トランプ中東覇権放棄の大詰め2019年9月24日 田中 宇9月14日、サウジアラビアにある世界最大のアブカイク製油所のタンクなどが、どこからか飛んできた無人機(ミサイル)によって攻撃され、サウジが産油量の半分を出せなくなる大きな被害を受けた。サウジと戦争しているイエメンのシーア派イスラム教徒の軍政組織フーシ派が、サウジがイエメンを侵攻していることへの反撃であると、9月18日に記者会見を行って発表した。だが、米国やサウジの政府はフーシ派の表明を無視して、イランの仕業であると決めつけている。好戦派の米議員らはトランプに「早くイランを空爆しろ」と求めている。イランは、サウジ攻撃などしていないと強く否定している。日本やEUなど国際社会の多くも「イランがやったと考えられる根拠がない。犯行声明どおりフーシ派による攻撃だろう」と言っている。イランはサウジと仲良くしたがっており、サウジを空爆する動機がない。半面、フーシ派にはサウジへの反攻という大きな動機がある。サウジの製油所を攻撃したのはイランでなくフーシ派だろう。 (Escobar: How The Houthis Overturned The Chessboard) (Saudi oil strikes perfect example of Yemeni forces’ military capabilities: Army spox) 米イスラエル軍産マスコミは、何が何でもイランの仕業にしたがっている。NYタイムスなどは「攻撃で製油所のタンクは北側に穴が開いており、南のイエメンからでなく、北のイランから飛んできたミサイル(無人機)で攻撃されたに違いない」と報じている。だが他の専門家によると、ミサイルや無人機は、標的に接近する際に目くらましの動きとして旋回するようプログラムされていることが多く、北側から着弾しているからといって北の方角から発射されたとは限らない。ミサイルの残骸の調査から、イラン製であることが判明したとされたが、フーシ派はイランから軍事支援を受けており、イラン製の無人機やミサイルを持っていることを以前から発表している。 (Middle East Mystery Theater: Who Attacked Saudi Arabia's Oil Supply?) (Will Americans Let Trump Start a War for Saudi Arabia?) 「イランがフーシ派に攻撃させた」とも言えるが、2015年から続くイエメン戦争は、米国に支援されたサウジが、イランに支援されたフーシ派を越境侵攻している戦争であり、米サウジがイエメンを侵攻したこと自体が「戦争犯罪」の疑いがあるので、その侵攻に対してイラン・フーシ側が反撃してサウジの製油所を攻撃したという話になると、イラン・フーシ側が一方的に悪いと言えなくなる。フーシ派はむしろサウジからの侵攻に対する合法的な「正当防衛」「自衛策」として反攻したことになる。そのため、軍産マスコミは、イランがイエメン戦争と関係なくサウジの製油所を攻撃したという話にしたい。 (Trump Approves US Troop Deployment To Saudi Arabia In Response To "Iran Attacks") (Trump Mocks Sen. Graham’s Calls for War, Asks How Iraq Worked Out) (Iran defends Yemen drone attacks on Saudi oil facilities as 'self-defense') 9月22日には、フーシ派の幹部が欧米の外交官に対し、イランが間もなく再度サウジの施設を無人機で空爆しようとしていると伝えてきたとWSJが報じた。これが事実なら、フーシ派でなくイランがアブカイク製油所を攻撃したことになる。だがフーシ派の広報官は、自分たちの幹部は誰もそんなことを言っていないと発表しており、米国の外交官やWSJといった軍産マスコミが捏造した「偽ニュース」である可能性が高い。 (Yemeni Rebels Warn Iran Plans Another Strike Soon) アブカイク製油所はサウジの対イエメン国境から千キロ以上離れている。フーシ派が持っているイラン製の無人機の射程は1500キロだ。フーシ派は、イエメン国境から1500キロ以内の範囲にある、アブカイク製油所以外のサウジの無数の石油施設、空港、市街地などの重要施設を攻撃できる。いくらでも攻撃してやる、とフーシ派は豪語している。これはサウジにとって大きな脅威だ。これまでサウジはイエメンとの戦争に勝っていたが、もはや勝っておらず、むしろ負け始めている。フーシ派は「サウジがイエメンへの攻撃をやめるなら、自分たちもサウジへの攻撃をやめる」と提案している。サウジ王政(MbS)は、このフーシ派の停戦提案に乗りたいはずだ。8月にはMbSの弟が訪米し、トランプ政権に「フーシ派と停戦したいので仲裁してほしい」と頼んでいる。だが結局、米国は仲裁などしてくれず、逆にサウジに対し「フーシ派ともっと戦争して潰せ」と言ってくる。サウジはいやいやながらイエメン戦争を続けている。