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米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動

2013年9月3日   田中 宇

 米国が8月31日にシリアを空爆するとの予測が、その2日ほど前に米英のメディアから流れ、いよいよ空爆かと思われた。だが当日、オバマ大統領が発表したのは、予測されていた、米議会にも国連にもNATOにも諮らずシリアを空爆することなく、それと正反対の方向の、シリアを空爆すべきかどうか米議会に諮ることだった。 (In Reversal, Obama Will Seek Congress' OK to Use Force on Syria) (Obama stuck with grenade in hand that he doesn't want to throw

 米国は、憲法に連邦議会に戦争開始の決定権があると明記されているが、憲法外の法制で、テロ対策としての先制攻撃など、急いで対応せねばならず、議会に諮っていたら間に合わない有事の際に、大統領が議会に諮らず90日間までの戦争を開始できる。だからオバマは、8月21日にシリアで化学兵器の使用が報じられた後、化学兵器を使ったのは反政府勢力でなくシリア政府軍だと決めつけ、制裁として、議会や国連に諮らず急いでシリアを空爆すると表明した。 (無実のシリアを空爆する

 英国のキャメロン首相は8月24日にオバマと電話で話し、シリア空爆に参加したいと表明したが、英国は米国と異なり、外国との戦争に例外なしに議会の承認が必要だった。シリア空爆は1週間以内に行わねばならないと言うオバマに対し、英国のキャメロン首相は、それまでに議会の承認を得るので待ってくれと答えた。当初、英国の与野党は空爆に賛成だったが、国連での議論で、米国が主張するシリア政府軍犯人説の根拠が薄いとわかり、国連の化学兵器調査団の結論が出るまで待つべきという意見が強まり、英議会は8月29日にキャメロンのシリア空爆案を否決した。英国で、戦争開始の可否を首相が議会に諮って否決されたのは1782年以来、231年ぶりだった。 (シリア空爆騒動:イラク侵攻の下手な繰り返し) (Miscalculations over Syria raise questions over Britain's appetite to continue punching above its weight

 英国の展開を見てフランス政界でも空爆への抵抗が強まり、同日、フランスのオランド大統領は「議会が了承するまで空爆に参加しない」と表明した。ドイツ、イタリア、オーストリアなどは、国連決議なしのシリア空爆に反対している。米国は国際的に孤立した。 (France's Hollande facing pressure for deputies to vote on Syria

 冷戦終結から四半世紀、国際政治は多くの局面で、単独覇権もしくは孤立主義的な態度をとる覇権国の米国を、覇権黒幕国の英国がなだめすかし、米英主導で行動する体制を何とか形成し、それが「国際社会」として機能してきた。だが今回、米国のシリア空爆案に英国が議会の否決で乗れなくなった。英国が国際政治を誘導する力が劇的に低下するとの予測が、米政界などから出ている。今後、米英の覇権体制の崩壊が加速するかもしれない。「いまや『国際社会』は、シリア空爆に賛成している米国、フランス、トルコの3カ国のみで、世界の残りの国々は国際社会に属さなくなった」と反戦系分析者から皮肉られている(日本も、米国がやる無鉄砲にすべて賛成だが、数の中に入れてもらえてない)。 (Syria crisis: 'Britain is no longer a world power') (The "International Community" is shrinking

 シリア空爆に反対する市民運動も、各国で日に日に強くなっている。8月31日、オバマが大統領府(ホワイトハウス)で演説し、議会に諮ることを表明した時、大統領府の前の道では、シリア空爆に反対する市民がさかんに声を上げており、その声がオバマの演説を中継するテレビの音声に入り、全世界に伝えられるという、象徴的な状況も起きている。米国の外交政策を決定する「奥の院」であるCFR(外交問題評議会。共和党系)の論文雑誌「フォーリン・アフェアーズ」も、国連の承認を受けないシリア空爆は国際法違反だと明言している(同誌はかつて国連の承認を得ないイラク侵攻を絶賛した)。 (Anti-war chants heard in the Rose Garden during Obama's speech) (The Legal Consequences of Illegal Wars

 米議会の180人の議員は、連名でオバマに書簡を出し「シリア軍は米国まで届くミサイルを持たず、米国にとって脅威でないので、大統領が議会に諮らず空爆できる状況でない。議会を無視したシリア空爆は違法であり、それが行われた場合、議会はオバマの弾劾を検討する」と表明した。国際的な孤立や、市民の反戦運動だけなら、オバマは無視したかもしれない。だが加えて、弾劾される危険が増すとなると、無視していられない。 (Obama Has Decided That It Is Safer To Buy Congress Than To Go It Alone

