カルザイとオバマ2010年4月10日 田中 宇アフガニスタンのカルザイ大統領が、米政府との対立を激化させている。ことの発端は昨年8月のアフガン大統領選挙で、カルザイ陣営が大規模な不正を行ったと米政府がカルザイを非難し、これに対してカルザイは「不正をやったのは米国の方だ」とする逆非難を強めた。カルザイは「米政府は、私を政権の座から蹴落とすために、昨夏の選挙で私が不正をやったように見せかける策略をやった」と、4月2日の演説の中で述べた。米政府広報官は「カルザイはウソをついている」と非難し返した。 (Karzai speech provokes White House alarm) 昨夏の選挙でカルザイが全く不正をしなかったとは思えないが、同時に、米政府の要員が不正を手伝ったこともほぼ確かだ。昨年8月の選挙直後、EUが派遣した選挙監視団が、カルザイの得票の3分の1は不正票で、全アフガンの投票所の15%は実際に存在していないと発表した。 (Europe Says One in Three Karzai Votes Are Suspect) その後の昨年9月、誰が不正を企てたかをめぐって国連内の欧米間で仲間割れが起こり、アフガン駐在国連代表部の副代表をつとめる米国のピーター・ガルブレイスが、上司である同部代表のカイ・エイド(ノルウェー人)から「選挙不正を隠蔽しろ」と命じられたと「暴露」して電撃的に辞任した(選挙不正を糾弾した後、国連の許可を得ずアフガンを出国し、米国の自分の農場に引きこもった)。 (Galbraith Was Ordered to Cover Up Karzai Fraud) (One in three votes for Karzai fraudulent, says US diplomat) ガルブレイスは、米政府のアフガン担当責任者(大統領特使)であるリチャード・ホルブルックの昔からの側近だ。不正選挙の真相は、ホルブルックら米国のアフガン駐在が、カルザイに「選挙で負けそうだから俺たちが不正を手伝ってやる」と半ば命令的に言って、大々的に選挙不正をやって後で暴露する構図を作り、米国の傀儡になりきらないカルザイを追い落とそうとしたようだ。カルザイ陣営はそう考え、昨秋から「不正は米国の仕業だ」と言っている。 (Karzai: Foreigners manipulating Afghan vote recount) ガルブレイスら米国側の「国連は不正選挙を容認した」という主張はおかしい。アフガン占領は米国の戦略であり、国連や欧州は、覇権国である米国の戦略に従っているだけだ。もし国連が不正を容認するとしたら、それは米国自身が不正を容認もしくは企画した場合のみである。 (U.S. Critic of Karzai Is Fired From U.N. Mission) アフガンの政治構造は、多数派のパシュトン人と、少数派のタジク人やウズベク人などの連合体(北部同盟)との相克で、タリバンはパシュトン人の組織だ。カルザイもパシュトン人で、一族の本拠地もタリバンと同じ南部のカンダハルだ。カルザイは90年代末に米国がタリバンを敵視する前後から、タリバン敵視の姿勢をとり、そのおかげで米国がタリバンを蹴散らしてアフガンを占領した後、米傀儡政権の大統領に就任させてもらった。 (カルザイの一族は1973年にアフガン王制が倒れるまで国王の側近として大臣や大使を輩出した旧エリートで、貧農の若者を集めたタリバンとは身分や階級の面で対立している) (Hamid Karzai From Wikipedia) タリバンはパキスタンのISIが作った組織だ。カルザイら北部同盟系の人々は、米国のホルブルックがカルザイを敵視する理由について「ホルブルックはパキスタンと結託し、タリバン以外のパキスタン系の勢力にアフガン政権を渡そうと考え、北部同盟系のカルザイを潰そうとしている」と思っている。カルザイとホルブルックは、以前から犬猿の仲だ。 (The alienation of Hamid Karzai) ▼米軍の残虐行為がカルザイを反米に押しやる 米軍は、タリバンの拠点を攻撃して潰すことが重要だとして、今夏、タリバン最大の拠点である南部のカンダハルを攻略することを予定している。すでに今年2月には、カンダハル攻略の前哨戦として、南部の町マージャを攻撃している。米軍はマージャ攻略が成功したと言っているが、同時に米軍司令官は「マージャ市民の95%はタリバン支持者だ(つまり敵であり殺害対象)」と述べ、米軍は多数の市民を殺し、米軍に同行したアフガン軍は市街を略奪した。 (US Poised to Commit War Crimes in Marjah) (新生アフガン軍の兵士の大多数は、タジク人など北部同盟系の人々で、彼らは伝統的にパシュトン人と敵対してきた。