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中国が好む多極・多重型覇権

2019年11月7日   田中 宇

米国がトランプ政権になって、世界の覇権構造の多極化が加速している。マスコミを鵜呑みにする軽信的な方々は「トランプは強欲なだけ」と思っているが、自分の頭で考えている人々は、トランプの言動が目くらまし的な策略でないかと考え「トランプは米国の覇権を放棄したい隠れ多極主義者だ」という私の推察を全面否定しないだろう(全面肯定しないかもしれないが)。世界の政治体制は、戦後の「米国単独覇権体制」から「多極型覇権体制」へと転換(多極化)しつつある。この転換は、2024年のトランプ政権の終わり(再選を前提)までに一段落しそうだ。先日のトランプのシリア撤兵は、911以降の米覇権戦略の中心だった中東における米国の覇権の大幅な低下を体現しており、これにより多極化がさらに加速している。 (トランプ中東覇権放棄の大詰め

多極型の覇権体制とは、どのようなものなのか。それを考えねばならない時期に入っているが、どちら側の関係者も多極化について語りたがらないので、どんどん多極化が進んでいるのに、考える際のヒントがとても少ないままだ。従来の米単独覇権体制を運営してきた米中枢の軍産複合体(傘下のマスコミ)は、従来の体制をできるだけ延命したいので多極化に言及したくない。「多極化」は「陰謀論」扱いされている。トランプ(や先輩のレーガン)も、軍産と暗闘している都合上、多極化を語らず、強欲に見せるなどの目くらましを発している。多極化で覇権をもらう側の中国やロシアは、こっそりやった方が得するので覇権や多極化について語らない(覇権国を自称すると責任をとらされる。自称しない方が安上がり)。そのため、多極化は目立たない形で進んでいる。「隠れ多極化」である。 (人類の暗い未来への諸対策

経済面の米国覇権(ドル)の崩壊も、米連銀の実質的なQE再開(レポ市場介入)によって進んでいるが、米連銀は「これはQEでない」と断言しており、これまた「隠れ金融危機」である。日本の安倍政権は、ゴリゴリの対米従属(というより対トランプ従属)を続ける一方で、中国に対しても静かに従っており、昔の琉球王国みたいな「両属」の状態になっている(なのに日本は沖縄を大事にしない)。米国覇権の低下と多極化・中国台頭の流れを受けて、日本は自らが世界の極の一つになるのでなく「隠れ米中両属」になっている(一時期の「米中の間に太平洋の第3の極として日豪亜の海洋アジア圏ができる」という流れは大きくならず、豪州も米中両属的な状態になっている)。すべてが目立たない「隠れ」の状態で進んでいるので、ほとんどの人が知らぬまま、巨大な覇権転換・多極化が進んでいる。多極化を語る私は「世の中」から「妄想屋」扱いされたままだ。 (隠れ金融危機の悪化) (日豪は太平洋の第3極になるか

私などよりはるかに頭が良い権威ある先生方やお役人様たちが多極化について考えたがらないので、私は「世の中」から妄想扱いされつつ、自己流で覇権転換を分析するしかない。誰も真に受けなくても、考えること自体が楽しいのでかまわない(真に受けてくれる読者も意外に多いようだが)。考察を鈍らせるので権威はむしろ不要だ。改めて調べたところ、私は「多極化」について04年ごろから指摘している。 (岐路に立つアメリカの世界戦略

ここからようやく今回の本論だ。私なりに分析していくと、多極型の覇権体制は、複数の「極(地域覇権国)」の影響が各地で重なり合っている「多重型」の覇権体制であることが見えてきた。従来の戦後の米国覇権体制は、多重的な状況を嫌ってきた。冷戦終結まで、米国(英米・軍産)はソ連側と世界を2分する冷戦体制に固執し、米ソをできるだけ明確に対立させるのが冷戦期の米国覇権運営者(軍産英)の方針だった。この方針は、世界中を「米国側(味方)か、さもくなばソ連側(敵)」という敵味方に2分することに固執し、多重的な状況をできるだけ廃絶する戦略だった。 (China’s great game in the Middle East

レーガンが冷戦構造を壊してソ連が崩壊した後、世界は米国の単独覇権体制になったが、それと同時に米国は、世界各国に対して「何でも言うことを聞く傀儡になれ。ならないなら敵だ。潰してやる」という「傀儡か敵か」の二者択一を迫る傾向を強めた。これまた、多重的な状況を拒否する姿勢だった。冷戦後期、日本やドイツが経済台頭したが、日独とも大戦で米英に決定的に負けて「去勢」されており「傀儡か敵か」の二者択一を迫られればもちろん「傀儡」に決まっているので「米国より弱いです」という演技を続けた。日本は90年代の「バブル崩壊」を意図的に経済を自滅させるものにしていき、今に続く「失われた30年」の状態を作り、日本が米国を抜いてしまう「ジャパンアズナンバーワン」の状態を自滅によって回避した。「おかみ」が衰退するなら家臣の自分も自殺する「ハラキリ主義」。日本は立派な「サムライ」だった。(藁糞)

