不合理が増す米国の対中国戦略2014年2月10日 田中 宇2月5日、米議会下院の外交委員会の公聴会で、米政府の東アジア担当のラッセル国務次官補が、中国が第二次大戦中から主張してきた南沙群島に対する領有権の主張(南海九段線)は国際法に反していると、米政府として初めて明言した。 (US blames China for rising tensions in South China Sea) 南沙群島は第二次大戦の敗戦まで日本が領有し、日本領だった台湾の一部として行政区分していた。当時、日本と戦っていた中華民国(国民党政権)は、南沙群島を含む台湾を中国の一部と主張し、台湾の東沖からフィリピンの西沖、ボルネオ島の西沖、マレー半島の東沖、ベトナムの東沖、海南島の西沖を通って陸上の中越国境まで続く線を、11の短い線からなる破線(十一段線)で示した地図を公開した。 (China's 1947 map depicting the "eleven-dotted-line") 第二次大戦後、国共内戦に勝って中華人民共和国を建国した共産党政権は、ベトナムとの関係を重視して、11の短い線のうち海南島とカムラン湾の間にあった2つの線を消し、9つの短い線からなる破線(九段線)に改定し、この「南海九段線」の内側にある南沙群島の全体を、中国領であると主張してきた。 (Nine-dotted line From Wikipedia) 孫文が1912年に国民党政権を作って以来、米国は国民党政権の中国を支持していた(もともと孫文は米国の代理人の色が濃い)。米国は、山奥の重慶に立てこもるゲリラ政府でしかなかった国民党政権の中国を、第二次大戦後の5大国(国連安保理常任理事国)の一つとして大抜擢し、戦後の世界体制を決める国際会談の一つカイロ会談に蒋介石を招待した。当時の米国は、国民党の中国が主張する十一段線を認めており、日本が敗戦したら南沙群島は全部中国のものだという主張に反対していなかった。 (Is the nine dash line dead?) その後、中国は内戦によって政権が共産党に代わり、共産中国は南沙群島に関して、国民党政権の主張をほとんどそのまま(破線の11本を9本にしただけで)継承した。米国は30年間、共産中国を承認しなかったが、1979年に米中国交を正常化し、その後は中国の「南海九段線」による南沙群島領有の主張を黙認してきた。 (China's New Map: Just Another Dash?) 1994年に国連海洋法条約が世界的に発効した。米国はこの条約に調印していない(中国は調印した)が、米政府の見解では、ある国が領海や排他的経済水域を設定できるのは、人間が経済的生活を維持できる島(有人島)から12海里や200海里までの海域に限られている。その見方からすると、南沙群島に対する中国の九段線の主張は、海洋法条約に立脚しておらず無効になる。米国のラッセル国務次官補は、この点をふまえ、南沙群島に対する中国の主張は国際法に反していると米議会で証言した。米政府として初めて、南沙群島に関する中国の主張を明確に否定し、それまでの黙認姿勢から転換した。 (The U.S. and China's Nine-Dash Line: Ending the Ambiguity) 米議会下院では、中国の海上支配の拡大について1月から公聴会が開かれており、議員たちは「南シナ海や東シナ海での、中国の領土主張を絶対容認するな」と口々に主張している。今年に入って米国が中国包囲網を強化している観が強い。 (U.S. lawmakers urge tough stance on China sea claims) 日本では、1月末にスイスで開かれたダボス会議で演説した安倍首相が、自らの国内経済政策(アベノミクス)や靖国神社参拝を正当化しつつ、世界に向かって「中国の台頭に対抗して立ち上がろう」と呼びかる主張を展開した。こうした強硬な発言は、安倍と、その背後にいる外務省など日本の官僚権力機構の戦略が対米従属一本槍であることから来ている。