中露がインドを取り込みユーラシアを席巻2015年7月15日 田中 宇7月10日、中国とロシアが主導する安保経済の国際組織「上海協力機構」がロシアのウファで年次サミットを開き、インドとパキスタンの同時加盟を正式に決定した。上海機構は、2005年から印パをオブザーバー参加の準会員にしていた。印パが和解の過程に入ったら正会員への同時加盟を認めることになっていたが、印パの対立が続く中、加盟がなかなか実現しなかった。 (New milestone: India, Pakistan joins SCO as full members) (India and Pakistan join Shanghai Co-operation Organisation) インドは昨春、モディ政権になってから中国に接近し、昨年9月に上海機構に正式加盟を申請した。今年の年次サミットで、いよいよ印パ同時加盟が実現しそうな流れになったが、モディ政権の基本戦略からは対パキスタンの戦略がなぜか抜けていた。モディは、バングラデシュなど他の近隣諸国とは積極的な善隣外交を展開したが、パキスタンとの対話を進めなかった。こんな状態で、印パの和解を前提とする上海機構への加盟が実現するのか、不透明な状態が続いていた。 (Pakistan virtually missing from India's foreign policy plans) (インドとパキスタンを仲裁する中国) どうやらモディがパキスタンに接近せず、対パキスタン戦略も策定(というより公表)しなかったのは、非米的・親中的なモディを妨害しようとするインドの対米従属派(マスコミなど)を煙に巻くための策略だったようだ。モディは、昨春の選挙に勝って首相に就任する前、グジャラート州の知事として親中・反米的な言動を繰り返していた。首相就任後、すぐに中国を訪問し、経済面の印中接近を進めたが、国境紛争など政治面の印パ対立を解消しなかった。パキスタンとの対話も、就任直後に試みたが、印パ双方の国内の敵対維持希望勢力の妨害を受け、それ以上の対話努力をやめていた。 (蛇行する多極化) モディはおそらく、自分が国内の対米従属派(反中・反パ派)の反対を押し切って中国やパキスタンとの和解を実現するより、まず上海機構に入り、その中で中パとの和解を実現する方がうまくいくと考えたのだろう。日本だけでなく、インドやドイツなど、多くの親米諸国において、政権が米国から距離を置いて中露に接近しようとすると、国内のマスコミや右派政治勢力から強い妨害策を受け、大体うまくいかない。中立を装うマスコミが、実のところ覇権維持の道具(プロパガンダ機関)になっているのが米英覇権傘下の諸国に共通した特徴だ。 (`SCO can help ease India-Paki. tensions') 米欧の安保組織であるNATOは、一カ国が攻撃されたら全体で反撃することを義務づけた確定的な集団安保体制だが、上海機構はもっと曖昧な組織だ。だから日米の「専門家」の多くは「上海機構は親睦団体でしかない」と軽視してきた。しかし実のところ上海機構は、中国とロシアによる、用意周到なユーラシアの席巻戦略だった。それに対する米日の軽視は、まさに中露の思う壺だった。(米国の特に共和党系の中露敵視派の中には、ネオコンなど、中露を過剰に稚拙に敵視することで逆に中露を強化して世界を多極化しようとする勢力がいて、彼らは意図的に上海機構やBRICSを軽視してきた。日本の「専門家」の多くは、頭の中が米国のコピペでできている) (中国の次の戦略) 中国は1996年、自国の西域開発の延長として、中央アジア諸国との経済関係を強化し、経済圏(政治影響圏)を拡大するため、上海機構の前身である上海ファイブを設立した。当初の課題は、中央アジアと中国との国境紛争の解決と、中央アジアと新疆ウイグル自治区との間のイスラム過激派の往来を阻止する「テロ対策」だった。同時期に、中国はロシアとも、両国間の対立の火種として意図的に残してあった国境紛争をすべて解決した。ロシアの大統領が00年末に非米的なプーチンになった後、ロシアが中国への接近を強め、01年にロシアが加盟して上海ファイブを上海協力機構に改名した。この時から上海機構は、中露が協調して、ユーラシア大陸の安定化や経済協力、ひいては中露影響圏の拡大と米英覇権の排除を慎重に進める国際組織になった。 (多極化の申し子プーチン) (プーチンの逆襲) (中国の影響力拡大) 同時期に米国は、01年の911テロ事件を機に「テロ戦争」の名目でアフガニスタンや中央アジアに軍事展開し、上海機構の領域に踏み込んできた。冷戦後の混乱をまだ克服していなかった当時のロシアは、米国のアフガン戦争に協力し、米軍がロシアを通過したりキルギスに空軍基地を設けることを許した。しかしその後、米国がアフガンでもイラクでも占領に失敗して撤退傾向になり、08年のリーマン危機で経済覇権の面でも崩壊が始まった。ブッシュ政権からオバマ政権にかけて、米国の安保戦略や経済政策が次々と失敗し、それでも米国の議会や政権中枢を好戦派や金融界救済優先派(QE派)が握り続けた。世界の運営を米国に任せておくことが危険な状態になった。 (立ち上がる上海協力機構) すでに述べたように、日本や欧州など対米従属の諸国では、マスコミか米覇権維持のプロパガンダ機関で、専門家の頭の中も米国のコピペ(米国発の見方の軽信)でしかないので、日欧では「世界の運営を米国に任せ続けると危険だ」という見方が出てこない。しかし、中露はそうでなかった。米中枢の好戦派が中露敵視を強めるばかりだったこともあり、中露は、米国覇権の支配を受けない地域や分野を世界の中で増やしていくことが必要と考えるようになった。 (プーチンに押しかけられて多極化に動く中国) 中露は、米国を軍事で倒せないので、代わりに、米国の影響を受けない世界の地域を広げる策をとった。具体的には、上海機構やBRICSを拡大しつつ「非米領域」の色彩を強める策がとられた。上海機構は、正式加盟国のほかに、オブザーバー参加、対話パートナーといった準加盟の序列を作り、ユーラシア諸国を取り込んでいった。これは、中世の中国帝国(明清)が、自国と親密な国々とそうでもない国々を序列化して対応を分けた「冊封体制」の外交戦略に似ている。上海機構は、印パを和解させて同時加盟させたり、NATO撤退後のアフガニスタンや、米国に敵視されているイランを上海機構に加盟させていく構想に基づき、05-12年にかけて、印パとアフガン、イランをオブザーバー参加させた。 (Shanghai Cooperation Organisation - Wikipedia) (China to continue security supplies to aid Afghan peace: Xi) このほか、モンゴルが04年からオブサーバー参加し、トルコが12年から対話パートナーになった。さらに今回の年次サミットで、新たにベラルーシがオブザーバー参加し、アゼルバイジャン、アルメニア、カンボジア、ネパールが対話パートナーになった。エジプトも対話パートナーになることを希望している。これにより上海機構に、朝鮮半島、ASEAN(2つは長期的に見て中国の傘下)、中東アラブ(紛争未解決)、欧州(EU圏)をのぞく、ユーラシア大陸のほとんどの国が、何らかのかたちで参加したことになる。入っていないのはグルジアとバングラデシュ、ブータンだけだが、グルジアは米国がロシア敵視策の一環としてテコ入れしてきた特殊な国(最近もNATOの軍事演習が行われている)だし、あとの2つはインドの影響圏内で、今後インドが本格的に上海機構に参加したら、入る可能性がある。 (Armenia and three other states receive dialog partner status at SCO after China's support) (NATO Forces Swarming All Over Georgia, Prepared To Correct 2008 Fiasco?) 中露は、印パを上海機構に入れたことにより、ユーラシア大陸を席巻したことになる。覇権戦略立案のための学問として英米が考案した「地政学」は「ユーラシア大陸を支配するものが世界を支配する」という定理を中核としている。この定理に従うと、今後の世界を支配するのは、米国でなく、中露だということになる。 (Mackinder Reincarnates - Now Hungary Joins Silk Road) (Belarus to Be Awarded Observer Status in SCO - Putin) 米国の戦略家ブレジンスキーは、地政学の観点から、ユーラシアの支配をめぐる陣取り合戦を大規模なチェスのゲームにたとえた。