日本の誤算は、日本だけでなく米国(軍産と隠然対立し続けてきた隠れ多極主義。ネオコンやトランプ)も(隠れ)自滅主義だったことだ。米国は、911以降のテロ戦争での過剰に横暴な「単独覇権主義」になり、イラク侵攻などの「世界民主化」を掲げた濡れ衣戦争の連続的な失敗により政治的に自滅し、リーマン危機やその後のQEなどバブル膨張策によって経済的にも自滅していった。そして、この米国の覇権の自滅が目立たないように進む中で、米国の覇権衰退によって世界各地に作られた覇権の空白を中国やロシアが埋めていく「多極化」の傾向が進んだ。この多極化は、表向き米国が単独覇権体制を全世界的に維持している中でこっそり進んでいるので、中国やロシアは、表向き米国の従属国である諸国に対し、中国が経済面、ロシアが安保面で支援して中露の覇権下に入れていくかたちで進んできた。世界のしだいに多くの国が、表向き米国の覇権下にとどまりながら、実質的に中露の覇権下にも入るという「多重型」「両属」の体制が作られてきた。

自国が覇権国であることを認めると、うまくいかないときに責任をとれと世界から言われる。覇権国は、質の悪い従属国の面倒を見ねばならない。戦後、自称しつつ覇権国をやっていた米国は苦労した。中国は、米国を見ているので、覇権国を自称したがらない。表向きの覇権国が米国である状況の方が、中国やロシアは儲かる。中露は、多重型の覇権体制を好んでいる。それは「多重」の相手が米国でなくても同様だ。そもそも中露は相互乗り入れの多重型の覇権運営だ。中央アジア5カ国は、中露やイラン、トルコなどの覇権(影響)が入り組んだ多重構造で、関係国のすべてが仲良くしている。トルクメニスタンは鎖国してきたが、みんなから「温かい目」で見られている。米軍撤退後のアフガニスタンも、中露イラン印パによる多重型の支援体制になる。

すでに述べたように、近年の安倍の日本自体が、対米従属を維持して米国の中国包囲網に参加する演技をしつつ、中国と仲良くして隠然と対中従属する「米中両属」になっている。日本は敗戦国として「去勢」され、官僚独裁機構が去勢状態を恒久維持している(たとえば日本人を強化しうる潜在力を持っている皇室を幽閉しておくための宮内庁長官は歴代、英米軍産の一部である日本外務省から出ている。しかも日本の右翼も「米国の犬」でしかないので、外務省が皇室を幽閉していることに文句も言わない。日本の真のナショナリズムは三島由紀夫とともに死んでいる)。そのため、日本は中国のように米国の覇権低下で世界各地にできている「覇権の空白」を自国が埋めて多極型世界における覇権国の一つになっていくことができない。日本は、覇権衰退する米国と一緒に弱体化する「ハラキリサムライ主義」を採っているので、中国にどんどん負けていく。今後、米国はもっと衰退し、日本は中国へのさらなる従属を余儀なくされていく。日本人のほとんどがこれに気づいてない。日本はすばらしい国である。(藁糞) (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本

世界的にみていくと、東南アジアも米中両属で近年は中国の影響が強くなっている。中央アジアなどユーラシアの中央部は、すでに中露の覇権地域で米国は関係ない。これから中東もそうなる。中南米も、もともと米国だけの覇権地域だったのに、中国が入り込んで両属になっている。アフリカも米欧の傘下だったのが、中国が入っている。独仏など西欧の影響圏だった東欧も、どんどん中国に入り込まれている。中国は各地で、インフラ整備などの経済支援の見返りに、その国のエネルギー資源の利権を長期的にもらい受ける一帯一路の「ウィンウィン戦略」をとっている。中国が経済支援する国々の多くに対し、ロシアがS300など米国製よりずっと安い高性能な兵器を売っている。こうした中露の動きのせいで、世界的に多極型・多重型の覇権構造になりつつある。中露が米国を押しのけているのでなく、米国が覇権を自滅させた穴埋めを中露がやっている。日本は対米従属なのでこの穴埋めに参加できず、中国より劣った格下の国になっていく(すでになっている)。 (Do Africa’s emerging nations know the secret of China’s economic miracle?

