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怪しさが増すロンドンテロ事件

2005年7月19日  田中 宇

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 7月7日にロンドンで起きた同時多発テロ事件は、重要ないくつもの事項についてイギリス政府の発表が二転三転し、もはや当局の発表やマスコミの報道を鵜呑みにできない状態になっている。

 その一つは犯行が、自爆テロだったのか、それとも爆弾を置いて犯人が逃げる方法だったか、という点である。

 事件発生の翌日には、イギリス当局は「爆発が起きた地下鉄の現場から、タイマーの残骸と思われるものが発見されたので、自爆テロではなく、仕掛け爆弾を爆破させるテロだったようだ」とマスコミに述べている。(関連記事

 そして、携帯電話を使って遠隔地から爆破させる形式だったとされる2004年3月のマドリードでの爆破テロと手法に共通点があるので、マドリード事件の犯人とされるアルカイダのメンバーが、ロンドンの事件も手がけたに違いないという解説が出回った。(関連記事

▼暴露趣味のテロリスト?

 しかしその後、7月12日に英当局が実行犯として4人のパキスタン系などイスラム教徒のイギリス人青年たちの名前を発表した。そして、イギリス中部の都市リーズにある彼らの自宅などに家宅捜索が入るに及んで、事件は一転して「イスラム教徒のイギリス人青年たちによる自爆テロである」という話になった。(関連記事

 そして「4人のうちの一人は、パキスタンでイスラム過激派が運営する学校で数日間の講習を受けたことがある」「4人の実行犯を指揮していた黒幕は、事件が起きる前にイギリスから出国した可能性が大きい」といった報道も出てきて、アルカイダが4人の青年を感化して自爆テロをさせた、という筋書きが流布された。(関連記事その1その2

 報道の中心は「欧州で初めてのイスラム教徒の自爆テロ」ということに切り替わった。「ロンドンの青年がイスラム教の聖戦意識に入れ込んだ挙げ句テロに走ったことは、欧州に2千万人のイスラム教徒がいることを考えると、見過ごせない話である」といった「解説」が出回った。(関連記事

 ところが、その後再び事態は転換した。家宅捜索が行われた翌日には、実行犯の4人は犯行当日、運転免許証や銀行のキャッシュカードなどを財布の中に入れたまま犯行に及んでいたことが分かった。爆発の各現場から、それぞれの実行犯の所持品だったと思われる免許証やキャッシュカードが見つかり、それが決め手となって、当局は4人の実行犯を特定していたことが分かった。

 テロの爆発はかなり強力なもので、爆発で死亡した50人ほどの被害者が誰であるかという人定は、事件から数日後たっても一人も分からない状態だった(その後少しずつ発表された)。被害者の遺体や所持品が粉々になるほどの強力な爆発だったのに、実行犯が身につけていたカード類が無傷だったのはなぜか、という疑問がまず湧いたが、それ以上に奇妙なのは、自爆テロを行う者が自分の身元が分かるIDカード類を身につけたまま犯行に及んだことだった。(関連記事

 この疑問は英当局の中にもあり、当局者は「彼らはまるで、自分が誰なのかを発表したいという意図を持っていたかのようだ」と述べている。(関連記事

▼実行犯は黒幕に騙されていた?

 そうこうするうちに、実行犯は犯行当日、郊外の駅からロンドン中心部まで電車で行く際、往復切符を買っていたことが分かった。彼らは、リーズの自宅から、ロンドン郊外のルトンという駅の前までレンタカーで行き、ルトンからロンドン中心部のキングス・クロスまで電車に乗ったが、ルトン駅で往復切符と8時間分の駐車料金をセットにした「パーク&ライド」の切符を買っていた。

 これから自爆して死のうという人間が、片道ではなく往復の切符を買ったのは、理解しがたい。この日の自分たちの行動が当局側にばれやすいセットの切符を買ったことも、テロ実行者の行動としては、あまりに稚拙である。爆弾は技術的に高度なものだったとされるだけに、行動様式の稚拙さとの矛盾が目立つ。テロの訓練を受けたアルカイダのメンバーとは思えない。

 しかも、4人の実行犯のうちの2人は、1歳前後の子供がおり、しかも奥さんは2人目の子供を身ごもっていた。一人の子供は、テロが実行された数日後に生まれる予定だった。そんなときに妻子を置いて信仰のために死のうと考える人がいるとは考えにくい。

 イギリスのマスコミの中にも「自爆テロリスト」説に疑問を持つところが多くなった。代わりに出てきた説は「実行犯は、黒幕に騙されていた」というものである。その筋書きは、以下のようなものだ。(関連記事