今回のインドの上海機構入りは、覇権争いのチェスで、中露の勝利と米国の敗北が確定したことを意味する。勝敗はすでに確定したが、まだチェスのゲームは続いている。米欧や日本では、マスコミが上海機構の年次サミットをほとんど報じないので、人々の多くは、勝敗が確定したことを知らない。しかし、米国と中露の覇権のチェスは、今回「詰んだ」状態になった。 (BRICS Bank Officially Launches As Sun Sets On US Hegemony) 中露は、ユーラシアを席巻した上海協力機構と並行して、世界的な非米同盟であるBRICSを主導し、世界のGDPの4割を占めるBRICS諸国間の貿易決済をドルでなく相互の通貨で行う体制を作るなど、米国の経済覇権の崩壊に備える動きを強めている。米国の経済覇権は、QEなど当局による金融バブル膨張策によってまだ維持されているが、次にバブルが崩壊したら、ドルの崩壊や覇権の転換(多極化)が起きる。中露は、上海機構やBRICSによって、覇権転換の準備を完了しつつある。 (Putin: Let's trade in BRICS currencies) (バブルな米国覇権を潰しにかかるBRICS) 7月14日には、イランと「国際社会(P5+1)」による核問題をめぐる協定が結ばれ、イランは国際社会から核の濡れ衣を解かれ、上海機構に入れてもらう条件が整った。米国が、イランの核の濡れ衣を解かなかったら、中露によるユーラシア席巻は完了せず、イランや(イランがISISと戦っている)アラブ地域が残ったままだったが、米国がタイミング良くイラン核問題を解決したことで、中露のユーラシア席巻が可能になり、中露とイランが協力してISISとの戦いに乗り出し、シリア問題をアサド政権温存で解決していく可能性が強まった。 (Ufa at the Center of the World) (The BRICS/SCO Summits in Ufa Mark the Start of a "Silk World Order") 上海機構(特にロシア)がエジプトの対話パートナー参加を検討していることからは、上海機構がいずれ中東アラブ地域をも包含するつもりであることがうかがえる。アラブの盟主を自認するサウジアラビアは、以前から中国と仲が良いし、最近ロシアと決定的な仲直りをした。BRICSは、上海協力機構と同時に開いた年次サミットで、シリア内戦や、パレスチナ問題(2国式)の解決に向けて努力することを共同声明に盛り込んだ。イスラエルは、自国を存続させるため、米国でなく中露に頼るようになるだろう。 (BRICS adopts Ufa Declaration) (SCO Considering Egypt's Application for Partner Status) これまで200年にわたって世界を運営してきた米英覇権は、世界の諸国や諸勢力間の対立を煽って漁夫の利を得ることを基本戦略にしてきた。印パ、アフガン、パレスチナ、スンニ・シーア、ISIS、グルジアやウクライナなど、いずれもこの戦略の具体例だ。中露の覇権運営は(少なくとも今のところ)全く逆で、米英が扇動してきた対立や内戦を解消して安定させることを戦略としている。上海機構に入れることで印パ紛争を解決しようとする策が好例だ。イランとサウジアラビアの対立、アゼルバイジャンとアルメニアの対立(この対立はソ連の支配策が原因)も、上海機構の枠内で解決できる。 (多極側に寝返るサウジやインド) 今の日本人から見ると「中国は、東シナ海や南シナ海で好戦的な領土拡張、事態の不安定化を試みている。米国よりひどい」という話になる。しかし、東シナ海と南シナ海は、日本やASEAN諸国と中国との、昔からの紛争地だ。中国は、自国の影響力拡大に乗って、東シナ海と南シナ海を完全に自国のものにしようとしている。しかし、その先の領土や領海まで併合する意志はない。中国は、これら2つの海域と台湾、香港、チベット、新疆が安定的な自国領になれば、それ以上の拡大を試みない。これらの領域に介入し、中国を怒らせて「やっぱり中国は好戦的で極悪な国だ」と非難して中国を「悪者」に仕立てるのが、米国や日本の戦略だ。中国が「ここまで自国だ」と主張する地域の内側に米日が介入しなければ、中国は「悪者」でなくなる。 (中国株暴落の意味) 上海機構が、中東や印パ・アフガンの問題を解決できるようになると、インド洋に米軍が駐留し続ける必要も低下する。