今回の記事で書きたかったことは上記のことだが、この分析に行き着く前に、中東のイラクなどに対して中国が、一見イランの覇権を押しのけつつ入り込んでいることを書こうとしていた。イラクにおいて中国とイランが覇権争いをしているように見えて、実はそうでなく、イラクが中国とイランの「両属」になる「多重型覇権体制」が実現しつつあると気づいた。それをさらに考察し、上記の多重型の覇権論になった。もともとのイラクに関する記事も、それなりに読み応えがあると思うので、以下にくっつけておく。

▼イランと中国への両属を好むイラク

中東の大産油国であるイラクは、国民の65%がシーア派イスラム教徒なので、シーア派に対する国際統合力を持つイランの影響力が強い。03年に米国がフセイン政権に「大量破壊兵器保有」の濡れ衣をかけて侵攻し政権転覆して軍事占領したが、米国はイラクの人心掌握に大失敗して11年に撤兵した。79年イラン革命以来の反米主義を掲げるイランは、米国の占領失敗に乗じてイラクでの影響力を拡大した。

米国の中枢はこの10年、軍事による中東支配を続けたい軍産イスラエルと、軍事支配戦略をやめたい大統領(覇権を立て直したかったオバマ、覇権を放棄・多極化したいトランプ)の対立が続き、オバマが11年にイラク撤兵を強行したが、それに対抗して軍産がスンニ派テロ組織をこっそり支援してISISをイラクで台頭させ、イラク政府が米軍に再駐留を依頼せざるを得なくした。オバマはイランを強化してISISを退治させる軍産への対抗策をとり、15年にイランと核協定(JCPOA)を結んだ。トランプは逆に、JCPOAを離脱しイラン制裁を再開して露中イランなど非米勢力の団結強化を誘発する戦略をとり、中東全体で米国の覇権縮小と露中イランの台頭が起きている。この流れの中で、イラクでも米国の影響力の低下と、イランの影響力の増大が続いている。

濡れ衣戦争や、自作自演のテロ戦争ばかりやってきた米国の覇権が低下することは、イラクの政府や人々(クルド人以外)の歓迎するところだが、米国が失った影響力をすべてイランが穴埋めし、イラクがイランの恒久的な傀儡国になるのも、イラクのナショナリズムからすると歓迎できない。イラクには巨大な石油が埋蔵されており、これを世界に売っていくだけで、イラク人は何十年もサウジ人みたいな道楽生活ができる。メソポタミア以来の文明力の遺産を持つイラク(アラブ人)はかつて教育水準も高く、民族的にもイラン(ペルシャ人)に負けない。フセイン政権とイスラム共和国はかつてイランイラク戦争も戦った。

イラクは、イランと肩を並べる国になるべきで、両国の多数派が同じシーア派だからといって、イラクがイランの傀儡国になって良いはずがないと考えるイラク人は多い。だが、今の中東において、シリア内戦の勝者になってアフガニスタン西部から地中海(ベイルート)までの広大な「シーア派の三日月」を影響圏に入れたイランは、サウジやトルコを押しのける「地域覇権国」になっている。

シリア撤兵で中東覇権の放棄に拍車をかけるトランプの米国は、イラクからも出て行く方向で、イラク議会などでは「ISISが退治されたのだから、もう米軍がイラクに駐留する必要はない。米国に撤兵を求めるべきだ」という声が強まっている。イラクの各地で最近「イランはイラクから出ていけ」と叫ぶイラン敵視のデモも行われている。これは米軍占領時代に米諜報界が形成した傀儡網を動かして扇動されているとも感じられるが、これとて、最終的にはイラン系の勢力がイラク国内の米軍産系の諜報網を潰すための格好の手がかりにされるだけだ(レバノンの反政府デモも同様)。イラクに対して外から影響力を行使するのが米国とイランだけである限り、米国が退却してイラクがイラン覇権(とくにイランの海外派兵部隊である「革命防衛隊」)の傘下に組み入れられていく流れは止められない。

しかし、そんなイラクに最近、第3の外国勢力が入ってきている。それは中国だ。9月下旬、イラクのマハディ首相が中国を訪問し、イラクは中国の経済覇権戦略の組織である「一帯一路」に正式加盟した。イラクが中国に、いくつかの石油ガス田の開発権・採掘権を長期で与える見返りに、中国はイラクで交通網や港湾空港、パイプライン、電力網や上下水道、住宅や学校や病院などを建設するインフラ整備事業を行う。今後、米国の覇権が低下するほど全体的に中東(と全世界)は安定する傾向になり、イラクも安定していくが、その際に他の要因が何もなければ、イランの革命防衛隊系の企業がどんどん入ってくる。しかし、そこに中国が入ってくると様子が変わってくる。 (Iraq’s joining BRI could challenge its stability

