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プーチンに押しかけられて多極化に動く中国

2014年5月26日   田中 宇

 5月20−21日、中国の習近平主席やロシアのプーチン大統領、イランのロハニ大統領ら、24の加盟国から首脳や高官が出席し、中国の上海で「アジア相互協力信頼醸成会議(CICA)」が開かれた。CICAはこれまであまり知られていなかったが、冷戦直後の1992年にソ連から独立したばかりのカザフスタンの大統領の提唱で設立された、極東から中東までのユーラシアの地域紛争の防止や解決を、米欧に頼らずユーラシア諸国自身が行う方法を考える信頼醸成会議だ。設立後10年は、米国が世界に自由市場を広げる経済覇権拡大戦略をとっていた関係もありCICAは不活発だったが、2001年の911事件を機に米国が好戦的な軍事覇権主義に転換したため、ユーラシア諸国自身による紛争解決の必要性が高まり、02年から4年ごとに会議(サミット)を開くようになった。 (CICA: One of Asia's most important multilateral security forums) (What is CICA (and Why Does China Care About It)?

 今年トルコから議長国を引き継いだ中国は、これまで目立たなかったCICAを、国際政治の世界で有名な組織にした。習近平は、ロシアのプーチンやイランのロハニといった有名な反米姿勢の指導者を集めてCICAを開き、席上「アジアの安全保障問題を、地域外の諸国(米欧)から干渉されず、アジア人自らの手で解決することが必要だ。アジア諸国は(対米従属という)従来の古くさい安全保障の概念を棄てねばならない」とぶち上げた。CICAには、米国や欧州、豪州、日本といった先進諸国が入っていない(日米はオブザーバー参加)。 (Xi calls for 'Asian people to uphold Asia's security' as he aims to sideline US) (China reinvigorates regional clubs to counter US power

 中国は同時に、これまで指導者らによる意見交換の場でしかなかったCICAを拡大し、ユーラシア諸国間の国際紛争を米国抜きで実際に解決できる仲裁や交渉の場としての「アジア安全保障開発機構(OSDA)」にすることを提唱している。今回より前に「アジアの国際問題をアジア人の手で解決する」と宣言していたのは、第二次大戦前の日本の「大東亜共栄圏」である。日本が敗戦し、世界が米国(米英)の覇権体制になった後、今回中国の主導でCICAの拡大が決まるまで、アジアはアジア人自身で米国に依存せず国際紛争を解決する手段を持たなかった。 (Kazakh president suggests transforming CICA into OSDA

 中国は今回「大東亜共栄圏」以来75年ぶりにアジア人自身の国際安保機構を提唱したことになる。日本は「アジアを欧米の傀儡から解放し、アジア人自身の手で守る」と75年前に提唱したのに、今は米国の傀儡であり続けることに固執し、対米従属の裏戦略として中国敵視を続け、CICAにも参加せず、中露などが米国抜きの世界秩序を作ろうとしていることも無視している。 (CICA summit new arena for China's diplomacy

 CICAはまだ不完全な機関だ。機能拡大は不確定な計画でしかない。ASEAN10カ国のうちマレーシア、シンガポール、フィリピン、インドネシアなど7カ国がCICAに不参加だ。めざといイスラエルは加盟しているが、サウジアラビアなどアラブ産油諸国は参加していない。東アジアの紛争として、尖閣諸島、北方領土、南北朝鮮、南沙群島などがあるが、これらは米国の覇権が絡んでおり、米国が極度に衰退しない限り、米国抜きの解決はあり得ない。しかしCICAは、中国だけでなくロシアも主導役、中東の地域大国であるイランとトルコも熱心で、新たにモディ政権が誕生したインドも協力しそうであるなど、ユーラシアの地域大国の多くが参加している。入っていない有力国は日本、サウジ、インドネシアぐらいだ。参加国の枠組みとしては十分だ。 (Russia & China: `No to sanctions rhetoric, regime change in other countries'