いずれ米海軍はインド洋から撤退し、印中など地元軍が警備するようになる。インド洋が重要な貿易航路である日本は、従来のような米軍の傘下でなく、中国やインドの海軍と一緒に、ソマリア沖の海賊退治などインド洋の活動に参加するようになる。安倍政権が強硬に進めている集団的自衛権の拡大は、日米で中国と戦うために行っているようだが、将来の現実は全く逆に、日本が中国に頼まれ、中国の隠然覇権下になったインド洋やユーラシア各地での平和維持活動を(いやいやながら)するための法律になりそうだ。 (集団的自衛権と米国の濡れ衣戦争) ユーラシアは今後、長期的に見て、中露の管轄下(米国覇権よりやんわりとした覇権下)に入ることで、これまでの米国覇権時代より、戦争や紛争が減るだろう。だが今後しばらくは、逆に、米国が中露を試すかのごとく、嫌がらせ的な混乱醸成策を続けるかもしれない。たとえば米国が涵養したISISは最近、アフガニスタンやパキスタンで勢力を拡大している。NATOのロシア敵視の好戦的な動きも続いている。しかし、これらはプロパガンダ機関に食わせて扇動報道させるための餌、もしくは政治ショーの色彩が強い。米国がユーラシアの覇権を奪還しようと本格戦争を中露に仕掛けることはない。米国はこの10年近く、中露のユーラシア拡大を黙認し、自らは撤退傾向を続けている。 (Gulbuddin Hekmatyar, Prodigal U.S. Client) (世界に試練を与える米国) 米欧日では、今回の上海機構とBRICSのサミットについて、ほとんど報じられていない。米国のマスコミが今回のサミットについて最も報じたのは、ロシアのプーチンが「(上海機構にインドが入るのを機に、インドの)ヨガを始めようかな」と語った、ということだった。米国は、上海機構やBRICSが米国の覇権に取って代わる多極型の新世界秩序を作る動きを完了しつつあることを、意図的に無視している感じだ。覇権を乗っ取られそうなのに、あまりに愚鈍な話だ。米国中枢の人々は愚鈍でないので、覇権の多極化や米覇権の崩壊を、意図的に誘導しているという「隠れ多極主義」の分析に、ここでも至る。 (How Putin's yoga stretched US coverage of Ufa summits) (隠れ多極主義の歴史) (多極化の本質を考える) 米国中枢が、米覇権を崩して世界を多極化したいのは、これまでの米英覇権下で混乱させられ、経済発展を抑止されてきた世界の広大な地域(途上諸国、新興諸国)を安定させ、経済成長を誘発したいからだ、というのが私の見方(仮説)だ。この仮説に合致しているのが、中国によるAIIB(アジアインフラ投資銀行)やシルクロード基金(一帯一路構想)、ロシアによるユーラシア経済同盟といった、中露、特に中国が進めているユーラシア開発計画だ。 (資本の論理と帝国の論理) (BRICS, SCO, EAEU can define new world order: China, Russia) (China's Silk Road wins big at SCO Summit) 中国はかつて自国内に新幹線網を建設し、日本やドイツから新幹線技術をくすねて(移譲されて)自分たちのものにしたが、その新幹線技術を使って、ユーラシア全体に高速鉄道網を敷設し、貧しい地域だったユーラシアの中央部や西部に経済発展をもたらそうとしている。欧州側でもすでに、ハンガリーやセルビア、ギリシャ、トルコなどが、中国のシルクロード計画に基づく新幹線建設に乗っている。イランでも今後、鉄道の再建や新設が増える。 (Framework of global management emerges at Ufa) 海洋帝国だった英国と、その後継覇権国である米国は、地政学上、海からユーラシアを包囲支配する戦略だった。かつてロシア帝国がシベリア鉄道を作って内陸からユーラシアに支配を拡大したことに対抗するために、英国は「海から内陸を包囲せよ」と提案する地政学(学問の形式をとった戦略論)を作った。英米覇権下で、ユーラシア内陸部の鉄道建設は、意図的にないがしろにされてきた。今、米国覇権が終わりゆく中で、中国がユーラシア内陸部に高速鉄道網を建設することは、100年ぶりの地政学的な大転換である。
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