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コロナ対策の国民監視システムを国際的につなぐ

2020年5月6日   田中 宇

5月5日、ニュージーランド(NZ)のアーダーン首相がビデオ通話でオーストラリア政府の閣議に出席し、現在コロナ危機のせいで事実上断絶している両国間の人的交流を再開していく準備に入ることを決めた。今は両国とも、他国からの入国者に、入国から2週間の自家検疫を強いている。この態勢だと、相手国に数日間滞在して用事やビジネスや観光などの予定をこなすといった、コロナ危機前に入国者のほとんどがやっていた旅行形式がとれない。両国は都市閉鎖によって感染者の増加を抑止し、最近は日々の感染者の増加が、NZが10人以下、豪州は20人以下になり、コロナに対して「仮の勝利」の状態になっている。「仮の勝利」は、鎖国(強い入国制限)によって外国からの感染者の流入を止めている限りにおいて国内での感染抑止を維持して都市閉鎖を解除していける状態だ。両国は都市閉鎖を解除しつつあるが、鎖国を1か国だけでやるのでなく、2か国で「共同鎖国」の状態に移行し、2国間の人的交流を再開することを検討していく。 (Jacinda Ardern says travel with Australia amid coronavirus pandemic could have 'huge advantages') (Australia Coronavirus:

コロナに対する「仮の勝利」の維持のために「理想的(!)」なのは、前回の記事で紹介した「中国式」の中心に位置する健康コードシステムだ。人々の行動を徹底監視・管理する、リベラル的な「理想」から最も遠い中国式が最も理想的だというオーウェル1984的な倒錯の世界が、コロナ後の人類の新常態・ニューノーマルだ。コロナ新世界秩序のもとでは、中国が世界で最も先進的な国であり、リベラルとか人権とかコロナ以前の「時代遅れの価値観」にこだわっている以前の先進諸国(米欧日)は、新常態への以降が遅れている「後進国」「発展途上国」だ。この点でも、新常態はオーウェリアンで倒錯的だ。 (中国式とスウェーデン式) (都市閉鎖 vs 集団免疫

独裁や権威主義の体制が多い一帯一路の諸国は、中国から健康コードシステムをそっくり輸入して自国に導入し、比較的短期間にコロナ新世界秩序の先進諸国に仲間入りできる。コロナによる一帯一路の遅延は意外と少ないかもしれない。中央アジアや中東アフリカ諸国が、コロナ新世界秩序の先進諸国になっていく。 (コロナ危機による国際ネットワークの解体

対照的に、リベラルを標榜したい米欧日の(旧)先進諸国は、街中に「QRコード検問所」を設けて人々の行動を顕示的に監視する中国式の健康コードシステムの真髄部分を導入したくない。(旧)先進諸国はリベラルっぽさを演出し続けるため、隠然とした監視を好む。スマホのGPS(北斗)や基地局情報、通話履歴、SNSの交流歴などを当局がこっそり集め、人々の行動軌跡のデータベースにする。国内の誰かがコロナに感染したら、その人の過去2週間の行動軌跡の近くにいた人や接触者を洗い出し、それらの接近者や接触者を特定し、彼らに連絡してPCR検査を受けさせるか、2週間の自宅検疫を強要する。

欧米の隠然式は、中国の顕然式より生半可で漏洩が多くなるが、2種類のシステムを連結することは可能だ。各国の監視システムをつないで国際基準を作り(もちろん中国式が「模範」となる)、国際的な人の移動に際し、出国者が所属する国の当局が、出国前の2週間の行動軌跡や会合履歴を、渡航先の相手国のデータベースに送る。入国を受け入れる国の当局は、入国者が出国前に感染者や感染の疑いがある人たちと接していないことを確認し、入国を許可する。入国後の渡航先での行動軌跡と対面履歴はすべてデータベースに記録され、母国と渡航先国で共有される。

帰国時は、渡航先で感染の疑いがある人に接触していないことを確認した上で帰国が許可される。帰国後2週間は、帰国者の健康状態が特に細かく監視される。渡航前から渡航後まで、毎日の体温をアップロードすることが義務づけられるとか。そもそも、中国式の理想論を言うなら、超小型の体温計やを全国民・全人類の皮膚下に埋め込み、体温が上がった時に、本人と当局に通知され、健康コードに即時に反映され、家から出ることを禁止したり、強制入院させたりできることが「望ましい」<糞>。体温計だけでなく、GPS(ぢゃなくて今後は北斗だね)や、脳と心理の状態を探れるセンサーも全人類の皮膚下に埋め込みたいところだが、今の技術だと電源がない。監視システムは、人々の私的な会話による情報交換は監視・介入できない(こっそり録音してAI分析をかけても精度が悪い)。そのためコロナの新世界秩序では、コロナ感染するかもしれないという理由で人と人との接触を事実上禁じ、全人類の私的な会話を大幅に制限する(ビデオ通話なら、監視したい人の通話をピンポイントで監視できる)。コロナはすばらしい病気だ、人類をほとんど殺さずに新世界秩序による監視を強めていく。

