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中国包囲網のほころび

2013年11月6日   田中 宇

 2011年からの米国の中国包囲網策である「アジア重視策」に反応し、東南アジア諸国(ASEAN)のなかで最もするどく中国と対立してきたフィリピンが最近、中国敵視の態度を弱め、中国と協調する姿勢を強めている。中比対立の焦点は、南沙群島のスカボロー岩礁など小島群の領有権をめぐるもので、2012年には、岩礁近くで操業中の中国漁船をフィリピン海軍艦が拿捕し、現場に急行した中国当局の監視船と比軍艦が銃撃寸前の状況になった。しかし今回、スカボロー礁周辺の海域で、フィリピン資本の英石油会社フォーラムエナジーと、中国国営の石油会社CNOOCが海底油田の共同開発を行う交渉が始まっている。 (Philippine, Chinese companies discuss possible joint oil and gas exploration in disputed sea

 フィリピンのアキノ大統領(華人系)は最近、南沙群島紛争を国際機関に持ち込んで白黒を決すると主張して中国と対立してきた従来の姿勢を放棄し、ASEANに対して中国が提案している南沙紛争の再棚上げ案(南沙海域での各国の行動規範の提案)を評価する姿勢に転向した。くわえて、米比政府は米軍のフィリピン駐留に関して8月から協議しているが、フィリピン軍が米軍の兵器や設備を使えるようにしてほしい、米軍が比軍をもっと訓練してほしい、といった比側の要求に米側が消極的で、交渉が頓挫している。フィリピンは米国との同盟関係を強化できず、いらだっている。 (Philippines-U.S. Military Talks Hit Snag on Access, Gazmin Says

 比政府は、中国に秋波を送る一方で、南沙紛争を中国が嫌がる国連の法廷に持ち込んでいる。アキノ政権は、過去の経緯を見ても、3年前の就任以来、中国に対して敵視(対米従属強化)と協調の間を行ったり来たりしている。政治的に米国、経済的に中国に依存する傾向が強いフィリピンは、米中双方の力関係を調べるために態度を変転させてきた。今回の対中協調転換もその一環であり、確定的なものでないだろうが、覇権面での米国の衰退と中国の台頭の流れを象徴するものとして興味深い。 (Philippines Takes China's Sea Claims to Court

 アキノ大統領は2010年の就任後、親米的なアルバート・デルロザリオを外相に就け、中国敵視策を強めることで対米従属策の再強化とめざした。11年秋に米オバマ政権が中国包囲網を強める「アジア重視策」を開始すると、比政府は、冷戦後に米軍を追い出したマニラ北方の軍事基地に米軍を呼び戻す政策を強めた。米国から海外派兵の圧力をかけられている日本も、比側の要請を受け、フィリピンの基地への自衛隊派遣を検討し始めた。それらと同期して、南沙群島における中比対立が激化し、12年4月にスカボロー礁での艦船にらみ合いが起きた。 (Aquino rebalances his China position

 その後、中国と一触即発になっても米国が軍事面で大して助けてくれないのをみて、アキノ政権は中国敵対策のやりすぎを警戒し始め、アキノは反中国的な比外務省を回避して独自に中国と裏取引し、緊張を緩和した。その後、中国は南沙紛争でまったく譲歩せず、比国内での反中国的なマスコミ言論の席巻もあり、中比関係は再び悪化し、中比首脳会談が開けない状態が続いた。だが半面、比側が米国に軍事駐留の強化を依頼しても、米軍は11年の中国包囲網強化策の当初に決めた、海兵隊などの巡回的な移動駐留を超えるプレゼンスの拡大をしてくれなかった。フィリピンは、米国(米日)の軍事協調強化が口だけであるとの苛立ちを強めた。

 そうした行き詰まりを解消するため、今年10月にオバマ大統領の訪比が計画された。しかし、10月1日から起きた米議会とオバマの対立による米政府閉鎖に対応するため、オバマは訪比を直前にとりやめ、比側の不満が解消されないままになった。オバマは訪比と同時に計画されていたバリ島でのAPEC出席もとりやめ、APECではオバマの代わりに中国の習近平やロシアのプーチンが主役になった。 (米財政危機で進む多極化

