Aegis Ashore says about US alliance management) 翌6月16日には、北朝鮮が38度線の開城工業団地にある韓国との南北連絡事務所を爆破し、38度線近くに久々に兵力を展開したりして、米韓との再戦争も辞さずという好戦姿勢をとり、世界の注目を集めた。これまで金正恩と会談して北をなだめて時間稼ぎしてきたトランプが、軍産に勝ったのでいよいよ韓国からの撤兵へと動き、北に対して事実上「米国は出て行くから、韓国と仲良くやってくれ」と言い出している。これに対して北は、米国との対立構造を解消されたくないので、在韓米軍の駐留継続を荒っぽくお願いした表明が今回の連絡事務所爆破だった。 (North Korea Blows Up Liaison Office With South, Seoul Says) 今の日米や米朝の関係を読み解くに際し、まず踏まえておかねばならない点は、トランプ(やその背後の多極化勢力)の目的が、これまで米国覇権を維持運営してきた軍産複合体や同盟諸国との関係を潰すことで米国覇権の体制を壊すことにある、ということだ。トランプらは、ロシアや中国が好きだから米国覇権を壊して多極化を進めたいのでなく、米国覇権体制が世界経済の発展を邪魔しているから壊したい(冷戦後の米国中心の経済発展の多くは実体面でなく債券金融システムの肥大化による金融バブルだ。QEという最後の膨張体制が行き詰まると大崩壊する)。多極化は、それをやらないと米覇権体制が蘇生してしまうから推進している(多極主義勢力というより多極化勢力と呼ぶべきだった)。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (軍産の世界支配を壊すトランプ) 戦後の多極化勢力と軍産・覇権勢力との暗闘の中で、日本はおおむね軍産側の傀儡国だった。数少ない例外は2回だ。1度目は1970年代、米中和解や冷戦破壊を進めたが軍産に潰されたニクソンに頼まれた田中角栄が中国をテコ入れしようとして軍産にロッキード事件を起こされて潰された。2度目はリーマン危機で米覇権の衰退が加速した後の2009年に鳩山小沢が出てきて対米自立・中国接近を模索したものの、角栄の時と同様、外務省など日本の軍産傀儡筋に潰された。鳩山小沢が潰されて自民党政権に戻った後、外務省など軍産傀儡に担がれて出てきたのが今の安倍政権だった。 (多極化に対応し始めた日本) (鳩山辞任と日本の今後) ところがその後、2016年に当選したトランプが軍産との戦いを開始し、安倍はトランプに誘われて仲間になった。安倍はトランプと組むことで独裁力を強化し、トランプの力を借りて日本で安倍を牛耳ってきた官僚機構や自民党、マスコミなどの軍産傀儡勢力から自らを解放した。外務省やマスコミは安倍に逆らえなくなった。安倍の日本は、対米従属を維持しつつ、軍産傀儡から静かに離脱した。トランプは安倍に、いずれ米国覇権を低下させ、日米安保体制を解消すること、トランプは中国を敵視するが安倍は中国と仲良くしても良いことなどを伝えてきたと考えられる。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本) 米国覇権が崩れると、日本は経済面と安保面の両方で米国に依存できなくなり、代わりに多極型世界における東アジアの盟主になる、世界最大の市場でもある中国との関係を強化せざるを得ない。安倍は中国にすり寄った。 (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本) (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) 今年から世界はコロナ危機に入り、米国は暴動で国内が混乱していき、黒人差別問題の過剰な誇張によって南北戦争の再発・内戦化に向かっている。米国は自滅的な内紛が誘発され、覇権運営どころでなくなっていく。米金融はバブルを維持するためQE依存過多がひどくなってドルの国際信用が下がっていく。米国が自滅していく中で、トランプは中東、欧州、東アジアなど世界からの撤兵を進めていく。中国やロシアが覇権を拡大して国連を傘下に入れていく。トランプに敵視された中国は、米国と協調し続ける道をあきらめ、逆に世界の非米化や多極化の推進を加速している。トランプの中国敵視は中国を強化し、それを横目に安倍は中国へのすり寄りを続ける。 (America’s Own Color Revolution - By F. William Engdahl) (米国の暴動はコロナ愚策の都市閉鎖が主因) (コロナ大恐慌を長引かせる意味) このような流れの中で、トランプ陣営がドイツや日本韓国からの米軍撤退を加速すると宣言した直後、安倍が地上イージスの計画中止を発表した。安倍は、自民党にも相談せずに中止を決定したらしく、自民党側が怒りの表明をしている。安倍は、事前にこの中止を日本外務省に伝えず、日米外交ルートでの米国側への事前通告がなかった。昨年あたりまで軍産の巣窟だった米国務省はノーコメントを貫いた。この中止は、日本政府の国内での根回しの悪さや、日米関係だけの問題として報じられている。だが私が見るところ、安倍が地上イージスの計画中止を最も見せたかった相手は中華人民共和国の習近平である。これは安倍の中国すり寄り策の一つだと感じられる。 山口県と秋田県で進められていた地上イージスの中止は、発射の際にブースターが地上に落ちて民家などに被害を与えかねないという山口県での問題と、地元の反対運動があったという秋田県での問題を乗り越えられなかったことが中止の理由とされる。だが日本での各種の防衛事業はこれまで、反対運動や技術的な問題がかなりあってもほとんど止まらなかった。止めると日本が米国から信用されなくなるし、敵性諸国を利することにもなり、巨額の予算が無駄になる。そうした歴史を考えると、今回あっさり中止を発表したことはとても意外だ。中止でなく、何も発表せず静かに延期しつつ対策を講じることもできたはずだ。中止でなく延期なのだという「解説」が事後的に出ているが、今回の件の重要性は、中止か延期かという今後の実体でなく、中止を明確に発表してしまった点にある。日本は自分から日米同盟に亀裂を入れた。これは画期的だ。 (Japan to Scrap Costly Land-Based US Missile Defense System) トランプによる駐留米軍撤退の意志が最も強く表明されているのは日韓でなくドイツからの撤兵だ。トランプ陣営は最近、ドイツからの撤兵を何度も表明しているが、実際の撤退命令はまだ出していない。実際に撤兵を進めると、共和党の支持母体の一つである軍事関連産業の反発や失望をかうので、トランプはそれを11月の自分の再選より後にやりたいのだろう。同盟諸国に対米失望感を抱かせて対米自立をうながすというトランプの覇権放棄策は、実際の撤兵実務をやらなくても「撤兵するぞ」と言い続けるだけで効果が上がる。日本や韓国からの撤兵も、トランプ2期目の来年以降になるだろう。 (Despite Trump's threat, top general says White House hasn't given order to pull troops from Germany) ▼金正恩は親中国に戻る道を模索するため隠遁している? 安倍の日本と並んで、金正恩の北朝鮮も、トランプが軍産を潰して加速している覇権放棄・米軍撤退によって、国是の転換を迫られている。「北は、米韓との敵対関係がないと独裁を維持できないので米国側が在韓米軍撤退を示唆するのに呼応して米韓敵視を強めている」という、すでに書いた視点のほかに、「中国」の存在が大きいようにも感じられる。北は、米韓と本気で戦争する気がない。本気で戦争したら、北も韓国も破壊されてしまう。米韓は、北が吠えているだけだと知っているので、来年以降、在韓米軍が静かに撤退していく。そうなると北の政権は、今にも戦争しそうな有事体制で人民を統合するのでなく、経済発展によって人民の信頼を得る策に戻らねばならない。北が経済発展するなら、中国経済圏の傘下に再び入るしかない。 (Why Is North Korea Starting a Crisis Now?) 北は、父親の金正日の時代の前半に好戦的な有事体制(先軍政治、軍部主導)をやったが、2000年ぐらいに経済重視に転換し、中国にすり寄った。金正日は、政権中枢の軍人を減らし、叔父の張成沢ら労働党の経済専門家を政権中枢に登用し、経済を少しずつ自由化した。だが、2011年に金正日が死んだ後、軍の幹部たちに担がれて政権に就いた息子の金正恩は、経済重視をばっさり捨てて軍人主導の先軍政治に戻り、2013年末に張成沢を処刑した。中国からの経済恩恵は「ひも付き」だ。経済重視だと中国と親しくせねばならず、中国から真綿で首を締められるような巧妙な支配を受ける。