略奪や残虐行為は無理もない) (Operation in Marjah Jeopardizes Peace Plan) マージャの惨状を見て、カルザイ一族を支持してきたカンダハル市民の中からカルザイに「米軍のカンダハル侵攻をやめさせてくれ」と多数の懇願が寄せられた。カンダハルの州知事はカルザイの弟であり、弟にも大きな圧力がかかった。それを受けて3月末、カルザイはカンダハルに行き、地元の有力者たちを集めて「国民の支持が得られない限り、米軍にカンダハル攻略をやらせない」と宣言した。 (Karzai steps up attack against US war policy) (米英マスコミの評論家ですら、マージャやカンダハルへの攻略は失敗すると警告している。地元の反対を受け、カルザイが米軍にカンダハル攻略をやめさせたいと思うのは当然だ) (Britain needs an Afghan exit strategy) 米軍はすでにカンダハル攻略を決めている。カルザイを傀儡とみなす米軍や米政府のアフガン担当幹部たちにとって、カルザイの宣言は、許しがたい反逆ということになる。その一方で、米軍はマージャ攻略以外にも誤爆などで市民殺害を繰り返しており、アフガン人の多くは強い反米感情を持っている。カルザイが国民から米国の傀儡と見られる状況を脱却し、政治基盤を強めるには、米国を批判する方が得策だ。カルザイの反米姿勢は、アフガン議会でも広く支持されている。 (Afghan upper house backs Karzai anti-US decree) ▼「カルザイは精神不安定な麻薬中毒患者」 カルザイがアフガニスタンの指導者であり続けるには、タリバンやその他の各派との敵対をやめて協調し、自分の政権に引き入れることが必要だ。カルザイは今年1月のロンドンでのアフガン関係諸国会議にタリバンの代表を招待することを画策したが、米国のクリントン国務長官らに猛反対された。2月には、カルザイはアフガン国内でタリバンと和解する国政会議(ロヤジルガ)を開こうとしたが、これにもクリントンらは「タリバンが事前にアルカイダとの決別を宣言しない限り、会議への参加は許さない」と阻止した。 (US, Karzai Clash on Unconditional Talks With Taliban) タリバンの支持者の多くは、米国に挑戦するアルカイダを心理的に支持している。タリバンがアルカイダを公式に非難することは無理だった。(アルカイダは米英諜報機関の創作物であり、実際にアルカイダに参加しようとする者は、諜報機関の要員として機能させられる) (US Cool to Karzai Plan on Taliban) 行き詰まったカルザイは、米国からの離反を強めた。米国に頼れないなら、中国やイランに頼るしかない。カルザイは3月24日、北京を訪問して胡錦涛主席と会談し、経済を中心とした国家再建に中国の支援を受けていくことを決めた。すでに中国企業はアフガンにある世界有数の銅鉱山などを買収し、資源利権の面でアフガンを傘下に置き始めている。 (Afghanistan, China Vow Strong Relations) (Karzai, Hu discuss economic ties) カルザイは訪中の2日後に、ペルシャ暦正月のお祝いを言いにテヘランを訪問し、イラン最高指導者のハメネイらと会談した。イランは、ヘラートを中心とするアフガン西部や南部と国境を接し、古くからアフガン西部はイラン東部との経済的、人的な一体性が強い。カルザイ自身、カブール市民の多くと同様、パシュトン語のほかにペルシャ語(ダリ語)が話せる。米国のアフガン占領が混乱し、カルザイ政権がイランとの協調を模索する中で、イランはすでにアフガン西部に領事館を開設し、存在感を増している。 (Iran to Step Up Afghan Presence) 同時期にカルザイは、アフガン政界のパキスタン系の指導者(戦国大名)の一人であるブルグディン・ヘクマティアルと会談し、これまでの敵対をやめて、カルザイ政権に取り込んで挙国一致型の政府を作る動きをとり始めた。ヘクマティアルは以前から「米軍を撤退させるべきだ」と強く言い続けてきた。これらの動きからは、カルザイが米国に頼らない国家再建を目指す「非米化」の姿勢を急速に強めていることがうかがえる。 (Karzai in talks with senior militant leaders) カルザイが非米的な戦略に転換した直後から、米政府はカルザイ敵視をさらに強めた。