中国を隠然と支援する米国2014年1月8日 田中 宇米政府は2011年から「アジア重視」とか「エアシーバトル」といった概念で、中国包囲網を強化するかのような戦略を展開してきた。米軍は、冷戦後いったん撤退したフィリピンに再び駐留する態勢を復活し、オーストラリア北部やシンガポールに新たな軍事拠点を設けた。沖縄に集結していた海兵隊は、これらの新拠点を巡回する動きを始めた。この中国包囲網策は「エアシーバトル」の名前に象徴されるように、空軍(エア)と海軍・海兵隊(シー)が中心で、米国の4軍の残る一つである陸軍は外されていた。 (中国の台頭を誘発する包囲網) 01年の911以来の米国の戦争は、アフガニスタンもイラクも地上軍が主役で、米陸軍が戦いの中心だった。しかし11年のイラク撤退と、今年予定されるアフガン撤退を経て、米軍は内陸の軍事行動が重要な中東・西アジア地域から撤退する傾向を強めている。代わりに重視されているのがアジア太平洋地域の中国包囲網だが、そこでの主役はエアとシーで、ランド(陸軍)の出番がない。米国が中国大陸を占領するなら陸軍が重要だが、今の米国は、国土が中国の6分の1しかないイランに対してすら「戦争したら地上軍侵攻が必須で、イラク型の占領の泥沼にはまる」と言って戦争したがらない。米国は、中国を遠巻きに包囲するポーズをとるだけで、それ以上のことをする気がない。出番が減る陸軍は、焦っている。 08年のリーマン危機以来、米政府は金融の救済で財政赤字が急増して首が回らなくなり、防衛費を含む政府支出の削減が急務だ。出番が減った陸軍の予算は減らされる傾向にある。米政府は陸軍の兵力数を、今の54万人から、2017年までに49万人に減らすことを決めた。このまま脱中東・中国包囲網強化の流れが続くと、米陸軍はさらに縮小される。 (U.S. Army seeks bigger Pacific role to confront Chinese efforts to control shipping lanes and seize disputed territory) 対策として陸軍が考えたのは「おれたちも海に出て中国包囲網に参加しよう」ということだった。アジア太平洋において米陸軍は、在韓米軍として韓国に3万人弱の駐留枠を持っているが、在韓米軍はかなり前から空洞化している。米国は韓国において、これまで持っていた有事の軍事指揮権を韓国側(韓国軍)に移譲しようとしており、在韓米軍は長期的に撤退の方向だ。韓国以外のアジア太平洋において陸軍の拠点は少なく、兵力はぜんぶで2500人しかいない。 (Army's `Pacific Pathways' initiative sets up turf battle with Marines) しかし昨今の中国包囲網は、立派な基地のネットワークを持っていなくても参加できる。米国が中国包囲網策として新たに獲得した軍事拠点のほとんどは恒久的な基地でなく、地元の軍などの土地や施設を借りた一時的なものだ。米国領の北マリアナ諸島のテニアン島では、第2次大戦の終結以来放棄されていた軍用滑走路を復活し、訓練用に使ったりしている。 (「エアシーバトル」の対中包囲網) 既存の沖縄の基地のように、嘉手納は空軍、普天間は海兵隊と恒久的に分かれていると、そこに陸軍が入り込むのは難しい。しかし昨今の米軍の中国包囲網は、中国を遠巻きにする飛び飛びの地域で、借り物や即席の拠点をテント芝居のように立ち上げ、そこで地元の軍隊と合同軍事演習を上演しつつ米軍部隊が巡回(どさまわり)するやり方だ。陸軍は「おれたちも役者に入れてくれ」と言いやすい。米陸軍は昨年10月ごろから「Pacific Pathways(太平洋進路)」と名づけた中国包囲網参戦策を始めている。米本土にいる陸軍を数カ月の訓練遠征に送り出し、アジア各国の拠点に数週間ずつ滞在して訓練を続けながら移動する作戦だ。 (Army seeking in-depth engagements in Asia-Pacific theater) その一環として米陸軍は、11月に台風の被害を受けたフィリピンの被災地復興支援などに参加し、アジア太平洋における知名度を高めようとしている。しかし、これまでこの地域の災害復興支援を米軍の中で主に担ってきたのは海兵隊だった。海兵隊は、陸軍の中国包囲網参入を、自分たちの役を奪って陸軍が米軍内での地位低下や予算減を防ごうとしていると、危機感を抱いている。 