 黒幕は、自爆テロを志願する者を探すのは大変なので、代わりにタイマー式の爆弾でテロをやってくれる実行犯を探し、4人を集めた。黒幕は実行犯たちに「タイマーのスイッチを押し、リュックサックを置き去りにして地下鉄を降りろ」と指示し、4人は犯行後に逃げるつもりで往復切符を買ってロンドンに行き、地下鉄の中で爆弾のタイマーのスイッチを押した。だがそのスイッチは、実はタイマーではなく起爆装置のスイッチで、押したとたんに爆発が起き、結果的に自爆テロの実行となった。(関連記事

 黒幕は、タイマー式の犯行だと、実行犯の中に、犯行後に警察に捕まる者がいた場合、組織の全容や手口が当局に分かってしまうので、実行犯を騙して自爆テロにした。実行犯は、逃げられるものと思って、免許証などを所持したまま犯行に及んだのだろう、というのが新説である。(関連記事

▼談笑しながらテロに向かった?

 実行犯は自爆するつもりはなかったのではないか、という疑問が広がるにつれ、当局も「われわれは最初から自爆テロという言葉は使っていません」と抗弁するようになった。マスコミには自爆テロという言葉があふれたが、それはマスコミが勝手に誇張したもの、というわけだ。(関連記事

 しかし、ここでもまだ疑問は残る。ロンドンの地下鉄の車内には、網棚がない。椅子の下にも空間はなく、リュックサックを置き去りにする場所がない。混雑する朝の地下鉄の中で、車内に大きな荷物を残して降車することは不可能である。(関連記事

 また、リュックサックを置き去りにして逃げる作戦だったなら、万が一犯行直後に当局に捕まったときのことを考えて、運転免許証や銀行カード類を携帯しないのがふつうである。4人の実行犯はキングス・クロス駅で電車から地下鉄に乗り換えるとき、防犯カメラに4人そろって歩いているところを写されているが、4人かたまって歩くのも、テロリストとしてはあまりに無用心である。

 また、4人のうちの一人は、背負ったリュックサックのほかに、売店で何か買ったばかりという感じのビニール袋をぶらさげている。これからテロをやるという緊張感が感じられない。映像を分析した警察当局は「4人はジョークを言い合って笑いながら歩いている感じだ」と述べている。4人の行動からは、背負っていたリュックサックに爆弾が入っているということを知らされていない感じがする。(関連記事

▼当てが外れた「高飛びした黒幕」

 自爆テロが黒幕によって仕組まれたものなら、その黒幕は誰なのか。英当局が目星をつけたのは、テロの一週間前にイギリスからエジプトに出国した、リーズ大学で化学を学んでいた33歳のエジプト人研究者だった。化学の研究者なら、爆弾を製造できるだろうし、一週間前に出国したというのも怪しいというわけだった。彼は、あご髭こそ生やしていないものの、1日に5回のお祈りを欠かさない、敬虔なイスラム教徒だった。その敬虔さがますます怪しい、とされた。(関連記事

 彼はまた、リーズ大学からアメリカのノースカロライナ州立大学に派遣されて研究していた時期があった。そのため「テロリストの黒幕はアメリカにも滞在したことがあった。米国内のテロも画策していたのか」といった、米国内のテロの脅威を煽ろうとするかのような記事も米マスコミに出た。(関連記事

 エジプト当局は、英当局からの依頼で、カイロの実家に戻っていたこの化学者を逮捕した。ところがエジプト当局が尋問したところ、この化学者はアルカイダなどとは関係もないことが判明した。彼は、カイロの大学で修士号まで化学の研究をした後、奨学金を得てリーズ大学で抗生物質の研究を博士課程で行っている人で、単に大学が休暇に入ったので、1カ月半の予定で里帰りし、高校時代からのガールフレンドと結婚する準備をしていたと分かった。(関連記事

 英当局は、化学者の身柄をイギリスに引き渡すよう求めたが、エジプト政府は拒否している。英当局にとっては、実行犯と同じ町に住んでいて、事件直前に「高飛び」した化学者は、ちょうどよい「黒幕」だったのだろうが、結果はむしろ、英当局の謀略性の方が疑われるものとなっている。(関連記事

▼911と同じ手法:訓練にかぶせたテロ

 ロンドンのテロをウォッチしている欧米のウェブログの中には、鋭い分析を続けているものがいくつかある。その中には「黒幕はアルカイダではなく、英当局なのではないか」という疑問を投げかけているものが多い。(ウェブログその1その2その3その4

