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多極側に寝返るサウジやインド

2015年7月6日   田中 宇

 6月18−20日にロシアのサンクトペテルブルグで開かれたサンクト経済フォーラムは、同市が出身地のプーチン大統領が主催する年次の国際経済会議だ。米国がロシア敵視を強める中、敵国が開いた国際会議ということで、米欧日では重視されなかった。しかし実のところ、この会議では地政学的な大転換となる国際協定が2つも締結された。 (Is Saudi Arabia Leaving The U.S. Behind For Russia?) (Going Off-Script in St. Petersburg

 その一つは、サウジアラビアのムハンマド国防相(副皇太子)、ジュベイル外相、ナイミ石油相がサンクト会議に出席し、プーチン大統領との間で、軍事やエネルギーなどについて6つの協約を締結したことだ。両国は、石油ガスの戦略で協調するとともに、サウジがロシアから武器を購入し、原発や鉄道、地下鉄、住宅などの建設を発注した。サウジはこれまで対米従属の傾向が強く、米国から武器を買っていた。米国がロシア敵視を強める中、サウジがロシアに接近したのは画期的な転換だ。 (New Saudi King Signs 6 Trade Deals With Russia, Forms Russia/Saudi "Petroleum Alliance") (Saudis to Offer Putin a Deal He Can't Refuse?

 サウジは、今回いきなり対米従属から親露・非米の陣営に転換したわけでない。米軍のイラク撤退後、サウジは米国覇権の弱体化を察知し、王室内で対米従属派と自立派が相克しつつ、対米自立を模索してきた。 (米国依存脱却で揺れるサウジアラビア) (米国を見限ったサウジアラビア) (サウジとイスラエルの米国離れで起きたエジプト政変

 産油コストが安く、世界最大の産油余力を持つサウジは、米国に頼まれて1980年代に原油安の流れを作り、産油コストが高いロシア(ソ連)の儲けを減らし、ソ連崩壊と冷戦終結の引き金を引いた。反米のロシアと親米のサウジは敵同士だった。しかし01年の911事件以来、米国は中東で無茶苦茶をやりすぎて撤退傾向だ。しかも米国は、数年前から国内のシェール石油(タイトオイル)の採掘を急増し、石油の自給自足を可能にして「サウジなどなくてもかまわない」と豪語しつつ、サウジの人権問題などを非難し続けている。サウジ王室は、表向き親米姿勢を保ちつつ、昨秋から石油を大増産して国際石油価格を大幅に引き下げ、シェール石油の損益分岐点である1バレル=70−80ドルを下回る水準にしてシェール潰しを画策し始めた。サウジの原油安誘導は当初、米国に頼まれてロシアを潰すためだと報じられたが、サウジの石油関係者自身が、原油安は米国のシェール産業を潰すためと表明している。 (米シェール革命を潰すOPECサウジ) (原油安で勃発した金融世界大戦

 サウジによる米国のシェール産業潰しが成功すると、シェール産業が発行した債券が破綻し、米国で金融危機が再燃する可能性が指摘されている。米国が金融危機になればロシアにとって好都合だが、ロシアはこれまで、サウジの米国シェール潰しの策謀を傍観するだけだった。昨秋の謀略開始当初、サウジやロシアは、原油安が半年も続けば米シェール産業は破綻し始めると予測したが、システム崩壊を懸念する米金融界が個別の採算を度外視してシェール産業に追加融資して破綻を防いでいるため、9カ月近く経った今も、米シェール債券の連続破綻が起きていない。今回、サウジとロシアは、米シェール産業との戦いの長期化を見込んで、これまで踏み込んでいなかった明示的な協定を構築したのだろう。 (米サウジ戦争としての原油安の長期化) (Saudi Arabian oil output hits record

 今回の協約とともに、サウジ国王とプーチンが相互に相手国を訪問する構想が出てきた。5年間やっていなかった両国の政府間会議の再開と定例化も決まった。サウジとロシアは、長期的な友好関係を模索し始めた。イランや、シリアのアサド政権に対し、サウジは敵視、ロシアは支援という敵対関係にあるが、これも、サウジがアサドやイランへの敵視をやめる方向に転換していくと予測される。 (Saudi Arabia and Russia Ink Six New Deals, Embark on New 'Petroleum Alliance') (What Would A Saudi-Russian Partnership Mean For World Energy?) (米覇権後を見据えたイランとサウジの覇権争い