 911事件以来の10年あまり、米大統領はブッシュもオバマも大統領の有事権を乱用し、議会を無視して次々と戦争してきた。今回、オバマが議会に諮るだけで、議会は喜んでいる。オバマは2大政党の主要議員に「シリア空爆を承認してくれるなら、議会に諮ってあげるよ」と持ちかけ、おおむね了承を得たので、空爆案が可決されると予測し、議会に諮ることにしたようだ。 (The 5 ways that Congress is splitting on Syria

 オバマは、政敵の共和党の多数派が好む好戦的(あるいはイスラエル右派的)な策をとることで共和党を取り込み、超党派での意志決定をめざす策をとってきた。今回も、オバマが議会に提出するシリア空爆案は、シリアに味方するイランやヒズボラ(レバノン)に対しても空爆できる広範な内容になっている。シリアだけでなくイランと戦争したい共和党の好戦派を取り込もうとしている。 (Former Bush official: Syria resolution could authorize attack on Iran and Lebanon

 オバマは議会でシリア空爆案を可決できると考えているようだが、本当に可決されるかどうかわからない。シリア空爆案が米議会で可決される可能性は今のところ50%と見られている。国連調査団がシリアから米国に戻り、今後、誰が化学兵器を使ったかの分析が、新たな証拠とともに明らかになるだろう。これまで数回、シリアで化学兵器が使われたが、いずれもシリア軍でなく反政府勢力が使った可能性が高いと、国連の前回の報告書が書いている。今回も反政府勢力のしわざである可能性が高く、それが明らかになるにつれ、米議会でシリア空爆に反対する勢力が増えるに違いない。 (Rand Paul: 50/50 chance House will vote down strike on Syria Paul Lawrance

 米当局は議員に対し、シリア政府軍の化学兵器使用に関する秘密の証拠を見せたと報じられている。これは911やイラクをめぐる「秘密の証拠」と同様、賛成してくれる人にインチキな証拠を見せる策略だろう(かつて小泉首相が911に関するブッシュのインチキ話に積極的に乗ったことを思い出す)。 (White House Claims Evidence of Syrian Gov't Using Sarin Gas Pushes Congress to approve strike

 米当局は「シリア軍は化学兵器を持っている。だから使ったに違いない」といった、弱い状況証拠しか持っていないと、専門家が指摘している。今後3週間ほどかけて、国連の調査団が、誰が化学兵器を使ったか、証拠つきで結論を出す。国連が出す「反政府派がやった」という証拠は、オバマが出す「アサドがやった」という薄弱な証拠よりずっと強いだろう。今後、米議会の議論が長引くほど、オバマにとって不利になる。すぐに空爆せず時間をかけてしまったのは、オバマの大失策である。 (Experts: US Evidence Against Syria Extremely Weak) (Three-week wait for UN's Syria analysis

 米国は建前的に911以来「アルカイダ」と戦い続けており、米議会はアルカイダを敵視しているが、今やシリア反政府派の主力はアルカイダだ。オバマがシリア政府軍の施設を空爆したら、それは米国がアルカイダを支援することになる。これまで米議会はこの点を曖昧にしてきたが、今回はそれも議論されるだろう。 (Does Obama Know He's Fighting on al-Qa'ida's Side?

 米議会では、米国が持つ覇権を好む方向より、覇権を嫌う方向が強まっている。米政府の信号盗聴機関であるNSA(国家安全保障局)が米国内の電話通信や、世界中のインターネット通信を盗み見し続けていることが、NSAのスノーデンの暴露で発覚した時、米議会でNSAの権限を予算面から剥奪しようとする法案が上程され、わずか12票差でぎりぎり否決された。議会がNSAの権限を削るという、覇権放棄の法律が可決されかねない、画期的な状況だった。議会で覇権放棄の方向が強まっていることから考えて、シリア空爆の法案が否決される可能性は十分にある。 (◆テロ対策への不信) (Obama faces challenges convincing Congress

 米議会がシリア空爆を承認するか、否決するかは、世界に対する米国の今後の姿勢を決定する、米国と世界にとって非常に重要なものになるだろう。米議会がシリア空爆案を可決した場合、議会の信任を得たオバマは、米国単独でシリアを空爆するだろう。この選択肢が持つ問題は、米国が選んだ標的の確度に疑問があり、2−3日以内の短期的な空爆でシリア軍の弱体化という目的が達せられる可能性が低いことだ。米軍の幹部自身が、軍の機関紙にそう語っている。 (Limiting action to missile strikes in Syria could prove difficult, analysts say - Stars and Stripes

 短期の空爆で効果が上がらない場合、そのまま放置するとアサド政権が軍事的、国際政治的に息を吹き返し、内戦に勝ってしまう。それを防ぐために米国が深入りすると、米地上軍を派遣するとか、イランも空爆するという話になり、米軍がイラクで懲りて最も嫌がる中東での戦争の泥沼に再びはまり、米イスラエルとイランが本格戦争になる中東大戦争になりかねない。単独でシリアに侵攻する米国は、泥沼化の後始末を単独でやらねばならない。オバマは、せっかくブッシュが無茶苦茶をやった泥沼占領のイラクから何とか撤退したのに、またシリアの泥沼占領にはまり、米国は過剰派兵による軍事破綻に再直面する。 (Barack Obama's dramatic gamble on Syria