 一つの説は、ロンドンでのテロが起きたまさにその朝、テロの発生とほぼ同時刻に、テロが発生したのと全く同じ地下鉄のいくつかの駅で同時多発テロが起きたという想定で、事件対策の訓練が行われていた、ということと関係するものだ。

 イギリスの元警察幹部で、今はテロ対策の専門家としてセキュリティ会社を経営しているピーター・パワーによると、この日の朝9時半ごろ、ロンドンの地下鉄のいくつかの駅で同時多発テロが起きたという想定で、ロンドンの官民のセキュリティ関係者が集まって訓練が行われていた。実際のテロは、その訓練の最中に、訓練で想定したのと全く同じ駅で発生したという。(関連記事

 テロの訓練にかぶせて実際のテロを実行することは、テロリストにとって、当局の対策を遅れさせ、テロの被害を拡大させられる利点がある。テロの訓練は、政府の担当者と幹部だけが知っている秘密の状態で行われていた。テロリストの側が訓練の日時と場所を知っていたということは、テロに当局者が関与していた疑いが濃厚になる。

 ロンドンのテロが、当局の訓練に便乗して挙行されたことが重要なのは、911事件も、当局の訓練にかぶせて挙行されていたためである。911事件から約1年後にAP通信が報じたところによると、911当日の朝、ハイジャックされた飛行機が政府関係のビルに突っ込むという想定で、アメリカの諜報機関やその傘下のセキュリティ会社によって、テロ対策の訓練が行われていた。(関連記事

 訓練は関係者だけに通知されて実施されたが、この訓練のシナリオとほとんど同じ展開で本当のハイジャック事件が展開し、アメリカの防衛関係者やホワイトハウスの面々が「どうせ訓練だ」と思っている間に、本当のハイジャック機による激突事件が起きた。

 米軍司令部(NORAD)のレーダーには、本当のハイジャック機と、訓練用のダミーとが混ざり合い、20機以上のハイジャック機の機影が映し出されていた。司令部は混乱し、対応は遅れてスクランブル(戦闘機の緊急発進)が間に合わず、世界貿易センターへの衝突が防げなかった。(関連記事

 偶然に訓練と実際のテロが重なったとは考えにくい以上、911もロンドンのテロも、当局の中の誰かが、秘密のテロ対策訓練の日時や内容をテロリスト側に漏らしていた疑いが濃い。

(とはいえ、訓練について公表したピーター・パワーは、英政府と深いつながりを持ち、しかも彼の会社は巨大金融機関などを顧客としている。政府側の人間であると考えられる彼の暴露に対しては、暴露された内容よりもむしろ、なぜ彼が政府の不利になりそうなことをわざわざ暴露したのかを考えた方が良い、という指摘もある)(関連記事

▼当局の関与を疑う分析者が多い

 4人の実行犯は、英当局(MI5など)の諜報員から、有償で訓練に協力してほしいと頼まれ、ニセモノの爆弾と称するものを渡されて、4人が頼まれたとおり、それを背負ってロンドンの地下鉄に乗ったところ爆発が起きた、という経緯だったのではないか、と考えるウェブログ執筆者もいる。(関連記事

 捜査当局が、ニセモノの爆弾と称して捜査協力者に本物の爆弾を渡したため、おとり捜査を行うはずが本当の爆破テロになってしまった、というパターンは、1993年にニューヨークの世界貿易センタービルの地下駐車場で起きた爆破事件の際にも起きている。イラク侵攻もそうだが、歴史をひもとけば、テロや戦争を防ぐはずの当局が、逆にテロや戦争を誘発していたという話はけっこうある。(関連記事

 テロの実行犯とされた青年たちが、実はテロを行うつもりなどなく、黒幕(当局?)に騙されて行動した結果、犯人にされたり、名前だけ使われていたのではないか、という疑惑は、911事件や、スペイン・マドリードの311テロ事件でも存在する。911では、実行犯とされた15人のサウジ人のうち6人は人違いだと判明したのに、当局は犯人リストを差し替えていない。(関連記事

 311事件では、麻薬組織の中に入り込んだ当局の関係者が、爆薬をスペイン北部からマドリードに運び込む役目を担っていた。(関連記事

 これと同じパターンが、ロンドンのテロの背後にもあったのではないか、と考える分析者もいる。実行犯4人のうち2人は窃盗と詐欺で逮捕されたことがあり、麻薬の運搬にも手を染めていた可能性がある。7月7日の朝、ロンドンの地下鉄車内で、リュックサックに入った麻薬を、売人に渡してほしい、という指令を受けた4人は、実は爆弾が入っているリュックを麻薬だと思い込み、指示どおりに動いて爆破事件を起こした、というシナリオである。(関連記事