軍産の一部であるマスコミは「サウジはフーシ派を潰すまで戦争するつもりで、やる気満々だ」と勝手に偽ニュースを流布し続けている。迷惑な話だ。 (Saudis Launch New Offensive Against Yemen’s Hodeidah) (US Tells Saudi Arabia That Iran Is to Blame for Drone Attacks) フーシ派は以前からイラン製無人機を持っていると発表していた。フーシ派がサウジ国内を攻撃してきたのも、今回が初めてでない。サウジ側は、フーシ派がいつサウジの製油所などを攻撃してきてもおかしくないと知っていたはずだ。無人機やミサイルの侵入を探知する軍備を、米国から買って装備していたはずだ。それなのに今回、サウジはフーシ派から最重要施設をやすやすと破壊されてしまった。フーシ派の無人機は、千キロ以上もの距離を、サウジ側に全く探知されずに飛行した。なぜこんなことになったのか。サウジ政府は「無人機が超低空飛行してきたので探知できなかった」と言っている。サウジの米国製の探知設備は、そんなちゃちいものなのか。 (Will The Yemen War Be The End Of Saudi Arabia?) (Saudi Arabia Increasingly Confident Iran Launched Oil Attack) 私は、サウジの防空を事実上担当している米軍が、トランプ大統領がイランと和解しようとするのを妨害するため、フーシ派の無人機の侵入を意図的に気づかない状態にして、今回のアブカイク製油所の破壊をわざと引き起こし、それをイランのせいにしているのでないかと勘ぐっている。トランプは9月10日に好戦派のボルトン安保担当補佐官を解任し、イランに対する敵視を緩和して、国連総会のために9月下旬に訪米するロウハニ大統領と会う構想を模索・示唆していた。トランプにイランとの和解をさせたくない軍産側は、フーシ派に「サウジの製油所を攻撃するなら今だ」と情報を送り(フーシ派はサウジ東部のシーア派と親しく、サウジにいる米国のスパイがサウジのシーア派経由で情報を伝えたのでないか)、フーシ派の攻撃を誘発し、同時にサウジ国内の防空・探知施設をその時だけ麻痺させた可能性がある。911のテロ事件を誘発したのと似た構図だ。 (Saudi Arabia up in Flames: Riyadh Is Headed for a Major Disaster) (Who Really Benefits From The "Iran Attacked Saudi Arabia" Narrative?) (サウジ王政は、自国の軍隊を強化したくない。軍隊を強くすると、軍のトップがクーデターを起こして王政を転覆して自分が独裁大統領になりたがったりするからだ。そのためサウジ王政は自国の防衛・防空施設の運営を米軍に頼っている) (Trump's Real War Is With The Deep State, Not Iran) (Questions, Not Answers, Surround U.S. Push To War With Iran) 茶目っ気たっぷりなロシアのプーチン大統領は、サウジの防空探知設備が侵入してきたフーシ派の無人機を探知できなかったことを見て、サウジに対して「もっと高性能な防空システムが必要だね(米国製はやめた方が良いよ)。ロシア製のS400かS300を買った方が良いね。ご近所のイランやトルコは、もう持っているよ」と売り込んでいる。(プーチンはもっとまじめな、サウジとイラン、イランとイスラエルを和解させる努力も続けている) (Intel: What’s behind Putin’s arms sale proposal to Saudis) (ロシアがイスラエル・イラン・アラブを和解させていく) 窮地に陥っているMbSのサウジ王政は今後、フーシ派との停戦和解を、らちが明かない米国でなく、イランに頼むかもしれない。イランはシーア派勢力の大本営であり、フーシ派にとって親分だ。このままにしておくと、フーシ派がどんどんサウジ国内の重要施設を攻撃し、MbSに対するサウジ国内からの不満が増大し、王室内の下剋上から王政転覆に発展しかねない。MbSは、米国との関係を見限ってもフーシ派と和解していくしかない。それにはイランと和解して仲裁してもらうことが必要だ。すでにサウジの子分であるUAE(アラブ首長国連邦)は、一足先にイランやフーシ派と和解している。サウジやUAEがイランと和解していくと、ペルシャ湾岸の緊張が大幅に緩和される。ペルシャ湾は「非米化」され、湾岸の米軍は撤退していく。以下に書いていくが、覇権放棄屋のトランプはこの展開を狙っている。 ▼トランプの、わざと軍産にだまされて覇権放棄と多極化につなげる策略 軍産がトランプの対イラン和解を妨害するため、フーシ派にサウジの製油所を空爆させ、それをイランのせいにした、という上記の私の推測だと、トランプは軍産にだまされている。だまされているのにトランプは、イラン犯人説を積極的に支持している。トランプはよっぽどの間抜けなのか。私はそう思わない。トランプは、軍産がイランに濡れ衣をかけて自分をだましていることを知りつつ、あえてそれに乗っている。