海兵隊は、海上からの上陸作戦を主な任務としていたが、現代の戦争は、戦闘機による空爆や精密誘導ミサイルによるピンポイント攻撃、無人戦闘機による偵察・攻撃などに頼れるので、犠牲が多くなる上陸作戦を必要としなくなっている。輸送機の空輸力が上がった結果、海兵隊は米国外にいる必要がなくなり、米本土にいる第1、第2遠征軍だけで十分で、米国外を拠点とする唯一の海兵隊である沖縄の第3海兵遠征軍は必要ないとの意見もある。日本政府が対米従属策の大黒柱として海兵隊を援助してきたが、それがなくなったら第3遠征軍は解散だろう。沖縄の海兵隊は自らの存続のため、中国包囲網という劇場で頑張って主役を演じ、予算や兵力を減らされぬよう、頑張らねばならない。そんなところに陸軍が「おれにもやらせろ」となだれ込み、縄張りや役の奪い合いが始まった。海兵隊としては迷惑千万だ。 (Get Out of Japan) こうしたドタバタ劇から垣間見えるのは、米国の中国包囲網策の本質や目的が、軍事力を使って中国の台頭を防ぐ本気の対中戦争でなく、米軍が中国を包囲する姿勢をいかに仰々しく演じるかという茶番劇にある点だ。米国が本気で中国を壊滅させようと考えているなら、もっと目立たず静かにやるはずだ。米国が包囲網策を劇的にやるので、中国側は警戒を強め、全速力で軍備を拡大し、外交的に味方を増やして国連などを乗っ取り、米国を不利にしている。 中国を潰すには、中国人の不満が高まり、中国の政治経済社会の混乱が激化して、共産党政権が崩壊して内乱になるのを誘発するのが得策だ。しかし逆に、米国の今の中国包囲網策は、中国人のナショナリズムをことさら喚起し、中国人が共産党政権のもとに結束する動きを煽っている。米国や日本との緊張関係がなかったら、たとえば昨年、共産党の高官だった薄熙来が政争に敗れて裁判にかけられた件で、薄熙来の支持者たちが作った新党がもっと注目され、共産党に不満な勢力が薄熙来のもとに集まり、中国の政情が不安定化していたかもしれない。日米との対立は、薄熙来事件に対する注目度を低下させている。 (Abe's shrine visit calls for wider reflection) (薄熙来の失脚と中国の権力構造) 米国は、中国の共産党政権をこっそり応援することを、以前からやっている。最大のものは、1972年のニクソン訪中から78年の米中国交正常化への流れだ。米国が手をさしのべ、中国の経済発展を支援していなかったら、共産党政権は冷戦終結後、ソ連と同様に崩壊していただろう。米国中枢の軍産複合体は、米中国交回復を6年間阻止したが、キッシンジャーら隠れ多極主義者の策がまさって国交が回復し、中国は改革開放が始まって高度成長期に入り、共産党政権は維持された。89年の天安門事件は起きたものの、共産党は経済成長(国民生活の向上)を政権の正統性とする戦略に転換して政権を維持し、日本をしのぐ経済大国になった。 米国が中国を潰すつもりなら、中国と和解せず放置すべきだった。そうすれば、90年代に共産党政権が潰れ、今も中国は貧しくて分裂したままだっただろう。米国中枢、特に共和党内には、反中国の軍産複合体と、親中国の隠れ多極主義者の相克がずっとあるが、軍産複合体が短期的な利益を求めるのに対し、多極主義者は長期的な外交状況を動かし、最終的に多極主義者の戦略が実現する。軍産複合体は、中国やロシアといった大きな敵の存続を希望しており、米国が中国を敵視しつつ支援することに、あながち反対でない。 米国の中国包囲網策は意図的な失策な感じだが、日本の中国敵視策も、別の意味で意図的な失策だ。前回の記事に書いたとおり、安倍や小泉ら日本の首相の靖国参拝は、中国をやっつけるための策でなく、中国との関係を悪くしておくことで対米従属を維持する策だから、中国が強くなってもかまわない。安倍の靖国参拝を孤立につながる自滅策と嘲笑した北朝鮮の分析は正しいが、日本(の官僚権力機構)にとっては、失敗こそ成功である。 とはいえ、中国を敵視しつつ支援強化する米国の長期戦略によって中国が大国になり、アジア太平洋での米国の影響力が低下すると、日本は対米従属できなくなって、後ろ盾がない弱い状態で、強くなった中国と対峙せねばならず、孤立するか中国の属国になるしかなくなる。安倍の靖国参拝を悪いものととらえているのは中国だけでない。中国包囲網を構成する台湾(特に国民党支持者)やフィリピン、その他の東南アジア諸国も、戦前戦中に日本に占領された経験を持ち、日本の首相の靖国参拝を肯定的にとらえられない。