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アジア経済をまとめる中国

2010年1月10日   田中 宇

 昨年12月14日、中国の習近平副主席が訪日した際、日本での報道は、鳩山首相や小沢一郎が宮内庁の「1ヶ月ルール」を破り、習近平が天皇陛下に会えるようにしたことに集中していた。だが私が見るところ、習近平の訪日の主目的は天皇に会うことではなく、日中が自由貿易圏(FTA)を設立するための地ならしが目的だった。 (Japan-China FTA part of Xi's agenda) (Vice President Xi calls for closer ties

 中国は、今年の元旦から東南アジアASEANとのFTA(CAFTA)を発足し、韓国ともFTAの話し合いに入ろうとしている。中国がめざすのは、ASEAN+3(日中韓)の13カ国で20億人規模のFTAを作り、その中心に位置することだ。このFTAは、鳩山政権が提唱する「東アジア共同体」と同じものだ。中国は、台湾ともFTA的な協定(ECFA)について交渉している。中国、香港、台湾という大中華圏の主要企業500社の平均株価を新設する予定もある。 (Biggest regional trade deal unveiled) (China set to launch new Greater China region stock indices

 習近平は2012年に胡錦涛から国家主席の座を禅譲されそうだが、最短で進むと、ちょうどそのころにASEAN+3の東アジアFTAが立ち上がる。その関係で、今後、中国高官の中で習近平が東アジアFTAの話を進める局面が多くなるかもしれない。習近平は先月、日本、韓国、ミャンマー、カンボジアを歴訪したが、いずれの国でも貿易体制作りが訪問の主眼だった。ミャンマーとカンボジアは、ASEANでも後発4カ国のうちの2つ(残りはベトナムとラオス)で、中国が政治的な後見役を担っている。 (Free trade with China

 日本にとって、中国とのFTA締結は日米同盟の解体を意味しうる。だから、日中FTAが実現するのは今後、米国が財政金融面で瓦解感をもっと強め、日本人が米国覇権の終わりを実感し、対米従属の国是から脱する踏ん切りをつけた後だろう。日中FTAは時間がかかりそうなので、中国は、日本より先に韓国とのFTAを締結しようとしている。習近平は訪韓時に「FTAを結べば、中韓間の貿易量は5年で倍増する」と宣伝し、李明博大統領とFTA交渉の本格化で合意した。 (China's Xi Positive About East Asian Economic Bloc

▼米経済崩壊に対処するためのアジアFTA

 従来は、日中韓もASEANも、経済発展の原動力は対米輸出だった。しかし、08年秋のリーマン・ブラザーズ倒産以来、米国は不況で、連銀のゼロ金利貸し出し(量的緩和)や、財務省の米国債増発による景気テコ入れ策で、経済を何とか持たせている。今年は、米国の景気が上向くとマスコミは予測するが、好転の要因の大半は連銀と米財務省によるテコ入れ策だ。連銀はドルの過剰発行を米議会から非難され、量的緩和策の主力である不動産担保債券の買い取りを今年3月末でやめることにした。4月以降、米国の景気が再び悪化する可能性が増す。連銀が債券買い取りをやめると、米国の不動産価格が20%下落し、銀行の貸し倒れが急増すると予測されている。 (Fed Plan to Stop Buying Mortgages Feeds Recovery Worries) (Fed signals pullback in liquidity support

 米国債(財政赤字)も過剰発行で、米国債を大量購入してきた中国当局は、昨春から何度も米国の政策に懸念を表明している。オバマ政権は、連邦政府の来年度予算(今年7月から)に歳出削減など赤字の大幅削減策を盛り込む予定だ。これが実施されると財政赤字が減り、中国や日本、サウジアラビアなど、米国債を大量購入してきた国々はやや安心するが、その一方で米政府の景気対策が手薄になり、景気を悪化させる懸念がある。大恐慌が終わったと思って金融を引き締めたら恐慌がぶり返した「1937年の大失敗」が繰り返されると警告されている。 (How Deficit Hawks Could Derail The Recovery

 ドルの将来や米政府の経済政策に懸念を表明してきた中国政府は、米国の景気回復が政府のテコ入れ策だけに頼る脆弱なものだと知っているはずだ。中国は、米国の景気が回復せず、アジア諸国が対米輸出で儲けられなくなる事態に備え、ASEAN+3の自由貿易圏(東アジア共同体)を早く作り、アジア域内の需給関係でアジア諸国の経済が回る新体制に転換しようとしている。早ければ米経済は今年じゅうに再崩壊するかもしれないので、東アジア共同体作りは急ぐ必要がある。 (Chinese Central Banker Zhu Says dollar Set to Weaken