 上海の会議では、習近平とプーチンが、他の指導者の前面に座る構図がとられるなど、中露共同主導のかたちが演出された。今回中国がCICAを米国の覇権を否定するユーラシア独自の安保体制を提唱したのは、中国自身の戦略というより、プーチンのロシアに引っ張られてやっている傾向が強い。ウクライナ危機で米欧から敵視されたロシアは、中国やイランといったBRICSや途上諸国との関係を強め、世界の覇権構造を非米的な多極型に急いで転換する必要に迫られている。 (At CICA, Xi Calls for New Regional Security Architecture) (The Russia-China Alliance Deepens as Putin Embarks on Official State Visit

 ウクライナ危機後「米欧やG7諸国に制裁されても、中国など新興諸国との関係があるのでかまわない」と強気な言動を続けるプーチンは、CICAに合わせて行った中国訪問で、中国とロシアの関係がいかに深まっているかを世界に示そうとした。プーチンは今回、10年前から交渉していたがまとまらなかったロシアの天然ガスを中国に売る長期契約を調印にこぎつけたし、中露の銀行が相互通貨での貿易決済を増やす「非ドル化」協約も調印された。上海で中露合同軍事演習を実施し、それを習とプーチンが一緒に閲兵する光景も演出された。 (China, Russia set to sign $US100b gas deal) (China Signs Non-Dollar Settlement Deal With Russia's Largest Bank

 中国側は、ロシアとの親密さを演出することでプーチンに恩を売ったが、これには高い値札がついていた。プーチンは訪中の初日、天然ガスの長期契約の最終交渉を行ったが、中国側は販売価格が高すぎると言って契約を了承しなかった。中国は現在、他の諸国から安定的にガスを輸入しており、ガスの国内販売価格がロシアの言い値の輸出価格より安く、中国政府はロシアから輸入するほど逆ざやで損するというのが拒否の理由だった。 (China to delay Russia gas deal in blow to Putin) (Russia-China gas pact 'snags on price'

 米欧のマスコミは、ガスを中国に売るから米欧の制裁など怖くないと豪語していたプーチンが、中国へのガス売り込みに失敗して地政学的な敗北を喫しそうだと「ざまあみろ」的な感じで報じた。しかし翌5月21日、帰国する数時間前の最終段階で、プーチンはガスの売り値を中国の言い分に近いところまで値下げした。土壇場で値下げする昔ながらのシルクロードのバザールの交渉のような心理戦を経て「商人」の中国はガス購入を了承し、中露の初のガス長期契約が実現した。中露はガスの契約価格を機密にしているが、ロシアから欧州向けの売り値が千立方メートルあたり380ドルなのに対し、中国側は335−350ドルで買いたがっていたとされる。 (Russia Fails to Sign China Gas Deal at Shanghai Meeting) (Russia and China wrestle over gas deal

 中国のガス需要は急増している。今は十分な量を安定的に輸入できていても、いずれ足りなくなり、後になるほど中国はロシアのガスを輸入したくなる。これまでロシアが中国を満足させる値引きをしなかったのは、時間が経つほど中国が高値で買ってもいいと考える可能性が強まるからだった。今回プーチンは、地政学的に米欧への優勢を得る対価として、中国の言い値でガスを売ることにした。 (Russia and China seal historic $400bn gas deal

 習近平は返礼として、中露主導で米国抜きのユーラシア運営を目指すCICAの拡大を決めたり、プーチンと一緒に「世界の国々は、経済制裁を政治の道具にすべきでない。他の国の政権転覆運動に資金援助すべきでない」などとする共同声明を発表したりした。声明は、米国がウクライナの政権を親露から反露に転覆し、ロシアが重要軍港のあるクリミアを併合せざるを得ない状態に追い込んだ上でロシアを制裁したことを非難するものだった。 (Russia & China: `No to sanctions rhetoric, regime change in other countries') (Putin courts China as west turns away

 現時点で、中国はロシアに比べ、米国から敵視される度合いが少ない。中国は1989年の天安門事件以来、トウ小平の国家訓として、覇権国である米国との対立を回避し、政治より先に経済で大国になる戦略を採ってきた。しかし近年、米国の金融がリーマン危機後の延命策として連銀のQEなど不健全なバブル拡大に依存する傾向を強め、いずれ米国覇権の根幹であるドルや米国債が崩壊しそうになっており、米国の覇権に従うことに対する危険性が、経済面から強まっている。同時に米国は、尖閣や南沙の海洋紛争で日本やフィリピンをけしかけ、中国との敵対を煽っており、政治面でも米国に困らされている。 (南シナ海で中国敵視を煽る米国) (不合理が増す米国の対中国戦略