 サンクト経済会議で締結された、もう一つの地政学転換的な国際協約は、インドが、ロシア主導のユーラシア経済同盟(EEU)との間で自由貿易協定(FTA)を締結したことだ。EEUは、ロシアがEUの経済統合に対抗し、旧ソ連諸国の加盟を想定して今年1月に創設した「ロシア経済圏」とも呼ぶべき同盟体だ。現時点でロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニアが加盟している。インドのほか、ベトナム、イラン、イスラエル、エジプトも、EEUとの間でFTAの締結を交渉している。 (India to sign free trade pact with Eurasian Economic Union

 インドが、EEUつまりロシアと今のタイミングでFTAを締結する意味は、親米国でもあるインドが、米国に敵視された中国と正面切って関係改善するわけにいかないものの、インドは間もなく中露主導の「上海協力機構」に入れてもらうので、できるところから中露との関係を改善していく必要があることを示している。インドとロシアは、軍事協定の強化も検討している。 (India-Russia Defence ties set for a lift-up

 7月8−10日に、ロシア中央部の町ウファで、BRICSと上海協力機構の年次総会が連続的に開かれる。BRICSは、中露印ブラジル南アの5カ国の集まりで、上海機構は中露と中央アジア諸国の集まりだ。上海機構にはインド、パキスタン、イラン、アフガニスタンなどもオブザーバー参加しており、今年の総会で、インドとパキスタンの同時加盟(オブザーバーから正式加盟への格上げ)が認められる見通しだ。イランとアフガンも、米国からの介入が弱まった時点で加盟が認められる方向だ。 (Ufa ready to host BRICS and SCO summits - republic's head to RT) (Pakistan, India to start process of joining SCO) (立ち上がる上海協力機構

 上海機構に印パやイラン、アフガンが加盟すると、ユーラシアの中央部から西部にかけての地域が、米国覇権から自立する傾向がぐんと強まる。イラン、イラク、アフガン、印パに対する中露の影響力が一気に強まり、その分、米国の覇権が退却させられる。米国は表向き、ロシアや中国を敵視しており、上海機構の拡大によって地政学的に退却させられることを好まないはずだが、目立たないようにやると、米国は(隠れ多極主義の傾向があるので)「上海機構は親睦組織にすぎない」などと勝手に解釈して黙認してくれる。インドが、中国との国境問題を大っぴらに解決し、中国との関係を敵対から友好へと明示的に転換しつつ上海機構に入ると目立ちすぎる。米国や日本がそれを見とがめて非難せざるを得なくなる。だからインドは、中国との国境紛争を改善しないまま、ロシアとの関係だけを改善し、上海機構に入ろうとしている。中国も目立たない覇権拡大を好むので、インドのやり方におそらく賛成している。 (Jimmy Carter: Rise Of BRICS Countries, Not Obama, Responsible For Decline Of U.S. Global Power) (中国がアフガニスタンを安定させる) (中国を使ってインドを引っぱり上げる

 今年は第二次大戦終結70周年なので、中露はBRICSサミットの宣言で「戦勝70周年」「反帝国主義」に言及したい(今の「帝国」は米国だ)。敗戦国である日本が最近、米国に追随して中露敵視を進め、軍事的に南シナ海に出てきて中国を挑発しているので、特に中国は、日本を非難する意味でBRICSの声明で第二次大戦に言及したい。しかしインドは、米国や日本から中国包囲網策の一環として接近されているので、日米に配慮してBRICSの声明に戦勝70周年を入れてほしくない。 (India to walk BRICS tightrope on Japan) (Japan's Presence in South China Sea Is 'Unacceptable,' China Says

 インドは、ロシアと関係改善すると同時に、インドからパキスタンを迂回してイランのチャバハル港まで海路で行き、そこからイランやカスピ海を横切ってロシアまで行く新たな交通路の開発を再開しようとしている。この交通路の構想は10年以上前に作られたが、米国がイランを敵視していたので棚上げされていた。インドとロシアの関係改善は、ちょうど米国がイランへの核問題の濡れ衣を解くタイミングで始まっている。米欧がイラン敵視をやめるとともに中露(上海機構)がイランを取り込み、米欧軍が撤退したアフガニスタンも中露が取り込み、インドがロシアやイランに接近し、いずれ中印も関係改善する流れになっている。 (Focus on India-Russia-Iran transport corridor via Central Asia

 インドの上海機構への加盟は、パキスタンとの和解が前提になっている。しかしインドでは、パキスタンや中国との和解に根強く反対するマスコミなどの論調が強く、インドのモディ政権は、パキスタンと和解する道筋を明示できないでいる。この分野でも、プーチンのロシアは印パに助け船を出した。それは「ISIS退治」だ。 (インドとパキスタンを仲裁する中国