 日本では昨年末、日銀総裁が1年ぶりにテレビ出演し、ゼロ金利策を今後もずっと続けると宣言したが、この発言の真意は、ドルが崩壊して円が急騰しかねないので、円を意図的に弱くするためにゼロ金利策の永続を宣言せざるを得ないのだろう。先日、藤井裕久に代わって財務相となった菅直人が、就任日に円安誘導発言をしたのも同様の流れだ。米国の金融財政策の行き詰まりによってドルが潜在的に危機なので、日本の当局が必死に円安誘導しないと為替を安定できなくなっている。 (Shirakawa Says BOJ to Fight Deflation `Persistently'

 日本政府は、もう米市場に頼れないので中国と共同市場を組まねばならないと知っているだろう。だが日本では、いまだに対米従属策としての反中国プロパガンダ体制が強いので、公人が大っぴらに「日中FTA」や「ASEAN+3のFTA」を提唱できる政治状況にない。しかし、米国の経済覇権崩壊が近い以上、中国やASEANとのFTAを結成しなければ、将来の日本にとって経済的な大損失となる。アジア経済が中国中心になっていくのをしり目に、米国はいずれカナダやメキシコ、中南米とのNAFTA体制を再び構築し、アジアとの関係は後退するだろうから、中国と経済面で組まない場合、日本は孤立を深め、マイナス成長を続けて貧しい国に戻っていくことになる(日本人がどうしても中国を嫌いなら、自ら貧しくなる鎖国策が適切だが、日本人の大半はマスコミが作ったイメージにだまされて反中国になっているだけだ)。 (Trading Away Asia-Pacific - U.S. cedes advantage to China) (The yuan lies in waiting

 日本の民主党政権は、いくつもの側面で、長かった自民党政権時代に作られた対米従属プロパガンダ体制(外務省やマスコミ)との戦いを強いられ、直接的に政策を発表できず、代替策として、政権内部で意図的な右往左往を演じつつ、最終的にやりたい政策を実行するという迂遠な手法をやっている。沖縄の基地を、沖縄県民や、連立与党である社民党の「怒り」を使って、最終的に日本国外に出そうとしているのが一例だ。中国との関係改善も、対米従属プロパガンダ機関と化したマスコミを煙に巻きながら進められている。

▼日中FTAの準備としての歴史観すり合わせ

 日中や日韓がFTAを組むには、経済以前に政治的な対立を解消せねばならない。日中間には、両国の専門家10人ずつで構成する「日中歴史共同研究委員会」がある。同委員会は、日中双方で政治利用されがちな歴史観の問題について、日中両国の認識が本当はどれほど違うのかを整理し、歴史の政治利用をやめさせることを主目的として06年に作られ、昨年末、歴史観のすり合わせの範囲を第二次大戦の終戦までにとどめ、戦後の中国現代史への検討を避けることで、民主化や人権といった中国政府が嫌う問題を扱わず、戦時中の南京大虐殺問題については両論併記で最終報告書をまとめることにした。(日中歴史共同研究、「南京事件」は両論併記へ

 日中の歴史観すり合わせが終わったら、次は「鳩山が南京を、胡錦涛が広島を訪問する」という構想が出てきた。歴史観をすり合わせるなら、胡錦涛が訪問すべきは広島ではなく「靖国」だろうが、来るべき多極型世界での日中の力関係からすれば、日本がそれを望むのは「過分なこと」になるのだろう。国際認知としての大戦の戦勝国と敗戦国という片務関係もある。

 民主党政権は、靖国代替施設を考えているので、早く代替施設を作り、そこに胡錦涛を訪問させる手もあるが、そもそも靖国重視が戦後の日本で喧伝されたのは、中国が靖国を嫌悪しているからであり、靖国喧伝は冷戦策・対米従属策の一環である。戦死者は、国のために公務で死んだのであり、その廟を敬愛するのは末代の国民として望ましいが、その廟を、中国や韓国朝鮮との関係を悪化させておくために政治利用するのは、まつられている英霊に対して失礼であり、間違っている。 (短かった日中対話の春

 日本では「鳩山政権は政策に実体がない」「毅然とした実行力に欠ける」という世論が多いが、毅然として明確に発言したらプロパガンダ装置に潰される。支持率がかなり下がっても、対抗馬の自民党が復権する可能性がないので、鳩山政権は「対米従属からの離脱(対等な日米関係)」「中国との親密化(東アジア共同体)」など、大枠の方針だけを明示し、具体策は曖昧にしたまま進めている。政府が国民を煙に巻くのは民主的でないが、世論を形成するマスコミがプロパガンダで偏向している以上、情報操作のない民主主義にならない。また、今のような歴史的な移行期には転換が潜在的(暗闘的)に進み、いずれ暗闘に不可逆的な勝敗がついた後、崩壊的に転換が顕在化するのが歴史の常である。