イランは、中国に頭が上がらない。イランが米国に経済制裁されているとき、投資や貿易の形でイランに最も資金をくれたのは中国だった。イランの石油ガスを最も買ってくれているのは中国だ。イランは、米国からの敵視をはねのけるため、中国ロシアのユーラシア覇権協調の組織である「上海協力機構」に入れてもらおうと必死だった(今はオブザーバー参加)。イランの影響圏である「シーア派の三日月」は全体が、中国の影響圏である「一帯一路」に地域的にそっくり含まれる。国家の規模や、国連における「格」からみても、中国は「世界的な大国」(米EU中露、インドブラジルなど?)の一つであるが、イランはその下の格の「地域の大国」(これからの日本や、トルコ、豪州、統一後の朝鮮などと同格)である。 (China strikes back

イラクは、イランの覇権下(シーアの三日月)に安住することを拒否し、その一つ上の中国の覇権下(一帯一路)にも入れてもらい、イランと中国の間でバランスをとる「両属」になることで、イランの傀儡にされないようにした。中国に文句を言えないイランは、イラクの動きを容認するしかない。 (China keen to cooperate with Iran on Middle East peace, stability: Envoy

多極型の覇権構造について、私はこれまで「きたるべき」という未来形で語っていた。だが、最近のトランプのシリア撤兵を機に、少なくとも中東では、多極型の覇権構造が現行の形になった。覇権の転換は20-50年かかる長い話だし、覇権構造の現状についてマスコミや権威筋がほとんど語らないので、世界の今の覇権構造が「すでに多極型」なのか「多極化しつつあるが、まだ米単独覇権体制」なのか明確でない。だが、中国やロシア、イランなどの強さ、米英豪日イスラエルなどの弱さからみて、すでに世界は多極型に移行したと言って良いのでないかと感じられる。すでに多極型に移行した世界の中で、イラクは、イランと中国の覇権下に入っている。このような多重構造の国際関係が、多極型世界の特長だと考えられる。

イラクに関与する中国のやり方の興味深い点はまだある。イラクはシーア派65%、スンニ派15%、クルド人20%の人口構成で、このうちシーアとクルドの地域で石油が出る。シーア派が主導するバグダッドの中央政府は、クルド地域(キルクーク)から産出される石油を中央政府が外国に売って外貨収入を得る見返りに、クルド人の自治政府に中央政府の予算の一部(17%)を毎月渡す協定を結んでいたが、ISIS退治後のクルドの分離独立機運と、バグダッド政府の自信回復により、この協定が不履行になっていた。今回、イラク国家の立て直しを目指し、中国政府が仲裁に入り、クルド人が輸出する石油の全量を中国が買い取り、クルドがバグダッド政府から受け取ることになっている満額を毎月中国がクルド自治政府に支払うことで話をまとめた。中国はイラク国内の対立を仲裁することで、すでに得ているバグダッド政府管轄下の石油の利権だけでなく、クルド自治政府管轄下の石油の利権も得ている。 (China Makes A Move On OPEC's No.2

しかもこの話は、多極型世界における多重型の覇権構造を象徴する話でもある。この仲裁劇は、ロシアがクルド自治政府を代弁し、イランがバグダッド中央政府を代弁して、両者の仲裁を中国が行う形式で進められた。中国とイランはイラクの覇権を奪い合うのでなく、中国とイランが話し合い、イランの上位にいる一つの地域覇権国であるロシアの協力も得て、イラクの国家再建を進めている。

こうした中露イランのやり方は、米国(軍産英イスラエル)のやり方と対照的である。米国側は、かつて米国の言うことを聞いていたフセイン政権のイラクに、反米主義になったイランを攻撃させてイランイラク戦争を起こしたり、その後はクルド人を傀儡勢力としてフセイン政権を攻撃させたり、さらにその後はISISを台頭させて米軍をイラクに戻させたりして、総計で何百万人も殺してきた。極悪である。それなのに米側でなく、ロシアやイランや中国が「悪者」にされる。真の「悪」は米英イスラエルの側である。善悪を歪曲したプロパガンダを流し続ける軍産傘下のマスコミにみんな騙されている。 (ポスト真実の覇権暗闘