 米国のやる気のなさをみて、アキノは再び中国に対する姿勢を緩和した。今年9月、比外務省は、中国側が最近新たにスカボロー岩礁にコンクリートブロックを搬入して積み上げ、構造物を建設して国際的に禁止されている勝手な現状変更を行っていると非難した。中国政府がブロック搬入を否定し、中比対立が激化した後の10月23日、アキノ大統領が突然「問題のブロックはずっと前に中国側が搬入したもので、最近搬入されたという(比外務省の)指摘は間違いだ」と表明し、関係者を驚愕させた。 (Philippines retracts China claims over contested reef

 最近の中国は米国を恐れなくなっている。先日、中国当局の監視船が史上初めてハワイ沖の米国の排他的経済水域内(EEZ)に入って航行した。これまで米国は、何度も軍艦や監視船を中国の無許可でEEZに入れ、中国側が非難してもやめなかった。最近の中国は、口で非難するだけでなく「目には目を」で報復するところまで覇を広げている。 (China Moves Spy Ship to Hawaiian Waters in "Retaliation" Against U.S.

 日本同様、プロパガンダ成功の結果として、比国内の政界や世論は中国敵視が強いので、アキノは、比政府内や政界の合意を形成して対中姿勢を協調方向に転換させられない。そのため比外務省の面子を潰すかたちで、アキノは中国に秋波を送った。同時期に、アキノは南沙問題に対する中国の対ASEAN提案を評価する姿勢に転じ、南沙海域での中比の油田共同開発の交渉も始まった。比外務省は11年にも、南沙の紛争海域で中国が違法な建設を進めていると中国非難の表明をした後、その表明が事実無根だと暴露される失態をしており、立場が悪くなっている。

 こうしたフィリピンの動きに接して思うのは、今のような米衰退・中国台頭の流れが続く限り、いずれ日本も中国敵視をやめざるを得ないが、その際、比と同様に反中国プロパガンダが強い日本でも、政府や政界、世論の同意を得て対中姿勢を転換するのは無理で、安倍首相やその後継者が、一見奇妙なやり方で、中国に秋波を送り出すのでないかということだ。その際、マスコミはきちんと解説しないだろうから注意が必要だ。

 比の転換と同期して、日本でも微妙な方向転換が始まっている。日本とロシアは先日、日露合同軍事演習と、外相・防衛相会議(2+2会議)を行っていくことを初めて決定した。これは「ロシアも日本と同様、中国の台頭を警戒しており、日露で中国包囲網を強化することにした」と解説されている。しかし実のところ、プーチンのロシアは中国との戦略的な関係をどんどん強化しており、国連安保理など国際社会では、中露が結束して米国の覇権を削いでいる。米国とその従属諸国にとって、ロシアはむしろ「中国の脅威」の一部である。 (Japan, Russia to expand defence ties

 最近の国際マスコミは、政治経済の両面で、米国の崩壊傾向をできるだけ隠し、米覇権の敵方であるBRICSや途上諸国(経済面では加えてEU)の状況をできるだけ悪く描くことで、米覇権体制をイメージ先行で延命させる歪曲報道に力を入れている。英FT紙は最近、プーチンのロシアの外交戦略がいかに失敗だらけであるかを力説する記事を出したが、これなどは上記の歪曲策の典型だ。しかしその歪曲記事でさえ、ロシアと中国の関係だけは比較的うまくいっていると認めざるを得ない。 (Russia's foreign policy is nearing complete failure