 逆に、米議会がシリア空爆案を否決した場合、オバマ政権の国際・国内的な政治信用が大きく崩れる。米政界で孤立主義が強まり、特に孤立主義と単独覇権主義の相克が強い共和党で、覇権を希求する方向が弱まり、覇権を放棄する方向が強まる。オバマはシリア空爆をしないだけでなく、シリア内戦やその他の中東の問題に対する関与の全体を低下させる可能性がある。共和党では、リバタリアンで覇権放棄(孤立主義)の傾向を持つランド・ポール上院議員が人気を獲得し、次期大統領候補として英雄視されるかもしれない。FTは早々と「いずれ世界は、米国が世界の警察官をやめたことを惜しむだろう」と題する記事を出した。 (The world would miss the American policeman) (Rand Paul Suspects Chemical Attacks `Launched by Rebels, Not Syrian Army'

 すでにオバマ政権は、シリアを空爆できない場合の次善の策として、シリア政府軍が化学兵器を勝手に使えないよう、ロシアが国連を代表してシリア政府軍の化学兵器を管理する案を検討している。「シリア政府が保有する化学兵器が危険だ」という点だけを見るなら、米国が空爆でシリア政府を制裁できないなら、シリアと親しいロシアに頼んでシリア政府の化学兵器を管理してもらうのが次善の策になる。しかし、化学兵器を使ったのが政府軍でなく反政府勢力だとなると、話がまったく頓珍漢になる。 (Obama stuck with grenade in hand that he doesn't want to throw

 頓珍漢な話なのだが、ロシアやシリア政府は、米国が提案するなら、米国が二度とシリアを空爆すると言わないと約束することを条件に、この話に喜んで乗り、国連調査の結論を曖昧化し、誰が化学兵器を使ったか曖昧にする(シリア政府軍が使ったんだと米国や親米諸国が言い続けることを黙認する)ことを了承しそうだ。米政府や米英マスコミは権威を保てるし、シリア政府は政権を維持でき、ロシアはシリアに対する自国の利権が認められる。国際政治では、ときどきこの手の頓珍漢なことが「現実策」と称して起きる(頓珍漢さを指摘する人の方が、頓珍漢なやつだと言われてしまう)。

 9月5日からロシアでオバマも出席してG20サミットが行われる。シリア問題は主題の一つだ。シリアの化学兵器をロシアが管理する案は、表面化せずに終わるかもしれないが、ロシアのプーチンがシリア問題で、アサドに化学兵器の濡れ衣をかけたオバマやキャメロンを非難するだろう。シリア問題は3カ月前の北アイルランドでのG8サミットでも話し合われ、そこではアサドを一人で擁護するプーチンが悪役だったが、今回のG20サミットでは、プーチンが善玉で米英が悪役だ。シリア問題が覇権の多極化とつながっていることを感じさせる。プーチンは「米国はこの10年、国際問題を解決するためと称して、いくつもの国に侵攻したが、それによって問題が解決された国は一つもなかった」と明言している。そのとおりだ。 (Putin sees chance to turn tables on Obama at G-20

 米議会がシリア空爆案を可決すれば、米国は再び中東の戦争にはまり込み、軍事力を浪費し、何十(百)万人もの人々を殺しつつ、軍事面から信用を失墜していく。空爆案が否決されれば、米国は国際政治の面から信用を失墜していく。オバマの今回のシリア空爆策は、米国史上最大の外交的な失敗であると、すでに指摘されている。 (America Totally Discredited Paul Craig Roberts

 米政府はなぜ、このような下手くそな策を展開してしまったのか。米国が、過剰に下手くそな国際戦略によって、自滅的に覇権を失墜し、横から立て直し策を試みる英国を邪険にしたり、引っかけて失敗させたりして、返す刀でロシアや中国といった反米非米的な大国の台頭を誘発するのは、ベトナム戦争、イラク侵攻、アフガニスタン占領など、戦後の米国の多くの策に共通している。 (世界多極化:ニクソン戦略の完成

 今回も、オバマはキャメロンに「急いで議会に空爆を承認させてくれ」と要求し、キャメロンに危ない橋を渡らせて、失敗・落伍させている。もともとオバマは先代のブッシュと同様、英国に対して邪険で冷淡だった。それが急に「一緒にシリアを空爆しよう」と持ちかけた時点で、英国を引っかけて潰そうとする策だと、キャメロンは気づいたかもしれないが、英米同盟を復活させるまたとない機会であるだけに、断れなかったのだろう。



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