実のところ、米国では、中国がイラクを一帯一路に組み入れて中国覇権下に入れることを歓迎する動きがある。米国(軍産イスラエル)は、中国よりもイランを敵視しているので「中国がイラクを支配すれば、イランがイラクを支配することを防げる」という理屈だ。米国自身はイラク占領に失敗し、もうイラクの面倒を見たくない。イラクがイランの支配下に入るぐらいなら、中国の支配下に入った方がましだ、という理屈だ。この理屈は、冷戦型の思考方法にはまってしまっており、中国とイランが仲良くイラクを傘下に入れ、イラク自身も多重の構造を好んでいるという現実を無視している。この手の米国内の間違った思考方法の多くは、おそらく隠れ多極主義者が流布した意図的な間違いである。 (Iran’s not the only country all over Iraq

中国の覇権戦略(一帯一路)は、イランの覇権戦略(シーア派の三日月)をすっぽり「買収」して多重構造になっているが、このような覇権戦略をかぶせるやり方を、中国はほかの国々ともやっている。イラクのとなりのシリアのアサド政権は内戦になる前、自国がペルシャ湾と地中海の間にあることを利用して、ペルシャ湾と地中海、トルコの北の黒海、イランの北のカスピ海などとをつなぐ自国中心の国際交通網(鉄道、道路、港湾)を整備する「5つの海」と銘打った国際戦略を発表しており、内戦後の今、アサドはこの戦略を再生して国家再建策の一部にしたいと考えている。中国はそこに目をつけて「5つの海の戦略は、まさに中国の一帯一路と重なっているので一緒にやりましょう。カネを出しますよ」と持ちかけている。内戦後のシリアの再建策は、イランやロシアも手がけたがっており、中露イランによる多重型になることが必至だ。欧州はある程度入れてもらえるが、米国は入らない(トランプは隠れ多極主義策のいっかんとしてアサドと和解しないだろう)。 (China’s great game in the Middle East

トルコのエルドアン政権は、トルクメニスタンやカザフスタン、アゼルバイジャンなど、など中央アジアからコーカサスまでのトルコ系民族の諸国をつなげる交通網やインフラ整備などの「トルコ圏」の開発構想を持っている。これまた、地域的に中国の一帯一路にすっぽり含まれている。トルコは最近「NATOの不良な加盟国」となっており、米国から兵器を買う一方でロシアからもS400などを買う多重型の戦略を展開している。多重型を拒否する米政界では、ネオコンなどがトルコへの敵視を強め、先日トルコが北シリアに侵攻した時はトランプがトルコへの経済制裁を口にした。だがその直後、中国が「米国が経済制裁した分をうちが穴埋めします」と言いつつトルコに36億ドルを貸す契約をまとめてしまった。エルドアンは「米国なんて要らないぜ」と豪語し「トルコ圏構想は一帯一路の一部です」と公言する中国へのお追従も発している。トランプは結局、NATOの結束を重視する軍産の中道派からの説得を受け、トルコへの経済制裁をやめた。しかし中国からトルコへの借款は生きており、トルコは表向き米国覇権下(NATO加盟国)のまま、中国やロシアとの多重型の覇権体制の中へと移行している。 (The Middle East's New Post-Regime-Change Future) (China's $3.6 Billion Bailout Insulates Turkey From US

中国は、西欧諸国の覇権下にある東欧諸国に対しても、一帯一路構想の一部としてのインフラ整備の名目で金を貸し、EU統合に一帯一路が殴り込みをかける覇権多重化の戦略をやっている。EU(独仏)は、東欧諸国に緊縮財政をやらせて覇権を維持しようとしてきたが、中国が金を貸してくれるとなると、東欧はEUの言うことを聞かなくなる。ロシアも東欧に石油ガスをやすく売ってEUの覇権に風穴をあけてきた。 (Japan and EU sign deal in riposte to China’s Belt and Road

EU側は「中国なんかに負けないぞ」と言って、ユーラシアの反対側の日本と組んで、日欧でユーラシアのインフラ整備などを手がける「中国包囲網」の日欧協約を結んだが、実際には、これも中国包囲網などでなく、中国が手がけるユーラシアでのインフラ整備事業に日欧も協力する多重型覇権体制作りにしかならない。米国の覇権が低下したら、日欧だけで中国と対峙することなどできない。日欧にそんな力はない。中国包囲網は米国覇権の考え方であり、日欧のもともとの戦略思考はもっと現実的だ。安倍自身「日本がやっている海洋アジア地域の開発構想(地域覇権策)は、中国の一帯一路と対立するものでなく、むしろ一帯一路とつながる相互協力のものです」と中国に媚びを売っている。多重型で多極型の世界体制が形成されつつある。 (Angela Merkel to make relations with China top priority when Germany takes on EU presidency next year



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