▼米国傘下から中国傘下に移る東南アジア

 元旦に発足したASEANと中国のFTA(CAFTA)は、東南アジアにとって歴史的、地政学的な大転換である。ASEANが結成されたのは1967年だが、この年、英国はスエズ運河より東のアジア地域(スエズ以東)における軍隊の駐留をやめる新戦略を発表した。英国は、19世紀初めからアラビア半島、インド、マレー半島、香港といったスエズ以東の地域を、フランスやオランダといった英国のいうことを聞く国々と組んで支配していた(フランスは、英国のライバルを演じるが、実は英が仏を破って傀儡化した1815年のナポレオン戦争以来、外交の重要事項において英国の言いなりである)。 (East of Suez, From Wikipedia

 英国は、第二次大戦で東南アジアに進出した日本を破った後、インドやパキスタンの独立を認めつつ、マレー半島などに限定的な支配(英連邦体制)を残存しようとした。だが、英国自身の国力の低下に加え、戦後の覇権国となった米国が植民地支配を嫌い、1957年に英仏がエジプト支配を持続しようとして米に止められたスエズ動乱などが起きた結果、英国はアジアでの覇権を放棄した。そして英国の覇権放棄と同時に、米国は、東南アジアでの冷戦体制として、タイなど5カ国にASEANを作らせた。ASEANは、日米安保と並ぶ、米国が作ったアジア覇権の一部だった。

 そのASEANが今年から、中国との自由貿易圏(CAFTA)を形成する。これを「たかが貿易だけじゃないか」「完全な無関税体制ではない」と軽視するのは間違いだ。CAFTAは人民元を決済通貨として使う計画を開始し、今後何年かかけて東南アジアの基軸通貨はドルから人民元に切り替わる。東南アジア諸国は、1997年のアジア通貨危機の際、ドルと自国通貨の為替市場を米英の投機筋に壊され、米国傘下のIMFから厳しい財政切り詰めを強要され、苦渋の数年をすごした。基軸通貨がドルである限り、米英は東南アジアを通貨や財政の面から支配できる。人民元が基軸通貨になることは、東南アジアが米国の覇権下から中国の覇権下に移転することを意味している。

 中国が画策する東南アジアでの人民元利用は、慎重だが周到だ。今はまだ人民元自体がドルに為替ペッグしており、人民元の国際流通も限定的だが、中国政府は昨年末から、ラオスとミャンマーに国境を接する雲南省と、ベトナムに接する広西壮族自治区の企業に対し、ASEANとの貿易において人民元を使うことを許可した。中国政府は以前から、雲南や広西を東南アジアとの陸路貿易の拠点として発展させようと、道路などインフラ整備に力を入れてきたが、香港などを経由する海路貿易からの転換が思ったように進まず、国境地帯の産業の大半は、中国人が隣接国に越境して行う買春や賭博、それから違法品の密輸だった。 (China to Expand Influence in SE Asia via FTA

 雲南と広西を経由すると東南アジアとの貿易決済に人民元が使えるようにしたことで、雲南や広西がようやく本当の貿易拠点になり、中国沿岸部からの企業誘致にはずみがつき、地元の人々が沿岸部に出稼ぎにいかなくてすむようになる可能性が出てきた。東南アジアでの人民元の利用拡大は、中国国内の均衡ある経済発展策もかねる構造となっている。中国は、マレーシアやインドネシアと通貨スワップ協定を結び、米英の投機筋から攻撃されたときに相互に資金を融通して助け合う仕掛けも作った。

 CAFTAの自由貿易圏の開設は、東南アジアが米国から中国の覇権下に移転する動きの象徴であり、いずれ日本と韓国がこのFTAに参加し、もしかするとオーストラリアとニュージーランドも参加して、東アジア共同体に発展する流れの始まりである。

 覇権の移転は短期間の動きではない。東アジアFTA構想の始まりは、冷戦が終わった1990年、マレーシアのマハティール首相が提唱したEAEC(東アジア経済協議体)である。EAECは米国抜きの構想で、世界が多極型に転換した後も米国の覇権を維持したいと考えていた米クリントン政権がこの構想に反対した結果、米国も入れたAPEC(アジア太平洋経済協力閣僚会議)となった。米国は、90年代にはEAECに反対したが、今ではCAFTAを黙認している。クリントン政権は米国の覇権を守ろうとしたが、ブッシュ政権は覇権を自滅させ、国力が低下してから就任したオバマ政権は、多極化を容認せざるを得ない。