なぜなら、サウジ王政(MbS皇太子)は今回の製油所空爆の前から、フーシ派やイランとの対立を解消して和解したいと考えており、今後米国がサウジに対し「イランやフーシ派ともっと戦え」とけしかけるほど、サウジ王政はそれを迷惑に思い、逆にイランやフーシ派とうまいこと和解する道を模索するからだ。米国がサウジの事情を無視してイラン側を敵視し続けていると、サウジは最終的に米国から面従腹背的に離れ、イラン(やその背後にいるロシアや中国)に接近していく。これはトランプがこっそり進めている覇権放棄・中東撤退・多極化を実現する。 (Trump doesn’t want war with Iran, so Pompeo changes tone accordingly) 米議員など軍産はイランと戦争したがるが、トランプは戦争でなく経済制裁でイランを懲らしめると言っている。トランプは「最強の経済制裁」と称して、イランの中央銀行にドル決済を禁止する措置を9月20日に発表した。これは実のところ、イラン(や中露など非米諸国)がますますドルを使わなくなり、基軸通貨としてのドルの地位を下げ、米国の覇権を喪失させることになる。イランは以前からドル決済をしだいに制限される制裁を科され、今回ついに中央銀行まで制裁対象にされた。これまでの過程で、イランとの取引を続けたいEUや、イランと同じく米国から経済制裁されているロシアや中国などは、イランと協力して国際決済のドル離れ(ユーロや人民元などの利用)を加速し、米国による制裁に対抗してきた。今回の「最強の経済制裁」は実のところ「最強のドル離れ・ドル基軸破壊」にしかならない。 (Russia vows to continue banking cooperation with Iran despite 'illegitimate' US sanctions) (China's Giant $400 Billion Iran Investment Complicates U.S. Options) (ドルを破壊するトランプたち) 中東では軍事・安保分野でも米国の覇権低下が進み、それと反比例してイランの影響力拡大が続いている。イランはすでにシリアとレバノンに対して覇権を持っている。最近は、イラクに対しても影響力を拡大している。イラクでは、イラン系(シーア派)の民兵団をイラク政府軍に統合する動きが進んでいるが、これは実のところ、イラン系の民兵団(PMU)がイラク政府軍を乗っ取る動きである。従来から、PMUはイラク政府軍よりはるかに強かった。レバノンで、ヒズボラ(イラン系・シーア派の民兵団)が政府軍に統合される動きがあったが、これが実は強いヒズボラが弱いレバノン政府軍を乗っ取る動きだったのと同じ構図だ。イラクでは最近、政府軍になったPMUが、シリアやサウジ、ヨルダンとの国境を警備するようになった。イランは、サウジのすぐとなりまで来ている。 (Pro-Iran PMU forces take over Iraq’s Saudi, Jordanian borders, threaten Israel from the east) そのうえでイランは、サウジに対して和解を呼びかけ、イランとサウジ、UAE、イラクなどペルシャ湾岸の諸国が協力してペルシャ湾を安全にしていこうと提案している。イランと米国を比べると、イランの方がはるかに合理的・現実的で、米国は好戦的・非現実的だ。露中もEUも日本もイランを支持している。中国とロシアは、インド洋でイランと一緒に合同軍事演習までしてやり、イランへの支持を表明している。イランの優勢はしだいに確定的になっており、これまで米国の傀儡だったサウジやUAEがイランと和解していくのは時間の問題だ。 (Iran to present ‘Hormuz Peace Initiative’ at UN: President Rouhani) (China, Russia, Iran ‘plan joint naval drill in international waters’) 中東全体を見ると、イラク、カタール、シリア、レバノンがイランの影響圏に入っている。サウジ、UAE、バーレーンもいずれイランと和解する。クウェート、オマーンは以前から中立的だ。トルコも非米的になっており、ロシアやイランと仲が良い。エジプトとヨルダン、パレスチナ自治政府はこれまで米イスラエルの傀儡だったが、今後、米国の覇権が低下するほど、反米的なムスリム同胞団に政権を奪われる可能性が増す。エジプトでは最近、ずっと行われていなかったムスリム同胞団系の反政府集会が再開された。ヨルダンでも、となりのイスラエルが西岸入植地を自国に編入する動きを強めるほど、イスラエルの傀儡であるヨルダン王政に対する批判が強まり、最大野党であるムスリム同胞団(ハマス)への支持が強まり、政権転覆の可能性が増す。ヨルダンはもともと英国が作った傀儡国だ。 (Iran’s Whip Hand) (Annexing the West Bank Will Destabilize Jordan) イスラエルは従来、エジプトとヨルダンが米イスラエルの傀儡国だったので何とか優位と安全を維持してきた。