米国は日本に、米国に頼らない中国包囲網を作れと要請してきたが、靖国参拝はそれを難しくしており、日本が米国から批判される火種を増やしている。日本が中国包囲網を率いるアジアの盟主になりたければ、ケリー米国務長官らが示唆したように、靖国重視をやめて千鳥ヶ淵重視に転換するしかないが、対米従属しか眼中にない今の日本はそれをやる気がない。 (日本の権力構造と在日米軍) 中国包囲網のエアシーバトル戦略は、対米従属維持のため沖縄の在日米軍にできるだけ長く駐留し続けてほしい日本政府にとっても危惧すべき戦略だ。エアシーバトル策は、数少ない恒久基地でなく、多数の一時的な軍事拠点を求め、アジア太平洋地域の米軍基地の流動化を招いている。沖縄に恒久的な米軍基地を置くことの価値が下がっている。 (日本の官僚支配と沖縄米軍) この動きは90年代末からの米軍再編の時からあり、沖縄の海兵隊をグアムに撤退する計画や、それを引き留めるために辺野古に新たな海兵隊基地を作る計画が出てきた。辺野古の基地が早く完成すると、海兵隊のグアム移転が早まって日本の対米従属に不利なので、これまで日本政府は、地元の反対運動を口実に、辺野古の基地建設が進めないできた。しかし、止まっていたグアム側の受け入れ工事が今年から再開されることになり、日本政府は辺野古の基地建設を進めざるを得なくなった。このあたりは前回書き忘れた構図だ。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転) 米国は今後、時期は不確定だが、ドルや米国債の経済面から覇権が崩壊する可能性が高い。08年のリーマン倒産以来、米国中心の国際金融システムは7割凍結の状態が続き、金融危機の状態がずっと続いていると、FT紙が今ごろ書いている。米連銀は不良債権保有が限界に達し、金融システムを救ってきた量的緩和策(QE)を来月から縮小する。国際金融システムが再崩壊すると、世界的な経済難になるが、再崩壊による最大の転換は、ドルと米国債の基軸性が失われ、米国の経済覇権が失われることだ。中国などBRICSは、以前からこの再崩壊に備えて、金地金の保有を増やしたり、ドルを使わない相互通貨での貿易決済体制を作っている。 (Rapid fall in capital flows poses growth risk) (Capital flows: Powered down) 国際金融の再崩壊は、アジア太平洋からの米国の撤退と、中国の地政学的台頭、日本のさらなる矮小化を促進する。12月のQE縮小決定で米国の金融崩壊の可能性が強まった直後に靖国参拝する安倍のタイミングの悪さを指摘する声が金融界から出ている。日本は今年、アベノミクスの効果が切れて経済が再び悪化しそうなので、靖国参拝によって人気取りの戦略を経済からナショナリズムに切り替えると、安倍自身にとって良いかもしれないが、日本国の将来にとっては破壊的だ。 最近の米国の対中国政策は、中国をこっそり強化するだけでなく、日本を窮地に陥れる傾向がある。たとえば尖閣諸島の国有化に対抗する中国の防空識別圏の設定に対し、米国は、識別圏の設定自体を許してしまった。日本ははしごを外されたが、いくら孤立しても、自国が領土と主張する尖閣諸島が含まれているので、日本は、中国の識別圏設定自体を肯定できない。日本が中国の識別圏を認めたら、尖閣を放棄するのと同じことになる。米国のヘリテージ財団などが石原慎太郎を使って日本の尖閣国有化を煽り、中国が対抗して防空識別圏を設定した段階で、尖閣を舞台にした日中の詰め将棋は日本の負けが確定してしまった。 (米国にはしごを外されそうな日本) 日本では、米中韓の批判を無視して靖国参拝した安倍首相を礼賛する声が席巻している。土下座外交や対米従属を振り切った靖国参拝に、胸のすく思いの日本人が多いかもしれない。しかし、国際社会における米国の覇権衰退と中国の台頭の流れから考えて、今回の靖国参拝に象徴される対米従属・中国敵視策は、おそらく長期的に日本の国力低下と国民生活の悪化につながる。最終的に対米従属より醜悪な「対中従属」になりそうだ。安倍靖国参拝の「気持ちの良さ」は、日本軍が真珠湾で米軍艦を撃破した時に日本人が感じた気持ちの良さと同質だ。大政翼賛の昂揚と言論統制が強まり、状況はすでに「戦時中」だ。現時点ですでに敗北の可能性が高いのに、それを指摘する人がほとんどいない点も、先の戦争と似ている。私自身、そのうち何らかの方法で無力化されるかもしれない。
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