 日本では「東アジア共同体」を鳩山政権の発案と思う人が多いが、実はそうではなく、東アジア共同体の構想は自民党時代から存在しており、自民党系の「東アジア共同体評議会」は中曽根康弘元総理を会長として04年に作られた。しかし、外務省など政府内の対米従属派の抵抗は強く、リーマンショック後に米国の破綻色が強まった昨年まで、東アジア共同体構想は日本で事実上お蔵入りしていた。

▼中国覇権は米英覇権より悪いか

 中国が覇権国になったアジアはどんな状態になるか、まだ見えていない部分が多い。たとえば、東南アジアでの決済で人民元が使われるようになった時の、日本円の地位はどうなるのか。日中が参加する東アジア共同体ができると、円と人民元やその他の諸通貨を包括したアジア共通通貨があった方が良い。それはすでに2002年以来、アジア開発銀行やASEAN+3で構想されているが、まだ流通可能な具体的なものになっていない。 (静かに進むアジアの統合

 政治的には、覇権国としての中国は、米英よりも「安定」を重視するだろう。米英は、支配下にある国々の内政を操作して相互に敵対させ、米英の恒久的な介入が必要な状況を意図的に作り出すなど、地域の安定を軽視し、支配維持を重視していた(朝鮮半島の南北恒久分断や印パの恒久対立など)。最近の中国は、覇権国になることを意識して「安定が大事だ」と繰り返し表明している。

 たとえば中国は、北朝鮮に対して経済安定化のために市場経済の導入を求め続け、北朝鮮の金正日はそれを受け入れつつも、昨年末に突然の通貨切り上げ(既存通貨の無効化)をやり、中国に対して隠然と反抗的な態度をとっている。中国は、金正日政権にかなり手を焼いているはずだが、北朝鮮を公式に非難することはない。安定が重要だからである。これは、ミャンマーやカンボジアなど、政治が不安定になりやすい東南アジアに対しても同様だ(習近平が日韓の後に2国を訪問した意味はそこにある)。

 米英は人権や民主、言論の自由を重視するが、中国はこれらを軽視ないし無視する。この点も、日本や欧米人の反中国感を強めているが、米英が世界戦略として人権や民主を重視したのは、米英が人権と民主において世界最先端のイメージを維持する半面、米英の支配対象の国の多くは人権や民主を守れない状況に追い込まれ、米英の優位を維持できたからである。英米は、人権や民主を世界支配の道具に使ってきた。国際的なマスコミ自体が英米の創造物なので、英米は自分たちを「正義」として、敵国を「悪」として描く国際イメージ戦略に長けている。人権や民主を名目とした米英による軍事侵攻も、イラク侵攻までは「良いこと」とされていた。中国の言い分は、民主や人権は米英が第三世界を支配するための道具なので、軽視しても良いというものだ。

 近年の日本では、プロパガンダの浸透の結果、中国を理解しようとする分析行為そのものが「中国におもねること」とされて非難中傷される。中国を敵視する文章を書いている限り、マスコミから重宝される。しかし「まず敵視ありき」で、中国が台頭する(米国が中国を台頭させる)世界の現実を見ない日本人が多いままだと、日本は閉塞するばかりだ(すでに日本は、世界の現実を見ないがゆえに、かなり閉塞している)。日本が経済成長を続けるつもりなら、中国との関係強化が不可欠である。中国は米国に比べ、外交面で抑圧的な国ではない。

 日本人が、中国に支配される懸念を持っているなら、中国を嫌うのではなく、中国に負けないよう自国を強化すればよい。たとえば中国は、覇権国になる準備として太平洋とインド洋のシーレーン(航路)を自主防衛するため軍事力を拡大している。日本は、米国の覇権が失われたら、米国にシーレーンを守ってもらえなくなり、自分で守らねばならなくなる。その際、中国やASEANなどと協力すれば、効率的に防衛ができる。ASEAN+3(東アジア共同体)は安全保障面の協議もしており、シーレーンの共同防衛を協議できる場だ。

 日本人が陥りそうな最悪の未来は、無為無策のまま、対米従属ができなくなった後、対中従属に切り替えてしまうことである。日本は、中国の良きライバルになることが必要だ。シーレーンだけでなく、石油や食糧などの資源も、日本はいまだに米国企業などからの購入だけが頼りだが、中国はすでに海外で独自に資源利権を拡大する巧妙な戦略を展開している。日本も遅まきながら同様の国際展開をやれるはずだ。この件については、改めて書く。



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