スマホとQRコード、各種センサーによる中国式の人類管理システムは、当局にとって、コロナ対策以外にもいろいろ使える。たとえば中国が前からやっている「社会通信簿(電子タンアン)」の制度だ。政府に文句を言う人、まつろわぬ人々、犯罪者の通信簿は悪く、政府のプロパガンダどおりに率先して行動する人の通信簿は良い。SNSで何を書いたかによって減点・加点される。点数の悪い人とSNSでつながったら減点される。とても効率の良い村八分制度だ。ゼロヘッジや田中宇のサイトにアクセスしたら減点される(その前にまず当局のVPN潰しが進む)。反政府デモに参加すると顔認識センサー経由で減点される。点数が悪いと長距離の交通機関に乗れず、就職も難しい。このほか、タバコや酒を買うときにスマホでQRコードを読み取ることを義務づけ、喫煙者や過度な飲酒者の健康保険料を引き上げることで、人々の喫煙や飲酒をやめさせられる。

こういう現実紹介と私の妄想の混じった話を読んで強い反発心を抱いた人は、リベラルを重視しすぎる「時代遅れ」「後進国の人」だ。皆さん、通信簿制度が導入されたら「劣等生」になる。従来のエリート(=リベラル標榜者)は、今後の世界のエリートになれない。国家による監視強化を良いことと考え、リベラルを嫌う人がこれからの世界のエリート、優等生になる。リベラル方向の歪曲で世界を支配してきたアングロサクソンは時代遅れ、監視を積極肯定する中国人が輝かしいエリートになる。<糞>。とか書いた時点で私自身が糞の倭人の落第生だ。万歳。多極化の本質はこれだったのかもしれない。

話が大幅にずれて妄想に入ってしまった。NZと豪州がやろうとしている2国間の移動再開の新制度は、ここに書いたコロナの国民監視システムで感染者の出入国を防ぎ、国際的な人的交流を再開していきつつ、コロナに対する「仮の勝利」の状態を維持しようとするものだ。豪州はコロナの国民監視システムを作ったが、NZはまだなのでこれから作らねばならない。まず商談などで渡航する人の相互訪問を自由化し、その後、観光客の渡航も自由化する計画だ。 (Covid-19: S’pore working to resume ‘essential cross-border travel’ with South Korea, Australia, Canada and New Zealand

豪州とNZの人的交流の再開計画には、カナダやシンガポール、韓国も関心を持っている。これらの国々と豪NZの通商相は5月1日にテレビ会議を行い、相互の人的交流・出入国の再開をめざして準備していくことで合意した。カナダやシンガポ、韓国は、すでに何らかのコロナの国民監視システムを開始しており、豪NZの交流再開計画に参加しやすい。 (Australia and New Zealand look to create ‘trans-Tasman travel bubble’) (Coronavirus: Singapore, Australia, Canada, South Korea, New Zealand commit to resuming essential cross-border travel

東アジアでは、韓国も2国間の人的交流の再開に積極的で、韓国と中国、韓国とベトナムの間で、人的交流の自由化への道を歩み始めている。 (The Travel Bubble Opening In Asia

豪NZ加シンガポと列挙していくと、これは米国と中国を除いたアジア太平洋の経済圏計画であるTPP11の加盟国の顔ぶれと似ている。しかし、TPP11の主要な諸国の中で、一つだけ入っていない国がある。それは、わが日本だ。日本は通商相のテレビ会議に参加しなかった。なぜだろう。思い当たる大きな理由はただ一つ。日本がスマホを使ったコロナ対策の本格的・積極的な監視システムを持っていない、持ちたがらないことだ。日本の役所が感染者の行動軌跡を調べる際にやっている主なことは、感染者から話を聞くことだ。日本の当局は、少なくとも表向き、感染者が所有するスマホの位置情報の履歴を閲覧していない。 (Japan scouts more Asian players for TPP to cut China dependence