4月6日、米大統領府の広報官は「米国は、カルザイを同盟者と今でも考えているかどうか」という問いにまっすぐ返答せず「カルザイは民主的に選出されたアフガニスタンの指導者である」と杓子定規に答え「(昨夏のアフガン選挙で米政府が不正をしたというカルザイの主張に)困惑している」と述べた。 (White House Won't Say if Karzai Is Still an Ally) 昨夏の選挙後、国連を非難して米国の農場に引きこもったガルブレイスも久々に再登場し、カルザイを「精神が不安定だ。(アフガンに多い)麻薬中毒患者ではないか」と酷評した。カルザイの広報担当者は「ガルブレイスこそウソつきだ」と怒りのコメントを発表した。 (As Tensions Grow, US Alleges Karzai `Drug Abuse') カルザイだけでなくアフガン人の全体の怒りを扇動する言動も、米国から発せられている。たとえば米軍のアフガン駐留米軍司令官であるスタンレー・マクリスタルは3月末「私が赴任して以来の9カ月間に、自爆テロリストだと思って銃撃した自動車の中から、爆弾が発見されたことは一度もなかった。その多くに(一般市民の)家族たちが乗っていた(米軍は彼らをテロリストと間違って射殺した)」「われわれ(米軍)は、無害な一般市民を無数に射殺してきた」という、驚くべき率直さの証言を発している。 (Collateral Pentagon) ▼オバマのタリバン和解策を潰す側近たち いつも私の記事を読んでいる読者なら、ここまで読んで「ははあ、米政府はカルザイに対しても『隠れ多極主義』の戦略を開始したんだな」と思うだろう。米国はイスラム諸国など、世界のあちこちで、米国の傀儡になっても良いと思う指導者たちを意図的に怒らせ、そこの国民の反米感情を扇動し、米国ではなく中国やロシアに頼らざるを得なくさせて「非米化」を誘導し、世界を多極型に持っていく画策をやってきた観がある。 カルザイに対する米政府の最近の仕打ちは、構図的に見て、まさに非米化策の典型である。実は、今回の記事は最初「非米化されるアフガニスタン」という題名をつけようと私は考えていた。 しかし、カルザイをめぐる出来事を読んで分析するうちに、米政府の中心にいるはずのオバマ大統領自身は、カルザイを敵視していないことが見えてきた。オバマは、タリバンとの和解にも反対しておらず、それどころか逆にタリバンと和解して米軍のアフガン撤退を早めたいと考えてきた。今年2月には、米政府は近々タリバンとの交渉を始め、アフガンを取り巻く地政学的なバランスが転換する(タリバンを作ったパキスタンが有利になり、反タリバンのインドが不利になる)という予測も、米マスコミやネット上で流れた。 (India Rethinks Policy to Keep Afghan Influence) オバマは3月中旬に開いた閣議で、マージャ攻略が一段落したのでタリバンとの話し合いに入りたいと提案した。だが、クリントン国務長官やゲーツ防衛長官といった側近の多くは「タリバンに対してもっと優勢に立てるまで交渉できない。交渉は、今夏にタリバン本拠地のカンダハルを陥落してからにしてください」と強く反対し、オバマの構想を潰した。 (Battle over Afghan peace talks intensifies - Gareth Porter) それと前後してオバマは、米大統領が決断したら30日で米軍をアフガンから撤退できる条項を含む新法を米議会に通そうとしたが、これも反対多数で否決された。 (House Rejects Bid to End Afghan War) 米国のアフガン戦争がすでに勝てない戦いになっていることは、昨年から関係者の間でよく知られている話だ。米国に長年取りついてきた英国の元駐米大使は昨秋「アフガン戦争は意味のない、ばかげた戦争だ」と本に書き、英軍撤退を呼びかけている。 (Tony Blair's Envoy Attacks Afghanistan War) パキスタンの諜報機関ISI元長官で、長年にわたり米諜報機関と組んでタリバンやアルカイダを使って(表向きは戦って)きたハミド・グルも「米国が巨額の金(3兆ドル)をかけてアフガンを占領して何がしたいのか、政治戦略が全く見えない。パイプラインを敷くためなら、タリバンと協調した方がはるかに簡単だ」と述べている。イラク戦争と同様、アフガン戦争は米国にとって自滅的だ。オバマが、タリバンとの和解や、早期の米軍撤退を模索するのは当然といえる。考察が必要なのは、クリントンやゲイツらオバマの側近が「タリバンに対する優勢を得るまで和解や撤退はダメだ」と主張する理由の方である。 (America and world economic meltdown - mystery of the Afghanistan war) ▼孤高な戦いに破れるオバマ 表向き、クリントンもゲーツもオバマに忠誠を誓い、忠実な側近として振る舞っている。だが、ゲーツはもともと共和党系で、隠れ多極主義者かもしれない。またクリントンはオバマの部下ではなく、自分が大統領になりたいはずだ。オバマがアフガンで大失敗して1期で辞めれば、共和党が再起できていない中、自分が2012年の大統領選挙に出て勝てるとクリントンが思っていても不思議ではない。クリントンはすでに62歳で、年齢的にも急いでいる。 クリントンが大統領になれば、今さんざんカルザイとの敵対を煽っているホルブルックが国務長官になるだろうともいわれている。論功報償的な人事である。ホルブルックがカルザイを反米に転じさせ、オバマがアフガン戦略の失敗で大統領を1期で辞め、次期は自分が大統領になって、ごほうびにホルブルックを国務長官にしてやるのがクリントンの考えかもしれない。 (An AfgPak star over Central Asia) これらの推測を総合すると、オバマは側近たちを信用できない事態になっている可能性がある。ホワイトハウス中枢の人間関係については、さまざまな分析記事が飛び交うが、その中には意図的な歪曲が多く、解析は難しい。しかし、どうやらオバマはアフガン戦略の判断について側近たちを信用していないと思える出来事が最近起きている。 (U.S. Timetable Isn't Right for Afghanistan) それは3月28日、オバマが大統領専用機を26時間乗り続け、空中給油しながら米国からアフガニスタンに直行し、カルザイと30分だけ話をして、再び米国に戻るという電撃的な行動をとったことだ。報道によると、オバマはカルザイが中国やイランといった米国のライバルの諸国にすり寄っていることを叱ったという。オバマはカルザイを叱りつけるために丸2日飛行機に乗り続けてカブールまで行ったというのだ。 (Karzai's China-Iran dalliance riles Obama) しかし私には、この説明は不可解だ。カルザイを叱るなら、カブール駐在のホルブルックに命じれば十分だ。そうではなくてオバマは、ホルブルックに任せられないことをやるためにカルザイに会いに行ったと考えるのが自然だ。オバマ側近の多くはタリバンとの徹底抗戦を主張し、タリバンとの和解を模索するカルザイを非難するが、米側の中枢でも、オバマだけはタリバンとの和解を模索しており、その点でオバマはカルザイと同じ考えだ。オバマは、タリバンとの和解の模索や、早期の米軍撤退など、側近に反対されて実現が遅れている自分の戦略をカルザイに伝え、中国やイランに頼らず、米大統領である自分を信頼してほしいと伝える信頼醸成のために、カブールまで行ったのではないか。 米国の大統領は絶大な権限を持ち、オバマがその気になれば米国のアフガン戦略などすぐ転換できると、多くの人が思っているだろう。しかし現実は全く逆である。オバマが電撃的にカブールを訪問した直後から、米国のマスコミでは「カルザイは信用できない」「カルザイは反米に転じた」といった報道が大量に流され、カルザイがいかに反米か、米政府がいかにカルザイに不信感を持っているかという話を、やたらに強調する記事があふれた。 911以来、米国では(日本と同様)マスコミ報道が一定方向に偏重するプロパガンダ機関と化しているが、偏重の方向性はオバマの戦略を流失させるものになっている。この事態の前に、オバマはむしろ無力である。 そもそも実は、最もこの情報の偏向にまとわりつかれているのは、米国の一般国民ではなく、歴代の米大統領である。諜報機関や顧問らが毎日、米大統領に政策決定の材料となる情勢分析の報告を上げてきたが、その中には間違った判断を誘発する歪曲情報が混じっていたはずだ。間抜けな前任者はころりと騙され、イラクとアフガンに侵攻した。 オバマはブッシュより聡明らしいので、自分のところに上がってくる情報が歪曲されていると勘づいているだろう。だからこそ「カブールなんか行く必要はありません。ホルブルックに任せておけば良いんです」という側近の提案を無視し、超多忙な日程の合間をぬって無理矢理カブールまで行ってカルザイと会い、アフガン戦略を立て直そうとした。 しかし、オバマのカブール訪問自体がプロパガンダ機関に都合が悪いらしく、ほとんど報じられず、訪問直後から米マスコミはカルザイと米国の関係を悪化させる報道をあふれさせ、オバマのアフガン戦略を失敗の方に押しやっている。 【続きは田中宇プラスで書くつもりです】
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