 プーチンが帰国した翌日の5月22日、中国の西域、新疆ウイグル自治区のウルムチ市で、自爆テロリストが自動車2台で市場の人混みに突っ込んで爆発を起こし、市民多数が死んだ。「アルカイダ」的なこのテロはおそらく、今年アフガニスタンから米軍が撤退し、その後のアフガン管理を中国やロシアが主導することと関係している。紛争が多いウイグル自治区でも突出した今回のテロは、米当局が作って野放しにしたアルカイダが、中国に戦いを挑んだようにも見えるが、中国当局にとっては逆に、アフガンや中央アジア諸国、イラン、パキスタン、ロシア、インドなどを誘って「テロ対策」を口実にした影響力拡大を堂々と行える環境を作っている。 (31 Killed in Worst Attack in Years in Xinjiang's Capital Urumqi) (アルカイダは諜報機関の作りもの

 その一方で米政府は、プーチンの訪中と同時期に、中国の5人の軍人を、米企業のサーバーにインターネットから侵入して企業秘密を盗んだ罪で起訴し指名手配した。この起訴は、米国の軍産複合体系のシンクタンクの調査がもとになっており、事実というより、かつての「イラクの大量破壊兵器」「イランの核武装」「シリアの化学兵器使用」などと同種の、中国を敵視するための誇張話であり、信憑性に疑いがある。その一方で、米政府自身は昨年、中国政府のサーバーに侵入する軍事作戦を立てたことを認めており、全体として中国を怒らせて反米へと誘導する「隠れ多極主義」的な策略になっている。 (China confronts U.S. envoy over cyber-spying accusations) (米国と肩を並べていく中国) (Despite Lack of Proof, US to Attack Chinese Hackers in Retaliation

 それでも中国は、今回プーチンが駆け込んで来なければ、今後もしばらく米国の覇権に楯突く姿勢を見せなかったかもしれない。中国だけでなくBRICSは全体として、米国の覇権が低下しつつあるので代わりの多極型の世界体制が必要だとの共通認識を持ちつつも、米国の代わりに覇権を負担するのもリスクがあるので、多極化は急がずに進める姿勢をとってきた。しかし米国が起こしたウクライナ危機で、プーチンが米欧との対立に追い込まれ、中国に対して「多極化を予定より早く進めよう」とさかんに誘っている。その対価はガスの安売りだけでなく、もともとロシアの傘下にあった中央アジア諸国において、中国が優先して経済利権を得ることをロシアが黙認することも含まれているという分析も出ている。 (Russia makes its own pivot to Asia

 一般に、覇権とは争奪されるものと考えられがちだ。たしかに日独伊は英国から覇権を奪おうとした。しかし実際の覇権は、争奪でなく契約的に移譲されることの方が多そうだ。二度の大戦を機に、英国から米国に覇権が移ったが、それは英国が自国を救うために米国に参戦してもらう見返りに英国の覇権を譲渡する隠れた約束(1941年の大西洋憲章など)があったからだ。今回、中国がロシアを助ける代わりに、今後きたるべき多極型の世界において、ロシアは中国の国益を尊重する傾向を強め、中国がロシアより優越する体制ができるのかもしれない。ロシアは中国の軍門に下ったといった感じの指摘が、すでにFTなどで散見される。 (China's junior ally in the Kremlin - Gas deal with Beijing underscores Russia's weakness) (覇権の起源(3)ロシアと英米

 上記のFTの記事は、米国と中国とロシアが地政学上の三角関係にあるとも書いている。3カ国のうち2つが結束すると、残る一カ国が疎外されて衰退していく構図だ。1972年に米国のニクソン大統領が訪中して米国と中国が結束すると、その後ロシア(ソ連)が衰退し、20年後のソ連崩壊に結びついた。今回のプーチンの訪中は「逆ニクソン」であり、中露の結束がいずれ米国の覇権衰退につながりそうだとFTは読み解いている。



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