読者の中には「日本政府だって国民を監視しているはず」と考える人が多いと思うが、私から見ると、日本の当局は世界で最も国民監視システムを稼働・顕在化したがらない国の一つだ。近年、日本全国の各都市に監視カメラがどんどん設置されている。日本の「上司」である米国からの要請で、有事立法みたいなことも進んだ。だが日本の権力層は、それらのシステムをできるだけ顕在的に使わないようにしている。

中国(漢民族)は気質的に個人主義なので、自粛要請だけだと無視される。中共が人民を従わせる時に、監視システムをフル稼働して厳密に適用していることを顕示・誇示した方が、人民に対する脅しになり、効果的に従属させられる。だが、日本は集団主義だ。法制や明文化、システム好きなアングロサクソンとも対照的に、日本は曖昧な「空気」の創設で社会を動かす。日本のコロナ対策は、有事法制でなく自粛要請(それも首相でなく知事たちの発令)で行われている。

コロナと分野が違うが、中共やEUは、現金の廃止に積極的だ。現金決済を減らして電子決済を増やすほど、政府が人々のお金のやり取りを監視しやすくなり、その分、政府権力を強化できる。日本は世界有数の現金大国だ。世界的な現金廃止の風潮に追随するかたちで電子決済アプリの種類が増えたが、それらが国家システムとつながっている感じがしない。

日本政府は、国民を監視したくないようだ。その理由として私が考えたのは、官僚独裁体制との関係だ。日本の権力は表向き国会や自民党(与党)にあるが、実質的な権力は官僚機構が持っている。国民の監視システムを作ると、それを誰が握るかという話になる。与党や官邸が監視システムを握ると、国民を監視する前にまず官僚機構の人々がどう動いているかを監視し、政治家が官僚独裁体制を壊すことにつながりかねない。これは「隠然独裁制の転覆」「民主化」なので「良いこと」であるが、その前に「国民の監視システム」が「悪いもの」とされて実現されない。官僚機構は、監視システムを嫌う世論を扇動し、政治家による官僚独裁制の転覆を防いでいる。

日本の権力層は、国民を監視するシステムを作りたがらない。中共は逆に、バリバリの顕在的な国民監視システムを作ってこれみよがしに運営している。コロナ危機開始後、両国の逆方向の傾向が加速している。これだけの話なら、日本は日本流、中国は中国流でやれば良いということになるが、そこに「各国がコロナに仮の勝利をしている状態で、どうやって国際的な人的交流・国際旅客便の再開を進めるか」という話になると、コロナ感染者(になるかもしれない全国民)に対する顕在的な監視システムが必要で、日本流をやっている日本はそこに入れない、ということになる。

このままだと、他の諸国は国民監視システムを連動させて国際的な即時出入国の新体制を始めていくのに、日本人だけは今後も、外国に行く時に渡航先で2週間の自己検疫が必要になり、外国人が日本に来た場合・日本人が帰国した場合も、入国・帰国後に2週間の自己検疫が必要になる。私自身は、この手の鎖国もなかなか良いものかもしれないと思っている。せっかくだから江戸時代の鎖国体制を再現すべく、日本の国際空港を長崎空港(=21世紀の出島)だけに限定し、そこに2週間の隔離施設を設けるとか、冊封体制みたいに日本からの国際線の行き先は北京(21世紀の琉球館)だけにして、北京に日本人用の2週間の隔離施設を作ってもらい、隔離終了後の日本人は北京から世界に飛ぶシステムなど、またもや妄想している。

戦後の日本人のほとんどは軽信的な「国際化かぶれ」なので、鎖国もなかなか良いものだ、といった深い思考は冗談にしか聞こえないだろう。もしNZ豪を皮切りに、TPP11の諸国が国際的な人的交流の再開を目指すことになり、そこに中国も入るとなると、TPP11の主導役を自認してきた安倍の日本は、自国だけ2週間隔離の現行体制にとどまるわけにいかない。日本は近いうちにコロナ対策の国民監視システムをつくる話になる。

NZ豪の2か国はこんご人的交流を再開していきそうだが、それをカナダ韓国シンガポなどに拡大するかどうかは不透明だ。拡大しなければ、日本がそこに入るかどうかを問われることもなく、日本がコロナ対策の国民監視システムを作る必要にも迫られない。また、トランプの米国は隠れ多極主義なので、この新たな国際ネットワークには入らない。米国が入らないことで世界体制の多極化が進む。この話は、まだ始まったばかりだ。今後さらに何か情報が入ったり、思いついたりしたらまた書く。



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