▼爆弾は軍用か自家製か

 当局の発表は、爆弾がどんなものだったかについても揺れている。「C4」と呼ばれる強力な軍隊用の爆弾が使われたという説と、中東などの爆破テロでよく使われる「過酸化アセトン」などの自家製爆弾が使われたという説があり、その2つが交互にマスコミの記事に登場している。(関連記事

 軍用の爆弾だとなると、その入手先が問題になる。旧ユーゴスラビアなどにブラックマーケットがあるとされるが、英当局内部からの流出も疑われる。自家製爆弾なら、インターネットに出ている情報だけで作れるとされ、当局が事件に広がりをもたせたくないのなら、こちらの方が都合が良い。だが、過酸化アセトンは衝撃を加えると爆発する非常に不安定なもので、リュックサックに詰めて運ぶのは困難である。

 爆発の被害の大きさから考えて、軍用爆弾が使われたのではないかと述べる当局者もいたが、その一方で、フランス当局が「ロンドンで使われたのは軍用爆弾だ」とする情報を新聞に漏らすと、英当局はそれをむきになって否定したりした。(関連記事

 その後、リーズでの家宅捜索の結果、1軒の家の風呂桶から、大量の「高性能爆弾」が見つかったと報じられたが、その直後には「見つかったのは高性能爆弾ではなく、過酸化アセトンを使った自家製爆弾だった」とする報道と差し替わった。(関連記事その1その2

▼テロ直前に英ポンドの空売り

 また「テロの10日前から、英ポンドの下落を見越すかのような空売りが行われていた」という指摘や「アメリカの金融当局は、テロの2日前から、株の急落を予見していたかのような、この数年間で最大規模の短期資金の大量供給を、市場に対して行った」といった指摘もある。(関連記事

 これらは、911事件の直前にアメリカの航空会社や保険会社の株式先物が売られ、9月11日の株式暴落で大儲けした奴がいる、という話を思い起こさせるものである。(関連記事

 このほか「テロ当日にロンドンに滞在中だったイスラエルのネタニヤフ蔵相が、テロ発生直前に、英当局からテロの危険性について知らされていた」「いやこれは、実はイスラエルは発生の数日前にテロの予兆を見つけて英当局に知らせていたが、英当局が対処しなかったので、腹いせにイスラエルがマスコミにリークしたものだ」といったたぐいの話もある。(関連記事その1その2

 イスラエルは911事件のときにも、米当局に事前に通報したが米当局は動かなかったという話や、世界貿易センタービルが崩れ落ちるのを見て大喜びしている青年たちがいたので、米当局が捕まえてみたらモサド(イスラエル諜報機関)だったという話があった。

▼アルカイダは米英の道具

 ロンドンのテロ事件は、まだ事態が流動的だが、英当局の言動の中には、事実を明らかにしようとするもではなく、都合の良いように話を作ろうとする動きが感じられることは確かである。英当局の内部は、事件をまっとうに捜査しようとする大多数の人々と、事件を政治的に利用しようとする上層部(もしくは諜報機関の一部)とに分かれている感じもする。

 911事件に対する米当局のやり方は、国内を「戦時体制」に移行させることで、マスコミに肝心なことを何も報じさせないという荒っぽいやり方だったが、今回の英当局はもっと巧妙だ。事件直後、マスコミから「アルカイダの犯行である可能性は?」と繰り返し尋ねられた警察の広報官は、その都度「まだ犯人像は全く分かりません」と、まっとうな答えを繰り返していた。しかし、その後約2週間たって、英当局の発表には作り話が混じっているのではないかという疑いが、しだいに強くなってきている。

 米の911、スペインの311、そして今回のイギリスのテロと、欧米先進国で起きた「アルカイダ」絡みとされる3つのテロ事件は、いずれも政治的に利用され、もはや「アルカイダ」とは、米英などが政治的な企てのためにテロをさせる道具と化した感がある。

 英当局は、今回のテロの犯人組織は実態が不明なため、突き止めるには「数十年かかる」と言っている。こうした発言は、米当局が「テロ戦争」を永続化したがっているのと同じ流れである。当局がアルカイダのふりをして、政治的に必要なときに必要な場所でテロを行うという状況が、今後何十年も続くのだとしたら、人類の未来は非常に暗いものであると思わざるを得ない。(関連記事



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