 ロシアは、中国との関係が良いにもかかわらず、日本と安保関係を強化するにあたり、その理由を「中国の台頭が脅威なので」と言っている。国際政治に詳しい人ならロシアの表明に失笑するだろうが、日本人のほとんどは国際政治にうといので報道を軽信する。日本政府はここ数年、米国の覇権衰退を受けて周辺諸国との関係を改善する必要から、ロシアとの関係改善を模索してきたが、日本国内は、北方領土が返らない限りロシアと関係改善しないという、対米従属の裏返し的なプロパガンダが席巻し、対露関係を改善できない。一方ロシア側は、困窮する極東地方を活性化するために、名目は何でもいいから日本との関係を強化したい。ただし、ロシアもナショナリズムが強いので北方領土は2島返還しか応じられない。

 そうした日露の都合をすり合わせ、ロシアが「中国の脅威」を強調する(本来なら失笑ものの)茶番を演じつつ、日本と安保協調を強めることにしたと考えられる。今の日本では、北方領土問題よりも中国の脅威への対策の方が優先される。中国の脅威に対抗するためなら、北方領土問題を解決する前にロシアと軍事協力するのは仕方がないという話になる。中露の戦略的結束性から考えて、日露関係の改善は長期的に、日本を対米従属から引き離し、中露の側に引っ張り込む「プーチンの手招き」である。米国はすでに昨年、太平洋海域の合同軍事演習にロシア軍を招待している。 (日本をユーラシアに手招きするプーチン) (Russian warships leave for multinational naval exercise in Hawaii

 プーチンのロシアは最近、米国の影響力縮小の結果、シリア問題など中東の国際政治で米国と拮抗する影響力を持っている。その波に乗ってプーチンは、東アジアの国際政治にも再介入している。ロシアは最近、何年も前から工事中だった、自国と北朝鮮(羅先)をつなぐ鉄道をようやく結節するとともに、韓国から北朝鮮、ロシアを通って欧州とつなぐ貨物列車の運行を再提案した(採算性が疑問視されているが)。 (Putin Builds North Korea Rail to Circumvent Suez Canal) (ユーラシア鉄道新時代

 またロシアは、シベリアのガス田から北朝鮮を通って韓国に天然ガスを運ぶパイプラインの建設を、あらためて国際提案している。こちらも北が突然パイプラインを止めて韓国を威嚇しうる問題があり、今のところ政治面で現実性が低い。しかし、国際政治と経済(儲け)の両にらみで、世界各地に関与して次々と出してくるプーチンのアイデア商法的な外交策は、独創的で興味深い。また、米国の仲裁力が落ちる中、北朝鮮の問題を解決するには、中露に仲裁を頼むしかなくなっている。 (Russia-South Korea pipeline talks revived

 ロシアは、今夏クーデター後のエジプトに米国が経済支援を減額した数日後、エジプトに代表団を派遣し、冷戦後にすたれていた関係修復の再強化に余念がない。またロシアは、インドとパキスタンの上海協力機構への加盟を推薦する一方で、米軍撤退後のアフガニスタンを通ってロシアから印パに天然ガスを送るパイプラインの構想を再開している。ロシアの国営企業は、隣国フィンランドの造船会社や原発の買収も企図している。 (Russia returns to Egypt as U.S. backs away) (Russia and India talk direct oil supplies, joint use of GLONASS, nuclear power generators) (Finns eye growing Russian presence with apprehension

 日本の中国敵視は対米従属策の裏面であり、今後もしばらく続きそうだ。しかし長期的にみると、日本の中国敵視は、その上位にある米国の中国包囲網策と合わせ、米国覇権の持続を困難にし、対米従属の恒久化を阻害している。中国は、米国主導の包囲網策を強められるほど、米国の覇権を潰すことを考えるようになる。もともと中国は、米国から意地悪されても仲良くした方が中国の発展にとって得策と考え、世界に輸出した代金で米国債を買い支えてきた。金融以外の産業が米国で衰退し、中国で繁盛するほど、中国の親米的な姿勢を米国が大事にし、日本をしのぐ経済大国になる中国が米国債を買い支えることが、米国の覇権維持に必要だった。