しかし今後、米国の中東覇権の低下の影響でエジプトとヨルダンが政権転覆されてムスリム同胞団の国になると、優位と安全を一気に失う。パレスチナ自治政府も、ムスリム同胞団のハマスが政権を取るだろう。イスラエルが最近のやり直し選挙を受けて大連立政権を組み、非現実的で「親イスラエルのふりをした反イスラエル」の米国でなく、現実的なロシアや中国の忠告に沿ってパレスチナ和平を進めていけば、エジプトやヨルダンの現政権も維持され、安定が維持されるだろうが、そんな可能性はほとんどない。 (Haniyeh orders Hamas leaders not to comment on anti-Sissi demos in Egypt) イスラエルはおそらく、今後しだいに周囲をムスリム同胞団とイラン系に包囲されていく。EUなど国際社会は、イスラエルの人権侵害を非難する傾向を強める。後ろ盾だった米国は中東から去っていく。孤立したイスラエルは、核戦争を起こして自滅していくのか?。私はそう思わない。米国に離反されると、イスラエルはこれまでの好戦的な姿勢を引っ込め、現実的になっていくのでないか。イランや中露は現実的・合理的な思考をする勢力だ。ガザのハマスを見るとわかるように、ムスリム同胞団も現実主義の組織だ。トランプの米国が覇権を放棄して中露イランなどに覇権が分散され、イスラエルが現実路線に転換すれば、大戦争は回避され、中東は恒久的な安定を実現できる。事態は長期的にそっちの方向に進んでいくのでないかと私は楽観している。 (イスラエルのはしごを外すトランプ) 話をまとめる。MbSのサウジ王政は、楽勝できると思った(米軍産に思わされた)イエメン戦争で苦戦し、フーシ派に反撃されて製油所を破壊されて窮地に陥り、米国との関係をあきらめてイランと和解せざるを得ない状況になっている。トランプの米国自身は、イランと和解しそうでしない状態が続く。トランプがイランとの和解を模索するが、軍産が和解を阻止し続ける。これはトランプの計算に入っている。米国のイラン敵視を無視してサウジがイランと和解していくと、トランプは米軍をペルシャ湾から撤退できる。サウジやUAEは「非米諸国」に鞍替えしていく。 ("It's A Bad Week For The Credibility Of Mohammed bin Salman") 中東は、イラン、イラク、シリア、レバノンといった「イラン陣営」と、サウジ、UAE、トルコといった「非米諸国への鞍替え組」、それからエジプトやヨルダン、パレスチナといった「いずれムスリム同胞団の国になる諸国」に分類され、従来型の対米従属の国がなくなっていく。イスラエルも、米国覇権の衰退後に「非米諸国への鞍替え組」に入る。こうした展開は、トランプ中東覇権放棄策のなせるわざだ。今回のサウジの製油所に対する攻撃は、こうした「トランプ中東覇権放棄の大詰め」の始まりを告げるものだ。サウジ製油所被弾後のトランプの第一声は「米国は(シェール石油があるので)中東の石油なんか要らないぞ(いつでも中東から撤退できるんだ)」だった(実のところ、先週から起きている米国の短期金利の上昇が今後ひどくなると、ジャンク債に依存する米国のシェール石油産業も破綻する。それもトランプの覇権自滅策の一つだ)。 (Trump Praises US Energy Independence After Saudi Attack: "We Don't Need Middle Eastern Oil") (The Shale Boom Has Turned To Bust: Producers Slashing Budgets, Staff, & Production Goals) (まだ続くシェール石油のねずみ講) ボルトンは、トランプの覇権放棄策が達成される見通しがついてきたので解任された。ボルトンは、イスラエル系米国人の資本家でネタニヤフの資金源でもあるシェルドン・アデルソンの推挙によってトランプの安保担当補佐官になったとも言われている。今回トランプの中東覇権放棄策が大詰めの段階に入るとともに、トランプがイスラエルの傀儡を演じ続ける必要が低下し(演じなくても再選できる)、トランプはボルトンを解任することにしたとも考えられる。 (Trump Makes the Right Call: Bolton Out) (イスラエル傀儡をやめる米政界) 最近、イスラエルが盗聴器を仕掛けてトランプの電話を盗聴していたことが暴露されたり、ティラーソン前国務長官が「ネタニヤフはトランプを騙していた」と暴露するなど、トランプ側がイスラエルを政治的に攻撃する前代未聞な流れが始まっている。その背景にも、トランプの中東覇権放棄が大詰めの段階に入ったことがありそうだ。 (Israel accused of planting mysterious spy devices near the White House) (Machiavellian Netanyahu played Trump using misinformation: Tillerson)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |