政治の道具としてのテロ戦争2005年8月23日 田中 宇この記事は「アルカイダは諜報機関の作りもの」の続きです。 前回の記事で「テロ戦争」とはアメリカなどの諜報機関が世界支配の強化のために仕掛けている作戦のようだと書いたが、だとしたら、諜報機関はどうやって自爆テロ志願者を集めているのだろうか。 その答えとなりそうなのは、最近、米英当局者が言い出した「アルカイダはテロ計画の立案実行には関与せず、単にテロを誘発するイスラム原理主義の理念をばらまいているだけの存在である」という分析である。これはビンラディンは「資本論」のカール・マルクスと同様、革命的な理念を表明しただけで、実際の革命(テロ)活動は、その理念に感化された人々が勝手に行っている、という見方である。(関連記事) 「アルカイダは、ネットワークではなく、ウイルスのようなものだ」という主張も出てきた。世界各地にばらばらに存在するイスラム過激派の地元組織を感化して自発的にテロをやらせているのがアルカイダであるという主張である。(関連記事) 「アルカイダの幹部」たちは、中東や北アフリカ、西欧や北米、東南アジアなどの都会にある貧しいイスラム教徒たちが住む地域の、モスクを中心とするコミュニティの中に入り込み、失業者が多く欲求不満が募り、最近では反米感情も高まっている若者たちに時間をかけて接近し、彼らを「聖戦」に立ち上がる気にさせる。彼らは「アルカイダの幹部」たちは、米英などの諜報機関に通じているから、そのルートで爆弾も入手できる。 (テロが起きると、爆弾の入手先が不明確なままになることが多い。たとえば7月7日のロンドンのテロでは、使われた爆弾が軍用の「C4」だったのか、それとも自家製の「過酸化アセトン」だったのか、当局の発表が揺れ続けた。軍用爆弾だったとなると、テロ組織がそれをどのように入手したのかについて、マスコミや世論は詮索し続けるので、当局にとっては自家製の方が都合がいいが、過酸化アセトンは運搬が非常に難しく、事件の状況と食い違いが出てしまう)(関連記事) 1993年に行われた、ニューヨークの世界貿易センタービルの地下駐車場の爆破テロでは、エマド・サレムという名のFBIのエージェントが地元のモスクの過激派組織には入り込み、テロをやろうと扇動したが、モスクの指導者がテロ活動に反対した。そのためサレム自身もテロの実行には乗り気でなかったが、FBIの担当官がエージェントに「おとり捜査用のニセの爆弾だ」と偽って本物の爆弾を手渡し、サレム自身が地下駐車場に仕掛け、実際に爆発が起きてしまった。 FBIは、イスラム原理主義を悪者に仕立てるため、テロ事件を画策したのだと思われる。サレムはFBIに騙された腹いせに、事件後にこのことをマスコミに暴露し、その後、姿をくらましている。(関連記事) 自爆を志願する者がいない場合は、若者たちを騙す手が使われる。たとえば7月7日のロンドンのテロの後に出た分析として「アルカイダの幹部は、麻薬の売人として活動し、若者に麻薬を詰めたリュックサックをかついで地下鉄に乗り、車内で他の売人にリュックを渡してくれ、と頼んだ。実際にはリュックに入っていたのは時限式の爆弾だった」という説がある。(関連記事) イスラム教以外の過激派組織が使われることもある。昨年3月にスペインのマドリードで起きた列車爆破テロでは、スペイン北部のバスク地方の分離独立を掲げてテロやゲリラ活動を行っている過激派ETAの組織内に「アルカイダ」が入り込み、ETAが北部の鉱山から爆弾を調達するルートが使われた。(関連記事) このように「アルカイダ」の名をかたるエージェントたちは、あちこちのイスラム・コミュニティを扇動して回っている。アルカイダ自体はテロを行わず、各地のコミュニティに取りついて、扇動したり爆弾を調達する「ウイルス」のような働きをしている。当局の「ウイルス説」と実際の「アルカイダ」が異なる点は「アルカイダ」が当局の敵ではなく、米英などの諜報機関によって操られた便利な道具であるということである。 ▼現職の指導者を有利にするテロ戦争 ここで指摘しておかねばならないのは、米英の当局の全員が、自作自演のテロ戦争に荷担しているわけではないということである。アルカイダを操っているのは、当局者の中のごく一部で、秘密に行動することが多い諜報機関である。英米などの諜報機関は、政府のトップに直結しており、たとえばCIAは大統領の命令にのみ従う。ブッシュ大統領と、ホワイトハウスの側近は、CIAが「アルカイダ」を操作していることを知りうるが、その他の役人や警察官などは、自分の政府が自作自演のテロをやっているなどとは思っていない。 そのため911事件の前には、FBIなどの現場の捜査官が、テロに関与しそうな容疑者に対する捜査を申請しても、上部から「必要ない」と却下され、事件後に「何であのとき却下したのか」と問題になった。 911や、7月7日のロンドンテロの当日には、実際に起きたテロとほとんど同じ想定で訓練が行われており、現場の係官たちが、テロなのか訓練なのか分からずに混乱するような仕掛けが、あらかじめ作られていた。これも、テロを演出する上層部による、何も知らない現場担当者たちが正常に動いてテロの発生が阻止されるのを防ぐための作戦だったと考えることができる。(関連記事) 大規模テロの発生は、国民が政府を頼りにする度合いを強め、世論を保守化させるので、現職の指導者にとって有利に影響する。テロ対策と称して、野党や反政府人士を弾圧するのも容易になる。911後、世界の多くの国々の政府は、アメリカが始めた「テロ戦争」に賛同した。各国の指導者は、米英の自作自演ではないかと察しても、それを黙認して「テロ戦争」に参加すれば、自国内の野党や反政府人士を弾圧できるようになるので、賛同している。 米英以外の各国の諜報機関も、アルカイダを監視することはあっても、潰そうとはしない。その結果、中国は新疆ウイグルのイスラム教徒に対し、ロシアはチェチェンなどのイスラム教徒に対し、好きなだけ弾圧を加えられるようになった。日本でも最近、諜報機関の強化が政府の内外で構想されている。諸外国の例と同様、これも政府の独裁力を強めようとする試みであろう。 ▼支配層の内部で対立するテロ推進派と反対派 とはいえ、首相や大統領がテロ対策を口実に自らの権限を拡大することは、政府内や支配層の内部から反発が出る。世界の多くの国は、支配層が一枚岩ではなく、国内のいくつもの勢力間のパワーバランスで権力が成り立っている。「テロ戦争」は、これを独裁化の方向に持っていこうとする意図を含んでおり、現職の指導者の独裁傾向が強化されることを好まない勢力は、テロ戦争は実は政府内の一部勢力による自作自演なのだ、ということを示す情報をマスコミにリークし、状況の転換を図る。 911は非常に衝撃的な事件として仕上がったので、この手の作戦転覆作業は、アメリカでは今のところあまり成功していないが、ロンドンのテロでは事件後、イギリス当局内部から、ロンドン警視庁などがウソをついているという情報が次々にマスコミにリークされ、英政府は窮地に立たされている。 またテロ戦争と同様、情報操作によって戦争を実現したイラク侵攻に関しても、侵攻前から米英の政府内から「イラクは大量破壊兵器を開発していないのに、米英政府はウソを言って大量破壊兵器が存在していることにして、侵攻しようとしている」といった情報がたびたびマスコミに流された。それは侵攻後、ブッシュ政権を窮地に陥れ、それまで政権内で力を持っていたネオコンらタカ派が弱まり、代わりに多極主義の勢力が力を増すことにつながった。 昨年のスペインの列車テロ事件は、総選挙の3日前に起きたが、左翼の野党への支持率を減らそうと、右翼の与党が「左翼寄りのETAが犯人だ」という主張にこだわったため、実はアルカイダの犯行だとする説が出てきたとき、与党のウソを非難する世論が支配的になり、選挙は野党の勝利となった。テロ戦争は「実は当局がテロ組織を動かしている」という点に関してウソがあるので、そのことがばれた場合は現職の政治家の方が潰されるという諸刃の剣である。(関連記事) このように「テロ戦争」をめぐっては、米英などの政府内に、それを推進しようとする勢力と、止めようとする勢力との対立が存在する。911後、米当局は「再び米本土でテロが起きそうだ」という警告を何度も出したが、一度もテロが起きていないのも、テロを誘発しようとする派閥と、阻止しようとする派閥が当局の内部で暗闘している結果かもしれない。 テロ戦争に便乗して権力を拡大したはずの国防総省も、内部では分裂している。最近、国防総省は「テロ戦争」(global war on terrorism)という呼び名を廃止し、代わりに「過激暴力主義との闘争」(global struggle against violent extremism)という名称にしようと提言したが、これもこうした対立を反映した動きだろう。 「戦争」がつくと国防総省の管轄になるので、名前を変えて「戦争」を「闘争」に変え、国防総省の負担を減らそうという話らしい。ブッシュ大統領は、いったんは「テロ戦争」という言葉を使うことを控えていたが、その後考えを変えたらしく、最近の演説では「テロ戦争」という言葉を11回も使い、方針転換を拒絶した。(関連記事) 国防総省の中には、テロ戦争を推進する文民(ネオコンなど)と、怪しげな諜報作戦をやめて本来の防衛のための組織に戻った方が良いと考えている制服組がいるようで、ラムズフェルド長官自身、両者の間を行ったり来たりしている観がある。 ▼米本土でテロが再発したらアメリカは軍事政権化 ブッシュ政権の中では、チェイニー副大統領などが、テロ戦争を終わらせたくない「永久戦争論者」だと思われるが、彼らの戦略の中で最も強力なものは「もう一度、米本土でテロを起こす」ということだろう。 米政界では最近、有事体制がどんどん強化されており、次に大規模なテロが米本土で起きたら、それを引き金に、アメリカの政治体制は、ホワイトハウスと国防総省が圧倒的な権限を持つ、戒厳令的な独裁状態に移行することが、ほぼ確実になってきている。911以後、ホワイトハウスと国防総省の権限はかなり拡大したが、それがさらに強化されることになる。 テロをきっかけに発動される有事体制の中で最も露骨な政治意図が感じられるものは、国防総省が最近立案した「CONPLAN2002」など2つの有事計画だろう。これは、米本土での大規模テロの発生などによって、アメリカの行政機関が機能できなくなるような事態が起きた場合、米軍が米の全土に展開するとともに、各州に常駐している州兵(国家警備隊)も国防総省の指揮下に入れ、各地の州当局や警察などに代わって行政権を行使する、という計画である。テロが起きたらアメリカは米軍の軍政下に入る、という構想だ。(関連記事) しかもこの計画は、実際にテロが起きた場合だけでなく、テロが起きそうだと国防総省が考えたときにも、先制的に発動できるようになっている。まさに、イラクを潰したブッシュの「先制攻撃」戦略の国内版である。有事になったら国防総省は、全米に夜間外出禁止令(戒厳令)を敷いたり、抵抗する者を射殺しても良い権限を得る。州や市町村などの地方政府が、軍への権限移譲に抵抗したら、武力行使もできる。(関連記事) 最悪の場合、ブッシュ政権の支持率が下がり、米国内に反ブッシュ・反戦の運動が広がったら、国防総省が「テロが起きそうだ」と宣言して有事体制に移行し、リベラル系が強い地方の州や市町村が権限移譲を拒否したら、戦車や戦闘機を差し向けて人々を黙らせる、という旧ソ連並みの手荒なやり方も考えられる。 有事体制が敷かれた場合、その司令部は、国防総省の中の「北米司令部」(Northcom)に置かれる。この司令部の所在地はコロラド州のコロラド・スプリングスの空軍基地内だが、この基地に陣取る空軍兵士の中には、キリスト教原理主義者が多いことで知られている。アメリカに有事体制が敷かれ、その中心をキリスト教原理主義勢力が牛耳る事態になったら、それは「アメリカのイスラエル化」そのものである。 有事体制に納得できない西海岸のリベラル系の若者たちが武装してロッキーの山岳地帯に立てこもり、それをキリスト教原理主義のパイロットが戦闘機で空爆しに行く、などという内戦状態になりかねない。 ▼今や合衆国憲法はテロ対策の邪魔 アメリカでは以前にも「911以後の有事体制の中で、ブッシュ大統領が急死した場合に備え、チェイニー副大統領が指揮する『地下政府』が、バージニア州の山中で機能し始めている」といった記事がワシントンポストで出されたことがある。(関連記事) 今回の国防総省の有事軍政計画も、ワシントンポストの特ダネである。そう考えると、今回の計画も、米政府の高官による、何らかの目的を持った「国民脅かし作戦」の一つかもしれない。 とはいえ、米議会では、911とともに制定された有事立法である「愛国法」が恒久化され、新たに政府が裁判所の認可を得なくても国民の個人情報を閲覧・盗聴できる権限が書き加えられるなど、米政界では「テロ対策」を名目とした政府権限の乱用許可が拡大されていることは事実である。(関連記事) またブッシュ大統領は最近、国内向けの諜報機関を初めて創設し、FBIの傘下に置く決定を下した。「国家安全保障局」(National Security Service)と呼ばれるこの機関は、アルカイダが米国内で再びテロを起こすことを阻止する目的で作られ、国内での盗聴活動や個人情報の閲覧分析のほか、大量破壊兵器の拡散に寄与しそうな国民の資産を没収する権限も持っている。(関連記事) このほか米軍も、米国民の個人の金融資産や取引の情報を閲覧できる権限を獲得しようと動いている。「テロ対策」という名目で、米政府のいろいろな機関が、国民のプライバシーを覗きたがっている。(関連記事) 連邦政府の公文書に占める機密文書の割合も急増し、2001年以来の4年間で、機密扱いに指定される公文書の数は2倍になった。その一方で、機密解除のスピードは落ち続けている。(関連記事) 今やアメリカの上層部からはでは「合衆国憲法は、個人の自由を重視しすぎているため、テロ対策の邪魔である」といった論調さえ出てきている。(関連記事) その一方で、連邦予算のテロ対策費のうち80億ドルが使途不明になっているとか、イラク統治にかかっている費用のうち88億ドルの使徒が不明なままであるとか、有事という言い訳のもと、予算がどんぶり勘定になり、政治腐敗がひどくなっている。(関連記事その1、その2) イラク占領の泥沼化が長引くにつれ、ブッシュ大統領の支持率が下がり、大統領が夏休みをとっているテキサス州クローフォードの自宅牧場の近くでは、イラクで戦死した兵士の母親であるシンディ・シーハンが「息子の死が無駄死にではないというなら、大統領自ら出てきて説明してほしい」と座り込みを続け、アメリカの世論を反戦の方向に動かし始めている。(関連記事) その一方で、米当局は、9月11日のテロ4周年の日に、再びアメリカでテロがあるかもしれないと警告している。ガソリンなどを積んだタンクローリー車をビルに突っ込んで爆発させる方式の自爆テロがあり得るという。これまでの米当局の警告のほとんどは、米国民を脅かすだけの根拠のないものだったので、今回の警告もそのたぐいかもしれない。だが、もし米本土で再びテロが起きたら、アメリカは一気に有事体制の軍事独裁政権に変質する可能性は十分にある。(関連記事)
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