 しかし米国は、日本やフィリピン、豪州など対米従属的な諸国をけしかけて中国と対峙させる中国包囲網を強める自滅策を続けている。米議会とオバマが対立して米国債が債務不履行しそうになる自滅策もあり、中国の上層部では、米国債の買い支えをやめるべきだとの意見が増している。中国は今後、他の新興諸国を誘ってドルに代わる基軸通貨体制作りに成功したら、米国債を米連銀(QE3)や日本に買わせてうまく売り抜け、ドルと米国債の崩壊を待つ側に転じるだろう。

 米国が中国を大事にしていたら、このような覇権崩壊にならず、中国は覇権を米国に持たせたまま、現実的な経済繁栄の謳歌のみを重視する道を選んだだろう。だが米国は、自滅的な中国敵視策を続け、日本も米国の手先となって中国敵視に邁進している。敵視に呼応して中国は覇権を拡大しており、いずれ中国が米国(ドルと米国債)の崩壊を誘発するだろう。

 米国覇権が崩れた後の時代の日本は、これまでのような安泰でいられない。第二次大戦前後の米国は非常に裕福で、英国にほだされ、全世界に責任を持つ覇権を引き受けた。しかし中国は、そんな余力も意志もなく、覇権をBRICSやEU、いったん崩壊した後の米国などと共有する多極型の世界体制をめざしている。戦後の日本は、従属先の米国の強大さゆえ、対米従属の中にどっぷりひたれた。だが、米国覇権が崩壊して東アジアが中国主導になった後、日本が対米従属と同様の対中従属になるのは無理だろう。中国が全面的に面倒みれるのは、ラオスやミャンマー、北朝鮮ぐらいの規模までの、経済的にみた場合の小国(貧困国)だ。

 米国は、自国覇権の崩壊を見据えてか、以前から日本に国家戦略的な自立をうながしている。防衛庁が防衛省に昇格したのも、日本版NSCを作るのも、国家秘密法も、そうした流れに沿っている。今の対米従属下の日本政府は、自立的な国家戦略など、対米従属を阻害するので立てたくないし、組織も作りたくない。軍隊もできるだけ小さいままの方が対米従属できる。それを許さないのは「米国の世界戦略に貢献できる国家体制を作れ」という建前で、日本に戦略的な自立を求める(隠れ多極主義的な)米国である。

 マスコミがくだらない内容の発信につとめ、日本人の国際政治感覚の鈍感さを全力で維持し、まじめな日本人がくだらなさに順応して鈍感を維持しても、今後しだいに、対米従属が国是として有効でなくなったことが露呈していく。そうなると、新たな国家戦略を提起して政権をとろうとする政治家が出てきやすくなる。新戦略を提起する政権は必然的に、既存の官僚機構から権力を奪取しようとして、官僚と政界(国会)が戦いになる。これは、日本の真の民主化運動である。官僚とマスコミにつぶされた08年の鳩山政権がそうだった。鳩山小沢的な動きは、役者や政党名を替えて、いずれ再発する。

 このような事態に備え、官界は、官僚傀儡の安倍政権に国家秘密法を作らせ、事務次官ネットワークなど官僚の中枢が官邸の主導権を握っている限り、官僚が国内の諜報情報を独占できるようにして、政界から台頭してくる新たな国家戦略を持った反官僚的な政治家にスキャンダルをぶつけて潰せるようにしたいのだろう。日本版NSCも、官僚が国会から戦略決定権を奪う道具として有効だ。米国から求められて作るNSCや国家秘密法を、官僚は、自分らの権力維持の道具として作ろうとしている。防衛省も、いずれ外務省にさからう戦略を立案するかもしれないが、今のところ戦略立案面で無能だ。

 とはいえ、連銀がQE3で金融システムを延命できている限り、バブルが膨張し続けるものの、米国の覇権は続き、日本の対米従属策も変わらない。フィリピンは米国と中国の間を行ったり来たりし続けそうだ。いまの世界は、米国覇権という旧体制の末期にあり、水面下で新体制(新世界秩序)への転換の準備や、旧体制の延命策が暗闘的に続いている。



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