若い金正恩は、それが嫌だったのだろう(父の金正日も、若いころ中国を修正主義と呼んで罵倒していた)。 (北朝鮮・張成沢の処刑をめぐる考察) 中国はこの成り行きを傍観してきた。だが、トランプが米国中枢の権力闘争で軍産に勝って韓国や日本からの撤兵を言い出すようになり、コロナ危機で米国の覇権衰退が加速する中で、中国は、金正恩に言うことを聞かせるべく、北朝鮮に対して隠然とした経済制裁を行なっている。北朝鮮政府は今年4月、17年ぶりに国債を発行し、国内の裕福層に強制的に買わせる政策を開始した。コロナ危機で中朝国境が閉まっており、北の政府が中国との貿易で儲けられなくなっていることが一因とされているが、中朝の関係は純粋な経済だけでない。北が困っていて親中国なら、中国は北側が経済を回せるように儲けさせてやるはずだ。今の中国は、北が困っていても助けようとせず、コロナを理由に国境を閉めたまま放置している。これは隠然とした経済制裁である。やむなく北の政府は国債を強制的に裕福層に買わせる「臨時課税」をして国庫の欠損を埋めている。この手の策は当然ながら不評であり、長く続けていると金正恩政権が不安定になる。 (North Korea has begun issuing public bonds) 金正恩は最近、何週間も公式の場に姿を見せず、時々出てきて健在ぶりを世界に確認させた後、また姿をくらましている。この隠遁は「コロナ対策でないか」と解説されているが、コロナ対策なら周りに人がいない状態で公式の場に出てきてテレビに撮影させれば良い。金正恩の「お隠れ」に対する私の見立ては、軍部に牛耳られた先軍政治体制をやめて中国傘下に再加入する経済重視に転換する道を探るため、軍幹部を近づけないよう隠遁しているのでないか、というものだ。そして、政府を握る軍人の相手は妹の金与正にやらせている。 ('Expect Something Big': Kim Jong-Un's Powerful Sister Threatens Military Action Against South) この見立てを補強するニュースはない。私の推論だ。しかし、北朝鮮政府が金欠で困っているのは確かだし、中共がその気になれば簡単に北朝鮮の国家財政をテコ入れできるのも事実だ(北の人口は2550万人で、中国の省としてかなり人口が少ない甘粛省と同規模)。中国は隠然と北を経済制裁している。その理由は、中国にとって今が、金正恩の北を親中国の戦略に引き戻す好機だからだ。 (Where's Kim? North Korea leader keeps unusually low profile) 米国の永遠の敵となることで独裁政権を維持する金正恩の戦略は、トランプの覇権放棄の進展によって崩れていくことが見えてきた。中国から隠然と経済制裁されて北朝鮮政府が金欠になっているのを見て、韓国側は「対立をやめて経済交流を再開しましょうよ。困ってるんでしょ?」と言ってきている。だが、韓国からの誘いに乗って南北和解したら、韓米を敵として維持してきた北の独裁体制・有事体制的な先軍政治が続かなくなる。北は韓国の風下に立つことになって北国内での金正恩政権の権威が落ちかねない。だから北は、南北経済交流の象徴だった開城工業団地の南北連絡事務所を爆破し、北国内で韓国を猛烈に非難する大衆運動を人民に鼓舞強制している。 (South Korea is a model for combatting COVID-19, it should now take the lead in diplomacy with North Korea) 金欠の北が資金を得るには、韓国か中国のどちらかと仲良くするしかない。韓国を敵視し続けるなら、中国にこっそりすり寄るしかない。金正恩のお目付け役である軍幹部たちは、金正恩が中国にすり寄ることを歓迎しない(金正恩が軍幹部たちでなく中国の言うことを聞くようになってしまうから)。だから金正恩は、妹の金与正に韓国敵視策を担当させる一方で、自分自身は隠遁を続けて軍幹部に会わないようにしつつ、中国とうまく和解して経済関係を再構築する道を模索していると推測される。北は今後、中国に再接近して経済重視策に転換した後、韓国への敵視もやめて、韓国に対して尊大な感じで「付き合ってやっても良いが」と言ってくるのでないか。来年にかけての北の動きが注目される。
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