米国が中国敵視を強めるのに合わせ、米国中枢のどこかの筋から「もっと対中姿勢を強硬にしろ」と要請された可能性もある。国際会議の演説で、ある国の指導者がどこか他の国を非難するのは、大きなリスクをともなう。もともと安定や平和を重視する日本の指導者は、米国にそそのかされない限り、そんなことをしない。 (Japan tells world to stand up to China or face consequences) 安倍はダボスで、日本を英国に、中国をドイツにたとえ、今の事態はドイツが台頭して英国を追い抜こうとして戦争になった第一次大戦の前夜に似ているとも発言した。この発言は「日本の権力者として、日中戦争が不可避だという趣旨の発言をするとは、安倍は中国と戦争するつもりだ」と物議を醸した。歴史を見ると、第二次大戦で、中国が英国の同盟国で、日本がドイツの同盟国だったのだから、日本を英国に、中国をドイツにたとえるのは実史との関係が倒錯している。靖国参拝との絡みでいうと、安倍が言うべきは「ドイツやイタリアと連携し、今度は負けない戦争をする。もういちど中国に進軍して支配してやるぞ」といった感じになる(独伊は即時に拒否だろうが)。 (Tokyo and Beijing must defuse rhetoric before it is too late) 戦後の日本は、米国の世界戦略を牛耳って世界を東西対立に持ち込んだ英国の冷戦扇動策のおかげで繁栄した。日本の対米追随の本質は、対英追随(軍産複合体追随)である。安倍(や背後の日本外務省)が、自国を英国にたとえ、敵国である中国を(英国の地政学的仇敵である)ドイツにたとえたことに、そのような姿勢が垣間見える。 (Attempt to stifle Japan's national broadcaster is deplorable) 中国に対する今の日本政府の強硬姿勢は、対米従属(日米同盟)を強化するための策であり、中国と戦争するための準備ではない。米国が「中国包囲網を強化したいので一緒にやろう」と非公式に要請するので、中国敵視発言を繰り返しているだけだ。日米同盟の観点を抜きにすると、日本が中国と対立するメリットはない(尖閣は領有権紛争を棚上げし、地下資源は共同開発するのが最良だ)。中国では反日ナショナリズムが共産党独裁を強化する利点があるが、日本はもともと国内が超安定的で結束しており、ナショナリズムを煽る必要が全くない。日本は韓国との関係も悪いが、これも日韓が仲良くすると在日・在韓米軍の撤退につながるので、意図的に仲を悪くしている。日本では安倍の側近ら政府高官の多くが、いずれ米国が日本を守ってくれなくなると予測していると、ロイターが最近報じている。 (Insight: Japan unease over U.S. alliance adds fuel to Abe's security shift) 米国をイランとの戦争に引っぱり込もうとしたイスラエルと同様、日本も米国を中国との戦争に引っぱり込んで日米同盟を維持しようとしている、との見方もできるが、イスラエルが米政界を牛耳る諜報力・恫喝力・政治力を持つのと対照的に、日本はその分野が(対米従属の一環として意図的に)全く無能だ。日本が米国を戦争に引っぱり込もうとするなら、米国はすぐに察知する。とはいえ、真珠湾攻撃の時のように、察知してもあえて放置し、わざと戦争に引っぱり込まれて軍産複合体が喜ぶ、という道もありうる。財政緊縮による米国の軍事費削減を止めるには、米国が戦争に引っぱり込まれるのが良い。安倍(や官僚機構)は、日本人の代表としてでなく、米国の軍産複合体の傀儡(売国奴)として、米国を中国との戦争に引っぱり込むのかもしれない。選挙で売国奴を当選させるのが日本の民意なら仕方ない。大東亜戦争も、よく分析する人には負けるとわかっていたのに、当時の国民の多数が支持していた。 (Empire's New Asian Clothes) すでに書いたように、米国は今年に入って中国敵視を強めているが、それと同期するかのように、台湾や韓国が中国との協調関係を強め、隠然と米国離れしている。