 アフガニスタンで、タリバンをしのぐかたちでISIS(イスラム国)が台頭し始め、印パのイスラム過激派がアフガンに行ってISISに入る動きが目立っている。これを放置すると印パにもISISが進出し、テロなどを起こすだろう。ISIS退治は、印パが協調できる分野だ。BRICSと上海機構の今年の議長国であるロシアは、今年のBRICSと上海機構のサミットの大きなテーマの一つを「ISIS退治」にした。シリアのアサド大統領も、反アサドの米国でなく、親アサドのBRICSにISIS退治を主導してほしいと言っている。 (President Assad Highlights BRICS Role to Unify anti-Terror Efforts) (Taliban Demands ISIS Stop `Interfering' in Afghanistan

 インドのモディ首相とパキスタンのシャリフ首相は、BRICS+上海機構のサミットに出席し、そこでISIS退治(テロ対策)をテーマに久々の2国間サミットを行い、そこで話し合ったISIS退治の方策を、印パ共同で上海機構に提案する予定となっている。印パは現時点で、自分たちの和解についてサミットをしても何らかの結論を出せる可能性が低いが、ISIS退治についてならいろいろ決められる。この共同作業によって印パが仲直りしつつある構図が示され、印パの上海機構への同時加盟を実現するのがプーチンの腹づもりだろう。 (Indo-Pak talks on ISIS next week) (Uncertainty over Modi-Sharif meet in Russia

 中国もロシアも中央アジア諸国も、国内にイスラム教徒が多数おり、ISISが台頭すると、自国内でイスラム過激派がテロを頻発しかねない。また、上海機構にいずれ加盟するイランは、ISISとの戦いを最も真剣に手がけている国だ。ISIS退治は、上海機構の重要テーマとしてふさわしい。ISIS退治は、印パ協調策だけでなく、BRICSや上海機構が手がけるのにふさわしいテーマだ。ISISは、米軍がイラク駐留中に育てた組織で、今でも米軍が武器や食料、資金をISISに提供している。 (SCO ready to expand and fight ISIS) (露呈するISISのインチキさ

 米国防総省は昔から、兵器開発などの費用を大幅に水増しして裏金を作り、その資金を中東など世界各地のテロ組織にこっそり流し、テロ戦争の構図を維持してきた。イラク発祥のISISが最近、アフガニタスンや北アフリカで急拡大できている理由は、米軍から提供された資金を、各地のイスラム過激派に給料として出して雇用し、戦闘要員を急増しているからだろう。アフガニスタンでは、ISISがタリバンより資金力があるため、タリバンからISISに鞍替えする小集団が相次いでいる。 (米軍の裏金と永遠のテロ戦争) (イスラム国はアルカイダのブランド再編) (The Future of the Taliban

 アフガンのカルザイ前大統領は最近、ISISが外国勢力の支援を受けて拡大しており、ISISの目的は中露や中央アジアの不安定化だと指摘した。カルザイは立場上「米国」と明示できず「外国勢力」としか言っていない。以前は「ISISを支援する外国勢力」といえばサウジなどペルシャ湾岸アラブ諸国だと喧伝されていたが、サウジが米国を見限って(ISISの最大の敵であるイランを傘下に入れる)ロシアと協約した今、ISISの支援者はサウジでなく米国であることが確定的だ。今の米国の軍事戦略目標は中露イランの破壊であり、カルザイが指摘するISISの目的と全く合致している。(カルザイは米国の傀儡としてアフガン大統領に据えられたが、任期末にかけて米国と対立した) (Russia, China Face ISIS Threat From Afghanistan) (カルザイとオバマ

 米政府は、自分たちがISISを育て支援しているくせに、他方で欧州やアラブ諸国をしたがえてISISを退治する国際体制を主導している。当然ながら、米国主導だとISISはいつまでも退治されず、逆に国際的に急拡大している。人類が本気でISISを退治したいなら、米国から自立した他の世界的な勢力が、退治の主導役になるしかない。国連は米国に骨抜きにされている。現時点でISISを退治できる勢力は、BRICSしかない。上海機構よりBRICSの方が世界的だ。BRICSは今回の年次サミットで、ISIS退治を重要議題にしている。 (America's troubled anti-IS coalition: Can BRICS be a possible middleman?

 直接現地を空爆したり侵攻したがる米国と異なり、BRICSは、自分たちの軍隊を他国に派兵しない。戦地の地元諸国を経済・軍事的に支援することで、ISISを退治しようとしている。BRICSがISIS退治に本腰を入れると、ISISと戦う最前線にいるイランとその傘下のシリア(アサド政権)とイラクを支援し、アサド政権を国際的に「悪役」から「善玉」に転換させる外交努力をするだろう。アサドは米国の濡れ衣によって悪役にされている。BRICが主導し、国連などの場で濡れ衣を外してやることができる。米国は抵抗した後、勝手にやれという態度に転換するだろう。BRICSが、米国からISISへの資金移動をうまく絶ち、トルコなど反アサド・親ISISの国をあきらめさせることができれば、ISISは退治できる。この動きはロシア主導になる。 (露中主導になるシリア問題の解決) (米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動

 今回ロシアとサウジが協約したことも、たぶんBRICSがISIS退治に本腰を入れることと関係している。サウジは、かつてISISを支援していたが、ISISがシリアを乗っ取ったらその後サウジを攻撃する見通しになったため、ISIS退治の側に転じたいと考え始めた。しかし、ISIS退治を本気でやっているのが仇敵のイランしかなく、米国主導のISIS退治体制がインチキなものなので、サウジは困っていた。ロシアは、サウジに助け船を出したことになる。 (いずれ和解するサウジとイラン

 米軍は、諜報要員をイスラム組織に入り込ませる手法の軍事諜報ネットワークによってISISを支援している。軍事諜報ネットワークは、米国の覇権運営の軍事外交面の根幹だ。BRICS(露中イラン)がISISを倒したら、それはイスラム世界の米軍の軍事諜報ネットワークを、露中イランが破壊する(代わりに自分たちのネットワークを埋め込む?)ことを意味する。この破壊が進行すると、軍事外交面の米国の覇権崩壊に拍車がかかる。 (政治の道具としてのテロ戦争) (テロ戦争を再燃させる

 もう一つ、今回のBRICSサミットの重要テーマは「金融」「非ドル化」だ。ギリシャの金融混乱がドイツ銀行など米国の債券市場での残高が大きい欧州の大手銀行の破綻に発展するとか、最近起きた米国プエルトリコの財政破綻(債券の償還不能)が米国の地方公債の保険機構の破綻に発展するとか、サウジが原油安で米シェール石油産業を潰して債券破綻が連鎖するとか、いくつかのシナリオで今後、米国の債券金融システムの危機再燃が懸念される。米国の金融危機が再燃すると、BRICSにも影響が出る。それに備え、BRICSは1000億ドル規模の緊急用資金の共同備蓄を間もなく稼働する。 ($100bn BRICS monetary fund to be operational in 30 days) (The Importance Of RMB Internationalization) (債券市場の不安定化

 BRICSなど新興市場諸国が、外貨備蓄を(米国の債券での運用が必要な)ドル建てで持っていると、米国で金融危機が再燃すると被害を受けるが、貿易の決済通貨をドル以外の通貨にすれば、ドルを持たずにすみ、米国の金融危機の影響を受けない。そのためBRICSの5カ国は、相互の貿易決済をドルでなく5カ国の通貨で行う新体制に移行することを、今回のサミットで決める。中露印は、手持ちのドルを売って金地金の備蓄に替えることも進めている。BRICSは、米国の金融危機再発を不可避と見て、危機再発前にドル離れ、米国債券離れをできるだけ進めようとしている。 (The birth of new reserve currencies) (BRICS plan to trade in local currencies) (金本位制の基軸通貨をめざす中国

 G7のGDP合計額は34・7兆ドルで、BRICSのGDP合計額はそれよりやや少ない32・5兆ドルだ。BRICSの方が経済成長が大きいので今後2−3年で、G7よりBRICSの方が経済的に大きくなる。BRICSは相互の貿易を急増している。たとえばロシアはこの10年で、BRICSとの地下資源の輸出額を9倍にした。その分、欧米への輸出額が減り、ウクライナ危機で濡れ衣的に欧米から経済制裁されてもロシアは経済成長を維持できている。 (GDP of BRICS could surpass G7 in 2-3 years - senior Duma MP

 BRICSは、中国を筆頭に、5カ国合計で世界の外貨準備の75%を占めている。この外貨準備を、いずれ来る米国の金融再崩壊の前に非ドル化できれば、BRICSは米国と同時に経済崩壊することを免れ、世界の覇権構造を多極型に転換していける。



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