台湾と中国は今年に入り、初めて政府間交渉に入っていくことを決め、相互の政治主張がぶつからないような政治的方便を考える段階に入っている。2月10日、国共(台中)の政府対話が60年ぶりに再開された。何らかの合意はまだまだ先の話とされるが、対話自体が画期的だ。今回の記事の冒頭に書いた、南沙群島の領有権を主張する中国の「南海九段線」の9本の破線のうち2本は、台湾が中国の一部であることを示すものだが、すでに台湾は経済面で不可逆的に中国に統合されていく傾向で、今また政治的にも統合される過程が始まった。 (Historic China-Taiwan talks start long road to closer ties) 朝鮮半島では昨年末、北朝鮮の金正恩が、中国の代理人だった政権ナンバー2(摂政役)の張成沢を処刑した。中国はその後、静かに北朝鮮に対して激怒する姿勢を示し、中国軍が北朝鮮国境沿いに10万人の兵力を集め、軍事演習を挙行している。 (PLA mobilizes 100,000 troops for N Korean border exercise) (北朝鮮・張成沢の処刑をめぐる考察) 北朝鮮側は、対抗して、国境沿いにコンクリートの防護壁を作り、そこにはマシンガンを北から中国に向けて撃つための銃眼も設けられているという。北朝鮮当局は「中国側の国境の町に韓国人商人が多くいるが、彼らの多くは実は韓国軍の要員で、彼らが北に対して攻撃を仕掛けてくれかもしれないので防護壁が必要になった」と説明しているが、馬鹿げた話だ。中国と北朝鮮は、静かに仲が悪くなっている。 (N.Korea Fortifies Border with China) 中国では、朝鮮問題の専門家である党学校の教授が、朝鮮戦争時に北朝鮮で戦死し、そのまま北で埋葬された中国軍兵士の遺骨を、北から回収することを提案した。朝鮮戦争で築かれた中朝の固いきずなを解こうとするかのような提案だ。北朝鮮は「遺骨を朝鮮に埋めることは毛沢東が決めたことだ。いまさら中国が撤回することはできない」と激怒している。北が「毛沢東」に言及するのは「今の中国は、毛沢東の社会主義を棄てて、市場原理と称する資本主義に走った落伍者だ。落伍者に遺骨返還を求める権利はない。北朝鮮はつらくても社会主義を堅持しているぞ」という中国共産党を中傷する意が込められている。 (US pivot chafes at vital Asian ties) 過激策を弄する北朝鮮を持て余す中国は、北朝鮮に対する立場が韓国と似てきている。従来の朝鮮半島は、中国と北朝鮮の同盟体が、米国と韓国の同盟体と敵対する冷戦型の関係だったが、最近は、中国と韓国が協調して北朝鮮の過激策への対抗策を練る状況へと変質している。ここで問題になるのが米国の位置づけだ。最近、米国は韓国を誘い、在韓米軍と韓国軍が合同で、北朝鮮の政権を転覆することを想定した軍事演習を行った。米国が好むこの手の策は、北朝鮮をますます過激な方向に押しやる。米国が韓国を誘って北朝鮮を転覆しようとするほど、北朝鮮は国内的に「米韓の脅威に対抗しよう」と結束し、金正恩政権の延命力が強くなる。 (In South Korea, US Special Ops Train to Help Overthrow North Korean Regime) 昔のように、朝鮮半島における冷戦構造を永続化するつもりなら、敵である北の政権が延命するのが良いことになるが、昨今マスコミでさえ予測しているように米国の覇権がしだいに弱くなるのが今後の現実であるなら、むしろ朝鮮半島の敵対構造を弱めつつ、北が過激策を弄しないよう、中韓米露などの周辺諸国が協調して北を監督するのが良い。いまや米国の対北好戦策や、在韓米軍の存在そのものが、朝鮮半島の敵対構造を煽っている。これまで韓国にとって対米従属は、日本にとってと同様、便利な安全保障策だったが、今後しだいにそうでなくなる。米国は覇権が低下しても、好戦策・敵対策をやめそうもない。米国が好戦的なままだと、韓国はいずれ、米国に在韓米軍の撤退を求め、中国(やロシア)と組んで北朝鮮を抑止する策を強めざるを得なくなる。 (North Korea warns U.S., South Korea military drills could spark disaster) 米国は、中国包囲網を強化して恒久的な冷戦構造を復活したいのかもしれないが、だとしたら不合理な愚策だ。米国が中国敵視を強めているここ1−2年は、ちょうど中東政策の失敗などで、国際社会で米国に対する政治的信頼の低下かが激しくなった最中で、すでに見たように、中国包囲網に不可欠な台湾や韓国が中国と協調する姿勢を強めている。東南アジアでも、ベトナムが米国に使われて中国敵視の先兵にされるのをいやがり、フィリピンも右往左往している。 (中国包囲網のほころび) (中国の台頭を誘発する包囲網) 米国の中国包囲網が愚策である最大の要点は経済面だ。いまや世界経済の牽引役は、米国でなく、増大する中国(や他の新興諸国)の中産階級だ。米国の大企業の多くが、中国の消費力にあやかって儲けている。いまから中国との恒久的な冷戦構造を復活するのは、世界経済と米国企業にとって大損失となる。米国の財政も、中国による米国債の購入で支えられてきた。米経済の原動力だった金融システムは、連銀のQE縮小などで、不安定さを強めている。米国の金融は、あと1−2年延命するかもしれない半面、来月にも再崩壊するかもしれない。日本についても、世界的な投資家の多くが、日本株を売りに入っていると報じられている。 (Global investors drop Japanese stocks) 米英や日本では中産階級の縮小が起きているが、中国やインドなどでは、中産階級が増えている。ゴールドマンサックスの幹部がBRICSという言葉を作ったときに予測した「消費の多極化」が現実化している。中国では中産階級が増えているが、日本では減っている。日本で、正社員は中産階級であることが多いが、派遣社員は収入が少なく貧困層になることが多い。日本の終身雇用の終焉は、中産階級の没落につながる。中国は世界経済の牽引役になりつつあるが、日本の繁栄は終わりつつある。日本が中国に対抗してやるべきことは、小さな領土に拘泥したり、糞財界人の意のままに派遣制度を拡大したり、日銀の造幣力を浪費して株価を操作することでなく、国力の源泉である中産階級を保持拡大することだ。 (Which middle class, which squeeze?) (しだいに多極化する世界) 人類の繁栄にとって中国経済(内需)の発展が不可欠なときに、米国を支配するNYの資本家が中国包囲網を本気でやるはずがない。米国から威嚇されるほど、中国は太平洋の西半分を支配しようとする意志を強め、かつて米国が中国に持ちかけて断られた「米中G2」(米中による覇権の2元化)の状態へと自然に近づく。中国包囲網は、中国を強化するための茶番劇だろう。日本は、その茶番劇の一時的な道具として使い捨てにされていると感じられる。どこかの国に従属して生きていこうとする国は、従属対象の国からどんなひどい仕打ちを受けても文句を言えない。従属根性を持つ者たちの方に問題がある。 (中国を隠然と支援する米国) 安倍政権や日銀は、ドルと米国債を延命させる米連銀のQE(量的緩和策)に連動して円を過剰発行しているが、これは中国にとってありがたい話だ。中国は、ドルの国際負担を軽減したい米国から「早く人民元を国際通貨にしろ」とせっつかれているが、国際化より先に国内経済の充実をやりたい中国は、人民元の国際化を後回しにしてゆっくりやりたい。中国としては、従来のドルと米国債の経済覇権がもう少し続いてくれた方が良い。日銀が円を過剰発行してドルと米国債を延命してくれるのは、中国も望むところだ。今後いずれ日銀や米連銀が疲弊し、ドルと米国債と円が崩壊するころ、ちょうど中国の準備が整い、元や中国経済の国際化と覇権化が進むのかもしれない。中国の発展をひそかに望むNYの資本家は、日本を中国の繁栄の踏み台にする策なのかもしれない。
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